11 / 59
01 非日常の予感
まぶたに力を
しおりを挟む
07
「あ~心がしんどい…。はああああ…」
女子トイレの個室の中、瞳は盛大に嘆息する。
眼鏡をやめて髪を下ろすだけなのに、とんでもなく気疲れする。
女として最低限見栄えを良くするだけで、これだけ苦労するとは。
干物女子をやってきた3年間が重くのし掛かってくるようだった。
(でもまあ、これを機会に生活を改めるのもいいか)
勇人にきれいだと言ってもらえたのがまんざらでもなく、そんなことを思う。
洗面台の鏡とにらめっこになり、自分の状態を点検する。
化粧、まつげ、眉毛、アクセサリー。
(取りあえず問題ない)
女のおしゃれは頻繁なメンテナンスが必要。
それすら忘れていた気がする。
「こんなもんかな」
前髪をくしで流し、若干おでこが出るように調整する。
まだなにか足りない。
「まぶたにぐっと…力を…」
一度目を閉じて、ぱちっと開けてみる。
(うん、いい感じ)
眼鏡をかけていた時はわからなかった。意識してまぶたに力を入れないと、半分寝ているような眼になってしまう。
眼がぱっちりとしていれば、明るく活発な感じを演出できる。
満足した瞳はトイレを出る。
あまり時間をかけるとサボりだと思われてしまう。
「せーんぱい!」
「ひゃん!」
トイレを出たところで、誰かに後ろから抱きつかれ、胸の膨らみを両手で掴まれる。
誰かはすぐにわかる。
きれいで透き通った声には聞き覚えがあるし、急に後ろから胸を揉んでくるような女は一人しか心当たりがない。
「佐奈ちゃん…。もう…やめなさいってば…!」
「つれないなー先輩。急にきれいになっちゃったし…。
男ですね?男できたんですね?
ああ…あたしというものがありながらー!」
佐奈が“よよよ”とわざとらしく泣きまねをする。
水無月佐奈。25歳。
総務での瞳の後輩だ。
アダルトボブと丸顔、大きな目が特徴のかわいい系美人だ。
百合でチチモミスト。
最近ではセクハラになりかねないスキンシップの常習者だが、要領のよさと憎めない性格から問題にならずにいる。
(まったくこの子は…)
猫のようにくっついてくる佐奈に、瞳は途方に暮れる。
「誤解だよ…。もう…男ができたわけじゃないから離れて…!」
「はーい」
瞳に男ができたわけではないとわかると納得したのか、佐奈は素直に離れてくれる。
が…。
「で、男が原因じゃないとなると、どういう心境の変化です?」
佐奈は、瞳が眼鏡と髪留めをやめたことにはまだ興味が尽きないらしい。
(えーと…どう説明したものかしら…)
克己と酔ってことに及ぼうとするも失敗。
気まずくて仕切り直すこともできず。
その代わりとして、コンタクトにして髪を下ろす約束をした。
(だめだ…自分でも何を言ってるのかわからない…)
とても言葉で説明できるものではなかった。
「別に心境の変化ってものでも…。
単に眼鏡壊しちゃっただけだよ」
結局瞳ははぐらかすことにした。
当然のように佐奈は納得した様子がない。
瞳の正面に周り、透き通った眼で覗き込んでくる。
「あたしの眼はごまかせませんよー。
それにしては、すごくおしゃれできれいになってるじゃないですかー?」
「それは…。
今まで眼鏡で隠してたところがそのままじゃ、みっともなかったからで」
(うん、いいことが言えた)
切磋に返した言葉にしては悪くない。
そもそも、眼鏡をやめた経緯はともかく、おしゃれに気を使い始めたのはそれが理由だ。
「ほんとかなー?」
「本当だってば。もう戻るよ」
無駄話は終わりとばかりに、瞳は事務所に向けて歩き出す。
佐奈はまだ納得していない様子だったが、やむなしといった様子でついて来る。
事務所に戻るまでの間、やはり会う人間がことごとく瞳を見ては振り返る。
「ねえ佐奈ちゃん…。
みんな振り返るのはどうしてかな…?」
朝出勤してからずっとこの調子ではさすがに不安になる。
佐奈に忌憚のない意見を聞いてみることにする。
「へ?
決まってるじゃないですか?
先輩が突然お美しくなったから、ついみんな振り返るんでしょ?
特に、眼鏡かけてる姿しか知らない人にとっちゃ、誰かと思うでしょうからして」
佐奈が、何を当然のことをという調子で返す。
だが、瞳はまだ自分になにかおかしいところがあるのではないかと思わずにはいられなかった。
それこそ、一昔前のコントのように。
「本当に?なにかおかしいところとかない?」
「いや…。
普通にきれいですよ?
ていうか、きれいになりたいからおしゃれしてるもんだとばかり…。
みんなが振り返ったら不都合なんですか?」
瞳と佐奈の会話はさっぱり噛み合わなかった。
克己との約束と、単調な日常を変えるきっかけになるかもと、眼鏡をやめたことで妙なことになってしまったようだ。
「あ~心がしんどい…。はああああ…」
女子トイレの個室の中、瞳は盛大に嘆息する。
眼鏡をやめて髪を下ろすだけなのに、とんでもなく気疲れする。
女として最低限見栄えを良くするだけで、これだけ苦労するとは。
干物女子をやってきた3年間が重くのし掛かってくるようだった。
(でもまあ、これを機会に生活を改めるのもいいか)
勇人にきれいだと言ってもらえたのがまんざらでもなく、そんなことを思う。
洗面台の鏡とにらめっこになり、自分の状態を点検する。
化粧、まつげ、眉毛、アクセサリー。
(取りあえず問題ない)
女のおしゃれは頻繁なメンテナンスが必要。
それすら忘れていた気がする。
「こんなもんかな」
前髪をくしで流し、若干おでこが出るように調整する。
まだなにか足りない。
「まぶたにぐっと…力を…」
一度目を閉じて、ぱちっと開けてみる。
(うん、いい感じ)
眼鏡をかけていた時はわからなかった。意識してまぶたに力を入れないと、半分寝ているような眼になってしまう。
眼がぱっちりとしていれば、明るく活発な感じを演出できる。
満足した瞳はトイレを出る。
あまり時間をかけるとサボりだと思われてしまう。
「せーんぱい!」
「ひゃん!」
トイレを出たところで、誰かに後ろから抱きつかれ、胸の膨らみを両手で掴まれる。
誰かはすぐにわかる。
きれいで透き通った声には聞き覚えがあるし、急に後ろから胸を揉んでくるような女は一人しか心当たりがない。
「佐奈ちゃん…。もう…やめなさいってば…!」
「つれないなー先輩。急にきれいになっちゃったし…。
男ですね?男できたんですね?
ああ…あたしというものがありながらー!」
佐奈が“よよよ”とわざとらしく泣きまねをする。
水無月佐奈。25歳。
総務での瞳の後輩だ。
アダルトボブと丸顔、大きな目が特徴のかわいい系美人だ。
百合でチチモミスト。
最近ではセクハラになりかねないスキンシップの常習者だが、要領のよさと憎めない性格から問題にならずにいる。
(まったくこの子は…)
猫のようにくっついてくる佐奈に、瞳は途方に暮れる。
「誤解だよ…。もう…男ができたわけじゃないから離れて…!」
「はーい」
瞳に男ができたわけではないとわかると納得したのか、佐奈は素直に離れてくれる。
が…。
「で、男が原因じゃないとなると、どういう心境の変化です?」
佐奈は、瞳が眼鏡と髪留めをやめたことにはまだ興味が尽きないらしい。
(えーと…どう説明したものかしら…)
克己と酔ってことに及ぼうとするも失敗。
気まずくて仕切り直すこともできず。
その代わりとして、コンタクトにして髪を下ろす約束をした。
(だめだ…自分でも何を言ってるのかわからない…)
とても言葉で説明できるものではなかった。
「別に心境の変化ってものでも…。
単に眼鏡壊しちゃっただけだよ」
結局瞳ははぐらかすことにした。
当然のように佐奈は納得した様子がない。
瞳の正面に周り、透き通った眼で覗き込んでくる。
「あたしの眼はごまかせませんよー。
それにしては、すごくおしゃれできれいになってるじゃないですかー?」
「それは…。
今まで眼鏡で隠してたところがそのままじゃ、みっともなかったからで」
(うん、いいことが言えた)
切磋に返した言葉にしては悪くない。
そもそも、眼鏡をやめた経緯はともかく、おしゃれに気を使い始めたのはそれが理由だ。
「ほんとかなー?」
「本当だってば。もう戻るよ」
無駄話は終わりとばかりに、瞳は事務所に向けて歩き出す。
佐奈はまだ納得していない様子だったが、やむなしといった様子でついて来る。
事務所に戻るまでの間、やはり会う人間がことごとく瞳を見ては振り返る。
「ねえ佐奈ちゃん…。
みんな振り返るのはどうしてかな…?」
朝出勤してからずっとこの調子ではさすがに不安になる。
佐奈に忌憚のない意見を聞いてみることにする。
「へ?
決まってるじゃないですか?
先輩が突然お美しくなったから、ついみんな振り返るんでしょ?
特に、眼鏡かけてる姿しか知らない人にとっちゃ、誰かと思うでしょうからして」
佐奈が、何を当然のことをという調子で返す。
だが、瞳はまだ自分になにかおかしいところがあるのではないかと思わずにはいられなかった。
それこそ、一昔前のコントのように。
「本当に?なにかおかしいところとかない?」
「いや…。
普通にきれいですよ?
ていうか、きれいになりたいからおしゃれしてるもんだとばかり…。
みんなが振り返ったら不都合なんですか?」
瞳と佐奈の会話はさっぱり噛み合わなかった。
克己との約束と、単調な日常を変えるきっかけになるかもと、眼鏡をやめたことで妙なことになってしまったようだ。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
目が覚めたら男女比がおかしくなっていた
いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。
一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!?
「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」
#####
r15は保険です。
2024年12月12日
私生活に余裕が出たため、投稿再開します。
それにあたって一部を再編集します。
設定や話の流れに変更はありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる