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ブラックウォーター

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愛しい人に捧げる歌

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 『みんなー!まだまだ行くよ-!もっと大きな声で-!』
 ステージ上の真里音の呼びかけに応じて、ライブ会場全体に大きな歓声が響き渡る。
 真里音のライブは満員御礼だった。
 チケット予約急いで良かった。客席で志乃や“化野”の常連立ちと一緒にサイリウムを振りながら応援している洋一はそう思う。
 なんと今回の真里音のライブは、チケット予約受付開始後3時間で完売であったらしい。人数分調達できたのは僥倖と言えた。
 ステージ上で軽やかに舞いながら大きくきれいな声でJポップスを歌っていく真里音は、本当に生き生きとして見えた。
 大好きな演歌を歌うことができるようになったからかな?洋一はそう思った。
 真里音の演歌デビューは滑り出し好調で、CDの売上もまずまずと言えた。マスコミの受けも悪くなかった。“Jポップスで売り出しているシンガーが演歌?”と、当初こそ驚きを持って迎えられたが、真里音の熱意と努力が実って今は好評だった。
 だが、これはまだお試し期間。というのが事務所の下した判断だった。
 演歌を続けるのは認めるが、Jポップスとの二足わらじが条件。それが事務所の決定だった。
 世間がまだ演歌歌手としての真里音を認めたとは断言できない。とりあえず演歌の活動を継続して、様子見を、ということらしい。
 二足わらじとなっては真里音は当然忙しくなってしまったが、大好きな演歌を歌えるならと承諾した。それに、自分のJポップスを愛してくれるファンを裏切る気は、真里音には毛頭なかった。
 むしろ、Jポップスにも以前より生き生きと精力的に打ち込んでいるようにさえ見える。
 本当に歌うのが好きなんだな。洋一はそう思えるのだった。
 ライブ会場全体が熱気に満ちたまま、曲目は進んでいくのだった。
 
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 「あんっ!洋一くん…洋一くん大好き…♥もっとキスしてや…♥」
 「うん…ちゅっ…んん…。好きだよ真里音さん」
 “化野”の二階の座敷。夕べから泊まり込んでいる真里音と洋一は、朝からスローセックスを楽しんでいた。
 スローセックス。快楽やオーガズムの追求ではなく、互いに慈しみ合い、深い愛を追求するセックス。
 激しい性運動も、敏感な場所への愛撫もない。
 まず、前戯に30分以上時間をかける。当然、性器に触れることは極力避けて、肌を触れあわせることを意識する。
 互いに充分に高まって、相手を愛おしく感じてたまらなくなるまで肌を触れあわせ続ける。
 いよいよつながりたくて我慢できなくなったら挿入だ。互いに負担の少ない楽な体勢を取って、ゆっくりとつながっていく。
 そのまま最低でも20分は動かず、つながった感触を充分に味わう。
 「好き」「愛している」と愛の言葉を囁き合ったり、抱きしめ合ったりするのもいい。
 「なんだか、すごく気持ちいいね…」
 「せやねえ…♥なんや…身体だけやのうて心まで一つになってる感じで…♥」
 幸いにしてというか、脚をヒレに戻した人魚の身体は、構造上女の部分が人間に比べてかなり前にある。つまり、互いに向き合って横に寝て、身体を重ねた体勢でもそれなりに深くつながることができるのだ。
 楽な体勢で長く挿入を楽しむスローセックスと凶悪に相性がいいのだ。
 いつも激しいセックスを求めている真里音と洋一は、たまには穏やかに長くセックスを楽しんでみようかと、ネットでやり方を調べ、スローセックスを試してみることにしたのだ。
 洋一も真里音も、最初は長く楽しめるかどうか疑問に思っていた。激しいセックスの衝動を我慢できないのではないかと。
 だが、いざスローセックスをする前提で肌を触れあわせてみると、意外なほど心地よく、いつまでもこのまま愛し合っていたい気分になってしまった。
 互いに好きだと思う気持ちがあふれ出して、身体も心も溶け合ってしまいそうだった。
 「真里音さん…真里音さん…真里音さん…」
 「洋一くん…洋一くん…洋一くん…♥」
 名前を呼び合うだけで、どうしようもなく幸せな気分になっていく。こんな幸せな気持ちがあったのかと思えるほどだった。
 すでに挿入から3時間が経過しているが、飽きるということがない。ずっとこのまま抱き合って、愛し合い続けたいとさえ思えてしまう。
 「真里音さん…気持ち良すぎて…俺出そうかも…」
 「うん…うちはもう何度かイってるけど…またイきそうや…♥」
 腰を密着させたまま、性運動を全くしていないにもかかわらず、真里音と洋一は陰茎と蜜壺が触れあっている感覚だけでオーガズムに穏やかに上っていく。
 じんわりと一歩一歩、身体の奥が痺れるような感覚とともにオーガズムへの階段を上っていく。そんな感じだった。
 「ああ…すごく気持ちいいよ…」
 「うん…♥気持ち良くて幸せや…♥」
 もうオーガズムの半歩手前にいる。もう少しでオーガズムに達するというところのもどかしさと、じんわりとした心地よさが素晴らしい。
 真里音も洋一も、このままオーガズムの半歩手前を感じ続けたいとさえ思うほどだった。
 「出る…!」
 「ああ…♥イくっ…!♥」
 だが、幸福感と穏やかな快感に包まれた二人は、やがて同時にオーガズムに達していた。
 これも穏やかで不思議な感覚だった。
 洋一は射精しながら、これまでに経験したことのない満足感と幸福感を感じていた。身体の奥がじんわりと痺れて、射精が長く長く続く感覚が心地よかった。
 真里音もまた、今までの激しいセックスの果てのオーガズムとは全く違う感覚に驚いていた。洋一を愛おしく思う気持ちが溢れているせいだろうか。全身が性器のように敏感になって、身体中が甘くしびれて、全身の神経がオーガズムの感覚に支配されてしまっていた。
 真里音は眠ったまま性感が高まってオーガズムに達する、いわゆる夢イきを何度か経験したことがあったが、その感覚に近いかも知れない。とにかく、全身でオーガズムの心地よさを感じているのだ。
 穏やかで長く続くオーガズムの感覚を、二人はきつく抱き合って味わい続けた。
 「すごかったね…洋一くん…好きや…♥愛しとる…♥」
 「俺も真里音さんが大好きだよ…」
余韻が終わると。二人はキスを交わしながら、再び愛を囁き合う。
 スローセックスの心地よさは思った以上で、二人とも癖になってしまいそうだった。
 「しかし、久々に休みが合ったのに、していることがセックスってのも…。
 まあ、真里音さんがしたいなら俺も嬉しいんだけど…」
 真里音の身体を抱きしめたまま、洋一がふと切り出す。
 「なんやあ…?賢者タイムかいな?
 ええやん、最近会える時間もすっかり減ってもうたしな。うちが洋一くんと一番したいことはセックスなんやよ?♥」
 そう言った真里音は、洋一を抱き返す。
 「嬉しいよ真里音さん。じゃあ、このまま抜かずに続きしちゃう?」
 「そう言うてくれると思うとったよ♥ね…キスして…?♥」
 そう言って真里音は目を閉じる。洋一は唇を重ねていく。
 軽く触れあわせるだけだ。舌を入れて絡ませ合うと、激しいセックスの衝動に襲われそうだった。
 真里音も洋一ももう少しスローセックスを楽しんでいたかった。
 真里音は来週から関西へのライブツアーがあって、しばらくここを離れることになる。少し長く会えなくなる分、愛し合っていたかったのだ。
 「ちゅっちゅっ…♥洋一くんエネルギーをもっと補給させてや…♥」
 「もちろん…。補助燃料タンクまでいっぱいにしてあげるよ…」
 自分との触れ合いが、真里音のエネルギーになっているのが、洋一にはどうしようもなく嬉しかった。
 触れあっている内に、射精したばかりの洋一の陰茎は力を取り戻し始める。
 「我慢できずにイっちゃうのは、俺たちがまだスローセックス初心者だからかな…?」
 「どやろ…?うーん…じゃ次は、もっと長く愛し合う練習しよ…?♥」
 スローセックスにおいては、愛を深めることが目的で、オーガズムは二の次とされる。
 あれだけ気持ちいいオーガズムは真里音も洋一も素敵に思えたが、どうせなら長く愛し合いたいと思った。
 お互いをもっと好きになりたいと。愛おしいと思いたいと。全身全霊で心まで感じ合いたいと。
 洋一と真里音のスローセックスは、長く穏やかに続くのだった。

 二人が濃密に愛し合い続け満足して、スローセックスが一段落したのは、愛し合い始めてから5時間も経った昼過ぎのことだった。
 裸で湯巻き姿で布団の上に座り、洋一が下の台所の冷蔵庫にあらかじめ入れて置いてあった材料で作った、鶏うどんを二人で食べている。おかずは白菜漬けだ。
 まあ休日だしと言うことで、白ワインでランチワインにしている。
 「うん、ダシがきいてて美味しい♥」
 「ほんと、鶏のダシが麺に絡みついて最高だね」
 鶏の胸肉を一口サイズに刻んで、塩コショウと日本酒で味をつけながら表面を軽くフライパンで焼く。それをカツオだしの汁に入れてアクを取りながら中火で煮込む。
 うどんは固めに茹でて湯にさらす。
 しつこくなりすぎないようにする方法はいろいろあるが、洋一は台所で見つけたネギと梅干しを用いることにした。ネギはきざみ、梅干しは箸でほぐして薬味としていく。
 梅干しのすっぱさが、鶏のダシのこくと絶妙なアクセントとなっている。
 「梅干しか…」
 ふと、真里音は感慨深げな表情になる。
 「故郷を思い出すわ。
 うちが音楽を志したきっかけって、故郷の和歌山に地方巡業で来てた演歌歌手の歌に感動したからやったんやな…。
 忙しゅうて、Jポップスを歌うのが仕事になってもうて、すっかり忘れとったわ…」
 「真里音さん、時間は掛かったし回り道もしたけど、夢が叶って良かったじゃない」
 洋一のその言葉に、真里音は大輪の花のように笑う。
 上京して歌を始めた頃はとにかく歌いたかった。事務所とマネージャーにJポップスの才能を認められてデビューして、やがてチャートベスト10に入るまでになった。
 事務所とマネージャーは慧眼だったと言える。真里音のJポップスはたちまち人気を得て、スター街道を歩き出すことができたのだから。
 しかし一方で、いつの間にか“歌いたいから”ではなく“歌わなければならないから”歌っている状態になってしまっていたような気がする。
 それは苦しいことだった。
 そんなとき、背中を押して、演歌に挑戦しようと思わせてくれたのは洋一だった。自分が歌を志したきっかけを、本当は何が歌いたかったのかを思い出させてくれた。
 洋一くん、大好きや。ありがとう。
 真里音はあえて胸の中で、洋一に愛を囁き、感謝する。
 これも一つの愛の抱き方。感謝のしかただと思う。演歌に挑戦する決意をして、オーディションに合格したときから、何度となく洋一に愛を囁き、感謝の言葉を伝えてきた。
 でも、本当に心からの愛と感謝の言葉は、胸の中で囁くのがいいと真里音は思ったのだった。

 12
 それから数日後、洋一は“化野”で熱燗をちびちびとやっていた。
 テレビには、臨時特番の歌謡番組が映っている。
なかなか着物とアップにした髪が様になるようになった真里音が、力強く演歌を歌っている。
 壁掛けテレビのスピーカーを通してさえ、真里音の演歌は聞き惚れてしまうものがあった。
 「真里音さんがいなくて寂しいですか、洋一さん?」
 志乃が熱燗をお酌しながら聞いてくる。すこし寂しそうに。志乃もまた、真里音に会えなくて寂しいのだな。と洋一は思う。
 「少しね。でも、真里音さん今輝いてる。
 本当に歌いたい歌を歌えてる。こうしてテレビで演歌を歌ってるの見ると、嬉しくもあるよ」
 真里音は最近本当に忙しい。地方のライブツアーを行う傍ら、テレビ局の地方支局で歌謡番組の収録までこなしているらしい。
 Jポップスと演歌の二足のわらじは大変だが、当の真里音は楽しんでさえいる。
 “ファンに聞いてもらいたい歌と、うち自身が歌いたい歌。どっちも歌えるなんて夢みたいや”
 真里音がそう言っていたのを思い出す。
 真里音が充実しているなら、応援してあげるべきだしそうしたい。それが洋一の偽らざる気持ちだった。
 「しかし、真里音さん、歌は以前よりうまくなってるけど、それとは別になんだか以前と違うものがある気がするんだよね。
 なんだろ…心に響くものがあるっていうか…」
 それを聞いた志乃が、驚いた顔になる。
 「え…今さら…?
 洋一さんがそれをいうなんて…」
 「え…志乃さんには真里音さんが以前と何が違うかわかるの?」
 今度は洋一が驚いた顔をするのに、志乃が少し呆れた笑顔を見せる。
 「ていうか、洋一さんがわかってない方が意外なんですけどね…」
 優しくて気遣いができるのに、変な所で鈍くて朴念仁なんですから。志乃は少しおかしくなる。
 「志乃さん、真里音さんが以前と変わったところってなんなの?」
 「ふふ…それは私に教えられることではありませんよ。ご自分で考えて下さい」
 志乃に悪戯っぽくもまっすぐな眼差しで言われると、洋一はそれ以上聞くことができないのだった。
 さりとても、自分がわかっていて然るべきこと、しかも志乃にもわかることを自分がわかっていないのは一大事に思えた。
 
 『こんばんは、洋一くん♥』
 「遅くにごめん、忙しかった?」
 『いんや、大丈夫や。電話してくれて嬉しいで♥』
 “化野”からの帰り道。仕事をするには遅いが、まだ寝るには早い時間。
 洋一は真里音の携帯を鳴らし、先ほどの疑問を相談してみることにした。
 「じつはちょっと聞きたいことがあってさ」
 洋一は、先ほど感じたこと、そして、志乃にはわかっているのに自分にはわかっていないもの。真里音が以前より心に響く歌を歌えるようになった理由の正体を、真里音本人に確かめてみることにしたのだ。
 「真里音さん自身にはわかる?」
 『ふふふ…♥それはやね…。
 洋一くんに歌を捧げたいっちゅう気持ちで歌っとるからや♥』
 洋一はどきりとしてしまう。電話越しにも、真里音が自分を好きという気持ちが伝わってきたような気がしたのだ。
 「ほ…本当に…?」
 『そらもう、ほんまもほんまや。演歌は心で歌うなんていうよってな。
 うちなりに、どうしたら心で歌えるか考えてみたんよ。
 六本木でのオーディションの時から、愛しい人に捧げる歌ゆう気持ちでいつも歌っとるんよ♥』
 洋一はなんだか胸がいっぱいになる思いだった。真里音が自分を強く思ってくれていることを、改めて感じられたのだ。
 「なんか、すごく嬉しいよ!」
 『うちがステージの上で演歌を歌えるようになったんも、前よりも楽しく歌えるようになったんも、洋一くんのお陰や。
 洋一くんに出会えてほんまによかったわ。
 ありがとう』
 洋一と真里音は電話越しに笑い合う。
 「それにしても、会えなくてやっぱり寂しいよ。ライブツアーいつまでだっけ?」
 『明後日が千秋楽や。急いで帰るよって、また一緒に美味しいもん食べて…えっちなこともいっぱいしよな…?♥』
 真里音と洋一は約束を交わし、「おやすみ」と言って電話を切る。
 会えなくて寂しいのは真里音も同じであるらしい。
 でも、会えない期間は会えるまでの準備期間だと、洋一も真里音も思うことにしている。
 なかなか会えないからこそ、たまに会える時間を大切に思える。
 会えたときにいっそう、お互いを愛おしいと思える。慈しみ会える。
 今はそう思えるのだった。
 今度会えたら何を食べて、どんなセックスをしようか。
 真里音がもっと美しい歌を自分に捧げてくれるように。
 洋一は顔が自然とにやけてしまうのを抑えられないまま、家路に着いたのだった。

 つづく
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