33 / 54
☆第33話 その声のするほうへ
しおりを挟む
ひんやりとした冷たく暗い世界に、自分自身が身を置いていることに不意に気が付く。
必死に身体を動かそうともがくのだが、鉛のように重たい身体は、中々思うように言うことを聞いてはくれない。
早くこの場を移動しようとして、焦れば焦るほど、自身の身体が固くなり、段々と動かなくなっていくことを、小夜子はひしひしと感じていた。
――ここ、この間読んだ、天野柚木也さんの詩に似ている。
周りを埋め尽くす果てしない闇の中で、小夜子は今、自分がどこに居るのかを必死に考えていた。
だがまるで海底に居るかのような、広く冷たく全く光が射さない世界で、一人きりで居る自分には、ここがどこであるのかどうかが、小夜子には全く検討が付かなかった。
――とにかく、早く、ここから抜け出さなくちゃ。
果てしなく続く暗闇の中で、小夜子は懸命に身体を動かしてもがいていた。
段々と意識が薄れていくのを感じる。
頭の中でサイレンにも似た、警告音が鳴り響く。
そして、本能的に、小夜子は、今ここにいることは危険なのだと察した。
「早く、早く」と自分を奮い立たせて、逃げ出そうとするが、自分を捕らえる闇は、どんどん自分を飲み込もうと、じわじわと近づいてくる。
小夜子は恐怖を感じて、走って逃げようとした。しかしだんだんと冷たい闇に身体を侵食されて、一気に底へと身体を引きずりこまれそうになる。
「あぁ、もう駄目だ」と、小夜子が思ったその瞬間。
朦朧とする意識の中で、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
――立花。立花、しっかりするんだ。
その声にハッとして目を開く。
するとLEDのライトの光が急に目の中に飛び込んで来て、その眩しさに思わず目を細めた。
「小夜子!気が付いたのね!」
重たくて中々動かない頭を、声がした方向にゆっくりと傾ける。
すると目を赤くした母が、小夜子の枕元に立っている事に気が付いた。
「……お母さん?」
「気が付かれたようですね」という看護師の姿に、小夜子は酷く混乱する。
重たい頭を懸命に動かしてみると、自分が白いベッドの上に仰向けになっていて、左腕には点滴の管が入れられている事に気が付いた。
「……え、えっと、ここは?」
「病院よ、病院!あなた、昨日公園で倒れたのよ」
「……た、倒れた?」
「そうよ。あなた、もう少しで肺炎になるところだったんだから」
「立花さんが目を覚ました事を、先生にお伝えして参ります」と言って病室を去る看護師に深々と礼をすると、母は小夜子の方を振り向いてこう言った。
「あなた、運が良かったのよ。通りかかった宮野さんと若菜先生が介抱してくださって……。お二人がこの病院まで運んでくださったんだから」
「……な、なっちゃん、と。……若菜先生、が?」
「そうよ。だから貴女、元気になったら、ちゃんとお二人にお礼を言うのよ」
「お父さんとお兄ちゃんにも、小夜子が目を覚ました事を早く連絡しなくちゃ」と言う母の声を遠くに聞きながら、小夜子はぼんやりとベッドの中で物思いに耽った。
――助けてくれたんだ。二人とも。きっと自分たちの事で精一杯だったはずなのに。
――何でこんな時に、私に優しくしてくれるのかなぁ?
強い怨嗟と、大きな感謝と。
相反する二律背反の感情で埋め尽くされた小夜子の心は、もう限界で、大きな悲鳴を上げていた。
父と兄に慌てて連絡を取ろうとして、病室から移動しようとする母の反対側の方向に、小夜子が目をやる。
するとそこには大きなアルミサッシで出来た長方形の窓があり、その奥の漆黒の暗闇の中にはひとつ、大きな赤い満月が浮かんでいた。
――綺麗。
そう思って点滴の針が刺さっていない右手を、月が浮かぶ空の方へと翳す。
すると小夜子は、何だか自分の小さな手の平で、優しい月の光が掴めたかのような気がした。
――なっちゃんも、若菜先生も。私は二人とも大好きなはずなのに。……何で私はこんなにも汚い感情でいっぱいなのだろう?
そう思って小夜子は天に向けていた右手をゆっくりと下ろす。そしてその手を、異変を感じた自身の右の頬に当てる。
すると小夜子の頬は手で拭えるほど、温かい涙で濡れていた。
必死に身体を動かそうともがくのだが、鉛のように重たい身体は、中々思うように言うことを聞いてはくれない。
早くこの場を移動しようとして、焦れば焦るほど、自身の身体が固くなり、段々と動かなくなっていくことを、小夜子はひしひしと感じていた。
――ここ、この間読んだ、天野柚木也さんの詩に似ている。
周りを埋め尽くす果てしない闇の中で、小夜子は今、自分がどこに居るのかを必死に考えていた。
だがまるで海底に居るかのような、広く冷たく全く光が射さない世界で、一人きりで居る自分には、ここがどこであるのかどうかが、小夜子には全く検討が付かなかった。
――とにかく、早く、ここから抜け出さなくちゃ。
果てしなく続く暗闇の中で、小夜子は懸命に身体を動かしてもがいていた。
段々と意識が薄れていくのを感じる。
頭の中でサイレンにも似た、警告音が鳴り響く。
そして、本能的に、小夜子は、今ここにいることは危険なのだと察した。
「早く、早く」と自分を奮い立たせて、逃げ出そうとするが、自分を捕らえる闇は、どんどん自分を飲み込もうと、じわじわと近づいてくる。
小夜子は恐怖を感じて、走って逃げようとした。しかしだんだんと冷たい闇に身体を侵食されて、一気に底へと身体を引きずりこまれそうになる。
「あぁ、もう駄目だ」と、小夜子が思ったその瞬間。
朦朧とする意識の中で、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
――立花。立花、しっかりするんだ。
その声にハッとして目を開く。
するとLEDのライトの光が急に目の中に飛び込んで来て、その眩しさに思わず目を細めた。
「小夜子!気が付いたのね!」
重たくて中々動かない頭を、声がした方向にゆっくりと傾ける。
すると目を赤くした母が、小夜子の枕元に立っている事に気が付いた。
「……お母さん?」
「気が付かれたようですね」という看護師の姿に、小夜子は酷く混乱する。
重たい頭を懸命に動かしてみると、自分が白いベッドの上に仰向けになっていて、左腕には点滴の管が入れられている事に気が付いた。
「……え、えっと、ここは?」
「病院よ、病院!あなた、昨日公園で倒れたのよ」
「……た、倒れた?」
「そうよ。あなた、もう少しで肺炎になるところだったんだから」
「立花さんが目を覚ました事を、先生にお伝えして参ります」と言って病室を去る看護師に深々と礼をすると、母は小夜子の方を振り向いてこう言った。
「あなた、運が良かったのよ。通りかかった宮野さんと若菜先生が介抱してくださって……。お二人がこの病院まで運んでくださったんだから」
「……な、なっちゃん、と。……若菜先生、が?」
「そうよ。だから貴女、元気になったら、ちゃんとお二人にお礼を言うのよ」
「お父さんとお兄ちゃんにも、小夜子が目を覚ました事を早く連絡しなくちゃ」と言う母の声を遠くに聞きながら、小夜子はぼんやりとベッドの中で物思いに耽った。
――助けてくれたんだ。二人とも。きっと自分たちの事で精一杯だったはずなのに。
――何でこんな時に、私に優しくしてくれるのかなぁ?
強い怨嗟と、大きな感謝と。
相反する二律背反の感情で埋め尽くされた小夜子の心は、もう限界で、大きな悲鳴を上げていた。
父と兄に慌てて連絡を取ろうとして、病室から移動しようとする母の反対側の方向に、小夜子が目をやる。
するとそこには大きなアルミサッシで出来た長方形の窓があり、その奥の漆黒の暗闇の中にはひとつ、大きな赤い満月が浮かんでいた。
――綺麗。
そう思って点滴の針が刺さっていない右手を、月が浮かぶ空の方へと翳す。
すると小夜子は、何だか自分の小さな手の平で、優しい月の光が掴めたかのような気がした。
――なっちゃんも、若菜先生も。私は二人とも大好きなはずなのに。……何で私はこんなにも汚い感情でいっぱいなのだろう?
そう思って小夜子は天に向けていた右手をゆっくりと下ろす。そしてその手を、異変を感じた自身の右の頬に当てる。
すると小夜子の頬は手で拭えるほど、温かい涙で濡れていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
そうして君は僕を知る
琉慧
恋愛
人は誰しも、他人には明かす事の出来ない悩みを持っている。 綾瀬優紀も例に漏れず、とある悩みを抱える高校生であった。
悩みとは、誰かに打ち明け、共感を得る事によって状態が好転する場合もある。 しかし彼の場合、自らの抱える悩みを打ち明かしたとしても、誰からも共感される事など無いだろう。
だから彼は語らない。 その頑なな黙秘が自分を騙し続ける行為であると知りながらも。
「僕は私(ぼく)を認めない」
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる