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プロローグ
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空に無数の花火が上がっている。その中を、無数の戦闘機が飛び交い、壮絶な撃ち合いを演じる。
地上にいくつもの爆炎が上がり、クレーターが形成されていく。まるで原野を耕すかのように。
それは戦争だった。武力衝突とか武装テロとかの次元の話ではない。一線級の近代兵器を備えた二つの勢力の本格的なぶつかり合いだった。
「こちらグリフォン1!全部隊聞け!滑走路及び格納庫を最優先で防衛せよ!
味方を地上撃破させてはならん!」
日本初の国産ステルス戦闘機、F-3戦闘機計6機で構成される部隊の隊長。環大陸連合国平和維持軍空軍第1航空師団第52制空隊、通称"グリフォン隊"の指揮官である相馬猛徳一等空尉は、無線に向けて大声で伝える。
ここ、カーン大陸が内乱状態に陥り、武装ゲリラが跳梁しているのは情報として知っていた。が、まさか戦闘機を無数に保持しているとは完全に予想外だった。突然大挙して押し寄せた翼を黄色に塗装した戦闘機の集団に、平和維持軍派遣部隊がわは大混乱に陥っていた。
ましてここは地球から見て異世界だ。地球製の近代兵器が組織的に運用されているなど、まったく思いもよらなかったのだ。
いや、想定できていたにもかかわらず、想像力を欠いたという方が正しいか。
地球がわから派遣された軍隊組織から反乱や脱走が相次いで、装備ごと軍閥や武装ゲリラ化しているのは周知の事実だ。
『くそ!敵がこんな兵力を持ってるなんて聞いてないぞ!』
『やつら敗残兵じゃなかったのかよ!?』
彼の部下たちが悲鳴を上げる。
「無駄口を叩くな!敵に集中しろ!」
ゴオオオオオオッ
相馬は部下たちを無線越しに叱責しながらも、3機目のゲリラのF-16C戦闘機を撃墜していた。
とんだ滑り出しだが、機体の調子は悪くない。さらに1機のグリペン戦闘機をミーティア空対空ミサイルで撃墜しながら、相馬は思う。
日本が世界に誇るというか労力の使いどころがおかしいというか、このF-3においては最初から実装されているフライ・バイ・ライト(光ファイバーによる操縦系統の管制)の仕上がりは素晴らしい。
また、ステルス性能を追求しながらも、機体の基本性能において妥協していない設計はすばらしい。
機体の追従性と動きの柔軟さが、これまで乗ってきたF-2やF-35シリーズなどとは段違いだ。これほど軽やかかつ柔軟なマニューバを実現できているとは嬉しい限りだ。
おかげで、武装ゲリラがわの戦闘機はこちらを照準に捕らえるどころか、ついてくることさえできないでいる。
「そんな動きで!」
ギュウウウウウウウン
こちらの背後を取ろうとする2機のMig-29を嘲笑うように、相馬は上昇から捻り込みをかける。HMDに目標をとらえ、サイドワインダーを放つ。Mig-29は回避しようとするが間に合わず、2機が同時に火の玉となって後方に流れ去る。
妙だな。と相馬は思う。
武装ゲリラたちの戦闘機は、マニューバや反応速度こそすごいものがあるが、部隊単位の連携や戦術の面ではまるで素人だ。
やたらちぐはぐな印象を受ける。
個人個人の力量は高いが、チームプレーが拙いために試合に勝てない野球のチームが確かこんな感じだったはずだ。
さりとて、スポーツのチームではそういうことがあり得ても、戦場ではあり得ない。まして戦闘機を扱う実戦部隊ならなおのことだ。いくら相手が武装ゲリラであることを勘定に入れてもだ。
個人の技量が空戦を決する時代は第二次大戦で終わった。
現代の戦闘機パイロットはまず第一に仲間との連携、チームプレーを教え込まれる。そうしなければ死ぬからだ。
無線とデータリンクで情報を共有し、ミサイルやレーダーの性能が空戦の是非を決する近代戦において、個人の技量はあまり問題にならない。
チームとしてどれだけ強いかが問題なのだ。なぜなら、よほど性能差がない限り単独より多数の方が強いからだ。
となれば、連携ができるがわとできないがわの勝負は最初から決まっている。できないがわは分断され各個撃破されるだけだ。
野球に例えるなら、どれだけ個人でホームランを打ったとしても、それを勝ち越しにつなげられなければ試合に勝てないことに似ていると言えよう。
「全部隊、敵1機に対して2機ひと組を維持せよ!
奴ら技術はすごいが、連携は素人だ!」
相馬が平和維持軍全部隊に告げた指示はてきめんだった。個人個人の技量をたのむしかない武装ゲリラがわは、2対1の戦闘になるとたちまち馬脚を現し始めた。
闇雲にドッグファイトを挑むしかないゲリラがわの戦闘機は、なすすべもなく撃墜され始める。
平和維持軍は航空隊に加え、地上からの対空自走砲や地対空ミサイルの攻撃が加わり、ゲリラたちの航空隊に対し一方的な優位を確保しつつあった。
『こちら司令部!敵の航空隊の攻撃を受けている!エアカバーを頼む!』
無線から幕僚らしい男の落ち着きのない声が響く。
相馬は一瞬考える。司令部が攻撃を受けているのは問題だ。だが、同時に、武装ゲリラがわの誘導爆弾を装備したF-16Cの部隊がしつこく格納庫や滑走路、弾薬庫を狙っているのが目に入る。
どちらを優先すべきか?
「司令部、申し訳ないが今は手が放せない」
相馬は無線にそう返答していた。
司令部はいわば部隊の脳だ。対空防御は強固だから大丈夫だと判断した。
からではない。司令部が大丈夫だろうとそうでなかろうとどうでもいい。そう思えていたのだ。
今はとにかく装備と弾薬庫が優先と。
この相馬の判断が、良くも悪くも平和維持軍カーン大陸派遣部隊のその後を決めることになる。
一瞬後、誘導爆弾が対空砲火をくぐり抜けて投下される。そして、地上で派手な爆発が起こり、司令部があった場所にクレーターができていた。
02
「各部隊の指揮官が全員集まっていたんです。
完全にしてやられましたね」
司令部の幕僚の生き残りが他人事のように言い放つ。
司令部のあまりの無能不明と、あまりに下らない全滅の仕方に笑うしかないという雰囲気だ。
「平和維持軍も質が落ちたものだな」
相馬はヘルメットで蒸れた髪をがしがしとかきながら相手をする。
何とか武装ゲリラの航空隊を撃退して地上に降りてみればこの有り様だ。
司令部には各部隊の指揮官クラスが集まって宴会が行われていたらしい。みんな酒に酔っていて、武装ゲリラの奇襲に対してまともな指示を出せなかったのだと言う。
しかも、対空防御を担当する部隊が、どうせ相手は武装ゲリラに過ぎないと侮って、マニュアル通りの警戒態勢を取っていなかったというのだから呆れる他ない。
なんたる体たらくだ。
相馬は思う。
カーン大陸には、地球製の近代兵器で武装したゲリラが跳梁しているのは事前に全部隊に周知されていたことだ。
それ以前に、各部隊の指揮官が全員同じ場所に集まっているなど正気の沙汰ではない。誰か別の場所に置いておかなければ、一発の爆弾やミサイルで司令部が全滅ということもあり得る。
そして実際そうなった。
「軍の官僚主義と士気の低下のせいです。
人の質まで落ちているわけじゃない」
そう後ろからかけられた声に相馬が振り向くと、そこにいたのは龍坂玄治郎一等空尉だった。第4.5世代戦闘機であるF- 15JSの部隊の指揮を預かっている。余談だが、“ボ神戦争”と呼ばれた平和維持軍の内乱の英雄にしてエースパイロット、龍坂素子二等海佐(戦死により二階級特進)の双子の弟でもある。
その後ろには、各部隊の現場指揮官クラスがそろっている。問題なのは、一見して若いものばかりだということだ。
「まさか、これで全員ですか、指揮官の生き残りは・・・?」
「おおむねそのまさかです。
佐官以上の参謀や実働部隊の指揮官は全員戦死か負傷。見事にやられたもんですな。
武装ゲリラに情報が漏れていた可能性があります」
渋面を浮かべて問う相馬に、苦笑いを浮かべた龍坂が返答する。
ここまで完膚なきまでにやられると、もはや無念という感情も持てないと言うことか。
実際、相馬も頭が痛くなる思いだった。佐官以上の士官がほぼ全滅したと言うことは、派遣部隊は船頭を失った船も同然だった。
「となれば、生き残った者で部隊を再編する必要があるな。
臨時に自分が指揮を取ろうと思うがどうか?」
相馬はそう言って指揮官たちを見回す。
反対するものはいなかった。もろ手を上げて賛成はしないが、反対する理由もとりあえずないと言うことか。
とりあえずはそれでいい。相馬はそう考えることにする。
上級士官が全滅の憂き目にあったからと言って思考停止しているわけにはいかない。作戦を続行するにせよ中止するにせよ、部隊の再編はしなければならない。
総勢二万人の派遣部隊の指揮は、一等空尉に過ぎない自分にはやや重荷だが、代わりの司令部要員がよこされて来るまでのことだ。
沖合を航行中の平和維持軍艦隊は今のところ無傷だから、あちらから指揮を取れる人間をよこしてもらってもいいかも知れない。
とにかく今は体勢を立て直すことが最優先だ。
あちこちから煙が上がる基地を見回しながら、相馬はそう考えることに決めた。
司令代行という仕事は思った以上に大変だった。
司令部だけでなく、幕僚も壊滅状態では、ほとんど全ての問題や案件が相馬の元に上がってくることになる。
そうせざるを得なかったからだ。武装ゲリラの奇襲を生き残った士官のほとんどが尉官以下という中で、誰かが貧乏くじを承知で部隊の実務と運用に関して決定をしなければならなかったのだ。
相馬より階級の高い士官の生き残りもいるにはいたが、軍医や技術将校など専門家ばかりで、部隊の指揮を取れる訓練を受けているものがいなかったのだ。
仮設テントの事務所に置かれた相馬の机の上には、たちまち書類の山が築かれることになった。
「一尉、ちょっとお耳に入れておきたいことが…」
技官の一人が改まった表情で声をかけてくる。彼が差し出した書類に目を通した相馬は、自分の目を疑った。
「おいおい、なんの冗談だ?こんなことあり得ないだろう?」
「お言葉ですが、交戦したパイロットに裏を取りました。
どうやら間違いないようです」
技官がぴしゃりと言い返した言葉に、相馬は残酷な現実を認めざるを得なくなる。同時に、これはどういうことかという疑問が湧いてくる。
「そのパイロットを呼んでくれないか?」
技官に向けてそう言った相馬は、慌ただしく席を立ったのだった。
03
基地の死体安置室の中、相馬はボディバッグに包まれた亡骸に心ばかりに手を合わせると、ジッパーを下ろしていく。
「まさか…まだ信じられんな…」
「ですが事実です。残念ながら」
目の前の現実がまだ信じられない相馬に被せるように、呼ばれて同席した龍坂が言う。
「このパイロットが乗っていたグリペンを撃墜したのは間違いなく自分です。
フライトレコーダーの映像でも確認しました」
そう言って、龍坂はパソコンの画面と何枚かの写真を相馬に見せる。
ゲリラがわの戦闘機と交戦中の映像に映っているのは、間違いなくこのパイロットが乗った機体だ。コックピットの中に見えるヘルメットにこちらの世界の言葉で何かが書いてある。おそらく座右の銘かスラングだろう。そして、撃墜されて不時着した現場で取られた写真には、同じヘルメットが映っている。どうやら龍坂が撃墜したのはこのパイロットの機体で間違いないようだ。それはいい。
問題なのは、このパイロットがどう見ても地球生まれの人間ではないということだ。
「こっちの世界の人間だよな…?」
「地球にネコミミをもつ種族がいるなら話は別ですがね…」
誰ともなく問う相馬に、龍坂もまだ半信半疑という調子で相手をする。
無理もない。目の前にある女性パイロットの死体は、どう見てもこちらの世界の獣人の一種、猫人と呼ばれる種族だったからだ。猫そのものの細かい毛に覆われた三角の耳を持ち、同じく毛に覆われたしっぽもある。しかも、どう見ても20歳に達していない。下手をすれば子供かもしれない。
相馬や龍坂はもちろん、その場に同席している技官も医官も“一体どういうことだ?”という疑惑の霧の中だった。
パイロットの中でも、戦闘機パイロットという人種は要求されるハードルが桁違いだ。
基本的に全員が大卒以上の知的レベルを持ち、必死で座学を学んでペーパーテストに通るところから始まる。その上で専門的な知識をたたき込まれ、体力テストや操縦適正テストに石にかじりつくようにして合格。シュミレーターで実技を学び、練習機を飛ばす。教官に尻を叩かれ怒鳴りつけられ、狭き門をくぐってやっと機体を受領できる。
それが普通だ。
こちらの世界の人間、それも20歳を過ぎているように見えない少女といってもいい人間に戦闘機が操縦できるものとは思えない。
なんと言っても、こちらの世界の教育制度は整っていない。識字率は低いし、簡単な計算さえできない人間が多い。
そもそも土台からして戦闘機パイロットを大量に揃えられる環境ではないのだ。
「その不時着した機体だが、なにか変わったところはなかったか?」
「それなんですがね。操縦系統のハードウェアは完全に壊れてはいませんでした。
コックピットのシステム自体におかしなところはとくになかったんですが、ソフト面を解析してみたところ妙なOSが組み込まれていたんです」
相馬の言葉に応じた技官が、プリントアウトされたA4の書類を手渡す。どうやらシステムの起動画面と思しい画像の一番上にある文字は、“eighth senses system”と読めた。
「わかった。先生、申し訳ないが彼女の身体をできるだけ詳しく調べてくれ。
それと、情報士官を集めて調査させよう。
自分のカンだが、嫌な予感がするんだ」
相馬はそう言うと、医官に獣人の女性の亡骸を詳しく調査することを指示するとともに、この謎のシステムについて調査するためのスタッフチームの編成を情報士官たちに指示することにした。
相馬は子供の頃ロボットアニメが大好きで、大人になった今でもロボットアニメの金字塔となったシリーズは欠かさずチェックしている。
フィクションと現実は区別されるものと了解しながらも、相馬はほとんど確信に近いものを抱いていた。
おそらく、何らかの方法で即席の戦闘機パイロットを量産する方法が確立していると見るべきだ。それもかなりの粗製濫造のレベルで。そう考えれば、先だっての武装ゲリラの奇襲の時の状況も納得がいく。
敵の操縦技術そのものは高いのに、部隊行動や戦術の構築となるとまるで素人にしか見えないのは、実際に素人だと考えれば筋が通るのだ。操縦の技術はあっても戦闘の訓練はろくに受けていないと考えれば。
最低限、機体の飛ばし方とミサイルや機銃の撃ち方だけ教えられて、そこから上のレベルのことは全く教わらないまま鉄砲玉のように戦場に放り出されていく若者たち。
まだ可愛い顔をした少年や少女たちが、外科手術や薬物の投与で即席のパイロット、というよりは兵器の部品に無理やり仕立て上げられていくところを想像して、相馬は顔をしかめた。龍坂ら、同席している者立ちも同じだったらしい。
軍務という仕事を美化する気は誰しもない。どんな能書きを並べようが、軍人は結局は人殺しだ。そのために存在し、その為に訓練を受け、その為に武器を預けられる。
だが、人の命を奪うという行為をする以上、相手は選びたいし、大義もなく命を奪うようなことはしたくない。
それは軍人として自然な感情と言えた。
無理やり兵士に仕立て上げられ、なにもわからないまま戦わされているだけの若者に銃弾やミサイルを撃ち込むなど、できれば誰しもごめん被りたかったのだ。
かくして異世界の暦で新暦107年双子月12日。
環大陸連合国平和維持軍、カーン大陸派遣部隊の上に、暗雲がたれこめようとしていた。
つづく
応援ありがとうございます!
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