11 / 26
第二章 公爵子息はみんなを幸せにして
4
しおりを挟む
王都の中心部。王立劇場。
「〝おお、なんということでしょう!あなた様を信じていたのに!愛していたのに!このような裏切りに合うとは!〟」
舞台の上で、貴族の未亡人役が大きくきれいな声を発する。
「〝許しは請わない。私には役目がある!君を騙し裏切ろうとも、果たさなければならぬ責務が!〟」
青年貴族役が、力強い仕草で演じる。
上演されている歌劇の内容は概ね以下の通り。
ある国で政争が起きる。保守派と革新派の争いは激化するばかり。革新派の工作員である青年貴族は、思想を偽り保守派に潜入する。政敵の貴族を病死に見せかけて毒殺し、未亡人となった妻の悲しみにつけ込んで近づく。敵の情報を入手するために。だが……。
「〝なぜ……!なぜわたくしを助けたのです!?〟」
「〝私にもわからない。あなたは全部を失った。これ以上奪われていいはずがない!なぜか……そう思えたのです……!〟」
保守派の刺客たちが、口封じに未亡人を始末しようとした。その時、青年貴族は味方であるはずの者たちに刃を向ける。未亡人は助かるが、彼自身は相打ちになり致命傷を負ってしまう。
「〝私は……あなたが嫌いだ……。ずっと嫌いだった……!亡夫への操もなく……私を求めた……。そんなあなたが……これからも嫌いだ……!〟」
ツンデレと表現するには、あまりにも悲しく切ない言葉だった。ミイラ取りがミイラ。青年貴族は身体と心を重ねるうちに、未亡人を本気で愛してしまったのだ。だから、最後になって変節した。
「あああっ……!あなた様は……あなた様はわたくしに最後に残ったものまで奪った!他ならぬあなた様ご自身を……わたくしから奪ったのですっ!」
未亡人が青年の亡骸にすがりつき、絶叫する。美しく悲しい声が、劇場中に響き渡る。
「〝残ったのは悲しみと悔恨だけ。夫人は思う。生きることこそ拷問。この世こそ真の地獄……〟」
少年たちが合唱を始める。切ない歌とともに緞帳が下りていく。
「この数ヶ月後、政争は革新派の勝利に終わる。長きにわたった争いに終止符が打たれ、平和が戻った。だが、愛おしい者をことごとく失った者たちの戦いは、ずっと続く」
ナレーションとともに、舞台は終わるのだった。
…………………………………………………
「下がって、下がってください!」「ほら、押さないで!」
「ウォルター様あっ!♡」「ジョルジュ様素敵いっ!♡」「ああ、行かないでえっ!♡」
舞台裏から廊下に出ると、少女たちの大群を守衛が押し返しているのが見える。花形役者の追っかけたちだ。皆瞳にハートを浮かべて、エネルギーがすごい。掴まらないうちに、楽屋へと急ぐ。
「お疲れ様。千秋楽に相応しい演技ができたじゃないか」
青年貴族役を務めたウォルターが、ウイッグを外しきらびやかな服を脱いでくつろぐ。20歳。かつてかわいい男の子だった彼も、立派な青年に成長した。
「うん。君も素晴らしかったよ。ウォルター」
未亡人役を務めたジョルジュがウイッグを外して化粧を落とし、肌の手入れをする。声もファルセットから男声に戻っている。ウォルターと同い年だが、こうして素顔に戻っても一見して女と見まがう美貌だ。ジェンダーレスを売りにしている以上当然とも言えるが。
楽屋には女はひとりもいない。なぜなら、男だけで演じられる形式の歌劇だからだ。日本の歌舞伎のように。性別を超越した美しさと圧倒的な演技力で、男女問わず人気がある。
「でもよかったのかい?中途組の俺が先輩たちを差し置いてこんな大事な役を」
ウォルターがすまなそうな顔になる。
「いいに決まってるだろう?ウォルターが一番青年貴族役にぴったりだし、客受けも上々なんだから」
(なにより、いい男になったしなあ……)
髪をとかす共演者の横顔を見ながら、ジョルジュは思う。
ウォルターは確かに馬術に優れていた。だが、上には上がいる。少年リーグを経て青年リーグに進むと、彼くらいの実力の者はざらにいた。プロになることを断念した友人を、思い切って劇団に誘った。美貌と声が大きいところは、役者に向いていると思ったのだ。そして、ジョルジュの見立ては正しかった。
『あの役者なんだかすごくないか?』『まだ荒削りだけど、表情がいいわね』『殺陣すごいじゃないか。あんなの見たことがないよ』
監督の意向で、試しに台詞の少ない暗殺者役で舞台に立たせた。予想通り、その優れた体術と身体能力で客を魅了した。それからは演技や歌の研鑽に励み、役者として頭角を現わしていった。
「失礼するわよ。千秋楽終わったし、アタシのウォルターを貸し出す時間はお終い」
背の高い、女優と見まがう美しさの女が楽屋に入ってくる。華麗な淑女に成長したマリアンヌだ。普通は、男しかいない楽屋に女が上がり込むのは好ましいとされない。が、若き監督兼演出家である彼女は例外だ。
(相変わらずだなあ……。嫌いじゃないけど……)
不機嫌を笑顔の下にうまく隠した同い年の姉に、ジョルジュは苦笑する。舞台後の役者を楽屋から連れ出す遠慮のない態度も許せた。彼女がウォルターに心底惚れていることを知っているから。
「〝おお、なんということでしょう!あなた様を信じていたのに!愛していたのに!このような裏切りに合うとは!〟」
舞台の上で、貴族の未亡人役が大きくきれいな声を発する。
「〝許しは請わない。私には役目がある!君を騙し裏切ろうとも、果たさなければならぬ責務が!〟」
青年貴族役が、力強い仕草で演じる。
上演されている歌劇の内容は概ね以下の通り。
ある国で政争が起きる。保守派と革新派の争いは激化するばかり。革新派の工作員である青年貴族は、思想を偽り保守派に潜入する。政敵の貴族を病死に見せかけて毒殺し、未亡人となった妻の悲しみにつけ込んで近づく。敵の情報を入手するために。だが……。
「〝なぜ……!なぜわたくしを助けたのです!?〟」
「〝私にもわからない。あなたは全部を失った。これ以上奪われていいはずがない!なぜか……そう思えたのです……!〟」
保守派の刺客たちが、口封じに未亡人を始末しようとした。その時、青年貴族は味方であるはずの者たちに刃を向ける。未亡人は助かるが、彼自身は相打ちになり致命傷を負ってしまう。
「〝私は……あなたが嫌いだ……。ずっと嫌いだった……!亡夫への操もなく……私を求めた……。そんなあなたが……これからも嫌いだ……!〟」
ツンデレと表現するには、あまりにも悲しく切ない言葉だった。ミイラ取りがミイラ。青年貴族は身体と心を重ねるうちに、未亡人を本気で愛してしまったのだ。だから、最後になって変節した。
「あああっ……!あなた様は……あなた様はわたくしに最後に残ったものまで奪った!他ならぬあなた様ご自身を……わたくしから奪ったのですっ!」
未亡人が青年の亡骸にすがりつき、絶叫する。美しく悲しい声が、劇場中に響き渡る。
「〝残ったのは悲しみと悔恨だけ。夫人は思う。生きることこそ拷問。この世こそ真の地獄……〟」
少年たちが合唱を始める。切ない歌とともに緞帳が下りていく。
「この数ヶ月後、政争は革新派の勝利に終わる。長きにわたった争いに終止符が打たれ、平和が戻った。だが、愛おしい者をことごとく失った者たちの戦いは、ずっと続く」
ナレーションとともに、舞台は終わるのだった。
…………………………………………………
「下がって、下がってください!」「ほら、押さないで!」
「ウォルター様あっ!♡」「ジョルジュ様素敵いっ!♡」「ああ、行かないでえっ!♡」
舞台裏から廊下に出ると、少女たちの大群を守衛が押し返しているのが見える。花形役者の追っかけたちだ。皆瞳にハートを浮かべて、エネルギーがすごい。掴まらないうちに、楽屋へと急ぐ。
「お疲れ様。千秋楽に相応しい演技ができたじゃないか」
青年貴族役を務めたウォルターが、ウイッグを外しきらびやかな服を脱いでくつろぐ。20歳。かつてかわいい男の子だった彼も、立派な青年に成長した。
「うん。君も素晴らしかったよ。ウォルター」
未亡人役を務めたジョルジュがウイッグを外して化粧を落とし、肌の手入れをする。声もファルセットから男声に戻っている。ウォルターと同い年だが、こうして素顔に戻っても一見して女と見まがう美貌だ。ジェンダーレスを売りにしている以上当然とも言えるが。
楽屋には女はひとりもいない。なぜなら、男だけで演じられる形式の歌劇だからだ。日本の歌舞伎のように。性別を超越した美しさと圧倒的な演技力で、男女問わず人気がある。
「でもよかったのかい?中途組の俺が先輩たちを差し置いてこんな大事な役を」
ウォルターがすまなそうな顔になる。
「いいに決まってるだろう?ウォルターが一番青年貴族役にぴったりだし、客受けも上々なんだから」
(なにより、いい男になったしなあ……)
髪をとかす共演者の横顔を見ながら、ジョルジュは思う。
ウォルターは確かに馬術に優れていた。だが、上には上がいる。少年リーグを経て青年リーグに進むと、彼くらいの実力の者はざらにいた。プロになることを断念した友人を、思い切って劇団に誘った。美貌と声が大きいところは、役者に向いていると思ったのだ。そして、ジョルジュの見立ては正しかった。
『あの役者なんだかすごくないか?』『まだ荒削りだけど、表情がいいわね』『殺陣すごいじゃないか。あんなの見たことがないよ』
監督の意向で、試しに台詞の少ない暗殺者役で舞台に立たせた。予想通り、その優れた体術と身体能力で客を魅了した。それからは演技や歌の研鑽に励み、役者として頭角を現わしていった。
「失礼するわよ。千秋楽終わったし、アタシのウォルターを貸し出す時間はお終い」
背の高い、女優と見まがう美しさの女が楽屋に入ってくる。華麗な淑女に成長したマリアンヌだ。普通は、男しかいない楽屋に女が上がり込むのは好ましいとされない。が、若き監督兼演出家である彼女は例外だ。
(相変わらずだなあ……。嫌いじゃないけど……)
不機嫌を笑顔の下にうまく隠した同い年の姉に、ジョルジュは苦笑する。舞台後の役者を楽屋から連れ出す遠慮のない態度も許せた。彼女がウォルターに心底惚れていることを知っているから。
11
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
学園の卒業パーティーで卒業生全員の筆下ろしを終わらせるまで帰れない保険医
ミクリ21
BL
学園の卒業パーティーで、卒業生達の筆下ろしをすることになった保険医の話。
筆下ろしが終わるまで、保険医は帰れません。
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる