戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

文字の大きさ
上 下
19 / 58
第二章 鮮血のロッジ

08

しおりを挟む
「私は警察庁刑事局外事課の沖田遼警視です。今回は長野県警に出向しています」
「私は、長野県警捜査一課の速水吾郎警部です。彼の助手を務めています」
 二人は名乗りを上げる。
「捜査一課……? 殺人や強盗を捜査する部署じゃないですか? 誰がそんな大それた事をしたって言うんですか……? それに警察庁の外事課って……」
 雑学女王の七美が、余計な質問をする。
「あいにくお答えできません。さあ、早くここを出てください」
 当然のように、速水は不愉快そうになる。機密保持義務があるし、素人に詮索されたくないのだろう。
「撃ち合って死んだんですかね……? 相打ちになって……」
「上司部下だし、戦友だったって話だ。そんなことがあるか?」
 警察官二人がヒソヒソと会話する。
(あれ……? 撃ち合ったにしちゃ変じゃないか……?)
 誠は違和感を覚える。ラバンスキーと山瀬が握っている銃が、なにかおかしい。
「あの……差し出がましいですが……」
 誠は退去勧告を無視して、挙手をする。
「なんだね。後は我々警察の領分だ」
 速水は取り付く島もない。が……。
「なにか気づいたことがありますか?」
 沖田はもう少し柔軟だった。どんな些細なことでも確認しておきたい。そう考えているのだろうか。
「撃ち合って死んだなら、なんで銃声が聞こえなかったんでしょう? 隣の部屋は……綾音さんか……。壁一枚じゃ、いくらなんでも気づくでしょう?」
 そう言って壁を指さす。このロッジは二世帯構造だ。夕べ壁のすぐ向こうには、綾音がいたはずだ。
「この銃、消音器の類いがついてない。それに、つけられるようにできてますかね?」
 誠は、山瀬が握っている拳銃を指さす。自分の記憶が正しければ、サプレッサー(消音器)は銃口にネジでも切らなければ取り付けられないはずだ。
 そもそも、火薬爆発で鉛の弾を飛ばすという方法は、科学的に見れば非効率だ。爆発によるエネルギーは、ほとんどが音と光、そして熱として浪費されてしまう。弾丸を撃ち出すのに用いられるエネルギーはわずかに過ぎないのだ。故に、銃を撃てば銃声がして、砲炎が閃く。
 だが、音だけは小さくする方法がある。前後に小さな穴を開けた密閉空間をいくつかの敷居で区切る。その中に発射ガスをとじこめて、外に出さないようにする。これが、消音器の原理だ。
 映画などでは、サイレンサーと一般に呼ばれる。が、厳密には音を完全に消す物ではなく、抑える物だ。ゆえに、サプレッサーの方が正しい。
「言われてみれば……」
「見てください警視。このグロック、銃口にネジが切ってない。サプレッサーを取り付けるのは無理ですよ」
 手袋をはめた速水が、山瀬の拳銃を調べる。確かに、銃口にネジが切られていない。このまま撃ったとすれば、隣の綾音が気づかないはずがない。
「綾音さん、夕べ銃声……というか爆発音のような音は聞きませんでしたか?」
 速水がロッジを出て、綾音に尋ねる。
「特に聞いていませんが……」
 元女優の美女は困惑気味に応答する。
「夕べは、ずっと自分のロッジにいらっしゃったんですか?」
 沖田がさらに突っ込んだ質問をする。
「ええと……。ラリサさんに呼ばれて少し空けましたけど……。ピアノを聞いて欲しいと言われて」
 そう言う綾音の顔が、心なしか少し赤い。
「ラリサさん、確かですか?」
 速水がラレサに向き直る。
「はい。確かです。なんだか眠れなくて……。綾音さんに、お茶とピアノに付き合ってもらいたくて……」
 ラリサが目線を泳がせながら言う。彼女らしくない。いつもは、ちゃんと相手を見て話をする。当然のように、速水と沖田がいぶかしげに顔を見合わせる。
「またなんで? 宿泊客を自室に呼びつけるなんて、ロッジの従業員としては問題だと思いますが?」
 沖田がもっともな疑問をぶつける。
(まあそうだわな……)
 傍らで聞いている誠も、胸中で同意する。ピアノを聞いて欲しいという理由があるにしても、客を呼びつけるのは無礼だ。
「ラリサさん、本当のことを話した方がよくないかしら? このままじゃ疑われちゃうわよ……?」
「で……でも……。綾音さんの名誉のことを思ったら……」
「私は大丈夫だから。恥ずかしがってる場合じゃないわよ」
 綾音の強い言い方に、少女が観念した様子になる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】天使がくれた259日の時間

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:1,874pt お気に入り:10

弱小流派の陰陽姫【完】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,538pt お気に入り:35,286

ちーちゃんのランドセルには白黒のお肉がつまっていた。

ホラー / 完結 24h.ポイント:1,448pt お気に入り:15

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,356pt お気に入り:107

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,476pt お気に入り:4,079

【おさわり版】すまん、殺しを依頼したのは俺なんだ

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...