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第六章 救われぬ心
05
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「ちょっと待って……。もしかしてラリサさんがわたしを呼び出したのって……」
綾音の中で、糸がつながる。
「そういうこと。雑ではあるけど、アリバイ工作ですよ。綾音さんが留守にしている間に犯行が行われた可能性を作るためのね」
誠がにやりとしながら返す。
「そもそも、俺は最初から疑問だった。なぜ犯人は山瀬さんに左利き用に調整されてないグロックを握らせたのかってね。元961偵察隊の人たちなら、こんなミスはしない。彼が常に左利きに対応した銃を使っていたのを知ってるんだから」
そこで言葉を句切り、ラリサに向き直る。
「ラリサ。お前、この写真を見て山瀬さんが右利きだと誤解したろう?」
そう言って、倉木の部屋にあった写真を見せる。確かに、山瀬は右手に小銃を持っている。
「これを撮ったとき、山瀬さんはたまたま左手を痛めていたんだそうだ。ついでに、運も悪かったな。全員のハンドガンの身に付け方を見てくれ」
部屋にいる全員に写真を見せる。
「なるほど……。この写真じゃ……山瀬さんがどこにハンドガンを持っているかわからない……」
七美が納得した顔になる。
「正解。オーナーみたいにチェストホルスターか、相馬さんとラバンスキーさんみたいにレッグホルスターなら、どちらが利き手か一目瞭然なんだが……。山瀬さんはヒップホルスターを愛用してたんだろう。しかも、この写真だと両脇のオーナーと相馬さんの陰に隠れてホルスターが見えない。そのせいで、彼が右利きだと思い込んでしまった」
誠が再びラリサを見る。
「すると……ラリサは後になって山瀬大尉が左利きだと気づいた……?」
ブラウバウムが言う。
「恐らく、食事の時にね。彼は確かハシを左手で持っていた。土壇場だったんで、新しく銃を調達する暇がなかったんでしょう。彼が常に左利きに対応した銃を使っていたことも知らなかった」
誠は用が済んだ写真立てを、サイドボードの上に置く。
「ちょっと待ってくれ。だとしても無理がないか? 俺が犯人なら、そこを気にすると思うな。左利きに対応してない銃から真実がバレるかもってな。なんで、犯行を強行したんだ?」
修一が口を挟む。割とまっとうな疑問だ。
「それは、宿帳を見ればわかりますよ」
そう言った誠は、借用した宿帳を見せる。
「あ……そうか……。綾音さんは本当は一泊しかしない予定だった……。事件が起きて……参考人として残ったけど……」
相馬がいち早く気づく。
「正解。犯行があった日の翌日には、綾音さんが宿泊していた部屋は空き部屋になってしまう。そうなったら、隣人を利用したアリバイトリックが成立しない。警察も、最初から第三者がふたりを殺した線で操作する可能性が高い。彼らが撃ち合って死んだように偽装できるのは、あの日だけだったわけ」
一気に推理を語った少年は、お茶で口を濡らす。
「先輩……筋は通ってるけど……。やっぱりめちゃくちゃです。私がラバンスキーさんたちを殺す動機としては弱いと思いませんか? あれは戦争だったんです。彼も任務を果たしただけでしょう? そこまで恨みませんよ……。殺人犯になってまで……」
ラリサが泣きそうな顔になる。
「それに関しては……俺のくだらないやらかしがきっかけだった……」
誠が頭をガシガシとかく。
「くだらないやらかし……? 誠が……?」
修一が、拳を顎に当てる。
「あの夜。俺はオーナーたちの様子が気になって後をつけた。ロッジの外にはラリサが偶然いた。そして……オーナーの唇を読んだ俺は……不用意に口に出してしまったんです……。『やはり事前に知っていたな』『証拠もあるんだぞ』と……。ラリサが横にいるのを忘れて……」
誠は沈痛な面持ちで返答する。
「まさか……それでラリサが殺意を抱いた……?」
真奈が恐る恐る言葉をつむぐ。
「だろうね。そして……ラリサは確証を得るために裏を取ることにした。オーナーの部屋を訪ねたんだ」
少年は、今度は倉木に向き直る。
「な……なにを言うんです……?」
倉木が目線を逸らす。どうやら図星のようだ。
「オーナー。あなたの部屋の布団に、わずかだが女もののリップが付いていた。しかも、派手めでデートやいわゆる勝負に使うもの。七美が教えてくれました」
少年は、倉木の外堀を埋めていく。
「それは……」
「オーナー。あの夜、ラリサが部屋にいましたね? 深夜に外を歩いていたことは、速水警部に見られています。話してもらえませんか……? なにがあったのか」
言いよどむ倉木を、さらに追い詰める。
「下手な隠し立てや言い訳は、逆効果だと思いますよ」
速水が付け加える。倉木が観念した表情になる。
「その通りです。あの夜……ラリサが私の部屋を訪ねてきた……。いつもより派手な化粧をして……。そして……あろうことか服を脱ぎ始めた……。私を身体で誘惑しようとしたんです……」
ダンディな容貌を悲しげにして、血を吐くように言葉を絞り出す。
その場にいる全員が、あっけに取られてラリサを見る。
「…………」
金髪碧眼の美貌が、耳まで真っ赤になる。
綾音の中で、糸がつながる。
「そういうこと。雑ではあるけど、アリバイ工作ですよ。綾音さんが留守にしている間に犯行が行われた可能性を作るためのね」
誠がにやりとしながら返す。
「そもそも、俺は最初から疑問だった。なぜ犯人は山瀬さんに左利き用に調整されてないグロックを握らせたのかってね。元961偵察隊の人たちなら、こんなミスはしない。彼が常に左利きに対応した銃を使っていたのを知ってるんだから」
そこで言葉を句切り、ラリサに向き直る。
「ラリサ。お前、この写真を見て山瀬さんが右利きだと誤解したろう?」
そう言って、倉木の部屋にあった写真を見せる。確かに、山瀬は右手に小銃を持っている。
「これを撮ったとき、山瀬さんはたまたま左手を痛めていたんだそうだ。ついでに、運も悪かったな。全員のハンドガンの身に付け方を見てくれ」
部屋にいる全員に写真を見せる。
「なるほど……。この写真じゃ……山瀬さんがどこにハンドガンを持っているかわからない……」
七美が納得した顔になる。
「正解。オーナーみたいにチェストホルスターか、相馬さんとラバンスキーさんみたいにレッグホルスターなら、どちらが利き手か一目瞭然なんだが……。山瀬さんはヒップホルスターを愛用してたんだろう。しかも、この写真だと両脇のオーナーと相馬さんの陰に隠れてホルスターが見えない。そのせいで、彼が右利きだと思い込んでしまった」
誠が再びラリサを見る。
「すると……ラリサは後になって山瀬大尉が左利きだと気づいた……?」
ブラウバウムが言う。
「恐らく、食事の時にね。彼は確かハシを左手で持っていた。土壇場だったんで、新しく銃を調達する暇がなかったんでしょう。彼が常に左利きに対応した銃を使っていたことも知らなかった」
誠は用が済んだ写真立てを、サイドボードの上に置く。
「ちょっと待ってくれ。だとしても無理がないか? 俺が犯人なら、そこを気にすると思うな。左利きに対応してない銃から真実がバレるかもってな。なんで、犯行を強行したんだ?」
修一が口を挟む。割とまっとうな疑問だ。
「それは、宿帳を見ればわかりますよ」
そう言った誠は、借用した宿帳を見せる。
「あ……そうか……。綾音さんは本当は一泊しかしない予定だった……。事件が起きて……参考人として残ったけど……」
相馬がいち早く気づく。
「正解。犯行があった日の翌日には、綾音さんが宿泊していた部屋は空き部屋になってしまう。そうなったら、隣人を利用したアリバイトリックが成立しない。警察も、最初から第三者がふたりを殺した線で操作する可能性が高い。彼らが撃ち合って死んだように偽装できるのは、あの日だけだったわけ」
一気に推理を語った少年は、お茶で口を濡らす。
「先輩……筋は通ってるけど……。やっぱりめちゃくちゃです。私がラバンスキーさんたちを殺す動機としては弱いと思いませんか? あれは戦争だったんです。彼も任務を果たしただけでしょう? そこまで恨みませんよ……。殺人犯になってまで……」
ラリサが泣きそうな顔になる。
「それに関しては……俺のくだらないやらかしがきっかけだった……」
誠が頭をガシガシとかく。
「くだらないやらかし……? 誠が……?」
修一が、拳を顎に当てる。
「あの夜。俺はオーナーたちの様子が気になって後をつけた。ロッジの外にはラリサが偶然いた。そして……オーナーの唇を読んだ俺は……不用意に口に出してしまったんです……。『やはり事前に知っていたな』『証拠もあるんだぞ』と……。ラリサが横にいるのを忘れて……」
誠は沈痛な面持ちで返答する。
「まさか……それでラリサが殺意を抱いた……?」
真奈が恐る恐る言葉をつむぐ。
「だろうね。そして……ラリサは確証を得るために裏を取ることにした。オーナーの部屋を訪ねたんだ」
少年は、今度は倉木に向き直る。
「な……なにを言うんです……?」
倉木が目線を逸らす。どうやら図星のようだ。
「オーナー。あなたの部屋の布団に、わずかだが女もののリップが付いていた。しかも、派手めでデートやいわゆる勝負に使うもの。七美が教えてくれました」
少年は、倉木の外堀を埋めていく。
「それは……」
「オーナー。あの夜、ラリサが部屋にいましたね? 深夜に外を歩いていたことは、速水警部に見られています。話してもらえませんか……? なにがあったのか」
言いよどむ倉木を、さらに追い詰める。
「下手な隠し立てや言い訳は、逆効果だと思いますよ」
速水が付け加える。倉木が観念した表情になる。
「その通りです。あの夜……ラリサが私の部屋を訪ねてきた……。いつもより派手な化粧をして……。そして……あろうことか服を脱ぎ始めた……。私を身体で誘惑しようとしたんです……」
ダンディな容貌を悲しげにして、血を吐くように言葉を絞り出す。
その場にいる全員が、あっけに取られてラリサを見る。
「…………」
金髪碧眼の美貌が、耳まで真っ赤になる。
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