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第二章 公爵子息はみんなを幸せにして
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翌日。公爵家の中庭。
「マリアンヌ。頼むから待ってよ。話し合おう?」
「うるさいわね!話すことなんかないわよ。こっち来ないで!」
必死で話し合おうとするジョルジュと、拒絶するマリアンヌ。互いに引くに引けず、いつのまにか庭を舞台に鬼ごっこが始まっていた。
(負けるもんか!逃がさないぞマリアンヌ!)
一般に、思春期は女の子の方が成長が早い。同い年でもマリアンヌの方が背が高く歩幅も長い。なにより体力があった。だが、ジョルジュにも男の子としての意地があった。ここで姉に逃げられてはならない。どれだけ息が切れようが脚がもつれようが、追いかけ続けた。
「なにかしら?鬼ごっこ?」
「いえいえ、姉弟の大事な意思疎通ですわよ」
東屋の中でお茶を飲んでいる姉ふたりが、生温かい笑みを浮かべる。なかなか大変なことになっているが、自分たちが口を出すべきではない。子どもは転んで泥だらけになって、強く逞しく成長する。後ろから見守り、どうしても必要なときだけ手を貸すようにすればいい。
「ぜい……ぜい……ぜい……ぜい……。し……しつこいわよジョルジュ……」
「ぜい……ぜい……ぜい……。マリアンヌが逃げるからじゃないか……」
体力を使い果たしたマリアンヌとジョルジュは、芝生に並んで大の字になる。貴族の子女としてだらしないが、お行儀よくしている余裕などない。
(よし……。今日は逃げられなかったぞ……)
ジョルジュは誇らしい気分だった。なんとかマリアンヌを引き留めることだけはできた。小さいが、確実な第一歩だった。
「ぜい……ぜい……。しょうがないわね……話ってなに……?」
「それは……最近マリアンヌがボクに冷たいじゃないか……?どうしてか聞きたいんだよ」
率直に尋ねてみることにする。
自分が粗相をしたなら謝るべきだし、逆に落ち度が内ならひとこと言ってやりたい。半分しか血がつながっていないとは言え、マリアンヌは姉だ。すげない態度を取られているのは悲しい。
「だって……。悔しいんだもん……男の子のあんたがアタシよりかわいいのが……」
「え……?」
ジョルジュは一瞬あっけに取られる。姉の言う意味がわからなかった。
「あんた……アタシよりまつげ長いし……。よく笑ってみんなに好かれてるし……。アタシ姉様たちみたいに美人じゃなくて……無愛想で……」
マリアンヌが泣きそうになる。少年は頭を叩かれた気分だった。マリアンヌはまだ子どもと言える年齢だ。これから美人になるのだ。愛想だって、今から練習すればいい。だが、本人はそうは思えていないようだ。
(親戚のおばさんが……ボクはよく笑うけどマリアンヌは愛想がないって言ってたことがあったっけ……)
ふと思い出す。おばさんにしてみれば何気ない一言だったが、マリアンヌにしてみれば気傷ついたかも知れない。
「マリアンヌ。ちょっと一緒に来てよ」
「え……?どこ行くのよ……?」
芝生から起き上がったジョルジュは、姉の小さな手を引いて歩き出す。
「こんなものかしら?ほら、鏡見てごらんなさい」
上の姉、ティアナが妹を化粧台に向かわせる。
「すごいよ!かわいいじゃないマリアンヌ!」
(思った通りだ。すこし化粧するだけでこんなに……)
少年は興奮する。ティアナに頼んでマリアンヌに薄く化粧を施してもらった。ほおはわずかに桃色に、目を少し大きめに見せる程度。だが、見違えるように愛らしく変身した。
「ほら、マリアンヌ笑って」
「ええ……?急に言われても……」
「これでどうだ!」
「ちょっ……。ぷっ……ふふふ……あはははははっ!」
相変わらずむすっとしていたマリアンヌが、大笑いを始める。ジョルジュの奥の手、変顔だ。これで笑わなかった者はいない。みっともないからと、普段は母や姉にやらないようにと釘を刺されているが。
「ホラ見てごらん?やっぱり笑った方がかわいいでしょ?」
ジョルジュが手鏡を掲げる。
「そ……そうね……。ありがと……ジョルジュ……」
少女は少しだけ自分に自信が持てたようだ。年相応に柔らかく幼く微笑む。
「あ……そうだ……。ティアナ姉様、お願いがあるのだけど……」
マリアンヌが上の姉に真剣な目で向き直る。そして……。
「うわああああん!やっぱりジョルジュ嫌い!あんたの方がかわいいじゃない!悔しい!」
泣いて怒りながら部屋を出て行ってしまう。
「そんなあ……」
残されたジョルジュは途方に暮れた。やっと同い年の姉の機嫌が直ったと思ったのに。傍らのティアナが『まずかったか』という表情になる。薄化粧を施したジョルジュは、確かにマリアンヌよりかわいく美しかったのだった。
「マリアンヌ。頼むから待ってよ。話し合おう?」
「うるさいわね!話すことなんかないわよ。こっち来ないで!」
必死で話し合おうとするジョルジュと、拒絶するマリアンヌ。互いに引くに引けず、いつのまにか庭を舞台に鬼ごっこが始まっていた。
(負けるもんか!逃がさないぞマリアンヌ!)
一般に、思春期は女の子の方が成長が早い。同い年でもマリアンヌの方が背が高く歩幅も長い。なにより体力があった。だが、ジョルジュにも男の子としての意地があった。ここで姉に逃げられてはならない。どれだけ息が切れようが脚がもつれようが、追いかけ続けた。
「なにかしら?鬼ごっこ?」
「いえいえ、姉弟の大事な意思疎通ですわよ」
東屋の中でお茶を飲んでいる姉ふたりが、生温かい笑みを浮かべる。なかなか大変なことになっているが、自分たちが口を出すべきではない。子どもは転んで泥だらけになって、強く逞しく成長する。後ろから見守り、どうしても必要なときだけ手を貸すようにすればいい。
「ぜい……ぜい……ぜい……ぜい……。し……しつこいわよジョルジュ……」
「ぜい……ぜい……ぜい……。マリアンヌが逃げるからじゃないか……」
体力を使い果たしたマリアンヌとジョルジュは、芝生に並んで大の字になる。貴族の子女としてだらしないが、お行儀よくしている余裕などない。
(よし……。今日は逃げられなかったぞ……)
ジョルジュは誇らしい気分だった。なんとかマリアンヌを引き留めることだけはできた。小さいが、確実な第一歩だった。
「ぜい……ぜい……。しょうがないわね……話ってなに……?」
「それは……最近マリアンヌがボクに冷たいじゃないか……?どうしてか聞きたいんだよ」
率直に尋ねてみることにする。
自分が粗相をしたなら謝るべきだし、逆に落ち度が内ならひとこと言ってやりたい。半分しか血がつながっていないとは言え、マリアンヌは姉だ。すげない態度を取られているのは悲しい。
「だって……。悔しいんだもん……男の子のあんたがアタシよりかわいいのが……」
「え……?」
ジョルジュは一瞬あっけに取られる。姉の言う意味がわからなかった。
「あんた……アタシよりまつげ長いし……。よく笑ってみんなに好かれてるし……。アタシ姉様たちみたいに美人じゃなくて……無愛想で……」
マリアンヌが泣きそうになる。少年は頭を叩かれた気分だった。マリアンヌはまだ子どもと言える年齢だ。これから美人になるのだ。愛想だって、今から練習すればいい。だが、本人はそうは思えていないようだ。
(親戚のおばさんが……ボクはよく笑うけどマリアンヌは愛想がないって言ってたことがあったっけ……)
ふと思い出す。おばさんにしてみれば何気ない一言だったが、マリアンヌにしてみれば気傷ついたかも知れない。
「マリアンヌ。ちょっと一緒に来てよ」
「え……?どこ行くのよ……?」
芝生から起き上がったジョルジュは、姉の小さな手を引いて歩き出す。
「こんなものかしら?ほら、鏡見てごらんなさい」
上の姉、ティアナが妹を化粧台に向かわせる。
「すごいよ!かわいいじゃないマリアンヌ!」
(思った通りだ。すこし化粧するだけでこんなに……)
少年は興奮する。ティアナに頼んでマリアンヌに薄く化粧を施してもらった。ほおはわずかに桃色に、目を少し大きめに見せる程度。だが、見違えるように愛らしく変身した。
「ほら、マリアンヌ笑って」
「ええ……?急に言われても……」
「これでどうだ!」
「ちょっ……。ぷっ……ふふふ……あはははははっ!」
相変わらずむすっとしていたマリアンヌが、大笑いを始める。ジョルジュの奥の手、変顔だ。これで笑わなかった者はいない。みっともないからと、普段は母や姉にやらないようにと釘を刺されているが。
「ホラ見てごらん?やっぱり笑った方がかわいいでしょ?」
ジョルジュが手鏡を掲げる。
「そ……そうね……。ありがと……ジョルジュ……」
少女は少しだけ自分に自信が持てたようだ。年相応に柔らかく幼く微笑む。
「あ……そうだ……。ティアナ姉様、お願いがあるのだけど……」
マリアンヌが上の姉に真剣な目で向き直る。そして……。
「うわああああん!やっぱりジョルジュ嫌い!あんたの方がかわいいじゃない!悔しい!」
泣いて怒りながら部屋を出て行ってしまう。
「そんなあ……」
残されたジョルジュは途方に暮れた。やっと同い年の姉の機嫌が直ったと思ったのに。傍らのティアナが『まずかったか』という表情になる。薄化粧を施したジョルジュは、確かにマリアンヌよりかわいく美しかったのだった。
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