デイノトルーパーズ 自衛隊の敵は6500万年前から来た

ブラックウォーター

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4ヶ月後 終わったはずだったものが

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01
 『第3班、配置につきました』
 『第2班、いつでも行けます』
 『第4班、準備良し』
 「了解だ。各班、突入開始!」
 中隊長を務める諏訪部の指示で、迷彩服とボディーアーマーに身を包み、89式小銃で武装した陸自の隊員たち50名が海と空から“ワスプ”へとなだれ込んでいく。
 「全員気をつけろ。さび付いて脆くなっているところがあるぞ」
 諏訪部は見る影もなくぼろぼろにさび付いた“ワスプ”艦内居住区の通路を進みながら、部下たちに注意を促す。
 もともとかなり老朽化していた艦だったが、ドック入りするどころか錆落としやリペイントさえ行われないまま長期間を過ごした結果は無残なものだった。外から少し見ただけでも喫水線の上までフジツボだらけで、塗装はほとんどはげていたし、排水機能が働いていないのか船体がわずかに傾いていた。
 『第3班より中隊長へ、やはり電源はだめです。燃料が残っていない上に、発電機が損傷しています』
 「明かりをつけるのは無理か…。よし、全部隊聞け。これより必ずツーマンセルで行動。面倒だがライトで照らしながら捜索だ」
 報告を受けた諏訪部は、89式のレールにアンダーマウントしたフラッシュライトのスイッチを入れる。
 「大丈夫でしょうか?暗視装置を使った方が…」
 「だめだ。暗視装置は見える範囲が狭くなる。
 そもそも、敵がいるとしたら銃を持った人間じゃなく、俊敏で獰猛な獣だ。暗視装置を使うメリットが大してない」
 第1班長を兼任する副隊長の言葉を、諏訪部はぴしゃりと遮る。
 副隊長は西普連でも腕利きで知られる指揮官で、ゲリラ対策の訓練でも好成績を残している。だがそれだけに、訓練で染みついた習慣が抜けないようだ。暗闇の中で明かりをつけるのを脊髄反射のように忌避してしまう。
 だが、今回に限っては敵は彼が受けてきた訓練で想定されたようなものではない。だからこそ、あの時恐竜が徘徊する島で6500万年前からの招かざる客との実戦を経験した自分たち、元混成部隊の隊員たちが急遽招集されたのだ。
 『弾薬庫安全確認。と言っても、予想通り何も残っていませんでしたが』
 『陸上部隊居住区確保。そこいら中ほこりだらけです。破棄されてから相当時間が経っているものと思われます』
 『CIC確保。誰もいません。電源は完全に死んでいます。だいぶ前に機能停止したようです』
 『ブリッジを捜索中。意外にきれいです。操艦自体は割と最近まで行われていたのか…。まるで幽霊船です。どうも気味が悪い』
 艦内の各所から続々と入る報告に、取りあえず諏訪部は胸をなで下ろす。
 万一狭い上に四方を鉄板で囲まれている艦内で恐竜と戦闘になった場合、跳弾や同士討ちを警戒しなければならないこちら側の方が圧倒的に不利になる可能性があったからだ。ともあれまだ油断はできない。腕の立つ隊員たちを選んで取りあえず艦内の要所を確保したのみ。50人の人手では、排水量4万トンの強襲揚陸艦の全てを実効支配することは困難だ。早いところ安全確保をして、海自と海保の人間を呼んで艦を完全なコントロール下におく必要があった。
 「この当たりが士官居住区。この先に艦長室があるはずです」
 タブレットの画面に読み出された図面を見ながら、ポイントマンの子安が先導する。
 “艦長室”と書かれた部屋には、意外にも鍵はかかっていなかった。何年も主が不在の部屋らしく、ほこりが積もり金属の部分はさび付いていたが、机に描かれたハクトウワシのレリーフは、間違いなくここが艦長室であることを示していた。
 「これは…。CD-Rか?」
 まず諏訪部の目を引いたのは、床に雑然と積み上げられた段ボールだった。一見するとCD-Rや大学ノート、そしてわら半紙らしい紙の束が雑然と詰められているように見えた。だが、よく見ると日付らしい数字が進むに従ってCD-Rから大学ノート、そしてわら半紙へと切り替わっているらしいことに気づく。
 「01.01.01…。これが一番古いということか?」
 諏訪部は情報担当の三曹を呼ぶと、ノートパソコンでCD-Rを読み込んでみることにする。
 無理をすれば読めなくもなかったが、面倒なので翻訳ソフトで日本語に訳してしまう。
 『01.01.01。
 “こちら”に飛ばされて最初の夜明けだ。
 我々は取りあえず、今日この日を元年の正月と決めた。1年を12ヶ月に分け、1日を24時間に分けて、それを前提に行動することが当たり前になっている我々にとっては、まず暦がなければ何も決められない。
 なにはともあれ、ささやかながら正月を祝うことにした。
 我々の新しい歴史の始まりだ』
 それは公式な記録とは別に、艦長がつけていた日記のようだった。艦長がまめに日記をつけるタイプだったのか、6500万年前に飛ばされて暇だったからなのかははきとはしない。だが、その日記はタイムスリップしてしまった艦のクルーと海兵隊員たちに起きたことが簡潔にわかりやすく書かれていた。
 『01.02.10。
 いずれ枯渇するであろう食料を自給自足する計画がスタートする。
 畑を耕し、艦内で食材として保管されていた野菜を栽培する計画だ。地質も気候もいまだに未知数ではあるが、とにかくやってみる他はないと結論づけた。
 また、石城島の一部が一緒に飛ばされてきたのはもっけの幸いだった。サトウキビやオレンジなどは貴重な甘味だ。また、サツマイモや麦などは酒の原料になるかも知れない。
 こちらに飛ばされてまだ1ヶ月なのに、娯楽や食事の多様性の不足が隊員たちを疲れさせ始めている。
 対策が求められるのだ』
 『01.03.24。
 農場の宿舎が肉食恐竜に襲われ、死者2名、重軽傷者7名を出す。
 こちらではやはり彼らこそ王者なのだと再確認する。
 死傷者が出たことで、将兵たちは再び殺気立ち始める。
 士官会議が開かれて対策が協議されるが、名案はない。農場が創業したことでみんながささやかな希望を抱いていたというのに、なんということだろう』
 日記は次第に絶望と諦念が満ちていく。
 そして、絶望に打ちひしがれていくのは艦長だけではないのが見て取れる。
 『01.12.25。
 ついに、不満を抱え込んだ海兵隊員による女性隊員への強姦未遂事件が起こる。
 ささやかだがクリスマスを祝うムードは一瞬にして将兵同士の疑心暗鬼と確執が渦巻く、ぎすぎすとした空気に変わってしまった』
 この強姦未遂事件を転機として、“ワスプ”の米兵たちの規律は急速に崩壊していくのが読み取れた。
 軍規違反や職務怠慢、犯罪が後を絶たなくなり、違反者を収容するために設立された収容所はすぐにいっぱいになってしまう。
 そして、軍法会議の結果を不服とした将兵たちによる反乱がついに起きることになったようだ。反乱を起こして武器弾薬を奪った脱走兵たちは逃亡し、森林に潜んだ。
 それは、あくまで規律と士気を保とうとする者たちと、野獣に身を落とした者たちの戦いの始まりだった。
 『05.08.14。
 またやられた。当直についていた警衛がドロマエオサウルスの襲撃を受けて殺された。
 今月だけで4人目のドロマエオサウルスによる死者だ。
 こうなると、不穏な噂は真実だと信じざるを得なくなってくる。
 脱走兵たちがドロマエオサウルスを捕獲、訓練して生物兵器に仕立て上げているという噂だ。
 確かに、ドロマエオサウルスは俊敏で優秀なハンターだ。軍用犬の代わりに使うことができれば強力な戦力になる』
 諏訪部と一緒に日記を読んでいた子安は、思わず目頭を押さえる。
 「なんてことだ。
 ドロマエオサウルスのあの獰猛さと残忍さは、訓練によって意図的に作り出されていたものだったってことじゃないですか。
 人間を意図的に襲って殺すように」
 「ああ、戦力においては圧倒的に不利だった反乱分子たちは恐竜を捕まえて飼い慣らし、兵隊として用いることを計画した。
 それは一定の成功を見たが、代償もそれなりに要求されたらしいな」
 諏訪部はそう言いながら日記を読み進める。
 『06.01.28。 
 苦労した果てに反乱分子の拠点の1つを発見。制圧のための部隊が編成される。
 だが、ヘリボーンで降下した反乱分子の基地には何も残っていなかった。
 いや、正確に言って死体以外は何も残っていなかったと表現すべきか。
 集団で脱走し謀反を起こしたドロマエオサウルスの奇襲の前に、反乱分子たちはひとたまりもなかったらしい。
 ある者は寝込みを襲われ、ある者は用を足しているところを襲われた。
 報告によれば反乱分子たちはろくに発砲もしないまま殺されていったらしい。
 自業自得とは言え耳に応えない話でもない』
 反乱分子たちはフランケンシュタイン博士と同じ末路をたどったらしい。
 「石城島と“イスラ・ヌブラル”で俺たちを襲ってきたドロマエオサウルスは、反乱分子に訓練された兵隊崩れってわけか」
 「米軍の馬鹿どもによって殺人鬼に仕立て上げられた恐竜が我々を新たな殺しの対象に選んだってわけですか。
 いい迷惑だ!」
 諏訪部の言葉に応じて、子安が忌々しげに吐き捨てる。
 これでとりあえず謎が1つ解けたことになる。ユタラプトルは戦いを極力避けるのに、ドロマエオサウルスはまるで戦いそのものが目的であるかのように襲いかかって来た。その違いは、ようするに前者が野生動物として合理的な選択をしていたのに対して、後者が人間によって意図的に作り上げられた殺人兵器として訓練された通りに行動していた結果。そういうことだ。
 だがそれは、とばっちりでドロマエオサウルスに殺された自衛隊員たちにとってはなんの慰めにもならない。
 ようするに、タイムスリップの危険を甘く見た果てに、愚かにも6500万年前に飛ばされた米兵同士の間に争いが起きて、それが現代の沖縄に飛び火した。反乱分子によって生物兵器にされた恐竜が制御不能に陥り、自分たちの同胞を殺したということだ。
 諏訪部は、“ワスプ”に誰も残っていなかったのは幸いだったなと思う。もし生き残りがいたら、仲間を殺された自衛隊員たちの怒りの矛先を向けられて殴り殺されていたかも知れない。
 「ほう、やつらなんとかして現代に帰ろうといろいろ試行錯誤していたみたいだな」
 話の方向を変えるために、諏訪部はCD-Rから大学ノートに切り替わった日記のあるページを指さす。
 『08.06.17。
 歴史を意図的に狂わせ、タイムスリップを誘発する計画。
 “クロノスの鍵”計画が士官会議によって承認される。
 もし、恐竜が絶滅せず、いわゆるKT境界の大絶滅を生き延びることがあれば、歴史は完全に狂うことになる。
 そうなったら歴史は我々という異物を排除しようと再びタイムスリップを起こす可能性がある。
 かいつまんで話せば実に荒唐無稽。飛躍した論理ではあるが、全く根拠がないわけではない。
 タイムスリップが起きた時の石城島周辺で観測された謎の電磁波が、かなり微弱ではあるが時折観測されるのだ。
 この電磁波が、我々という異物が歴史に干渉していることが原因で起きている原書であるとすれば、歴史への干渉を強めれば何かしらのリアクションが有る可能性は高い。
 例え何も起きなくとも、将兵たちには何か大切に思えるもの。端的に言えば希望となる者が必要なのだ』
 「嘘でもいい、勘違いでもかまわないからなにかをしていること。
 21世紀に帰ること。
 それが彼らが絶望せずに生きる張り合いになったってわけか」
 歴史を狂わせ、再びタイムスリップを引き起こす試みは、かなり詳細に、だがわかりやすく簡潔に記されていた。
 まず、前提として彼らが飛ばされた時代は、正に恐竜の時代が終わろうとしている時。原因は結局不明であったらしいが、気候がそれまでとは著しく変わり、恐竜たちが生きられる生活圏は急速に縮小していく。
 その状況に抗い、恐竜たちを活かし歴史を狂わせる。そのためにあの手この手で環境や生態系そのものに対する干渉が行われていった。
 まず、まだ飛行可能なF-35Bによって空を覆う分厚い雲を排除する。雲は火山ガスやちりが浮遊しているものだ。雲より高高度に水を散布し、次いで燃料気化爆弾を炸裂させる。そうすると、雲はみな雨になって地上と海に降り注ぎ、地表には日光が降り注ぐという手はずだ。
 その作業を定期的に行い、充分な日光を確保できたら次は環境の整備だ。
 植物が衰退して荒野になりつつある台地に木を植え、網で取った魚を肥料として森林を育てていく。
 火山の近くで比較的温かい場所を選べば、恐竜たちを定着させることも不可能ではない。
 時には北の丘陵や、西の内陸部から恐竜を捕まえてきて森林に放つ。
 あるいは恐竜の牧場を作り、ある程度まで成長したら野に放つ。
 それらの地道な作業を繰り返していくうちに、豊かな森林とサバンナに多くの恐竜が暮らす環境が整いつつあったようだ。
 気の長い話だし、最初は植えたばかりの木を喰われてしまったりと失敗もあったようだ。が、恐竜を絶滅させずに活かすという彼らの目的は成功へと向かっていた。
 「なるほどそれでか」
 子安がはたと膝を叩く。
 倉庫を捜索していたチームの報告によると、倉庫から大量の金塊やプラチナ、ダイヤモンド、サファイヤなどが発見されたらしい。
 恐らく、歴史を狂わせる計画と平行して採掘していたのだろう。
 せっかく21世紀に帰っても、無一文の着の身着のままでは悲しい。せっかくそこいらにお宝が埋まっているのだから、掘り出して持って帰ろう。そんな欲を出したというところか。
 「21世紀に帰ったら大金持ちだ。
 ビバリーヒルズに家を買って、フェラーリを乗り回して、フットボールやアイスホッケーだってオーナーズボックスで観戦できる。飛行機はいつもファーストクラス。
 それが彼らのモチベーションになっていたってわけか」
 諏訪部は米兵たちに少し同情するとともに、敬意も感じた。
 なんでもいい。21世紀に戻ることなどできないかもしれない。でも、なにもしないよりはなにかをしている方がずっといい。
 21世紀に帰ってセレブ暮らしするのを夢見ながら、額に汗して馴れない資源採掘を行う彼らの様子を想像して、その強さに少しばかり恐れ入ったのだ。
 「しかしまあ、そのお宝まさか全部アメリカさんのもんじゃないでしょうね?」
 「馬鹿言え、連中のせいでこっちは迷惑をかけられ通しなんだ。
 今起きてることだって、事情はわかるがやつらが引き起こしたことってわけじゃないか。
 おまけにどうやらこの船は無人。幽霊船のようだ。
 そしてここは日本だ。
 ぜんぶやつらにわたしてなるもんかよ!」
 諏訪部は、艦内にある貴金属や宝石の全部がアメリカの所有物だという話に納得するつもりはなかった。
 “今起きていること”の深刻さを考えれば特に。
 何はともあれ、“ワスプ”をこのままにしておくわけにはいかない。タグボートで移動させるか、あるいは艦そのものは諦めて必要な物だけ搬出するか。
 いずれにせよ、市ヶ谷(防衛省)と首相官邸がアメリカの圧力に屈するなんて事態はごめんこうむりたい。
 頼むからこれ以上状況を悪くする判断をして下さいますな。諏訪部は願った。
 

02
 話は1週間ほど遡る。
 石城島周辺でのタイムスリップ現象からちょうど4ヶ月が経過していた。
 いつも通りの金曜日。“お疲れ様”という空気は打ち砕かれた。
 都心に、石城島周辺に発生していたのと同じ周波数の電磁波が観測されたのだ。しかも、それは急速に出力を上げていく。 
 桑島たち、当時石城島で観測を行っていた研究チームが招集される。そして彼らが立てた予測は怖ろしいものだった。
 電磁波の出力や周波数の変化、発生源の移動などを観測した結果、東京を中心に一都三県に大規模なタイムスリップが起こる可能性があると予測された。
 “避難など間に合うのか?”“数百万人をどうやって避難させる?”“避難の法的な根拠はどうなる?”
 誰もが、政府も一都三県も何も決められず、多くの人間がタイムスリップに巻き込まれる悪夢を想像した。
 だが、意外にも政府と一都三県の反応は早かった。
 実際に石城島でタイムスリップが観測され、今も石城島と“イスラ・ヌブラル”には恐竜が徘徊している状況を前にして、避難の困難性や法的な問題など云々している場合ではない。と、たちまちコンセンサスが固まってしまったのである。
 列車やバスには臨時ダイヤが汲まれ、自衛隊や警察の車両やヘリ、輸送機を用いて速やかに避難は完了していく。
 桑島たちの必死の観測と分析で、タイムスリップが起こるであろう場所がかなり特定されていたことも、避難を円滑にした。どこに逃げれば安全か予想がついていれば、避難計画の作成は圧倒的に簡単になるのだ。
 そして、なんとか避難が完了したのを見計らったかのようにタイムスリップは起きた。
 ある程度予想はついていたこととは言え、みなその光景に驚愕した。自分たちが長い時間をかけて築き上げてきたビル街や鉄道、発電所が忽然と姿を消した。その代わりに、雄大な森林と丘陵が姿を現したのだから。
 具体的に言うと、横浜市の中区、西区、港北区から、川崎市の幸区、川崎区あたりまでが忽然と消滅して巨大な湾を形成したのだ。
 そして、川崎市の東部から大田区、港区を海岸線として、渋谷区、中野区、新宿区、豊島区までがごっそり太古の森林やサバンナと入れ替わってしまったのだ。
 事前に避難が完了していたため、タイムスリップに巻き込まれた人間は(少なくとも公式には)ゼロ。だが、やはり首都圏で大規模なタイムスリップが起きたという事実には、みな驚愕せざるを得なかった。
 あらかじめ創設されていた、政府と一都三県によって構成される対策本部がまず目を向けたのが、ちょうど新横浜駅があったあたりの入江に停泊する“ワスプ”だった。 
 さびついてフジツボに取り付かれ、朽ち果ててはいるが間違いはない。
 諏訪部たち、恐竜との実戦経験があるものたちで構成される捜索隊が送り込まれた。だが、内部からは有用な資料こそ山ほど発見できたものの、生存者は見つからなかった。
 そもそも、彼らが6500万年前に飛ばされ、タイムスリップが再び起こるまでにどれだけの時が経ったのか。誰も生き残れなかったとしても不思議はない。
 生存者認められずの報告を聞いた対策本部は、タイムスリップの揺り戻しが起きた時のことに思考を移していた。

 一方、現場は現在進行形の問題に直面してた。
 「地上部隊、無理せず道を空けろ!ケンカになる相手じゃない!」
 UH-60Jヘリから作戦の指揮を取る諏訪部は無線に向けて怒鳴る。地上に展開している自衛隊と警察の合同部隊は、目の前の招かざる客に道を空けるのに抵抗を感じているらしいが、意地やプライドでどうこうなる相手ではない。
 「対策本部、千代田区の住民と避難民を念のため避難させて下さい!
 アラモサウルスの群れがそちらに向かう可能性があります!」
 そう、可能性だ。確定ではない。だが、結果が出た後で行動しているのでは全てが手遅れだ。
 諏訪部は遠目にも良く見える巨体の草食恐竜の群れを見ながら対策本部に具申する。
 アラモサウルス。白亜紀後期まで生き延び、KT境界の絶滅の後も数十年間生き延びていたという説もある大型の竜脚類。
 目測でも大きいものは全長50メートルを超えているように見える。もし興奮したりパニックに陥ったりして暴れ出したら、何が起きるかは火を見るより明らかだ。
 それに、仮に倒すことができたとして、その巨大な死体をどうすればいいかという問題になってしまう。
 「つくづく恐竜と21世紀は相性が悪い!」
 そんな愚痴が諏訪部の口を突いて出る。21世紀、人間が生態系の頂点に君臨する世界では、全長50メートルの地上生物が悠々と歩いている状況などは当然想定されない。
 悪いことに、タイムスリップで送られて来た土地は、現代の人間の常識から考えれば非常に広いが、恐竜からすればあまりに狭いことは想像に難くない。
 石城島での教訓から、大型の恐竜となるとうかつに攻撃するわけにはいかない。となれば、恐竜が森林から人間の生活圏に迷い出て来ることを防ぐ手はないことになる。
 諏訪部は、恐竜たちが怪獣映画のように住宅を破壊する場面を想像した。
 どうかそうならないようにと祈ることしかできない自分がもどかしかった。
 
03
 『こちらノスリ。要救助者を確認。二時方向、距離700メートル。
 恐竜に襲われて立て込もっている模様』
 「確認した。降下して救出する」
 偵察と航空支援を兼ねて随行しているAH-64Dからの報告を受けて、諏訪部の率いる偵察部隊はUH-60J からロープで地上に降りていく。
 白亜期の密林には似つかわしくない、納屋か山小屋とおぼしい木造の建物に、ドロマエオサウルスの一団が群がっている。
 建物の中には人が立て込もっていて、槍や剣で必死に抵抗しているらしい。
 「やつら、まだこっちに気づいてないな。
 各員、射撃始め!建物に当てるなよ!」
 諏訪部の合図で、偵察部隊の隊員たちが一斉に89式小銃の引き金を引く。
 完全にわき腹を付かれた型になったドロマエオサウルスの群れは、一方的に蜂の巣にされていく。
 たちまちドロマエオサウルスの死体の山がきずかれ、残ったものも散り散りに遁走する。
 「やつら逃げて行きます」
 「やつらのずる賢さを甘く見るな!周辺を警戒!
 油断するな!」
 ドロマエオサウルスが逃げ去っても安心できない諏訪部は、周辺の警戒を命じる。
 「おい!大丈夫か?我々は自衛隊だ。助けに来たぞ!」
 諏訪部はそう言って建物の壁を叩くが、どういうわけか中から応答はない。
 「Please  open  the  door.We will  save  you!」
 ふと思い当たることがあって、英語で呼び掛けてみる。すると、恐る恐るという感じでドアが開く。
 諏訪部は少しだが希望を持った。"ワスプ"は生存者どころか人の痕跡さえない幽霊船だった。白亜期に飛ばされた米兵に生存者がいることは絶望的に思えたのだ。
 とは言うものの、自業自得とは言え、せっかくタイムスリップが起こったのに、誰も戻ってこられなかったというのも気の毒な話に思えたのだ。
 が、木造の建物を覗きこんだ諏訪部の視界に入ったものは、彼の予想を越えていた。
 「子供ばかりだと・・・?」
 てっきり、すっかり年を取って老人になった米兵を想定していたのだが、建物の中にいたのは子供ばかりだったのだ。
 人種的にはアングロサクソンやアフリカ系、あるいはヒスパニックなどだから、取りあえず日本人でないのは一目瞭然だ。
 だが、一番年かさでも高校生くらい、下の方にいたっては赤ん坊までいる彼らの年格好の説明がつかない。米軍に少年兵がいるという話は聞かないし、強襲揚陸艦の中に託児所があるという話はもっと聞かない。
 が、よくみると彼らの着ている服には見覚えがあった。かなり使い古されて、汚れて擦りきれているので分かりにくいが、米軍の迷彩服や作業着、パーカーなどだった。
 「あちらで産まれた子供たちというわけか・・・」
 諏訪部は鉄帽を脱いで頭をがしがしとかきながら天を仰いだ。
 彼らの両親は?彼らはこの先どうなる?日本にしろアメリカにしろ、彼らが現代で生きるのは容易ではないだろう。かといってここに置いていけば、早晩恐竜の飯になるばかりだ。
 「Chief. Thank you  for  saveing us.」
 思考停止している諏訪部に、子供たちの中で一番年上に見える少女が礼を述べる。15か16歳くらいか。栗毛と翠の瞳が美しい、なかなかの美少女だ。おまけに、迷彩服の上からでもわかるほど発育が良く、立派なものをお持ちだ。
 加えて、なかなか聡明でもあるらしい。日本語はわからないらしいが、偵察部隊の様子から諏訪部を指揮官と判断したらしい。
 名前を訪ねると、アンジェラと名乗った。
 まあ、子供たちを守るためならなんとかやってみるか。
 その考えが諏訪部にとって、この先待ち受けるであろうあまたの面倒ごとに立ち向かう動機となったのだった。

 沖縄は石城島で起きたタイムスリップに端を発する騒動は、いまだ終わりを見せる気配がない。

 了
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感想 1

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みんなの感想(1件)

松元
2020.12.31 松元

応援しています!

2021.01.03 ブラックウォーター

ありがとうございますけど

解除

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