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☆第14話 目の前の拳
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その日一日、小夜子は学校の授業に集中する事が出来なかった。
今朝、明博は「若菜先生なら大丈夫だよ」と優しく声を掛けてくれたのだが、心配性の小夜子はどうしても若菜のことが気に掛かり、安心する事が出来なかった。
放課後になるとその思いは、どんどん強くなっていった。
――入院はしていないとしても、私が若菜先生に怪我をさせたのは確かだよね。若菜先生、あの時とても痛そうだった。
昨日の若菜の声にならない悲鳴を上げているシーンが、小夜子の頭の中で何度もリプレイしている。
自分の不注意で相手に痛い思いをさせてしまったのだと思うと、小夜子は何だか泣きそうになった。
――私の、馬鹿。
自己嫌悪と後悔の念で胸がきつく締め付けられる。じわじわと押し寄せて来る負の感情に縛られた小夜子は、はぁ―と深く溜め息を付いた。
「溜め息を付くと幸せが逃げるぞ」
教室を出て靴箱へと向かう途中の廊下で、小夜子は背後から聞こえて来た声に反応して後ろを振り返った。
するとそこには、唇を尖らせて、腕を組んで立っている大賀の姿があった。
「藤永くん!」
びっくりして、小夜子は慌てて両手で口元を押さえる。溜め息を付いて酷く落ち込んでいる、自分の情けない姿を見られていたのだと思うと、小夜子は何だか急に恥ずかしくなった。
「お前まだ、若菜との昨日のことを気にしているのかよ」
背後にいた大賀は小夜子の前に回り込むと、おもむろに小夜子の顔を覗き込んだ。
昨日とは違い顔色の悪い小夜子に苦笑しながら、大賀は小夜子の目を見てこう言った。
「お前は昨日、ちゃんとあの場で謝ったんだ。それに若菜もそれ以上謝罪を要求しなかった。つまり、そういう事だ」
「だから、もういい加減忘れろよな」と言いながら、右手の手の平を数回ふらふらと左右に振る。
ぶらぶらと揺れる大賀の右手を、ぼうっと見つめながら、小夜子は力なく「うん」と頷いた。
そんな小夜子の様子に、苛立った大賀はガシガシと右手で自身の頭を掻いた。
苛立ちを押さえるように、大賀は乱暴に、自身の学ランのポケットの中をまさぐった。
そしてポケットの中に入っていたキャンディを握りしめ、その拳を小夜子の顔の前に差し出す。
「これ、食え」
小夜子と目を合わせないように視線を廊下に向けながら、大賀は拳をどんどん小夜子の方へと近づけた。
「明博がくれたやつだが、お前にやる」
「でもこれって、藤永くんのじゃ……」
「良いから!早く食え」
そう言って拳を開いて、キャンディを小夜子の前に差し出す。
「本当に私が貰って良いの?」と言いながら、小夜子は恐る恐る大賀の手の平にのっているキャンディに手を伸ばした。
大賀からキャンディを受け取ると、小夜子は透明な袋の封を切って、その中身をゆっくりと口に含んだ。
「美味いか?」
キャンディを口に含む様子を見ていた大賀が、そう小夜子に尋ねる。
「……うん、美味しい」
小夜子が力なく微笑むと、大賀は「そうか」と言って頷いた。
甘い林檎味のキャンディが、口の中でゆっくりと溶けていく。
それに同調するかのように、小夜子の心もほろほろと解けていくのが分かった。
気が付くと小夜子は、大粒の涙をぽろぽろと溢していた。
突然の小夜子の涙に、大賀がぎょっとして目を開く。「立花、どうした!?腹でも痛いのか?」と慌てふためく大賀に、小夜子は「違うの」と首を横に振って答える。
――皆、本当に、優しいなぁ。
そう思って小夜子が手で涙を拭った、その時だった。
今朝、明博は「若菜先生なら大丈夫だよ」と優しく声を掛けてくれたのだが、心配性の小夜子はどうしても若菜のことが気に掛かり、安心する事が出来なかった。
放課後になるとその思いは、どんどん強くなっていった。
――入院はしていないとしても、私が若菜先生に怪我をさせたのは確かだよね。若菜先生、あの時とても痛そうだった。
昨日の若菜の声にならない悲鳴を上げているシーンが、小夜子の頭の中で何度もリプレイしている。
自分の不注意で相手に痛い思いをさせてしまったのだと思うと、小夜子は何だか泣きそうになった。
――私の、馬鹿。
自己嫌悪と後悔の念で胸がきつく締め付けられる。じわじわと押し寄せて来る負の感情に縛られた小夜子は、はぁ―と深く溜め息を付いた。
「溜め息を付くと幸せが逃げるぞ」
教室を出て靴箱へと向かう途中の廊下で、小夜子は背後から聞こえて来た声に反応して後ろを振り返った。
するとそこには、唇を尖らせて、腕を組んで立っている大賀の姿があった。
「藤永くん!」
びっくりして、小夜子は慌てて両手で口元を押さえる。溜め息を付いて酷く落ち込んでいる、自分の情けない姿を見られていたのだと思うと、小夜子は何だか急に恥ずかしくなった。
「お前まだ、若菜との昨日のことを気にしているのかよ」
背後にいた大賀は小夜子の前に回り込むと、おもむろに小夜子の顔を覗き込んだ。
昨日とは違い顔色の悪い小夜子に苦笑しながら、大賀は小夜子の目を見てこう言った。
「お前は昨日、ちゃんとあの場で謝ったんだ。それに若菜もそれ以上謝罪を要求しなかった。つまり、そういう事だ」
「だから、もういい加減忘れろよな」と言いながら、右手の手の平を数回ふらふらと左右に振る。
ぶらぶらと揺れる大賀の右手を、ぼうっと見つめながら、小夜子は力なく「うん」と頷いた。
そんな小夜子の様子に、苛立った大賀はガシガシと右手で自身の頭を掻いた。
苛立ちを押さえるように、大賀は乱暴に、自身の学ランのポケットの中をまさぐった。
そしてポケットの中に入っていたキャンディを握りしめ、その拳を小夜子の顔の前に差し出す。
「これ、食え」
小夜子と目を合わせないように視線を廊下に向けながら、大賀は拳をどんどん小夜子の方へと近づけた。
「明博がくれたやつだが、お前にやる」
「でもこれって、藤永くんのじゃ……」
「良いから!早く食え」
そう言って拳を開いて、キャンディを小夜子の前に差し出す。
「本当に私が貰って良いの?」と言いながら、小夜子は恐る恐る大賀の手の平にのっているキャンディに手を伸ばした。
大賀からキャンディを受け取ると、小夜子は透明な袋の封を切って、その中身をゆっくりと口に含んだ。
「美味いか?」
キャンディを口に含む様子を見ていた大賀が、そう小夜子に尋ねる。
「……うん、美味しい」
小夜子が力なく微笑むと、大賀は「そうか」と言って頷いた。
甘い林檎味のキャンディが、口の中でゆっくりと溶けていく。
それに同調するかのように、小夜子の心もほろほろと解けていくのが分かった。
気が付くと小夜子は、大粒の涙をぽろぽろと溢していた。
突然の小夜子の涙に、大賀がぎょっとして目を開く。「立花、どうした!?腹でも痛いのか?」と慌てふためく大賀に、小夜子は「違うの」と首を横に振って答える。
――皆、本当に、優しいなぁ。
そう思って小夜子が手で涙を拭った、その時だった。
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