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プロローグ
01
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かつて戦争があった。倫理も、慈悲も、人間性もない、狂気の殺戮の連鎖だった。
国家と国家が、近代兵器を駆使して戦う。それは筆舌に尽くしがたい激戦を招いた。
四十万人以上が死亡し、戦場となった大地は血に染まり荒れ果てた。
終戦条約が結ばれ、六年前に戦いは終わった。だが、人の心の中ではなにも終わっていない。
彼らはまだ戦場にいる。今も戦い続けているのだ。
新たな戦いが、惨劇が始まる。かの地から遠く離れた、ここ日本で。
「ついてねえなあ。天気予報完璧ハズレじゃないのよ」
線の細い少年がぼやく。私立芦川学園二年生、ミステリー研究会会員の高森誠だ。
新聞では快晴とはいかないまでも、くもりに留まるはずだった。
が、よりによってバスを降りて目的地まで徒歩というタイミングで、滝のように振り始めた。いわゆるゲリラ豪雨だ。
「口動かすより脚動かしなよ。なんで折りたたみ傘忘れてくるわけ?」
誠と相合い傘をする形になった少女が、辛辣に言う。
同じく二年生でミステリー研究会会員。幼なじみである、北条七美だ。
やや童顔だがロングの黒髪が似合う卵型の美貌と、豊かな胸の膨らみが目を引く。
「だってさあ……。途中にコンビニすらないところだなんて聞いてないよ……」
誠はなおも言い訳をする。
「まったく、そうやって自分のミス棚に上げるんだから……」
七美があきれ顔になる。まあ、こういうことが言い合えるのも幼なじみならではだが。
「まあまあお二人とも。もう少しで着きますから……」
金髪碧眼の輝くような美少女が、見かねてケンカに割り込む。百六十六センチの長身で、スレンダーにしてスタイル抜群だ。
ラリサ・ホフチェンコ。一年生で同じくミステリー研究会会員。日本語はうまいが、見ての通り外国人だ。
モスカレル連邦の生まれで、戦争で両親を亡くした。現在の養父に引き取られ、日本で養育されているのだという。
「しかし、マジでひどい降りだな……。靴の中までぐっしょりだよ……」
小太りの少年が渋面になる。
一年生の百瀬篤志。ヘッドセットで側頭部に固定されたデジタルビデオカメラがトレードマーク。研究会の映像記録担当を務めている。
運悪く、彼はメッシュのスニーカーを履いてきてしまった。突然降り出した雨に、たちまち中まで濡れるはめになったのだ。
「あ、あそこね。よかったあ。みんな、あと少しだから頑張って」
会員たちを激励したのは、笹岡千里。三年生でミステリー研究会会長をしている。
メガネとセミロングの焦げ茶髪、そして泣きぼくろがセクシーな、クールな美人だ。
他にはほっそりした小柄な少女の一年生実籾真奈と、プロレスラーかと思うような体格の三年生大垣修一。
この合計六人で、ミステリー研究会は構成されている。
今回は連休を利用して、ラリサの実家である長野県は野点町にあるロッジで合宿を行う予定だ。
が、バス停に降り立った最悪のタイミングで、豪雨に襲われた。
「いらっしゃい。ラリサから話は聞いていますよ。急に雨に降られて災難だったねえ」
ダンディなおじ様という雰囲気の男が、ロッジの玄関で出迎える。
ラリサの養父である、倉木信宏だ。体格はよく、整った顔立ちと相まって役者と言われても納得できそうだ。
ロッジと併行して小さいながらも商社を経営していて、景気はいいらしい。
「あ、オーナーの倉木さんですね。ミステリー研究会会長の笹岡です。よろしくお願いします」
千里が丁寧に挨拶をする。横殴りの雨で濡れ鼠でもしっかりしているのは、育ちのいいお嬢様ならではだ。
「ああ、いつもラリサがお世話になっていますね。さあ上がって、シャワーを浴びて着替えるといい」
「そうさせてもらいます」
「あー……足が気持ち悪い……」
「やだ……ブラ透けちゃってるじゃない」
全員で豪奢なロッジの玄関を転がるようにくぐり、ずぶ濡れの靴と靴下を脱ぎ捨てる。シャワーを浴びて乾いた服に着替え、ロビーに集合する。
(参ったな……雨やんでくれなかったら、宿泊ロッジへの移動が面倒だぞ……)
窓の外を見ながら、真琴は思う。相変わらず滝のような降りだ。
このロッジは、食事や談話をするメインロッジと、宿泊ロッジで構成されている。
メインロッジを中心として、取り囲むように自分たちが寝泊まりするロッジが建っているのだ。
雨が降り続けていると、着くまでに濡れてしまう。
「そう言えば先輩。この動画見ました? やばいっすよ、マジで」
頭にタオルを被ったままの篤志が、スマホを見せてくる。
タイトルは、『エバンゲルブルグの虐殺』とある。
「ん……? これ映画とかじゃなくてリアルなのか……?」
スマホの画像には、どこかの軍隊とおぼしい一団が映っていた。
どうやら、作戦行動中に記録されていた映像らしい。
「知らないの? 六年前の戦争の記録映像らしいんだけど、最近になって流出して大騒ぎになってるんだよ」
ソファーの後ろから、七美が身を乗り出してくる。
(妙に色っぽいな……)
石けんのにおいに、誠は不覚にもドキリとしてしまう。
「六年前というと……。あの東ヨーロッパで起こった戦争か……」
記憶を検索して思い出す。
モスカレル連邦による一方的な軍事侵攻。それに対して、キーロア共和国は徹底抗戦を選択した。
核保有国であるモスカレルに対して、国際社会は直接的な参戦こそ避けた。が、有形無形の援助が行われた。
当初三ヶ月で陥落するだろうという下馬評に反して、キーロアもよく戦った。最終的に傷こそ残したものの、五分五分と言っていい条件で講和条約を結ぶことができたのだ。
悲惨なことになったのは、むしろモスカレルの方だった。
終戦後も各国からの経済制裁は続き、国民の多くは貧しい暮らしを余儀なくされた。
国家と国家が、近代兵器を駆使して戦う。それは筆舌に尽くしがたい激戦を招いた。
四十万人以上が死亡し、戦場となった大地は血に染まり荒れ果てた。
終戦条約が結ばれ、六年前に戦いは終わった。だが、人の心の中ではなにも終わっていない。
彼らはまだ戦場にいる。今も戦い続けているのだ。
新たな戦いが、惨劇が始まる。かの地から遠く離れた、ここ日本で。
「ついてねえなあ。天気予報完璧ハズレじゃないのよ」
線の細い少年がぼやく。私立芦川学園二年生、ミステリー研究会会員の高森誠だ。
新聞では快晴とはいかないまでも、くもりに留まるはずだった。
が、よりによってバスを降りて目的地まで徒歩というタイミングで、滝のように振り始めた。いわゆるゲリラ豪雨だ。
「口動かすより脚動かしなよ。なんで折りたたみ傘忘れてくるわけ?」
誠と相合い傘をする形になった少女が、辛辣に言う。
同じく二年生でミステリー研究会会員。幼なじみである、北条七美だ。
やや童顔だがロングの黒髪が似合う卵型の美貌と、豊かな胸の膨らみが目を引く。
「だってさあ……。途中にコンビニすらないところだなんて聞いてないよ……」
誠はなおも言い訳をする。
「まったく、そうやって自分のミス棚に上げるんだから……」
七美があきれ顔になる。まあ、こういうことが言い合えるのも幼なじみならではだが。
「まあまあお二人とも。もう少しで着きますから……」
金髪碧眼の輝くような美少女が、見かねてケンカに割り込む。百六十六センチの長身で、スレンダーにしてスタイル抜群だ。
ラリサ・ホフチェンコ。一年生で同じくミステリー研究会会員。日本語はうまいが、見ての通り外国人だ。
モスカレル連邦の生まれで、戦争で両親を亡くした。現在の養父に引き取られ、日本で養育されているのだという。
「しかし、マジでひどい降りだな……。靴の中までぐっしょりだよ……」
小太りの少年が渋面になる。
一年生の百瀬篤志。ヘッドセットで側頭部に固定されたデジタルビデオカメラがトレードマーク。研究会の映像記録担当を務めている。
運悪く、彼はメッシュのスニーカーを履いてきてしまった。突然降り出した雨に、たちまち中まで濡れるはめになったのだ。
「あ、あそこね。よかったあ。みんな、あと少しだから頑張って」
会員たちを激励したのは、笹岡千里。三年生でミステリー研究会会長をしている。
メガネとセミロングの焦げ茶髪、そして泣きぼくろがセクシーな、クールな美人だ。
他にはほっそりした小柄な少女の一年生実籾真奈と、プロレスラーかと思うような体格の三年生大垣修一。
この合計六人で、ミステリー研究会は構成されている。
今回は連休を利用して、ラリサの実家である長野県は野点町にあるロッジで合宿を行う予定だ。
が、バス停に降り立った最悪のタイミングで、豪雨に襲われた。
「いらっしゃい。ラリサから話は聞いていますよ。急に雨に降られて災難だったねえ」
ダンディなおじ様という雰囲気の男が、ロッジの玄関で出迎える。
ラリサの養父である、倉木信宏だ。体格はよく、整った顔立ちと相まって役者と言われても納得できそうだ。
ロッジと併行して小さいながらも商社を経営していて、景気はいいらしい。
「あ、オーナーの倉木さんですね。ミステリー研究会会長の笹岡です。よろしくお願いします」
千里が丁寧に挨拶をする。横殴りの雨で濡れ鼠でもしっかりしているのは、育ちのいいお嬢様ならではだ。
「ああ、いつもラリサがお世話になっていますね。さあ上がって、シャワーを浴びて着替えるといい」
「そうさせてもらいます」
「あー……足が気持ち悪い……」
「やだ……ブラ透けちゃってるじゃない」
全員で豪奢なロッジの玄関を転がるようにくぐり、ずぶ濡れの靴と靴下を脱ぎ捨てる。シャワーを浴びて乾いた服に着替え、ロビーに集合する。
(参ったな……雨やんでくれなかったら、宿泊ロッジへの移動が面倒だぞ……)
窓の外を見ながら、真琴は思う。相変わらず滝のような降りだ。
このロッジは、食事や談話をするメインロッジと、宿泊ロッジで構成されている。
メインロッジを中心として、取り囲むように自分たちが寝泊まりするロッジが建っているのだ。
雨が降り続けていると、着くまでに濡れてしまう。
「そう言えば先輩。この動画見ました? やばいっすよ、マジで」
頭にタオルを被ったままの篤志が、スマホを見せてくる。
タイトルは、『エバンゲルブルグの虐殺』とある。
「ん……? これ映画とかじゃなくてリアルなのか……?」
スマホの画像には、どこかの軍隊とおぼしい一団が映っていた。
どうやら、作戦行動中に記録されていた映像らしい。
「知らないの? 六年前の戦争の記録映像らしいんだけど、最近になって流出して大騒ぎになってるんだよ」
ソファーの後ろから、七美が身を乗り出してくる。
(妙に色っぽいな……)
石けんのにおいに、誠は不覚にもドキリとしてしまう。
「六年前というと……。あの東ヨーロッパで起こった戦争か……」
記憶を検索して思い出す。
モスカレル連邦による一方的な軍事侵攻。それに対して、キーロア共和国は徹底抗戦を選択した。
核保有国であるモスカレルに対して、国際社会は直接的な参戦こそ避けた。が、有形無形の援助が行われた。
当初三ヶ月で陥落するだろうという下馬評に反して、キーロアもよく戦った。最終的に傷こそ残したものの、五分五分と言っていい条件で講和条約を結ぶことができたのだ。
悲惨なことになったのは、むしろモスカレルの方だった。
終戦後も各国からの経済制裁は続き、国民の多くは貧しい暮らしを余儀なくされた。
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