閃くソトアオの翼 悪役令嬢ですけど、戦争だから悪役やってる場合じゃない! 

ブラックウォーター

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05 逆侵攻

手のひらの宝石

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04

 2018年9月25日

 アキツィア南部、フューリー空軍基地。
 「フレイヤ隊、入ります」
 「入れ」
 エスメロード以下フレイヤ隊の3人は、航空隊司令であるシュタイアー一等空佐のオフィスに呼び出されていた。
 いつもは勧められる椅子もなく、3人が立たされたままなのが、今の状況を物語っている。
 ユニティア空軍から連合軍司令部を通じて、アキツィア防衛省、自衛軍に抗議が来たことは想像に難くない。
 常識で考えればフレイヤ隊は虐殺を防ごうとしただけだが、ブラウアイゼンを壊滅させることに執念を燃やしていたユニティア軍に理屈は通じそうにない。
 小耳にはさんだ話だが、ブラウアイゼン攻撃に参加していたユニティア空軍のパイロットには、13年前のフランク・レーマ戦争や、今回の戦争で家族や家を失った者が多かったらしい。
 復讐に燃えている人間に理性を期待するのは無理だ。
 戦略には直接関係ない民家や一般人に攻撃をかけようとしたのも、自分たちが味わった地獄を敵にも味わわせてやろうとしたと考えれば、むべなるかなだった。
 「まあ、わかっているとは思うが、ユニティア空軍から抗議が来た。
 味方であるはずのフレイヤ隊からレーダー照射を受けたとな」
 「それで、飛行停止処分ですか?」
 悪いことをしたつもりがないエスメロードは、シュタイアーをにらみつける。
 「話は最後まで聞け。
 厳重に抗議するし、再発の防止も強く求める。
 だが、お前さんたち個人の処罰は特に求めないとさ」
 シュタイアーの言葉に、エスメロードは奥歯にものが挟まったようなものを感じた。
 そして、思い当たる可能性があった。
 「我々を咎めない代わりに、23日のことについては他言無用。
 そういうことですか?」
 先回りしたエスメロードの皮肉交じりの問いに、シュタイアーは無言で首を縦に振る。
 ユニティアの影響力を持ってすれば、アキツィア政府と自衛軍に圧力をかけ、フレイヤ隊を厳罰に処すことも可能なはずだ。
 だがそれを強行した場合、怒ったフレイヤ隊がブラウアイゼンでなにが起きたかを辺り構わず言いふらす危険がある。
 「処罰は見合わせてやる。その代わり口にチャックだ」
 要はそう言って脅してきたのだ。
 「今日はそれだけだ。
 下がっていい」
 シュタイアーはそう言って、3人に退室を命じる。
 リチャードはあからさまに不満そうな顔をしていたし、ジョージもポーカーフェイスにいらだちを滲ませていた。
 エスメロードも、シュタイアーの机の上に乗ったF-35AJの模型を床に叩きつけたい衝動に駆られていた。
 だが、不満をぶつける対象はシュタイアーではない。
 3人とも大人と呼べる年齢だからそれはわかっていた。
 敬礼し、きびすを返す。
 「お前たちが間違っていたとは思わない。
 私も内心はらわたが煮えくりかえっているよ」
 その言葉に3人は振り返るが、当のシュタイアーは窓の外を見たままそれ以上なにも言わなかった。
 彼の立場では表だってエスメロードたちを擁護することができない。
 あくまで独り言だということだ。
 3人はシュタイアーの度量と腹芸に敬服して、その場を辞した。
 
 「めでたしめでたしとは行かないな。
 私たちは、ユニティアに目をつけられているだろうからな」
 シュタイアーのオフィスから戻る途中、エスメロードはため息をつく。
 ユニティアは表向き穏便に済ませたが、恨みを忘れているとは思えない。
 自分たちは今後どんな嫌がらせを受けるか、予想もつかなかった。
 「上等っすよ。
 やつらがちょっかい出してくるなら、ブラウアイゼンでなにがあったかマスコミに話すと言ってやればいい。
 そうされて困るのはやつらだ」
 怒りが沸騰しているらしいリチャードは、周りに聞こえるのも構わずに大声で言う。
 「リチャード、声が大きいぞ。
 俺たちは今し方、秘密を守る約束をしたばかりなんだ。
 ともあれ、用心に越したことはない。
 ユニティアが今回の戦争で、相当に汚い目論見を抱いているのは確かだしな」
 ジョージがいらだちを滲ませた声で相手をする。
 (彼の言う通りか…)
 エスメロードはまた嘆息する。
 デウスに対する現実的な和平案を一蹴し、強引に逆侵攻を推し進めるユニティア。
 どんなリスクを払っても、汚い真似をしても、デウスからむしり取るだけむしり取る。
 その本気度が伝わって来るのだ。
 (ブラウアイゼン焼き討ちもその一環と見るべきか…)
 2005年の“悪魔の花火大会”以来、ユニティアにはデウスに恨みを抱いている人間が少なからずいる。
 彼らの復讐心を満足させることも、逆侵攻の目的のうちに入っているのだろう。
 公式には、ユニティア軍がブラウアイゼンを民間人ごと焼いたことは伏せられるだろう。
 だが、ユニティ政府情報局によって、ブラウアイゼンを焼き払ってやったという情報がまことしやかに流されれば、多くの国民の溜飲を下げ、恨みを晴らしてやることになる。
 ユニティアの現政権は、次の選挙も確実に勝てるというわけだ。
 (だが、そんな理由であんな虐殺が許されるはずがない)
 エスメロードは葛藤し続けた。
 ユニティアのやり方は鬼畜以下の所行だ。
 だが、やつらは本気だ。
 抗おうとすれば、本当につぶされるか、最悪後ろから撃たれるかも知れない。
 「そんな顔をするなよエスメロード」
 ジョージが、息がかかるほど顔を近づけてくる。
 エスメロードは、眉間にしわが寄っていたことに今さら気づく。
 「お前さんはなにも間違ったことはしてない。
 いや、正しいか間違ってるかなんてくそ食らえだ。
 自分の心に従って、なすべきと思ったことをなしてくれ。
 俺たちは勝手についていくだけだ」
 ジョージは優しい笑顔でそう言う。
 「ジョージ先輩かっこ良すぎ。
 まあなんだ。俺も同じ気持ちっす。
 フレイヤ1という人間の下でならと思ってますから」
 リチャードは、ジョージほど口がうまくないなりにエスメロードを激励する。
 「ジョージ、リチャード…」
 エスメロードは目頭が熱くなる。
 壁際に追いつめられた時こそ、手のひらの中の宝石の存在に気づくこともある。
 自分はいい部下、そして友に恵まれている。
 正しいことをしたはずなのに非難されている理不尽な状況では、こんなに嬉しいことはなかった。
 だが、エスメロードはまた違和感を覚えていた。
 ジョージは笑顔だが、その目はまたなにかに呪縛されているような光を放っていたのだ。
 ブラウアイゼンの理不尽を目の当たりにしたからだろうか?
 呪縛が今までより強まっているように見えた。
 エスメロードは、言い知れぬ不安を覚えるのだった。

2020年7月24日。

 ブラウアイゼン。かつてはデウスの工業力を支える都市であった場所。
 そこを訪れたマット・オブライアンはただ愕然としていた。
 かつてはシステマティックな工業都市であった面影は全くない。
 ただ倒壊した建物と、黒く焼けただれた町並みが眼前に広がるだけだった。
 所々に見える奇妙な不定形で半透明のガラス細工は、恐らく建物のガラスが高温で溶けた後に冷えて固まった物だろう
 そして、所々に見える白い塊は人骨だ。
 ブラウアイゼンは破壊し尽くされて復旧のめどが立たなかったことに加え、核爆発によって放射能汚染地帯となった。
 戦中戦後の混乱の中では放射能粉じんの除去を行うのが精一杯だった。復旧どころか犠牲者の身元確認や埋葬さえ放棄されてしまったのだ。
 マットは昼食のミートローフを吐き出しながらも、撮影を続けた。
 「実は俺もあの戦闘があった日、ここにいた。
 民間人の救出作戦は不要と抜かす上層部の命令を無視して、ヘリと車両で避難民を運んだんだ。
 信じられなかったぜ、連合軍とデウス軍の両方が撃ってくるんだから」
 マットをここまで運んでくれた元デウス軍軍人と名乗るタクシーの運転手はそう言った。
 この町を焼いたのは、デウス軍の焦土作戦。というカバーストーリーは、少なくともこちらでは全く信じられていないらしい。
 ブラウアイゼンがあるデウス中東部では、ユニティアに対する恨みと憎悪が激しかった。
 タクシーに乗車拒否されたときは、さすがにマットは途方に暮れた。
 そこに声をかけてくれたのが、この運転手だったのだ。
 
 取材対象のひとり、フェリクス・ベルクマン元中佐が学会から戻るのにはまだ時間があった。
 マットは、デウス戦争の中でも有数の悲劇の舞台とされるブラウアイゼンの取材を先に行うこととしたのだ。
 イノケンタスから鉄道に揺られること半日。
 だが、鉄道やバスが伸びているのは隣町のナルヴィッツまで。
 ブラウアイゼンは放棄されたため、鉄道も路線バスも廃止されてしまった。
 足は、車以外にはないのだという。
 そして、ここを訪れてマットはむべなるかなと思う。
 目の前に広がる、民間人の巻き添えもいとわない破壊と虐殺の跡。
 人の所行とは思えなかった。
 だが、これは悪魔サタンの所行ではない、自分と同じ人が起こした事態なのだ。
 マットは自分の祖国に怒りを覚えずにはいられなかった。
 これだけの破壊を行っておいて、武器を持たない無数の人々を殺しておいて、それを他人がやったことと臆面もなく主張する。
 「必ず真実は明らかにする」
 マットは決意を新たにするのだった。
 
 「おや…?」
 そろそろ帰ろうかと思った時、マットは道路の真ん中に、そこには似つかわしくない物を見つける。
 それは一見するとスマホのように見えた。
 が、それにしてはやたらと可愛らしい装飾が施されている。
 おまけに、拾い上げてみると妙に軽い。
 マットはそこに来て、それがようやく見覚えのあるおもちゃであることに気づく。
 確か当時放送していたアニメの、変身ヒロインが持っていた変身アイテムだ。
 「しかしそれにしては…」
 変身ヒロインのアイテムは、当然のように白やピンクを基調とした色合いだったはずだ。
 間違ってもこんな赤黒い色ではなかった。
 だが、ひっくり返してみてその意味に気づく。
 「血…!?」
 裏側は、子供好みの白とピンクのカラーリングだった。
 表の赤黒い色は、恐らくこれの所有者であった人物の血の色だったのだ。
 まだ幼かったであろうこれの持ち主の命を無残に奪う。
 (そんな戦争のどこに正義がある?)
 マットはいつの間にか涙を流しながら、地面に戻したおもちゃを撮影していた。
 これの持ち主の魂に手向ける意味でも、この取材を成功させる。
 目の前の理不尽に対する怒りと真相への執念を持って、そう決めていた。
 最終目的である“雷神”はまだ痕跡さえ見えてこない。
 (だが、このブラウアイゼンを訪れたことは大いに意味がある)
 そう思えた。
 自分は目標に少しずつだがむかっている。この場所を訪れてその凄惨さに触れて、確信が持てたのだ。
 止まることはできないし、その気もない。自分はすでに“戻れない”ところに足を踏み入れているのだから。
 それが、彼の偽らざる気持ちだった。

 ブラウアイゼン。
 連合、デウス双方のエゴによって焼かれた都市。
 必要のための犠牲とされた人たちの悲しみと無念は、今もこの場所をさまよっているようだった。
 彼らの魂が神の国へたどり着く日が来ることはあるのだろうか。
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