奇欲

木の実

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瞼の裏

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全てを語ることが許される場所はどこだろう。
私は目を閉じる。
するとまた、瞼の裏側に死体が宿る。

欲望が満たされる瞬間こそが、幸せの真骨頂だと誰かが言う。
人間は幸せになるために生まれてきたのだと誰かが語る。
だったら私は、どうすればいいんだ。私がとある欲望を成就させることで幸せになるのと同時に、誰かが不幸になるとしたら。
 いや、案外そんなことは私に限らず、全ての人間に当てはまることなのかもしれない。

誰かの幸せと誰かの不幸は、比例するのだ。


「真波、朝だよ。起きなさい」
「うん…」
いつもと変わらない、朝の六時半。死体でいっぱいだった瞼の画面は、唐突な母の声で現実に戻され、自分の部屋の白い天井に変わる。
    窓の向こうで、鳥のさえずりが聞こえた。私はのそのそとベッドから這い上がり、ゆっくりとカーテンを開ける。
「あれ、晴れてるし。」
たしか昨夜のニュースでは、雷雨だと言っていたはず。それなのに点々と街に立つビルの上には、晴れ渡った青空がずっと向こうまで続いている。夏らしい大きな太陽も、斜め上の空を登っていた。
  私はその眩しさに目がくらんで、思わず自分の部屋に顔を背けてしまう。
あぁ、落ち着く。私には明るい世界よりも、薄暗い雲の中の方が似合っている。
「じゃあ行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい、気をつけてねー。」
朝食を食べて支度をし、母に見送られて私は家を出る。こんな暑い日は、駅まで五分ほど歩くだけで大量の汗をかいてしまう。だから、電車の中で汗ふきシートを使って首をふくのは、もう日課になってしまった。
   高校近くの駅まで、あと二つ。向かいの空席の窓に、うっすらと自分が見える。
あぁ、もうこんなに髪伸びちゃってる。いつの間にか肩下まで侵略していた黒髪に、指先で触れてみる。
   するとまた、まばたきをした瞬間に、死体の幻覚が現れた。
あぁ、なんて綺麗なんだろう。これは、刺殺された若い女性だろうか。乱れた長い黒髪、彼女自身の血で真っ赤に染め上げられたワンピース。周りの血しぶきの飛沫紺が、花火みたい。あ、目があった。
「次は、○○○高校前ーー」
はっとした。もう次だ。…私は現実世界に戻される。
ガラ。ドアが開き、私はリュックを背負って、むさ苦しい外に飛び出した。


私は、死体に対する性的サディズムを持っている。死体を見たり想像したりするだけで、なんとも言い表せない程の快感を得てしまうのだ。死体のあの、悲痛な眼、汚い顎、だらけた腕、そして辺りを侵食する血液。あぁ、ゾクゾクしてしまう。体の内から、得たいの知れない喜びが沸き上がってくる。
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