48 / 64
07 復讐の翼
怒りと恐怖の日
しおりを挟む
02
時間は少し遡る。
2018年12月23日
アキツィア共和国、フューリー空軍基地
「完成ですか。かっこいいっすね」
「そうだろう。これで第5世代戦闘機とも戦える」
基地の格納庫には、もはや原型を止めない程に改造されたエスメロードの愛機のマッシブな威容があった。
F-15JS。
F-15Jをベースに、F-15SEのステルスウェポンベイを機体両脇に装備し、対空ミサイルを内蔵することを可能としている。このウェポンベイは、それ自体が電波反射効率を減少させ、ステルス性能を高める役割を果たす。
エアインテークにはレーダーブロッカーを後付けした。
機体下面にはアドバンスドホーネット用の巨大なサーフボードケースといった外観のウェポンベイを装備する。
さらに、機体はステルス塗料でリペイントされている。
これらの改造により、対空ミサイルを最大で10発内蔵しつつ、正面方向に限ればF-22やF-35などにも比肩するステルス性能を誇る。
正面方向のみと侮るなかれ。
現代戦においては、ファーストルック、ファーストショット、ファーストキルの3つのFが重視される。
先に敵を発見してミサイルを撃ち、さっさと回避行動に入る。
それを可能にするためには、正面からレーダーで補足されないことは大変に重要なのだ。
コックピットもデジタル化され、HMDも装備した。
これでオフボササイト攻撃(機体の正面に敵を捉えなくとも、ヘルメットに内蔵された照準器でロックオンして攻撃する能力。真横の敵も攻撃できる)も可能となった。
「ずいぶん頑張って改造したもんだが、これなら最初から第5世代戦闘機をリースした方が簡単じゃないのか?」
傍らで見ていたブリュンヒルデ隊1番機の、ガートルード・“ワイルドキャット”ベイツ二等空尉が聞いていくる。
「まあそう言いなさんな。
F-15Jのダイレクトな操縦感覚は残しておきたい。
機械にお節介を焼かれるのはあまり好きじゃないしね」
エスメロードはちっちっと舌を鳴らしながら反論する。
F-15シリーズの特徴として、操縦が高度には自動化されていないことが上げられる。
それは、操縦に相応の技術が要求される反面、パイロットの技量次第でコンピューターには不可能なマニューバを実現できるということでもあった。
卑近な例に例えれば、F-35などの第5世代戦闘機を電子機器でがちがちに武装したハイブリッド車とするなら、F-15シリーズは高度な技量を要求されるマニュアルボックスを備えたクラシックカーであると考えればわかりやすい。
「なるほど、選ばれたエースだけが乗りこなせる機体ってわけだ」
ブリュンヒルデ隊2番機である、ニック・“バッドボーイ”・ハートモア三等空尉が、からかいが半分、畏怖が半分という調子で相手をする。
ガートルードとニックは、並ぶとその筋の姉御と舎弟という雰囲気の剣呑さだ。
実際、傭兵パイロットなどやっているだけに、穏便な人生を歩んできた者たちではない。
まあ、2人とも腕は確かだし、プライベートでは甘甘なバカップルであるのはみな知っていることだが。
「まあしかし、もう戦争は終わってんだぜ?
このかっこいい機体で誰と戦う気なんだい?」
「それ、本気で言ってるの?“自由と正義の翼”との戦い、政治決着ができるなんて上の言葉を本気で信じてる?」
混ぜ返されたエスメロードの言葉に、「冗談さ」とガートルードが返す。
彼女もわかっているのだ。
“自由と正義の翼”は本気で世界に対して復讐するつもりだ。
彼らが表面上要求している、“悪魔の花火大会”に関する各国の謝罪と賠償金の支払いなどで矛を収めるはずがない。
その場にいる誰もが、穏やかな解決など信じてはいなかったのである。
2018年12月24日
「ん?なんだ?」
滑走路でジョギングをしていたエスメロードは、ゲートがなにやら騒がしいのに気づく。
誰かがゲートの警備兵と押し問答しているようだった。
「お願いです、パイロットの方々に話を聞かせて下さい」
「申し訳ないがだめです。
現在警戒体勢中です。部外者の立ち入りは認められません」
ゲートの方から聞こえるのは女の声だった。
必死で訴える女に、エスメロードは見覚えがある気がした。
「はて…どっかで…」
記憶を検索して、すぐに思い出す。
アンジェラ・シーメンス。
一応エスメロードの幼なじみと言える存在だ。
だが、エスメロードにはやましいところがあった。
前世の記憶が戻る前、まだ悪役令嬢と言える性格だったころ、さんざんアンジェラに意地悪をしてきたからだ。
アンジェラがイスパノ王国の旧家の令息と国際結婚して、あちらに移り住んで以来交流もなかった。が、彼女が恨みを忘れていない可能性はある。
(まさか、私に仕返しをしにきたなんてことはないわよね?)
なにか根拠があるわけでもないが、エスメロードはそんなことを思った。
そんな時、アンジェラがこちらに気づく。
「エスメロード様…?そこにおわすはエスメロード様ではなくて!?
お願いです!話を聞いて下さい!」
こっそりその場を辞するタイミングを逸したエスメロードは、諦めてアンジェラに近づいていく。
「久しぶりねアンジェラ。
でも困ります。ご存じの通り、連合国とデウスはまだ正式に講和したわけではないのですから」
エスメロードは建前論に終始する。
(嘘は言っていない)
そう自分に言い訳する。
国際法上、停戦協定と講和は全く別問題だ。
前世で生きていた世界の、とある半島を思い出す。
半島が南北に分断され、完全に焦土になるほどの戦いが繰り広げられた。
そして、戦争は停戦が行われただけで講和条約は締結されなかった。
要するに、一時的に戦闘が止んでいるだけで、戦争状態が70年も継続している形になっていたのだ。
(いつ戦闘が再発しても不思議はない)
それは、今の連合国とデウス公国も同じだった。
イノケンタスでは、デウスの領土は地下資源を巡って連合国の首脳たちが揉めていると言うから特に。
「どうかそうおっしゃらずに。
家の人の行方がわかればそれだけでいいの」
そう言って、アンジェラは一枚のビラを差し出す。
それを見て、エスメロードはぎょっとした。
そこに添付されていた写真には、ジョージが脱走した時に戦闘に介入してきた機体が写っていたからだ。
見間違いようのないシャークマウスのノーズアートとイスパノ王国のマーク。
どうやら間違いないようだ。
「アンジェラ…。家の人ってことは、あなたの旦那さんは…」
“自由と正義の翼”という言葉を、エスメロードはすんでの所で呑み込む。
彼らの存在は防衛機密に指定されているのだ。
(国益のためじゃなく、国家の面子と政治家たちの保身のために)
エスメロードはこっそり嘆息する。
テロリスト集団の存在を隠蔽することは、国民の安全上の観点から非常に危険であるにも関わらず、政治家や官僚たちは自分たちの保身を優先したのだ。
「なにか知っているなら教えてください。
大けがをして病院に運び込まれたのに、いつの間にか抜け出していなくなってたの。
あのひどい怪我じゃ戦うことなんてできるわけないのに…」
アンジェラの透き通った目を、エスメロードはまともに見ることができなかった。
守るべき民草に大事な情報を隠しているという意味では、自分も共犯であることに違いはないからだ。
軍人だから守秘義務があるという理屈など、なんの免罪符にもならない。
間違ったことをしていることに変わりはないのだから。
「アンジェラ…」
言葉を選びながらエスメロードが話し始めようとした瞬間、基地に警報が鳴り響いた。
「何事です?
え?もう一度言って下さい!衛星がここに落ちる?」
警備兵が電話に怒鳴る声を聞いて、エスメロードは全身から血の気が引くのを感じた。
今までのかりそめの平和は、この時の準備期間だった。
そう確信していたのだ。
『衛星の落下まで20分しかないぞ!』
『機体は可能な限り上空に避難させろ!』
『全部は無理だ!』
『出せる機体から発進させるんだよ!それくらいわかるだろう!』
オープン回線で怒鳴り声が響いていた。
今このフューリー空軍基地には、アキツィア軍だけでなく、連合軍の各種の機体がひしめいている。
20分で全てを上げるのは不可能と言えた。
まして、1時間ほど前にイノケンタスに別の衛星が落下したばかりだ。
連合軍にも混乱が広がっているのだ。
自分たちで全てを判断しなければならない状況だが、時間がないことが将兵たちを焦らせていた。
「ちっ!上がれるかどうか微妙だな…」
愛機であるF-15JSのコックピットに収まるエスメロードも、時間との戦いに敗北しつつあるのを悟っていた。
滑走路では、自分たちフレイヤ隊の前に20機以上の機体がいるのだ。
『新しい機体、一度も使わずに壊したくないなあ…』
リチャードが無線でぼやく。
彼は、F-2からF-35AJに乗り換えていた。
F-2の性能限界が見えていたことに加え、荒っぽい連続使用でがたが来ていたからだ。
『警告!衝撃に備えろ!衛星の破片が落下してくるぞ!』
その通信に顔を上げたエスメロードは、白く光りながら落下してくるものを見た。
そしてそれは、運悪く滑走路脇のC-2輸送機を直撃し、大爆発を引き起こした。
「ちっ…!滑走路の機体が…」
エスメロードはそれだけ発するのが精一杯だった。
爆風が滑走路をなぎ払い、順番を待っていた戦闘機たちを紙細工のように吹き飛ばしたのだ。
だが、それはフレイヤ隊にとっては怪我の巧妙となった。滑走路がきれいに開けたのだ。
「フューリータワー!
フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊だけ上げよう!
残りは間に合わない。機体を捨て地下壕に退避せよ!」
『やむを得んか…。
了解だ、フレイヤ隊およびブリュンヒルデ隊、発進許可する。
残りのパイロットたちは機体は諦めろ。
地下壕に退避』
タワーからの返答に応じて、エスメロードはF-15JSをタキシングさせて滑走路に出すと、アフターバーナーを全開にして機首を上げ飛び立つ。
リチャードのF-35AJと、ブリュンヒルデ隊のF-2計3機が後に続く。
正にタッチの差で、白く燃えさかる衛星がフューリー基地に落ち、核爆発と見まがう巨大なキノコ雲を発生させた。
『レーダーに感。
北西より所属不明機接近。
デウスおよびイスパノのIFFを発しているが、無線に応答がない。
連合軍のデータリンクにも該当する部隊はない。
“自由と正義の翼”所属と思われる。
フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊、交戦せよ!』
先行して上がっていたE-767からの通信とほぼ同時に、レーダーに所属不明機の機影が映る。
「ちいっ!こんな時に!」
『上等じゃないの!新しい機体の仇、取らせてもらうよ!』
いらだつエスメロードに、ガートルードが混ぜ返す。
ガートルードもまたF-2の性能では限界があると判断し、おろしたてのSu-57をリースしていたのだ。
地下格納庫に収納されていたが、あの爆発では無事に済んだ可能性は低いと見るべきだろう。
フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊は、アフターバーナーを吹かし所属不明機に肉薄していった。
時間は少し遡る。
2018年12月23日
アキツィア共和国、フューリー空軍基地
「完成ですか。かっこいいっすね」
「そうだろう。これで第5世代戦闘機とも戦える」
基地の格納庫には、もはや原型を止めない程に改造されたエスメロードの愛機のマッシブな威容があった。
F-15JS。
F-15Jをベースに、F-15SEのステルスウェポンベイを機体両脇に装備し、対空ミサイルを内蔵することを可能としている。このウェポンベイは、それ自体が電波反射効率を減少させ、ステルス性能を高める役割を果たす。
エアインテークにはレーダーブロッカーを後付けした。
機体下面にはアドバンスドホーネット用の巨大なサーフボードケースといった外観のウェポンベイを装備する。
さらに、機体はステルス塗料でリペイントされている。
これらの改造により、対空ミサイルを最大で10発内蔵しつつ、正面方向に限ればF-22やF-35などにも比肩するステルス性能を誇る。
正面方向のみと侮るなかれ。
現代戦においては、ファーストルック、ファーストショット、ファーストキルの3つのFが重視される。
先に敵を発見してミサイルを撃ち、さっさと回避行動に入る。
それを可能にするためには、正面からレーダーで補足されないことは大変に重要なのだ。
コックピットもデジタル化され、HMDも装備した。
これでオフボササイト攻撃(機体の正面に敵を捉えなくとも、ヘルメットに内蔵された照準器でロックオンして攻撃する能力。真横の敵も攻撃できる)も可能となった。
「ずいぶん頑張って改造したもんだが、これなら最初から第5世代戦闘機をリースした方が簡単じゃないのか?」
傍らで見ていたブリュンヒルデ隊1番機の、ガートルード・“ワイルドキャット”ベイツ二等空尉が聞いていくる。
「まあそう言いなさんな。
F-15Jのダイレクトな操縦感覚は残しておきたい。
機械にお節介を焼かれるのはあまり好きじゃないしね」
エスメロードはちっちっと舌を鳴らしながら反論する。
F-15シリーズの特徴として、操縦が高度には自動化されていないことが上げられる。
それは、操縦に相応の技術が要求される反面、パイロットの技量次第でコンピューターには不可能なマニューバを実現できるということでもあった。
卑近な例に例えれば、F-35などの第5世代戦闘機を電子機器でがちがちに武装したハイブリッド車とするなら、F-15シリーズは高度な技量を要求されるマニュアルボックスを備えたクラシックカーであると考えればわかりやすい。
「なるほど、選ばれたエースだけが乗りこなせる機体ってわけだ」
ブリュンヒルデ隊2番機である、ニック・“バッドボーイ”・ハートモア三等空尉が、からかいが半分、畏怖が半分という調子で相手をする。
ガートルードとニックは、並ぶとその筋の姉御と舎弟という雰囲気の剣呑さだ。
実際、傭兵パイロットなどやっているだけに、穏便な人生を歩んできた者たちではない。
まあ、2人とも腕は確かだし、プライベートでは甘甘なバカップルであるのはみな知っていることだが。
「まあしかし、もう戦争は終わってんだぜ?
このかっこいい機体で誰と戦う気なんだい?」
「それ、本気で言ってるの?“自由と正義の翼”との戦い、政治決着ができるなんて上の言葉を本気で信じてる?」
混ぜ返されたエスメロードの言葉に、「冗談さ」とガートルードが返す。
彼女もわかっているのだ。
“自由と正義の翼”は本気で世界に対して復讐するつもりだ。
彼らが表面上要求している、“悪魔の花火大会”に関する各国の謝罪と賠償金の支払いなどで矛を収めるはずがない。
その場にいる誰もが、穏やかな解決など信じてはいなかったのである。
2018年12月24日
「ん?なんだ?」
滑走路でジョギングをしていたエスメロードは、ゲートがなにやら騒がしいのに気づく。
誰かがゲートの警備兵と押し問答しているようだった。
「お願いです、パイロットの方々に話を聞かせて下さい」
「申し訳ないがだめです。
現在警戒体勢中です。部外者の立ち入りは認められません」
ゲートの方から聞こえるのは女の声だった。
必死で訴える女に、エスメロードは見覚えがある気がした。
「はて…どっかで…」
記憶を検索して、すぐに思い出す。
アンジェラ・シーメンス。
一応エスメロードの幼なじみと言える存在だ。
だが、エスメロードにはやましいところがあった。
前世の記憶が戻る前、まだ悪役令嬢と言える性格だったころ、さんざんアンジェラに意地悪をしてきたからだ。
アンジェラがイスパノ王国の旧家の令息と国際結婚して、あちらに移り住んで以来交流もなかった。が、彼女が恨みを忘れていない可能性はある。
(まさか、私に仕返しをしにきたなんてことはないわよね?)
なにか根拠があるわけでもないが、エスメロードはそんなことを思った。
そんな時、アンジェラがこちらに気づく。
「エスメロード様…?そこにおわすはエスメロード様ではなくて!?
お願いです!話を聞いて下さい!」
こっそりその場を辞するタイミングを逸したエスメロードは、諦めてアンジェラに近づいていく。
「久しぶりねアンジェラ。
でも困ります。ご存じの通り、連合国とデウスはまだ正式に講和したわけではないのですから」
エスメロードは建前論に終始する。
(嘘は言っていない)
そう自分に言い訳する。
国際法上、停戦協定と講和は全く別問題だ。
前世で生きていた世界の、とある半島を思い出す。
半島が南北に分断され、完全に焦土になるほどの戦いが繰り広げられた。
そして、戦争は停戦が行われただけで講和条約は締結されなかった。
要するに、一時的に戦闘が止んでいるだけで、戦争状態が70年も継続している形になっていたのだ。
(いつ戦闘が再発しても不思議はない)
それは、今の連合国とデウス公国も同じだった。
イノケンタスでは、デウスの領土は地下資源を巡って連合国の首脳たちが揉めていると言うから特に。
「どうかそうおっしゃらずに。
家の人の行方がわかればそれだけでいいの」
そう言って、アンジェラは一枚のビラを差し出す。
それを見て、エスメロードはぎょっとした。
そこに添付されていた写真には、ジョージが脱走した時に戦闘に介入してきた機体が写っていたからだ。
見間違いようのないシャークマウスのノーズアートとイスパノ王国のマーク。
どうやら間違いないようだ。
「アンジェラ…。家の人ってことは、あなたの旦那さんは…」
“自由と正義の翼”という言葉を、エスメロードはすんでの所で呑み込む。
彼らの存在は防衛機密に指定されているのだ。
(国益のためじゃなく、国家の面子と政治家たちの保身のために)
エスメロードはこっそり嘆息する。
テロリスト集団の存在を隠蔽することは、国民の安全上の観点から非常に危険であるにも関わらず、政治家や官僚たちは自分たちの保身を優先したのだ。
「なにか知っているなら教えてください。
大けがをして病院に運び込まれたのに、いつの間にか抜け出していなくなってたの。
あのひどい怪我じゃ戦うことなんてできるわけないのに…」
アンジェラの透き通った目を、エスメロードはまともに見ることができなかった。
守るべき民草に大事な情報を隠しているという意味では、自分も共犯であることに違いはないからだ。
軍人だから守秘義務があるという理屈など、なんの免罪符にもならない。
間違ったことをしていることに変わりはないのだから。
「アンジェラ…」
言葉を選びながらエスメロードが話し始めようとした瞬間、基地に警報が鳴り響いた。
「何事です?
え?もう一度言って下さい!衛星がここに落ちる?」
警備兵が電話に怒鳴る声を聞いて、エスメロードは全身から血の気が引くのを感じた。
今までのかりそめの平和は、この時の準備期間だった。
そう確信していたのだ。
『衛星の落下まで20分しかないぞ!』
『機体は可能な限り上空に避難させろ!』
『全部は無理だ!』
『出せる機体から発進させるんだよ!それくらいわかるだろう!』
オープン回線で怒鳴り声が響いていた。
今このフューリー空軍基地には、アキツィア軍だけでなく、連合軍の各種の機体がひしめいている。
20分で全てを上げるのは不可能と言えた。
まして、1時間ほど前にイノケンタスに別の衛星が落下したばかりだ。
連合軍にも混乱が広がっているのだ。
自分たちで全てを判断しなければならない状況だが、時間がないことが将兵たちを焦らせていた。
「ちっ!上がれるかどうか微妙だな…」
愛機であるF-15JSのコックピットに収まるエスメロードも、時間との戦いに敗北しつつあるのを悟っていた。
滑走路では、自分たちフレイヤ隊の前に20機以上の機体がいるのだ。
『新しい機体、一度も使わずに壊したくないなあ…』
リチャードが無線でぼやく。
彼は、F-2からF-35AJに乗り換えていた。
F-2の性能限界が見えていたことに加え、荒っぽい連続使用でがたが来ていたからだ。
『警告!衝撃に備えろ!衛星の破片が落下してくるぞ!』
その通信に顔を上げたエスメロードは、白く光りながら落下してくるものを見た。
そしてそれは、運悪く滑走路脇のC-2輸送機を直撃し、大爆発を引き起こした。
「ちっ…!滑走路の機体が…」
エスメロードはそれだけ発するのが精一杯だった。
爆風が滑走路をなぎ払い、順番を待っていた戦闘機たちを紙細工のように吹き飛ばしたのだ。
だが、それはフレイヤ隊にとっては怪我の巧妙となった。滑走路がきれいに開けたのだ。
「フューリータワー!
フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊だけ上げよう!
残りは間に合わない。機体を捨て地下壕に退避せよ!」
『やむを得んか…。
了解だ、フレイヤ隊およびブリュンヒルデ隊、発進許可する。
残りのパイロットたちは機体は諦めろ。
地下壕に退避』
タワーからの返答に応じて、エスメロードはF-15JSをタキシングさせて滑走路に出すと、アフターバーナーを全開にして機首を上げ飛び立つ。
リチャードのF-35AJと、ブリュンヒルデ隊のF-2計3機が後に続く。
正にタッチの差で、白く燃えさかる衛星がフューリー基地に落ち、核爆発と見まがう巨大なキノコ雲を発生させた。
『レーダーに感。
北西より所属不明機接近。
デウスおよびイスパノのIFFを発しているが、無線に応答がない。
連合軍のデータリンクにも該当する部隊はない。
“自由と正義の翼”所属と思われる。
フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊、交戦せよ!』
先行して上がっていたE-767からの通信とほぼ同時に、レーダーに所属不明機の機影が映る。
「ちいっ!こんな時に!」
『上等じゃないの!新しい機体の仇、取らせてもらうよ!』
いらだつエスメロードに、ガートルードが混ぜ返す。
ガートルードもまたF-2の性能では限界があると判断し、おろしたてのSu-57をリースしていたのだ。
地下格納庫に収納されていたが、あの爆発では無事に済んだ可能性は低いと見るべきだろう。
フレイヤ隊とブリュンヒルデ隊は、アフターバーナーを吹かし所属不明機に肉薄していった。
0
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~
四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!
「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」
これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。
おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。
ヒロインはどこいった!?
私、無事、学園を卒業できるの?!
恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。
乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。
裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。
2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。
2024年3月21日番外編アップしました。
***************
この小説はハーレム系です。
ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。
お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)
*****************
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる