詩《うた》をきかせて

生永祥

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★第1話 カラタチバナ

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枯れ葉の散り敷く道を
音を立てて進むと
肌を刺す木枯らしがひとつ吹く

森に響くのは葉時雨はしぐれ
「今年もまた冬が来た」と言い
隣に立つ貴女が僕に微笑みかけた

高まる鼓動はごまかしきれない
寒さに反して熱くなる身体

言葉にならない
いとしい想いが
雪に変わり積もりはじめた

赤いカラタチバナの実を摘み
貴女の右手に落として
僕は一言
「きれいだね」と呟く

白い貴女の肌は
びっくりするほど冷たく

思わず僕は
両手で貴女の身体
抱き寄せた



木の実の砕ける音が靴底で響いて
静寂は突然に破られた

だけど離れずに
ふたり、寄り添うの

大空高く枝を伸ばした木の上で
リスたちがそっとふたりを見ていた

まぶたを閉じれば浮かんでくるもの
風花かざはな冬凪ふゆなぎ、枯れ野、寒北斗かんほくと

そのどの場面も貴女がいること
その事実で幸せになる

赤いカラタチバナの実のよう色づく貴女の
やわらな頬を
両手で包み込んでキスした

白い粉雪の舞う世界で
ふたりは近づく

貴女の吐息が
冬の冴えた空へと昇っていく



――『カラタチバナ・天野柚木也あまのゆきや
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