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01

麗しの戦士たち

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 04
 さて、一方シエラに向かった龍坂の部隊、平和維持軍空軍第1航空師団第125制空隊、通称“ペガサス隊”は、ちょっとした、というよりかなり深刻なトラブルに遭遇していた。
 「Mig-29の方はイエローフラッグスだな。F-16Cの部隊は土地の勢力か?」
 シエラまであと15分というところで、6機のMig-29と2機のF-16Cの空戦に遭遇してしまったのだ。
 『隊長、双方ともまだこちらに気づいていません。今ならやり過ごせます』
 副隊長の具申に、龍坂は一瞬考える。確かに、ここには戦闘をしに来たわけではない。だが、これからイエローフラッグスへの共闘を申し入れようという時に、そのイエローフラッグスに襲われている者を見捨てるのはうまくない。
 「いや、F-16Cを支援するぞ!現場指揮官の権限を持って戦闘を許可する!
 続け!」
 ゴオオオオオオオオオオオオッ
 龍坂はそう言うと、アフターバーナーを吹かしてF-15JSを急加速させる。他の5機も、そういうことならと龍坂に続行する。
 第4.5世代戦闘機であるところのF-15JSは、機体両側面のコンフォーマルウエポンベイと機体下面のステルスウエポンベイに兵装を内蔵式としている。これによって、F-35などの第5世代戦闘機ほどではないにしろ、ステルス性能を確保している。
 くわえて、同じクラスの戦闘機全般に言えることだが、レーダーは出力、精度ともに優れた物が装備されていて、敵を先んじて発見し撃墜することが可能となっている。ステルス性能が高くとも、レーダーの能力と信頼性が低ければ、敵に対して奇襲をかけることは不可能と言えるからだ。
 「ロックオン!」
 龍坂はMig-29の1機をHMDの照準に捕らえ、操縦桿の安全装置を外し、トリガーを引く。左側ウエポンベイの上側のハッチが開き、04式空対空誘導弾が発射され、光の尾を引いて飛んでいく。
 龍坂の部下たちも、同じように対空ミサイルを発射していく。
 F-15JSの存在に気づいていなかったMig-29の部隊は完全に不意を突かれた。6機のうち2機は回避行動を取ることもできないまま撃墜される。さらに2機が回避行動を取ろうとするも、回避する機動を読んで打ち込まれたミサイルをかわしきれず火の玉となる。
 残りの2機はかなわずと見て遁走する。
 「F-16Cのパイロット、大丈夫か?
 われわれは環大陸連合国平和維持軍だ。そちらはシエラの所属か?」
 『ありがとう、助かったよ。
 いかにも、われわれはシエラを統治するコーソン家のものだ』
 無線で応答したのは意外にも若い女の声だった。ここではパイロットは女の仕事なのだろうか?龍坂はふとそんなことを思ってしまう。
 「ちょうどいい。われわれはイエローフラッグス討伐のためにそのシエラに向かうところだ。
 良ければあなた方の責任者にお取り次ぎ願えないだろうか?」
 『お安い御用だよ。
 では、ついてきてくれ』
 水平飛行に入ったF-16Cが先行し、“ペガサス隊”が続行する。
 よく見ると、F-16Cの機体各所のハードポイントにはミサイルが全く残っていない。
 あぶない所だったな。龍坂は、結果論だが自分の判断が正しかったことに満足した。

 05
 F-16Cのエスコートを受けてシエラの飛行場に降り立った“ペガサス隊”は、熱烈な歓迎を受けることになる。
 やはり戦闘機で来たのが正解だったということか。龍坂は思う。
 当初、派遣部隊の指揮官たちの間では、現地の人間に威圧感を与えないように輸送機や輸送ヘリで行くべきではないかという意見もあった。だが、派遣部隊がイエローフラッグスを討伐する力を持っていることをわかりやすく伝えるためには、戦闘機で乗り込むのが得策という相馬や龍坂の意見が通ったのだった。
 6機のF-15JSのマッシブなシルエットが、整然と飛行場に下りていく。F-15系統の機体が珍しいのか、それとも単に物見高いのか、着陸した龍坂の部隊の周りにパイロットや整備員らしい者たちが集まって来る。
 「彼らがパイロットや整備員だと…?」
 F-15JSのエンジンを停止させた龍坂は疑問に思わずにはいられなかった。一応飛行服や作業服は着ているし、身に纏う雰囲気も全くの素人ではない。
 だが、今自分たちの周りを囲んでいるのは若い者ばかりだった。種族の違いもあるかも知れないが、どう見ても子供にしか見えない者もいる。
 少年兵も、自ら志願して戦いに望んでいるならまだいい。紛争地帯で薄っぺらなきれい事や能書きは通用しない。例え子供でも、戦わなければ死ぬしかないことはままあるからだ。
 だが、もし大人の都合で無理やり戦いに駆り出されているとしたら…。中東やアフリカで、ゲリラ組織によって無理やり少年兵に仕立て上げられた子供たちの話を想起して、龍坂は肝を冷やした。
 先だっての戦闘で、撃墜されたイエローフラッグスの機体から回収したパイロットの死体が、どう見ても子供にしか見えなかったという報告を聞いているからなおのことだ。
 現地勢力との共闘を考え直す必要がある状況にならなければいいが…。龍坂はそう思わずにはいられなかった。
 
 飛行場の応接室に通された龍坂は待たされることしばし。
 なかなかに行き届いているな。それが龍坂の印象だった。飛行場の建造物そのものはこちらの世界の技術で建造されたと思しい木造だが、窓には地球製と思しい強化ガラスが貼られているし、電気も整備されているようだ。
 こちらの技術で作れるものは作り、最低限必要な物だけ地球製のものを用いる。コストパフォーマンスと機能性を両立したうまいやり方と言えた。
 平和維持軍の派遣部隊にも取り入れたいぐらいだ。
 そう思っていると、ドアがノックされ、次いで獣人の小柄な若い女性が部下と思しい20代後半という風体の長身の女性を伴って入って来る。
 なるほど、情報通り。と龍坂は思う。シエラは人狼族の貴族が統治する土地と聞いていたが、入って来た小柄な女性は正に人狼という印象だった。全体的には普通の人間とさして変わらないが、ふさふさした毛で覆われたピンと立った耳と、これまたふさふさの毛で覆われたしっぽが印象的だ。カーキ色の開襟シャツとタイトスカートは、どうやら軍服であるらしい。
 長身の女性の方は、前腕が青い鱗に覆われていることに加え、背中にコウモリのような翼を持ち、大型のは虫類を思わせる鱗に覆われたしっぽを持つ。飛行服を着ていることからしてパイロットだろうか。
 一見すると若く見えるが、獣人は寿命が長い種族も多い。はきとはしていないが、地球出身である自分たちよりだいぶお姉さんということだ。
 「環大陸連合国平和維持軍、カーン大陸派遣部隊所属。
 平和維持軍空軍第1航空師団、第125制空隊隊長、龍坂玄治郎一等空尉であります。
 お会いできて光栄です」
 「サニア・コーソンだ。
 ここシエラの領主をしている。良く来てくれたね。
 こちらはシエラ軍の飛行隊パイロットで、シリュ・チョーユン。さっき君たちに助けられたF-16Cの部隊の隊長だ」
 「先ほどはあぶない所を助けて頂き、感謝します」
 サニアの紹介に応じて、シリュが頭を下げる。
 やはり、あのF-16Cのパイロットは若い女だったか…。龍坂の不安はさらに強くなる。
 若い女が戦場に立っていることを良く思えない感情論もある。が、相馬が仮説を建てていた、非人道的なシステムによる即席の兵士やパイロットの量産という可能性が現実味を帯びてきたからだ。
 「いや、無事で何よりでした」
 事前の情報で由緒ある人狼族と知らされていたため、尊大な人物なのかと考えていた龍坂の予測はいい方に裏切られた。
 サニアは非常に気さくで好感の持てる人物だった。
 「イエローフラッグスを討伐するのに協力してくれるというのかい?
 それは願ってもないことだよ!」
 サニアが花が開くような笑顔を浮かべる。相当イエローフラッグスに悩まされていたのだろう。
 「イエローフラッグスを放置していてはカーン大陸の平和と安定を回復するというわれわれの任務が果たせませんからね。
 喜んで協力させて頂きますよ」
 「うん、双方の利害は一致しているということだね。
 これでイエローフラッグスを叩くめどがついた。
 シリュ、あなたも頑張ってくれ。期待しているよ」
 「は、一命に変えましても。
 ボクも、やつらに落とされた仲間の仇を討つことができそうです」
 サニアの言葉に、シリュが上機嫌で応じる。
 「ところで、お二人もそうですが、ずいぶん若い軍人が多いようですが…」
 龍坂はさりげなく探りを入れたつもりだったが、サニアとシリュの顔に影がさす。
 まずかったか?龍坂は思う。
 「実は…1年ほど前に質の悪い悪疫が流行ってね…。
 地球の生まれの人たちはみんな死んでしまったんだ…。パイロットも整備兵も…。
 言ってはなんだけど、あなた方両大陸の人たちにとってはお尋ね者でも、私たちにとっては盗賊や軍閥を討伐してくれた恩人だった…」
 サニアの言葉に、龍坂は得心する。
 カーン大陸の各陣営で運用されている戦闘機を初めとする近代兵器は、両大陸の軍隊組織から離反した脱走兵が持ち込んだものであるのはやはり間違いない。
 弾薬や部品は、地球のブラックマーケットから流れて来ていると考えれば合点がいく。儲かればいいというたちの悪いブローカーや商社はどこにでもいるし、そもそも国家だって条件さえ折り合えば容易に死の商人に変貌する。
 アメリカによってアフガニスタンのゲリラに供給された武器がテロに利用され、等のアメリカにとって驚異となった本末転倒を思い出す。
 ニカラグアの反政府勢力を支援する金ほしさに、アメリカが不倶戴天の敵であるはずのイランに兵器を売った、イラン・コントラ疑惑にしても然りだ。
 「それはお気の毒でした。それで若い人たちが戦っているわけですか…」
 「ええ。ただ、誤解しないで欲しい。ボクらも、彼らも全員志願兵だ。
 あなた方の懸念は理解しているが、誓って無理やり兵士に仕立て上げているという事実はない」
 シリュが、外で戦闘機の弾薬を運んでいる年少兵を見やりながら言う。
 そう言われてしまえば、龍坂はそれ以上の追求は難しいと判断せざるを得なかった。こちらの世界の生まれの若年者たちが近代兵器を扱える理由はいまだ気になるが、今は深く追求する時ではない。
 こちらの価値観と地球の価値観は当然のように異なっている。地球の人道や人倫を無理やり押しつけるわけにはいかない。
 下手に彼らのことについて詮索すれば、反発を買ってしまう可能性も有る。
 取りあえずはイエローフラッグスを討伐する約束を取り付けるのが先だ。
 「よくわかりました。
 では、協力の具体的な内容ですが…」
 龍坂は、サニアと軍事協定の具体的な打ち合わせに入ったのだった。

 06
 ところ変わって、こちらはカーン大陸北東部の交通の要衝ゼスト。
 ゼストの自治政府に共闘を打診しに向かった相馬は、領主であるテューエの屋敷に招かれ、直々の歓待を受けていた。
 「どうでしょう?お口に合いますか?」
 「ええ、いけますね。自分は乳製品はなんでも大好きでして」
 きれいに化粧をして白い豪奢なドレスで着飾ったテューエが、制服に着替えた相馬にお酌をしていく。透き通った葡萄酒が、おしゃれな夜光杯につがれていく。
 料理は肉と乳製品が主体だった。便宜上定住しているが、元の出自は遊牧民なのかも知れないな。相馬はそう思う。
 それでいて味付けはなかなか悪くない。香辛料をケチらずに使っているし、キノコや青物もバランス良く使われている。
 キノコが添えられているポークソテーに近い豚肉料理と、羊の内臓を煮込んだクリームシチューに似たポリッジらしい料理がとくに気に入った。
 「ところで、軍事協定の条件ですが…」
 相馬は酔っ払ってしまう前に本題に入る。食事をしながら打ち合わせるのは好きではないのだが、先延ばしにするわけにもいかない。
 「そうですね。お恥ずかしい話ですが、わがゼストも必ずしも余裕がある状況ではありません」
 「それは承知しております。
 金銭であれば相額お支払いする用意があります」
 そう言った相馬に、テューエが静かに首を横に振る。
 「私どもが必要としているのはお金ではありませんの」
 テューエは、きれいな化粧と、少し酔ったのか赤く上気した顔のために最初に会った時より美しく見える。
 天上人、ヴァナディースと呼ばれる種族だと言う話もわかる。ロイヤルオーラとでも言うべき雰囲気をまとっている。
 美しい翡翠色の瞳に見据えられた相馬は、ごくりと唾を呑む。金銭以外のものとなると、条件のハードルはかなり上がる。
 「伺いましょう。
 必要な物をおっしゃってください」
 ともあれ、相馬としてはテューエの条件を聞いてから交渉する以外の選択肢はなかったのである。

 三日後。ダーサ、平和維持軍駐屯地。
 一日前までの雨が嘘のように晴れ上がった空の下、平和維持軍と、ゼスト、ヴェル、シエラのそれぞれの軍の合同訓練が行われていた。
 これが、テューエが提示した軍事協定の代価だった。
 こちらのパイロットや整備兵たちは技術はそれなりにあるが、ほとんど独学で学んだものに過ぎない。軍隊組織として、飛行隊として機能するためには、専門的な訓練を受けた教官による指導、教育が必要。
 というわけで、3勢力のパイロットや整備兵たちを平和維持軍派遣部隊の下で訓練しようというわけだ。
 午前中は座学、午後は基礎的な飛行訓練のおさらいと、相互援助、連携の訓練というスケジュールだ。
 そして、教官役である平和維持軍のパイロットが合格と判断すれば、いよいよ模擬戦と言うことになる。
 「どうした、まだこちらを見つけられんのか?」
 『ちっ!どこだ…どこにいる?』
 意地悪くわざわざ無線で呼びかけてくる相馬に、ゼスト軍のユーロファイター・タイフーンのパイロットは全くレーダーに映らない相手に焦りと恐怖を募らせていく。
 性能差は理解していても、ここまで一方的な展開になってくると恐怖せずにはいられない。自分のタイフーンとて一線級の戦闘機であるはずだ。それが…。
 ゴオオオオオオオオオッ
 突然後ろから聞こえ始めたアフターバーナーの音とともに、ようやくタイフーンのレーダーはF-3の機影をとらえる。F-3がフェイズドアレイレーダーやIRセンサーの死角になりやすい後方下側にいたのだと今さら気づく。だが、時既に遅しだった。
 旋回しつつ急降下をかけて回避しようと試みるも、既にロックオンされた後。一瞬の後、タイフーンのコックピットのディスプレイには撃墜判定を示す“Youdown”のサインが表示されていた。
 「状況終了、貴官は戦死だ!」
 『くっ…!ご指導ありがとうございました…!』
 無線から、悔しさを必死で堪えている様子の返答が返ってくる。
 ここまで性能差があると、もはや一方的な暴力だな。相馬は思う。
 相手が正規の教育を受けていない民兵パイロットであることを差し引いても、タイフーンとF-3の間には埋めることのできない溝、性能差が存在する。まあ、相手のパイロットをあまり絶望させても問題なので口には出さないが。
 このF-3こそ、日本人の技術者と自衛隊が本気になればなにができるかの証左だった。

 07
 そもそもF-3とはどういう機体なのか。
 原型は、国産ステルス機として試作されていたX-2。“心神”の通称で知られる実験機だ。
 取りあえず国産の技術でステルス性能や戦闘機としての基本性能をどれだけ発揮できるか。それを検証する実験機と位置づけられていた。
 F-15Jの後継機にという意見もあったが、なにしろ戦闘機に関しては予算が限られている。くわえて、F-15Jの改良やアップデートで当面は充分と、時の防衛省、自衛隊が判断したことで、実験機のままひっそりと終わるはずだった。
 だが、時空門によって地球が異世界とつながったことで状況は一変した。
 GPSも高度な軍事ネットワークも存在せず、戦闘機はほとんどスタンドアロンの状態で戦うことを強いられる異世界の空の情勢は、戦闘機や空戦のあり方を根本的に見直すことを要求した。
 ファーストルック、ファーストショット、ファーストキルの“3つのF”などは異世界ではまるで通用しない。
 早期警戒機などの情報支援を受けても、レーダーの効率は地球の半分程度。ミサイルの有効射程や命中精度もベトナム戦争の時代に逆戻り。
 そんな状況では、空戦は前時代的なドッグファイトに必然的に落ち着くことになった。敵を目視で確認できるまで接近し、後ろを取り、確実にロックオンする。
 それだけの性能が要求されると、戦闘機に求められる能力のハードルは突然跳ね上がることになる。
 こちらの世界で空戦が行われるようになると、湯水の如く金と技術をつぎ込んできたはずの戦闘機があっさりと撃墜されてしまう事態が頻発した。
 とくに、戦闘機としての基本性能よりマルチロール性能を優先した第4、第5世代戦闘機がハエのように落とされていく状況に、各国の政府や軍上層部は絶句するしかなかった。
 そしてやがて認めざるを得なくなる。中途半端な性能の機体を下手に送り出すことは自殺行為。空戦性能をなりふり構わず追求した制空戦闘が是が非でも必要になると。
 日本政府、防衛省、自衛隊もその例に漏れず、優れた制空戦闘機の必要性を認識していた。
 そこで白羽の矢が立ったのが、運用試験で良好な結果を残していたX-2だった。
 時間とコストの節約のために、2機あった実験機の内1機の部品の6割を流用する形でスケールアップがなされた。大きさは同世代の第5世代戦闘機とほぼ同じとなり、内部に大型の燃料タンクやウエポンベイを搭載する余裕もできた。生まれ変わった機体はX-2改と呼ばれた。
 同盟国であるベネトナーシュ王国の技術協力も得る形で運用試験が行われ、期待以上の結果を出していた。そのまま行けば、F-15Jの後継機として華々しく迎えられていただろう。
 ところが、そこでX-2改はとんでもないスキャンダルにまみれることになる。運用試験が最終段階に入っていた時点で、あろうことかX-2改がテロ組織に強奪されてしまったのだ。
 当時はドゥベ戦争の後でロランセア、ナゴワンド両大陸は混乱の極みにあった。テロや暴動、脱走兵による反乱が常態化してる有様だったのだ。
 わけても、“自由と正義の翼”を名乗る反乱組織の破壊活動は苛烈を極めた。“自由と正義の翼”は、最終決戦の切り札として、X-2改を強奪し、実戦装備することを試みたのだ。
 改造されて実戦装備されたX-2改は、パイロットの技量もあって鬼神のごとき強さを見せた。当時の多国籍軍の航空隊の多数が撃墜されることとなった。
 最終的にX-2改は撃墜されたものの、日本とベネトナーシュ王国は機体強奪の責任を問われ、国際社会の非難にさらされることになる。X-2改に自国民のパイロットを撃墜された国家からすれば怒るのは当然の話で、日本とベネトナーシュ両政府は身の証を立てるためにX-2改の開発を凍結せざるを得なくなった。
 風向きが変わったのは、皮肉にして両大陸にそこそこの安定がもたらされた後だった。国際調停機関である環大陸連合の機能不全と、治安維持機関である平和維持軍の内紛が深刻化するに及んで、改めて優れた制空戦闘機の必要性が認識されることになる。
 その段になると、想定される敵は軍組織から脱走した反乱兵たち。曲がりなりにも元は正規の軍人であり、高度な訓練を受け、一線級の兵器を扱う能力を持っている。彼らに対抗するためには、彼らの乗っている機体を性能で凌駕できる制空戦闘機は必要という流れになっていったのだ。
 X-2改は撃墜され、残骸も海にばらまかれてしまったが、運用試験のデータは残っていたし、逮捕された“自由と正義の翼”の技術担当からもかなり有用な情報を得ることはできていた。
 かくして、数奇な運命をたどりながらも、X-2改はF-3として正式化が行われたのだった。
 
 F-3の諸元は以下の通り。

 全長19.5m 全幅14m 
 空虚重量 18,000kg 全備重量28,100kg
 最大速度 マッハ2以上 巡航速度マッハ1.2~1.5
 航続距離 3,000km
 実用上昇限度 18,000m
 作戦行動半径 2,000km
 エンジン IHI XF-5-2✕2
 
 サイズとしてはF-22やSu-57などの第5世代戦闘機とほぼ同寸だ。
 一方、エンジンは効率を大幅に改善したものが用いられ、加速力、上昇力に優れる。
 さらに、可動式ノズルの採用と飛行管制プログラムの改良により、機動性も理論上はF-15やSu-27など高機動で知られる第4世代戦闘機を上回る。
 また、設計の当初から機体の管制を光ファイバーによって行うフライ・バイ・ライトを採用しているため、情報伝達効率が従来のフライ・バイ・ワイヤよりも向上している。また、電気通信とは違い、光ファイバーは電磁波の影響を受けにくいため、電磁波を遮るシールドが不要となり、軽量化にも利するというメリットもあった。
 ステルス性能は、従来のステルス機とは違い、特殊な塗料による表面処理に依存することがない。機体の設計や機体を構成するマテリアルそのものが高度なステルス性能を発揮するように作られている。
 ウエポンベイは、大型二層式のものを左右のエアインテークとエンジンの間に縦に2つ配置する形とされている。対空ミサイルであれば、最大14発を収納可能となっている。
 とまあ、カタログスペックだけ見ればとんでもない機体に思えるが、日本がステルス戦闘機の開発においては後発で、いわばじゃんけんの後出しであることを考えれば当然の話とも言えた。
 F-22、F-35、J-20、Su-57などの先発の戦闘機は、詳しい情報は機密扱いでも、“だいたいこれぐらいのスペックは持っているだろう”と推測することはできる。それらを凌駕することを目指して設計されているのだから、高性能なのはある意味で要求性能を満たしただけと言えた。
 非公式だが、運用試験が行われていた三沢基地周辺でシンボルとされるイヌワシになぞらえ、"ゴールデンイーグル"の愛称でも呼ばれる。

 「状況終了。全機帰還せよ」
 そう無線で告げながら、相馬はどうしたものかと考えていた。
 実の所、今回の模擬戦は訓練生であるパイロットたちにかなりハンデが与えられていた。にもかかわらず、機体の性能差と経験の差で結果は教官である相馬の完勝となった。誰も相馬のF-3から一本取ることができないのだ。
 訓練生たちが自信を喪失しないといいのだが…。
 『おい…!レッド3、何をやってる!?編隊に戻れ!』
 そんなとき、無線から慌てた声が聞こえる。
 同時に、レーダーのスクリーンに映るタイフーンを示すアイコンの1つが、急旋回してこちらに向かってくるのが見えた。
 「ほう…?」
 相馬は隊列から外れたタイフーンの意図を察して、アフターバーナーを吹かして迎撃態勢に入る。
 タイフーンの加速と軌道は見事なものだった。反応が遅れていれば、F-3の能力をしても危うかったかも知れない。
 ゴオオオオオオオオオオーーーーーーッ
 ギュウーーーーーーーーーーーーーーン
 タイフーンに後ろを取られる寸前、F-3は急上昇をかけて射線を外す。
 それでもタイフーンはめげずにしつこく後ろを取ろうと追いすがる。
 だが、F-3はそれをあざ笑うかのように上昇からひねり込みをかけ、すれ違いざまにタイフーンをロックオンして通り過ぎる。
 04式空対空誘導弾は真横にも撃てるようにできている。これが実戦なら、タイフーンのパイロットは脱出の余裕もないままに機体と運命をともにしていただろう。
 「ちいっ…!」
 タイフーンのコックピットのスクリーンに、今日2回目の被撃墜判定が映る。

 「リョファ・ホーセン!一体さっきのはどういうつもりだ!?」
 多少混乱しつつも、なんとか全員が模擬戦を終え着陸することができた。
 だが、ことはそれで終わりではない。滑走路の上、テューエが勝手に編隊から離れて相馬に挑んだパイロットを大声で叱りつけていた。
 「悪いとは思いましたが、ああする以外に相馬教官のF-3に勝つ可能性はありませんでした!
 われわれと教官の戦力差は明らかでしたので!」
 全く反省していない様子でそう答える女性パイロットは兎人、兎の耳としっぽをもつ獣人。しかもクールビューティという印象の美人だった。
 その態度に、激怒したテューエは平手打ちを食らわせる。
 「お前はチームプレーをなんだと思っている!
 飛行場周囲を3週ダッシュだ!そのあとで始末書を提出しろ!」
 テューエの怒鳴り声に応じて、兎人のパイロット、リョファは敬礼をして走り出す。
 「申し訳ない、相馬一尉。後でよく言って聞かせておきます」
 「思い切りがいいし、機を見るに敏なところは見所がありますが…。
 チームプレーの逸脱は問題ですね」
 リョファの思い切りと操縦技術に内心舌を巻いていた相馬だったが、一方で不安を感じてもいた。
 若いパイロットは小さくまとまらず、スタンドプレーを演じるくらいの気概を持って欲しいとも思う。一方で、チームプレーの軽視は問題だ。
 だが、できればチームプレーを言い訳に彼女の才能といい面を殺す結果にはしたくない。今後の教育と本人の考え方と学習しだいだな。相馬は思ったのだった。
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