不手際な愛、してる

木の実

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衝撃

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その晩、彼は約束通り私の家のインターホンを押した。家、といっても中古マンションの一階だけど、ここはもう私と平内さんとの愛の場所だ。
「やあ、ごめんね遅くなって。」
「いいよ~、私が先に帰るときは小雨降ってたけど、大丈夫だった?」
「いやそれが、これからどんどん降ってくるらしくて。傘は指してたんだけど、肩とか濡れちゃったよ、ほら」
平内さんが、少し湿って色の変わったスーツの肩を見せてくる。
「ほんとだ。じゃあもうシャワー浴びる?」
「お、そうしようかな。ありがとう美穂」
そう言って彼は、私に口づけをしてシャワーを浴びに行った。
「もうほんと、キザだなぁ」
気分はすっかり、夫婦のような気持ちだ。この胸の中にはいつも、平内さんの存在が暖かな日を帯びて連なっている。
 「うわぁ、バッグまで濡れちゃってるよ」
彼の無地の茶色いバッグを持ち上げて、私はリビングに置く。その瞬間、辺りが急にピカッと光った。
ドゴオオン。
「きゃっ、やだ雷?」
雷みたいに、自然が起こす大きな音は苦手だ。突風の音でさえビクビクしてしまう私にとって、雷は最大の恐怖。思わず置いたバッグの上に体がよろけて倒れてしまう。
「あー、もう!」
ゴトッ。
急いで起き上がると、今度はその衝撃でバッグの中身が床に落ちてしまった。平内さんの大切な資料とかだったら、大変だ。私は雷を警戒しながらも、中身を拾い始めた。
 ピカッ。
「あぁ、万年筆が……」
それと同時に、小さな紙切れを拾う。
「ん?」
ただのゴミかと思ってひっくり返してみると、小さな文字がこびりついていた。
『数馬さんへ
    仕事お疲れ様です。今日は雨が降るみたいだから傘、忘れずにね。』
ゴオオオオオン。爆音と共に、首筋に何か冷たい水気を感じた。
「え……」
口に出さなくても分かる気がした。えもいわれぬ、女特有の嫌な予感。丸みを帯びた綺麗な文字。そこから微かに漂ってくる甘い香水の香り。
  私は、硬直した。
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