閃くソトアオの翼 悪役令嬢ですけど、戦争だから悪役やってる場合じゃない! 

ブラックウォーター

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07 復讐の翼

怒りと恐怖の日

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02

 時間は少し遡る。
 2018年12月23日
 アキツィア共和国、フューリー空軍基地

 「完成ですか。かっこいいっすね」
 「そうだろう。これで第5世代戦闘機とも戦える」
 基地の格納庫には、もはや原型を止めない程に改造されたエスメロードの愛機のマッシブな威容があった。
 F-15JS。
 F-15Jをベースに、F-15SEのステルスウェポンベイを機体両脇に装備し、対空ミサイルを内蔵することを可能としている。このウェポンベイは、それ自体が電波反射効率を減少させ、ステルス性能を高める役割を果たす。
 エアインテークにはレーダーブロッカーを後付けした。
 機体下面にはアドバンスドホーネット用の巨大なサーフボードケースといった外観のウェポンベイを装備する。
 さらに、機体はステルス塗料でリペイントされている。
 これらの改造により、対空ミサイルを最大で10発内蔵しつつ、正面方向に限ればF-22やF-35などにも比肩するステルス性能を誇る。
 正面方向のみと侮るなかれ。
 現代戦においては、ファーストルック、ファーストショット、ファーストキルの3つのFが重視される。
 先に敵を発見してミサイルを撃ち、さっさと回避行動に入る。
 それを可能にするためには、正面からレーダーで補足されないことは大変に重要なのだ。
 コックピットもデジタル化され、HMDも装備した。
 これでオフボササイト攻撃(機体の正面に敵を捉えなくとも、ヘルメットに内蔵された照準器でロックオンして攻撃する能力。真横の敵も攻撃できる)も可能となった。
 「ずいぶん頑張って改造したもんだが、これなら最初から第5世代戦闘機をリースした方が簡単じゃないのか?」
 傍らで見ていたブリュンヒルデ隊1番機の、ガートルード・“ワイルドキャット”ベイツ二等空尉が聞いていくる。
 「まあそう言いなさんな。
 F-15Jのダイレクトな操縦感覚は残しておきたい。
 機械にお節介を焼かれるのはあまり好きじゃないしね」
 エスメロードはちっちっと舌を鳴らしながら反論する。
 F-15シリーズの特徴として、操縦が高度には自動化されていないことが上げられる。
 それは、操縦に相応の技術が要求される反面、パイロットの技量次第でコンピューターには不可能なマニューバを実現できるということでもあった。
 卑近な例に例えれば、F-35などの第5世代戦闘機を電子機器でがちがちに武装したハイブリッド車とするなら、F-15シリーズは高度な技量を要求されるマニュアルボックスを備えたクラシックカーであると考えればわかりやすい。
 「なるほど、選ばれたエースだけが乗りこなせる機体ってわけだ」
 ブリュンヒルデ隊2番機である、ニック・“バッドボーイ”・ハートモア三等空尉が、からかいが半分、畏怖が半分という調子で相手をする。
 ガートルードとニックは、並ぶとその筋の姉御と舎弟という雰囲気の剣呑さだ。
 実際、傭兵パイロットなどやっているだけに、穏便な人生を歩んできた者たちではない。
 まあ、2人とも腕は確かだし、プライベートでは甘甘なバカップルであるのはみな知っていることだが。
 「まあしかし、もう戦争は終わってんだぜ?
 このかっこいい機体で誰と戦う気なんだい?」
 「それ、本気で言ってるの?“自由と正義の翼”との戦い、政治決着ができるなんて上の言葉を本気で信じてる?」
 混ぜ返されたエスメロードの言葉に、「冗談さ」とガートルードが返す。
 彼女もわかっているのだ。
 “自由と正義の翼”は本気で世界に対して復讐するつもりだ。
 彼らが表面上要求している、“悪魔の花火大会”に関する各国の謝罪と賠償金の支払いなどで矛を収めるはずがない。
 その場にいる誰もが、穏やかな解決など信じてはいなかったのである。
 

 2018年12月24日

 「ん?なんだ?」
 滑走路でジョギングをしていたエスメロードは、ゲートがなにやら騒がしいのに気づく。
 誰かがゲートの警備兵と押し問答しているようだった。
 「お願いです、パイロットの方々に話を聞かせて下さい」
 「申し訳ないがだめです。
 現在警戒体勢中です。部外者の立ち入りは認められません」
 ゲートの方から聞こえるのは女の声だった。
 必死で訴える女に、エスメロードは見覚えがある気がした。
 「はて…どっかで…」
 記憶を検索して、すぐに思い出す。
 アンジェラ・シーメンス。
 一応エスメロードの幼なじみと言える存在だ。
 だが、エスメロードにはやましいところがあった。
 前世の記憶が戻る前、まだ悪役令嬢と言える性格だったころ、さんざんアンジェラに意地悪をしてきたからだ。
 アンジェラがイスパノ王国の旧家の令息と国際結婚して、あちらに移り住んで以来交流もなかった。が、彼女が恨みを忘れていない可能性はある。
 (まさか、私に仕返しをしにきたなんてことはないわよね?)
 なにか根拠があるわけでもないが、エスメロードはそんなことを思った。
 そんな時、アンジェラがこちらに気づく。
 「エスメロード様…?そこにおわすはエスメロード様ではなくて!?
 お願いです!話を聞いて下さい!」
 こっそりその場を辞するタイミングを逸したエスメロードは、諦めてアンジェラに近づいていく。
 「久しぶりねアンジェラ。
 でも困ります。ご存じの通り、連合国とデウスはまだ正式に講和したわけではないのですから」
 エスメロードは建前論に終始する。
 (嘘は言っていない)
 そう自分に言い訳する。
 国際法上、停戦協定と講和は全く別問題だ。
 前世で生きていた世界の、とある半島を思い出す。
 半島が南北に分断され、完全に焦土になるほどの戦いが繰り広げられた。
 そして、戦争は停戦が行われただけで講和条約は締結されなかった。
 要するに、一時的に戦闘が止んでいるだけで、戦争状態が70年も継続している形になっていたのだ。
 (いつ戦闘が再発しても不思議はない)
 それは、今の連合国とデウス公国も同じだった。
 イノケンタスでは、デウスの領土は地下資源を巡って連合国の首脳たちが揉めていると言うから特に。
 「どうかそうおっしゃらずに。
 家の人の行方がわかればそれだけでいいの」
 そう言って、アンジェラは一枚のビラを差し出す。 
 それを見て、エスメロードはぎょっとした。
 そこに添付されていた写真には、ジョージが脱走した時に戦闘に介入してきた機体が写っていたからだ。
 見間違いようのないシャークマウスのノーズアートとイスパノ王国のマーク。
 どうやら間違いないようだ。
 「アンジェラ…。家の人ってことは、あなたの旦那さんは…」
 “自由と正義の翼”という言葉を、エスメロードはすんでの所で呑み込む。
 彼らの存在は防衛機密に指定されているのだ。
 (国益のためじゃなく、国家の面子と政治家たちの保身のために)
 エスメロードはこっそり嘆息する。
 テロリスト集団の存在を隠蔽することは、国民の安全上の観点から非常に危険であるにも関わらず、政治家や官僚たちは自分たちの保身を優先したのだ。
 「なにか知っているなら教えてください。
 大けがをして病院に運び込まれたのに、いつの間にか抜け出していなくなってたの。
 あのひどい怪我じゃ戦うことなんてできるわけないのに…」
 アンジェラの透き通った目を、エスメロードはまともに見ることができなかった。
 守るべき民草に大事な情報を隠しているという意味では、自分も共犯であることに違いはないからだ。
 軍人だから守秘義務があるという理屈など、なんの免罪符にもならない。
 間違ったことをしていることに変わりはないのだから。
 「アンジェラ…」
 言葉を選びながらエスメロードが話し始めようとした瞬間、基地に警報が鳴り響いた。
 「何事です?
 え?もう一度言って下さい!衛星がここに落ちる?」
 警備兵が電話に怒鳴る声を聞いて、エスメロードは全身から血の気が引くのを感じた。
 今までのかりそめの平和は、この時の準備期間だった。
 そう確信していたのだ。
 
 『衛星の落下まで20分しかないぞ!』
 『機体は可能な限り上空に避難させろ!』
 『全部は無理だ!』
 『出せる機体から発進させるんだよ!それくらいわかるだろう!』
 オープン回線で怒鳴り声が響いていた。
 今このフューリー空軍基地には、アキツィア軍だけでなく、連合軍の各種の機体がひしめいている。
 20分で全てを上げるのは不可能と言えた。
 まして、1時間ほど前にイノケンタスに別の衛星が落下したばかりだ。
 連合軍にも混乱が広がっているのだ。
 自分たちで全てを判断しなければならない状況だが、時間がないことが将兵たちを焦らせていた。
 「ちっ!上がれるかどうか微妙だな…」
 愛機であるF-15JSのコックピットに収まるエスメロードも、時間との戦いに敗北しつつあるのを悟っていた。
 滑走路では、自分たちフレイヤ隊の前に20機以上の機体がいるのだ。
 『新しい機体、一度も使わずに壊したくないなあ…』
 リチャードが無線でぼやく。
 彼は、F-2からF-35AJに乗り換えていた。
 F-2の性能限界が見えていたことに加え、荒っぽい連続使用でがたが来ていたからだ。
 『警告!衝撃に備えろ!衛星の破片が落下してくるぞ!』
 その通信に顔を上げたエスメロードは、白く光りながら落下してくるものを見た。
 そしてそれは、運悪く滑走路脇のC-2輸送機を直撃し、大爆発を引き起こした。
 「ちっ…!滑走路の機体が…」
 エスメロードはそれだけ発するのが精一杯だった。
 爆風が滑走路をなぎ払い、順番を待っていた戦闘機たちを紙細工のように吹き飛ばしたのだ。
 だが、それはフレイヤ隊にとっては怪我の巧妙となった。滑走路がきれいに開けたのだ。
 「フューリータワー!
 フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊だけ上げよう!
 残りは間に合わない。機体を捨て地下壕に退避せよ!」
 『やむを得んか…。
 了解だ、フレイヤ隊およびブリュンヒルデ隊、発進許可する。
 残りのパイロットたちは機体は諦めろ。 
 地下壕に退避』
 タワーからの返答に応じて、エスメロードはF-15JSをタキシングさせて滑走路に出すと、アフターバーナーを全開にして機首を上げ飛び立つ。
 リチャードのF-35AJと、ブリュンヒルデ隊のF-2計3機が後に続く。
 正にタッチの差で、白く燃えさかる衛星がフューリー基地に落ち、核爆発と見まがう巨大なキノコ雲を発生させた。
 『レーダーに感。
 北西より所属不明機接近。
 デウスおよびイスパノのIFFを発しているが、無線に応答がない。
 連合軍のデータリンクにも該当する部隊はない。
 “自由と正義の翼”所属と思われる。
 フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊、交戦せよ!』
 先行して上がっていたE-767からの通信とほぼ同時に、レーダーに所属不明機の機影が映る。
 「ちいっ!こんな時に!」
 『上等じゃないの!新しい機体の仇、取らせてもらうよ!』
 いらだつエスメロードに、ガートルードが混ぜ返す。
 ガートルードもまたF-2の性能では限界があると判断し、おろしたてのSu-57をリースしていたのだ。
 地下格納庫に収納されていたが、あの爆発では無事に済んだ可能性は低いと見るべきだろう。
 フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊は、アフターバーナーを吹かし所属不明機に肉薄していった。
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