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眼鏡の優等生の苦しみを救え
陰からの支援
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02
数日後。
エグゼニアとその取り巻きたちは、悔しさで真っ赤になりながら登校してきた。
(まあ無理もないか。当然のことだけど、やつらにとっては理不尽だったろうから)
リディアに雇われた女性弁護士、エンデが、学院上層部と、いじめの加害者の保護者たちに訴訟をちらつかせて脅しをかけたのだ。
少年犯罪やいじめ対策を得意分野とするエンデの手腕は巧みだった。
相手を喫茶店やレストランなど人目のあるところに言葉巧みに呼び出し、「いじめ」「犯罪」「刑事事件」「慰謝料」と行った言葉を大声で使いながら交渉する。
学院の幹部たちも、加害者の保護者たちも、地位も名誉もたっぷりお持ちだ。
ついでに、いじめを知りながら放置していた、あるいは知っているべきだったのに見落とした、やましいところも少なからずある。
なにより、世間体が悪くなることを極端に怖れていた。
(そんなに世間体が大事なら清廉潔白に生きればいいものを。くだらない)
震え上がった彼らは、エンデの要求を全て呑み、慰謝料の支払いといじめの再発防止を約束させられてしまったのである。
(その怒りと屈辱の矛先はどこに行くか?)
当然のようにエグゼニアたちだ。
自分たちの顔の泥を塗り、立場や将来さえ危うくしたのだ。
おそらく、エグゼニアたちは、学院からは停学、退学もあると脅され、親からは家の恥だ、面汚しだと罵倒されたことだろう。
「ふざけやがって…」
「こんなことがあっていいのか…!」
エグゼニアたちは憎悪のこもった視線を投げつけてくるが、何もできずにいた。
「パトリシアさん、ありがとう。
あなたのお陰よ。転校しなければならないかと思っていたのに」
その日の休み時間、リディアが嬉しさで涙目になりながら礼を述べる。
だが、パトリシアはこれで終わりとは思っていなかった。
「甘いよ、リディアさん。
やつらの傲慢と理不尽な思考を甘く見積もらない方がいい」
そう言って、リディアは引き続き警戒を指示したのだった。
(小さな優位にしがみつく連中、感情的になったらなにやらかすかわからない)
パトリシアは、前世で男だった感性で考えてみる。
小さな優位にしがみつく者は、たいてい心にやましいものを抱えている。
かつての欧米植民地での人種差別がそうだ。
本国くらべれば一段下の植民地に住む存在であることを自覚している。
だからこそ、自分たちは白人で有色人種より上なのだという歪んだプライドにしがみついた。
そして、植民地で独立運動が起こると、狂気的な残虐さで弾圧した。
小さな優位を失えば、自分たちにはなにもなくなる、いや、今までのお礼参りをされる、と怖れたのだ。
(同じことが起きない保証はどこにもない)
パトリシアは危惧していた。いや、確信していたと言っていいかも知れない。
パトリシアの危惧は最悪の形で現実となる。
「ちょっとお付き合い願うよ」
「嫌です。エグゼニアさんたち。あなたたちに関わりたくない」
「偉くなったな。そんな返答許されると思ってるの?」
「そのハサミでどうしようっていうの?わたしを刺す気?」
いじめを叱責されたことを逆恨みしたエグゼニアたちが、集団でリディアを囲み、ハサミを突きつけてトイレに拉致したのだ。
リディアに持たせていた魔法式の発信器から救難信号を受信したパトリシアは、早速追跡する。
『録音機と録画機器全部出しなさい』
『エグゼニアさん。嫌だっていったら?』
『ふん、丸坊主にしてやるまでだ。明日からどんな顔して学院に来るのさ』
『それって傷害罪よ。エグゼニアさん、あなたわかってる?』
『は!証拠がどこにある?あたしらが互いに知らないって言えばそれまで。
誰もあんたの言うことなんか信じるもんかよ』
リディアにまだマイクがついていることを知らずに、エグゼニアたちはまくし立てる。
(急いだ方がいいな)
パトリシアは最寄りの公衆電話に向かう。
「警察ですか。聖メイラ学院で事件です。
友達が刃物を突きつけられてるんです!
とにかく来て下さいよ!殺されちゃうかも知れないんです!」
緊急通報を受けたオペレーターは、最初は学院のことは学院でというニュアンスだった。
が、刃物で脅されていると聞いて、さすがに緊急だと判断してくれたらしい。
(早く来てくれ!)
パトリシアは、後は祈るだけだった。
エグゼニアたちの脅迫はエスカレートしていく。
『弁護士を解任して、私たちのいじめにあったというのは全部嘘だったと認める。
この書類にサインしな』
『ずいぶん下品なやり方ね。まるで頭の悪い不良みたいよ、エグゼニアさん』
『ふざけんな!
お前が謝罪してうそだったと認めれば許してやるって言ってるのがわからないのか!?』
『そっちこそふざけないで!加害者はあなたたちなのに、なんで私が許してもらわなけりゃならないの!?』
マイクの中で怒鳴り合いは白熱していく。
『かまわないよ!髪切っちゃえ!』
『そうだ!優しくしてやってればつけあがりやがって』
(こりゃやばいかな?)
パトリシアはマイクから聞こえる内容に焦り始める。
だが、そこで間一髪二名の警察官が到着する。
「お巡りさんこっちです!」
「おい、君たち何をしているんだ!」
トイレの外で見張りを努めていた女を押しのけて、警察官が大声を出す。
振り向いたエグゼニアたちが凍り付く。
「何をしてるって…ちょっと話し合ってただけですよ…」
「ほう、これを話し合いっていうわけですか?」
ごまかそうとするエグゼニアに被せて、リディアが三つ編みの中に隠していた録音機を取り出して再生する。
先ほどまでの下品な恫喝が、大音響で再生される。
リディアは何度もエグゼニアの名前を呼んでいるから、言い逃れのしようがない。
「なるほど、完全に脅迫だな」
警察官がエグゼニアたちに厳しい目を向ける。
リディアの身体を調べて、二つの録音機を発見して油断していたエグゼニアたちはたちまち真っ青になっていく。
「おい、君たち!これはどういうことだ!誰が警察を呼んだ!」
そこに、図々しくもこのタイミングでナッソーが怒鳴り込んでくる。
その口調は、警察が来たことで自分の面子がつぶれることを怖れているものだった。
守るべきリディアのことは全く眼中にない。
「お巡りさん。学院のことは学院で解決します。
話し合いで解決できますから。
どうぞお引き取り下さい」
ナッソーはこの期に及んでもいじめを隠蔽するつもりのようだ。
(教師のくずが。話し合いで解決できないからこの有様だろ)
パトリシアは内心に毒づいた。
こんなやつがどんな手品を使ってこの学院の教師になったのやら。理解できない。
「いえ、話し合いで解決できないからこうなったんです。
お巡りさん、取りあえずこの人たちを連れて行って下さい。
もう少しで丸坊主にされるところでした」
リディアが訴える。
録音機の内容を聞いていた警察官は、取りあえずリディアの安全を確保すべきと判断したようだ。
「わかった。
君たち。とにかくちょっと来てもらうよ」
警察官の言葉に、取り巻きたちは大人しくなるが、エグゼニアはむしろ般若のような形相になって行く。
「冗談じゃない。警察なんか行かないわよ。
私のパパは司法省のキャリアなの。
下っ端の警察官なんかクビにするのはわけない。
悪いことは言わない。帰った方が身のためよ」
この期に及んでもプライドにしがみつくエグゼニア。
だが、その言葉は警察官たちをむしろ頑なにさせてしまう。
(馬鹿だね)
パトリシアは思う。
司法組織の人事は規則と法律に基づいて行われる。
いくら司法省のキャリアでも、娘に言われたからと法を執行しただけの警察官をクビにできるわけがない。
ついでにいえば、現場の公務員は面子をつぶされることを嫌う。
一度面を舐められれば、今まで通りに仕事ができなくなるのがわかっているからだ。
「いいから来なさい」
「離せ!」
エグゼニアは袖をつかんだ警察官を振り払い、あまつさえ手で押しのけてしまう。
(ばーか。公務執行妨害の現行犯だ)
パトリシアは呆れと快哉を感じていた。
「やむを得ん、手錠をかけろ!」
エグゼニアの態度にとうとう怒り出した警察官は、金属製の手錠をかけてしまう。
金属の枷を南京錠で止めるタイプで、重いが拘束力は高い。
だが、エグゼニアは激しく暴れ始める。
「離せええええーーーーっ!
私を誰だと思ってる!?こんなことしてただですむと思うなあああああっ!」
精神に変調を来しつつあるエグゼニアは、狂ったように暴れて叫びながら連行されていく。
(自業自得とはいえお気の毒。これからが地獄だとご承知ってわけだ)
パトリシアは考える。
その時エグゼニアを突き動かしていたのは、虚栄でも怒りでもなく恐怖であったことだろう。
学院に勝手にカーストを作り、自分を上位において他人を苦しめてきた。
それが、逮捕という形で下位に転げ落ちたらどうなるか。
エグゼニアはリディア以外にも多数の人間に陰湿ないじめを行っている。
今まで自分がしてきたことがそのまま、いや、何倍にもなって返ってくる。
それを自覚し、怖れているのだ。
「なんということをしてくれた」
かたわらではナッソーが理不尽な怒りで真っ赤になっている。
警察沙汰になった以上、いじめの隠蔽は絶望的と憤っているのだ。
(本当にクズだな。
教師として怒るところそこじゃないだろ)
パトリシアは内心で舌打ちした。
その後、取り巻きたちはなんとか処分保留で帰されたものの、エグゼニアはそうは行かなかった。
それまでやってきたいじめが全て明らかにされ、ついでに公務執行妨害もついて、家庭裁判所で審判となる。
少年院送致をなんとか免れたが、それに感謝するどころか逆ギレする。エグゼニアとはそういう女だった。
あろうことか、リディアを代理して自分を告訴した弁護士のエンデを逆恨みして脅迫し、また逮捕されてしまう。
今度は少年院送致確定だった。
当然民事でも告訴される。
エグゼニアの父である司法省のキャリアは、娘のスキャンダルを受けて失脚してしまう。
果ては、名門貴族であったデュカス家そのものにも影響が及ぶ。
それまで友好的だった大商人や金融機関、官公庁や政治家などから距離を置かれてしまったのだ。
「身内がスキャンダルを起こすような家とは付き合えない」
「キャリアも失脚しては魅力はない」
と総スカンを食らい、没落してしまうのである。
(まあ、当然だね。娘があんなことやらかしたのは、家の教育の結果なんだから)
パトリシアは週刊誌を読んで呆れかえる。
すっぱ抜かれた記事によると、デュカス家の教育方針そのものが相当に歪んでいたらしい。
「自分たちは名門貴族、選ばれた者。だから、選ばれなかった者を自分と同じと思ってはいけない」
と、子供のころから吹き込んでいたらしいのだ。
(エグゼニアのどうしようもない性格もむべなるかな)
パトリシアは嘆息するのだった。
数日後。
エグゼニアとその取り巻きたちは、悔しさで真っ赤になりながら登校してきた。
(まあ無理もないか。当然のことだけど、やつらにとっては理不尽だったろうから)
リディアに雇われた女性弁護士、エンデが、学院上層部と、いじめの加害者の保護者たちに訴訟をちらつかせて脅しをかけたのだ。
少年犯罪やいじめ対策を得意分野とするエンデの手腕は巧みだった。
相手を喫茶店やレストランなど人目のあるところに言葉巧みに呼び出し、「いじめ」「犯罪」「刑事事件」「慰謝料」と行った言葉を大声で使いながら交渉する。
学院の幹部たちも、加害者の保護者たちも、地位も名誉もたっぷりお持ちだ。
ついでに、いじめを知りながら放置していた、あるいは知っているべきだったのに見落とした、やましいところも少なからずある。
なにより、世間体が悪くなることを極端に怖れていた。
(そんなに世間体が大事なら清廉潔白に生きればいいものを。くだらない)
震え上がった彼らは、エンデの要求を全て呑み、慰謝料の支払いといじめの再発防止を約束させられてしまったのである。
(その怒りと屈辱の矛先はどこに行くか?)
当然のようにエグゼニアたちだ。
自分たちの顔の泥を塗り、立場や将来さえ危うくしたのだ。
おそらく、エグゼニアたちは、学院からは停学、退学もあると脅され、親からは家の恥だ、面汚しだと罵倒されたことだろう。
「ふざけやがって…」
「こんなことがあっていいのか…!」
エグゼニアたちは憎悪のこもった視線を投げつけてくるが、何もできずにいた。
「パトリシアさん、ありがとう。
あなたのお陰よ。転校しなければならないかと思っていたのに」
その日の休み時間、リディアが嬉しさで涙目になりながら礼を述べる。
だが、パトリシアはこれで終わりとは思っていなかった。
「甘いよ、リディアさん。
やつらの傲慢と理不尽な思考を甘く見積もらない方がいい」
そう言って、リディアは引き続き警戒を指示したのだった。
(小さな優位にしがみつく連中、感情的になったらなにやらかすかわからない)
パトリシアは、前世で男だった感性で考えてみる。
小さな優位にしがみつく者は、たいてい心にやましいものを抱えている。
かつての欧米植民地での人種差別がそうだ。
本国くらべれば一段下の植民地に住む存在であることを自覚している。
だからこそ、自分たちは白人で有色人種より上なのだという歪んだプライドにしがみついた。
そして、植民地で独立運動が起こると、狂気的な残虐さで弾圧した。
小さな優位を失えば、自分たちにはなにもなくなる、いや、今までのお礼参りをされる、と怖れたのだ。
(同じことが起きない保証はどこにもない)
パトリシアは危惧していた。いや、確信していたと言っていいかも知れない。
パトリシアの危惧は最悪の形で現実となる。
「ちょっとお付き合い願うよ」
「嫌です。エグゼニアさんたち。あなたたちに関わりたくない」
「偉くなったな。そんな返答許されると思ってるの?」
「そのハサミでどうしようっていうの?わたしを刺す気?」
いじめを叱責されたことを逆恨みしたエグゼニアたちが、集団でリディアを囲み、ハサミを突きつけてトイレに拉致したのだ。
リディアに持たせていた魔法式の発信器から救難信号を受信したパトリシアは、早速追跡する。
『録音機と録画機器全部出しなさい』
『エグゼニアさん。嫌だっていったら?』
『ふん、丸坊主にしてやるまでだ。明日からどんな顔して学院に来るのさ』
『それって傷害罪よ。エグゼニアさん、あなたわかってる?』
『は!証拠がどこにある?あたしらが互いに知らないって言えばそれまで。
誰もあんたの言うことなんか信じるもんかよ』
リディアにまだマイクがついていることを知らずに、エグゼニアたちはまくし立てる。
(急いだ方がいいな)
パトリシアは最寄りの公衆電話に向かう。
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友達が刃物を突きつけられてるんです!
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が、刃物で脅されていると聞いて、さすがに緊急だと判断してくれたらしい。
(早く来てくれ!)
パトリシアは、後は祈るだけだった。
エグゼニアたちの脅迫はエスカレートしていく。
『弁護士を解任して、私たちのいじめにあったというのは全部嘘だったと認める。
この書類にサインしな』
『ずいぶん下品なやり方ね。まるで頭の悪い不良みたいよ、エグゼニアさん』
『ふざけんな!
お前が謝罪してうそだったと認めれば許してやるって言ってるのがわからないのか!?』
『そっちこそふざけないで!加害者はあなたたちなのに、なんで私が許してもらわなけりゃならないの!?』
マイクの中で怒鳴り合いは白熱していく。
『かまわないよ!髪切っちゃえ!』
『そうだ!優しくしてやってればつけあがりやがって』
(こりゃやばいかな?)
パトリシアはマイクから聞こえる内容に焦り始める。
だが、そこで間一髪二名の警察官が到着する。
「お巡りさんこっちです!」
「おい、君たち何をしているんだ!」
トイレの外で見張りを努めていた女を押しのけて、警察官が大声を出す。
振り向いたエグゼニアたちが凍り付く。
「何をしてるって…ちょっと話し合ってただけですよ…」
「ほう、これを話し合いっていうわけですか?」
ごまかそうとするエグゼニアに被せて、リディアが三つ編みの中に隠していた録音機を取り出して再生する。
先ほどまでの下品な恫喝が、大音響で再生される。
リディアは何度もエグゼニアの名前を呼んでいるから、言い逃れのしようがない。
「なるほど、完全に脅迫だな」
警察官がエグゼニアたちに厳しい目を向ける。
リディアの身体を調べて、二つの録音機を発見して油断していたエグゼニアたちはたちまち真っ青になっていく。
「おい、君たち!これはどういうことだ!誰が警察を呼んだ!」
そこに、図々しくもこのタイミングでナッソーが怒鳴り込んでくる。
その口調は、警察が来たことで自分の面子がつぶれることを怖れているものだった。
守るべきリディアのことは全く眼中にない。
「お巡りさん。学院のことは学院で解決します。
話し合いで解決できますから。
どうぞお引き取り下さい」
ナッソーはこの期に及んでもいじめを隠蔽するつもりのようだ。
(教師のくずが。話し合いで解決できないからこの有様だろ)
パトリシアは内心に毒づいた。
こんなやつがどんな手品を使ってこの学院の教師になったのやら。理解できない。
「いえ、話し合いで解決できないからこうなったんです。
お巡りさん、取りあえずこの人たちを連れて行って下さい。
もう少しで丸坊主にされるところでした」
リディアが訴える。
録音機の内容を聞いていた警察官は、取りあえずリディアの安全を確保すべきと判断したようだ。
「わかった。
君たち。とにかくちょっと来てもらうよ」
警察官の言葉に、取り巻きたちは大人しくなるが、エグゼニアはむしろ般若のような形相になって行く。
「冗談じゃない。警察なんか行かないわよ。
私のパパは司法省のキャリアなの。
下っ端の警察官なんかクビにするのはわけない。
悪いことは言わない。帰った方が身のためよ」
この期に及んでもプライドにしがみつくエグゼニア。
だが、その言葉は警察官たちをむしろ頑なにさせてしまう。
(馬鹿だね)
パトリシアは思う。
司法組織の人事は規則と法律に基づいて行われる。
いくら司法省のキャリアでも、娘に言われたからと法を執行しただけの警察官をクビにできるわけがない。
ついでにいえば、現場の公務員は面子をつぶされることを嫌う。
一度面を舐められれば、今まで通りに仕事ができなくなるのがわかっているからだ。
「いいから来なさい」
「離せ!」
エグゼニアは袖をつかんだ警察官を振り払い、あまつさえ手で押しのけてしまう。
(ばーか。公務執行妨害の現行犯だ)
パトリシアは呆れと快哉を感じていた。
「やむを得ん、手錠をかけろ!」
エグゼニアの態度にとうとう怒り出した警察官は、金属製の手錠をかけてしまう。
金属の枷を南京錠で止めるタイプで、重いが拘束力は高い。
だが、エグゼニアは激しく暴れ始める。
「離せええええーーーーっ!
私を誰だと思ってる!?こんなことしてただですむと思うなあああああっ!」
精神に変調を来しつつあるエグゼニアは、狂ったように暴れて叫びながら連行されていく。
(自業自得とはいえお気の毒。これからが地獄だとご承知ってわけだ)
パトリシアは考える。
その時エグゼニアを突き動かしていたのは、虚栄でも怒りでもなく恐怖であったことだろう。
学院に勝手にカーストを作り、自分を上位において他人を苦しめてきた。
それが、逮捕という形で下位に転げ落ちたらどうなるか。
エグゼニアはリディア以外にも多数の人間に陰湿ないじめを行っている。
今まで自分がしてきたことがそのまま、いや、何倍にもなって返ってくる。
それを自覚し、怖れているのだ。
「なんということをしてくれた」
かたわらではナッソーが理不尽な怒りで真っ赤になっている。
警察沙汰になった以上、いじめの隠蔽は絶望的と憤っているのだ。
(本当にクズだな。
教師として怒るところそこじゃないだろ)
パトリシアは内心で舌打ちした。
その後、取り巻きたちはなんとか処分保留で帰されたものの、エグゼニアはそうは行かなかった。
それまでやってきたいじめが全て明らかにされ、ついでに公務執行妨害もついて、家庭裁判所で審判となる。
少年院送致をなんとか免れたが、それに感謝するどころか逆ギレする。エグゼニアとはそういう女だった。
あろうことか、リディアを代理して自分を告訴した弁護士のエンデを逆恨みして脅迫し、また逮捕されてしまう。
今度は少年院送致確定だった。
当然民事でも告訴される。
エグゼニアの父である司法省のキャリアは、娘のスキャンダルを受けて失脚してしまう。
果ては、名門貴族であったデュカス家そのものにも影響が及ぶ。
それまで友好的だった大商人や金融機関、官公庁や政治家などから距離を置かれてしまったのだ。
「身内がスキャンダルを起こすような家とは付き合えない」
「キャリアも失脚しては魅力はない」
と総スカンを食らい、没落してしまうのである。
(まあ、当然だね。娘があんなことやらかしたのは、家の教育の結果なんだから)
パトリシアは週刊誌を読んで呆れかえる。
すっぱ抜かれた記事によると、デュカス家の教育方針そのものが相当に歪んでいたらしい。
「自分たちは名門貴族、選ばれた者。だから、選ばれなかった者を自分と同じと思ってはいけない」
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