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頑張ったびびりアイドルにねぎらいを

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「特効、用意よし。じゃあレベッカさん、準備してください」
「は…はい!」
 撮影監督の言葉に、レベッカは困り顔を必死で笑顔にする。
 怖かろうが自信がなかろうが、撮影のスケジュールは動かせない。
 やるしかないのだ。
「レディ、アクション!」
 カチンコの音とともに、レベッカがけだるそうにポーズを取る。
 長身と雄大な旨の膨らみ。褐色肌とエキゾチックな顔立ち。ファンタジーのヒロインをイメージしたコスチュームと相まって、謎めいた美女という印象だ。
 いつものびびりな女の子とはとても思えない。
(頑張れ、レベッカ)
 付き添っている克正は、胸の内で応援する。

 その日は、プロモーションムービーの撮影だった。
 それも、よりによって怖がりなレベッカがあまり好まないアクションものだ。
 イメージとしては、「モンスターが徘徊する上に罠だらけの遺跡で孤立した女戦士が、その力を駆使して脱出する」というものだ。
 かなり派手な特殊効果を用いる上に、アクションを行うレベッカの負担も大きい。
 ともあれ、自信が持てないだけで彼女の身体能力の高さは本物だ。
 加えて、新曲を売り出すにつけて、派手なアクションでファンの目を引く必要があるとなっては、是非もなかった。
「が…頑張りますう…」
 その活発そうな外見に反して大人しくびびりのレベッカ。
 だが、期待されると嫌と言えない性格でもある。
 渋々ながら、ムービーの撮影に同意したのだった。

 スタジオ内に設営された、破壊され尽くした遺跡をイメージしたセットの中。レベッカが華麗に走り抜ける。
「!!」
 その足下から、異形な紫の爆発が起き、青い炎が上がる。
 CGで作成したものとは比べものにならないリアリティと恐ろしさに、監督もカメラマンも息を呑む。
 もちろん爆薬などは使っていない。
 レベッカと、同じように異世界出身のADによって仕掛けられた幻影魔法だ。
 魔法力を光や音、振動に変えることによって、あたかも爆発が起きているように映るのだ。
 次々と起こる爆発の中を、レベッカのしなやかな身体が疾駆する。
 青い炎の中でも、その身のこなしに危なげはない。
「…!?」
 爆発の連鎖を免れたレベッカは、奇妙な部屋にたどり着く。
 4面が鏡張りの部屋だ。
 どういうわけか、朽ち果てた遺跡の中で、鏡だけがたった今磨いたようにきれいだ。
 後ろで重い金属音がする。
「しまった…!」
 今し方通り抜けてきた通路に、鉄格子が降りている。
 嫌な予感を裏付けるように、突然鏡が光を発し始める。
 鏡の表面に幾何学模様が浮かび、まるでゼンマイで駆動されているように動き始める。
 魔方陣だ。
 激しいスパーク音とともに、水平の光の帯が襲いかかってくる。
 それも複数が違う高さで。
 いわゆるレーザートラップだ。
「はっ!」
 レベッカは持ち前の身体能力の高さを生かし、ジャンプと宙返りで見事レーザーを回避する。
 当然、トラップの方もまだ諦めてはいない。
 レーザーの数とスピードは徐々に上がり、回避の難易度は跳ね上がる。
 だが、褐色肌の魔族の少女はスタイリッシュに避け続ける。
 レーザーも意地になっているのか、攻撃がどんどん雑になっていく。
 だが、それこそレベッカの思うつぼだった。
 破れかぶれとばかりに、無数のレーザーを同時並行に突入させてくる。
「ふん…!」
 レベッカはむしろチャンスとばかりにほくそ笑む。
 腰につけたポーチから、いくつもの銀貨を取り出し、レーザーに向かって放り投げる。
 磨き上げられた無数の銀貨の表面に、レーザーが乱反射してしまう。
 周辺の鏡が自ら放った攻撃を受けて、たちまちひび割れる。充填された魔法力が破裂し、鏡が砕け散る。
 一瞬だがレーザーが止んだ隙を突き、レベッカは走り出す。
 正面の壁にある扉に向けて、勢いをつけてジャンプ。
 跳び蹴りを食らわせる。
 朽ちていた扉はあっさり崩壊し、突破することに成功する。
「!」
 だが、安心したのも一瞬だった。
 とてつもなく広い部屋。
 見上げれば、そこにいたのは翼を持つ巨大なドラゴンだった。
 恐ろしく高い天井に届きそうな身の丈。
 その牙は、ひとつが10センチはありそうだった。
 だが、レベッカはひるまない。
 むしろ、ドラゴンに向けて不敵に笑う。
 そこで、物語は終わる。

「お疲れさまでしたー」
 撮影は、全てワンテイクで終了した。
 スタッフたちの緻密な打ち合わせ。幻影魔法の使い方の工夫。そしてなにより、この日のために予行演習を重ねてきたレベッカの、努力が実った。
「レベッカ。お疲れ様」
 克正は、精根尽きた様子のレベッカをねぎらう。
「ありがとうございます-…」
 撮影中の不敵な表情はどこへやら。魔族の少女はいつもの困り顔に戻っていた。
 仕事はしっかりしていても、本質的にびびりだ。
 撮影が終わった途端、恐怖と緊張が飽和してしまったと見える。
「あの…プロデューサー…」
「ん?どうした?」
 レベッカが床に座り込んだまま、ほおを真っ赤にしてもじもじとする。
「と…トイレ…」
「わかった…」
 レベッカのプロデューサーである克正には、それで通じた。
 恐怖で足腰さえ立たなくなってしまった魔族の少女をお姫様だっこして、スタジオのトイレに向かう。
 仕事中は集中力で持ちこたえられても、終わるとあっさり糸が切れる。それがレベッカだ。
 こういうことは今回が初めてではない。
「いつもごめんなさい、プロデューサー…」
 耳まで真っ赤になった顔を両手で覆うレベッカ。
「まあ、気にするな。頑張ったんだし、このくらいはな」
 克正はできるだけ優しい声で応じる。

 前に何かで見たことがある。
 太平洋戦争は、じり貧の日本を連合軍が追い詰めていったとされる。
 だが、連合軍にとっても現場は地獄だった。
 戦闘で精根尽き、迎えの車両が来ても座り込んだまま動けない米軍兵士の写真。
 その表情は、無残の一言だった。
 無論、幻影魔法は殺傷力はない。とはいえ、本物の火災や爆発と見分けはつかないし、直撃されればけっこう痛い。
 爆発やレーザーの中で大立ち回りを演じたのだ。
 レベッカのプレッシャーと恐怖は、並々ならぬものだったろう。
(俺が力にならないとな)
 プロデューサーとして、そう思わずにはいられない。
 アイドルが前線の兵士であるなら、プロデューサーは後方支援だ。
 全力を持って、背中を支えなければならない。
 それに、腰が抜けてトイレにさえ行けなくなってしまうびびりというのも、保護欲を刺激されるものがある。
 克正は、プロデューサー冥利に尽きる気分だった。

 結果として、プロモーションムービーは大きな人気を得た。
 ネットの有料動画は、すさまじい売れ行きを記録する。
 DVDとブルーレイの発売も、早々に決定された。
「いやいや、レベッカ君のアクションはすばらしい。これからも、かっこいいプロモーション映像頼むよ」
 上々な売り上げに、社長からお褒めの言葉をちょうだいする。が…。
「む…むり~…」
 肝心のレベッカ本人は、まるで乗り気でない。
 むしろ、プレッシャーでびびりは悪化していくのだった。
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