詩《うた》をきかせて

生永祥

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☆第35話 再会

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 放課後急いで学校の教室から飛び出した大賀と明博は、寂れた商店街の外れにある日の出や書店へと急いで足を進めた。
 日の出や書店の前に到着すると、二人は一気に古びた木製の引き戸を引いた。

 するとガラガラという音に反応した夏季が、引き戸の方へと向かって声をかけた。

「いらっしゃいませ。……あら。貴方たちは昨日の……」
「昨日は本当にお世話になりました。僕は笹野明博と申します。こちらは藤永大賀といいます」
「ご丁寧にどうもありがとう。私は宮野夏季よ。……名乗るのが遅くなってごめんなさいね」

「寒いから、こちらにどうぞ」と言って、夏季はレジの横に置かれた小さなストーブの方へと大賀と明博を誘う。

「お言葉に甘えます」と言いながら、にこやかにストーブの前へと明博が移動する。

 明博の後ろにいた大賀は、きょろきょろと辺りを見渡しながら、落ち着きの無い様子で明博の後を付いて行った。

 そんな二人の様子に、夏季は小さな微笑みを浮かべていた。
 だがその笑顔に元気は無く、よく顔を見てみると、まぶたは赤く腫れていて、薄い化粧をした顔は青ざめている事が見て取れた。

「私がここで働いている事が、よく分かったわね」

 そう言いながらお茶を注ぐ夏季に、明博は自身の左の胸元をとんとんと指差す。その明博の行動を見た夏季は、自身の胸元をそっと見下ろした。

 夏季の身に付けているえんじ色のエプロンの左胸の部分には、黒い小さな文字で『日の出や書店』という刺繍が施されていた。

「昨日もこれを着ていたから、分かったのね」

「笹野くんは警察官に向いているのかもしれないわね」と言いながら、夏季は湯気が立ち上る熱々の緑茶の入った湯のみを、明博と大賀の前に差し出した。

 それを聞いた明博が「ありがとうございます。そんな警察官に向いている僕にも、分からない謎があるのですよ」と言って笑いながら、お茶を受け取る。

 にこやかに振る舞ってはいるものの、目の前にいる夏季に対して、明博が強い苛立ちを感じている事に大賀は気が付いた。

 そしてそんな明博に対して、「本当にこいつ、おっかねぇなぁ」と思いながら、大賀は恐る恐る二人の様子を黙って見つめていた。そしてずずーっと大賀はゆっくりとお茶をすする。

 にこにこと笑ってはいるが、明博は全く夏季の用意したお茶に口を付けようとはしない。

 だがそんな明博の様子に気が付く事も無く、夏季は淡々と話を進める。

「笹野くんにも分からない謎?それってどういう謎なのかしら?」
「そうですね。強いて言うなら、昨日の一件でしょうか?」

 明博の一言に、夏季の身体の動きがぴたっと止まる。それを見逃さなかった明博は、静かに夏季にこう話した。

「昨日の一件、僕は若菜先生と夏季さんの問題に、立花さんが一方的に巻き込まれたような気がするのですが。いかがでしょう?」

 明博のその言葉に、湯のみを持つ夏季の手が小刻みに震える。

 緊迫した店の雰囲気に圧倒された大賀は、対峙する二人に対して、口を挟む事が出来なかった。

「……小夜子には、本当に悪い事をしたと思っているわ」
「だとしたら夏季さんは今日、立花さんのお見舞いに行かれたのですか?」
「それは……」
「行っていないのですね」

 強い語尾で話す明博の怒りが、頂点に達した事に気が付いた大賀はとても不安になった。

 この親友は本当に滅多に怒らないのだが、一度怒らせてしまうと後が厄介なのである。
 その事を重々承知している大賀は、「これ以上この姉ちゃんが明博を触発しませんように」とひたすら祈った。

「夏季さんも若菜先生も大人です。子供の僕達には分からない事情があるのでしょう。ですが立花さんを巻き込んだ以上、その説明を果たす責任があるのではないのですか?」
「……」

 その強く厳しい明博の言葉に、夏季は首部を垂れてうなだれる。

 そんな夏季に対して、とどめと言わんばかりに、明博は夏季を見下ろしてこう言った。

「子供を大人の事情に巻き込む。子供を危険な目に遭わせる。そして説明はせずに黙り込む……。夏季さんはそれで本当に良いのですか?」
「……」
「お茶、僕たち二人に出して頂いてありがとうございました」

「ではこれにて失礼致します」と言うと明博は横でハラハラとしていた大賀の腕をぐっと掴んで、日の出や書店から出ようとした。

 帰り際、大賀はストーブの横に居る夏季の方にチラリと目をやる。
 すると夏季の頬が濡れて、光っているのが、遠目でも、大賀には分かった。
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