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3話 湿原にて!
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「ウサギがいるとこ近いんじゃなかったっけ...」
息が上がり、声にまで汗が滲んだような誰に聞かせるわけでもない愚痴が聞こえる。僕が言ったんだからそりゃ僕には聞こえる。
そんな僕の弱弱しい声が聞こえるはずもないほど先に、ユリコの颯爽とした足取りが見えた。ランウェイを歩くモデルなんてテレビで少ししか見たことないけれど、前を行く僕の命の恩人が出演したが方がよほど綺麗に見えるだろう。
僕らは既に3時間ほどは歩いている。道は現代日本の国道のように舗装されているわけもなく、起伏が激しいで済ますのはここまで歩いてきた僕が納得できない、ほぼ山、そんな道なき道を越えて今に至る。慣れない隻腕での移動だろうにも関わらずユリコはあの調子だ。ランウェイを何千回と歩かせても息一つ上げない気がする。
あの華奢な身体のどこにそんなエネルギーがあるのか不思議でならない。僕の体力が特別少ないから相対的にそう感じるなんてことはないと思いたい。
「オオツキー もうそろそろよー」
ユリコが振り返り僕に呼びかける。だから急いで追いつけとでも言っているように聞こえてしまうのは、町からここまでの予想以上の距離に心まで疲れたんだろう。僕はユリコに返事をしてペースを上げた。
周りの景色は大きく変わっていた、ここはコクロ湿原というらしい。草木が青々と一面に茂っており、踏み入れると僕の膝から下は隠れてしまう。草原の先には湖が見え、咲き乱れるオレンジ色が湖畔を彩っていた。
「うわぁ すっごいきれい」
思わず口に出る言葉に語彙力なんてないんだなぁ。
「私の方が綺麗でしょ?」
惚けていた僕にユリコが確認のニュアンスで言った。
どの顔で言うとんねん、なんてツッコみはユリコの顔に対してできないし、そもそもボケなのかどうか判断できるほど僕たちの付き合いは長くない。
「・・・」
「・・・」
結果このような間が生まれてしまった。いやいや、黙るのはいかんでしょ僕。何か言わなければ、ボケたにしろ、自分と風景どちらが綺麗かマジに聞いてたにしろ、このままじゃ僕の方がいたたまれない。
ヴィジュアル値が高すぎて何のボケにもなってないのは置いといて、たぶん僕たちの仲を深めようという意図の冗談だと思う。しかし、もし仮にマジだった場合。僕が「景色でしょ」と言っても「いや私って言ってよ~ひど~い(笑)」なんてことにはならず彼女を傷つけることになるかもしれない。ないと思うけど。
言葉によって与えてしまう心の傷はユリコの特異体質でもきっと治せない。
ならば万全を期して言葉の裏なんて何一つ読まずに額面通り受け取って、「ユリコの方が綺麗だよ」と答えた方がいいに決まっている。この選択が間違っていたとしても、「冗談だから(笑)」と笑ってもらえば済むし、結果的に僕はユリコを褒めるだけなんだからノーリスク。それに褒められて嬉しくない女性はいないはず。ノー問題。勝った。
「ユリコの方が綺麗だよ」
さあ笑うなりなんなりしてくれ。
「よね、間があったから不安になっちゃた」
ユリコはふふっと照れ笑いにも見える笑顔を浮かべた。
僕の想像とは違う笑顔だった。しかし、僕の選択は正しかった。僕は彼女の澄ました顔がくしゃっと少し崩れたその笑顔を見て、この女は風景とマジの勝負をしていたんだと、そう確信した。
☆
コクロ湿原に勝ったことで上機嫌になったのか、僕にウサギの捕まえ方を懇切丁寧に教えてくれるとユリコは言う。この左腕のことから何まで色々説明が足りない彼女にしては珍しいと思った。
「知っての通り罠なんてないから、追いかけて手で獲るのよ」
一行かぁ。
「せめてコツくらい教えてよ」
「注意事項があります」
「・・・何?」
「怪我しないこと」
真っ当な注意事項だ。進んで怪我なんて言われなくてもしないけど。
「今、あなたの身体は傷付いたってすぐに治るわ。私の左手のおかげでね。でもそれは人のあなたにとって異常なことよ。可能な限りその力を使わずに済むよう努めなさい。」
さっきまで自然と自分どちらが美しいかなどと抜かして笑っていた女と同じとは思えないほどそれは真剣で、有無を言わせぬ瞳だった。
「うん」
「危険だと感じたらまずその左手を出しなさい。あなたの身体でそこが一番丈夫だから、そこなら傷付けたってかまわないわ。」
「わかった」
ユリコの言っていることはきっとその通りなんだろうし、逆らう気なんてない。
だけどユリコの言った、人の僕という言葉がひっかかる。ユリコは人ではない。簡単だ。そういうことなんだろう。それならば、人ではないなら、ユリコとは何者なのか。
いや、やめよう、いくら考えたってわかりはしない。
僕はユリコのおかげで生きているし、一度だって彼女から害意を感じたことはない。今の僕にはそれだけで十分だ。ちょっとおかしなところがあったって、元の世界に帰られるまで甘えさせてくれればそれでいいんだ。
「で、コツは?」
それにユリコが何者かより今はこちらが大事だ。晩御飯抜きなんて嫌だもの。
「何の?」
「ウサギを捕まえるコツ。手で獲るったって、なんかこう追い方とか」
「そんなの普通に追いかけてキュッと首でも掴んだらいいんじゃないの?」
ユリコはいつもの澄ました顔で僕にコツを教えてくれた。
こうして僕の初めてのウサギ狩りは始まった。
息が上がり、声にまで汗が滲んだような誰に聞かせるわけでもない愚痴が聞こえる。僕が言ったんだからそりゃ僕には聞こえる。
そんな僕の弱弱しい声が聞こえるはずもないほど先に、ユリコの颯爽とした足取りが見えた。ランウェイを歩くモデルなんてテレビで少ししか見たことないけれど、前を行く僕の命の恩人が出演したが方がよほど綺麗に見えるだろう。
僕らは既に3時間ほどは歩いている。道は現代日本の国道のように舗装されているわけもなく、起伏が激しいで済ますのはここまで歩いてきた僕が納得できない、ほぼ山、そんな道なき道を越えて今に至る。慣れない隻腕での移動だろうにも関わらずユリコはあの調子だ。ランウェイを何千回と歩かせても息一つ上げない気がする。
あの華奢な身体のどこにそんなエネルギーがあるのか不思議でならない。僕の体力が特別少ないから相対的にそう感じるなんてことはないと思いたい。
「オオツキー もうそろそろよー」
ユリコが振り返り僕に呼びかける。だから急いで追いつけとでも言っているように聞こえてしまうのは、町からここまでの予想以上の距離に心まで疲れたんだろう。僕はユリコに返事をしてペースを上げた。
周りの景色は大きく変わっていた、ここはコクロ湿原というらしい。草木が青々と一面に茂っており、踏み入れると僕の膝から下は隠れてしまう。草原の先には湖が見え、咲き乱れるオレンジ色が湖畔を彩っていた。
「うわぁ すっごいきれい」
思わず口に出る言葉に語彙力なんてないんだなぁ。
「私の方が綺麗でしょ?」
惚けていた僕にユリコが確認のニュアンスで言った。
どの顔で言うとんねん、なんてツッコみはユリコの顔に対してできないし、そもそもボケなのかどうか判断できるほど僕たちの付き合いは長くない。
「・・・」
「・・・」
結果このような間が生まれてしまった。いやいや、黙るのはいかんでしょ僕。何か言わなければ、ボケたにしろ、自分と風景どちらが綺麗かマジに聞いてたにしろ、このままじゃ僕の方がいたたまれない。
ヴィジュアル値が高すぎて何のボケにもなってないのは置いといて、たぶん僕たちの仲を深めようという意図の冗談だと思う。しかし、もし仮にマジだった場合。僕が「景色でしょ」と言っても「いや私って言ってよ~ひど~い(笑)」なんてことにはならず彼女を傷つけることになるかもしれない。ないと思うけど。
言葉によって与えてしまう心の傷はユリコの特異体質でもきっと治せない。
ならば万全を期して言葉の裏なんて何一つ読まずに額面通り受け取って、「ユリコの方が綺麗だよ」と答えた方がいいに決まっている。この選択が間違っていたとしても、「冗談だから(笑)」と笑ってもらえば済むし、結果的に僕はユリコを褒めるだけなんだからノーリスク。それに褒められて嬉しくない女性はいないはず。ノー問題。勝った。
「ユリコの方が綺麗だよ」
さあ笑うなりなんなりしてくれ。
「よね、間があったから不安になっちゃた」
ユリコはふふっと照れ笑いにも見える笑顔を浮かべた。
僕の想像とは違う笑顔だった。しかし、僕の選択は正しかった。僕は彼女の澄ました顔がくしゃっと少し崩れたその笑顔を見て、この女は風景とマジの勝負をしていたんだと、そう確信した。
☆
コクロ湿原に勝ったことで上機嫌になったのか、僕にウサギの捕まえ方を懇切丁寧に教えてくれるとユリコは言う。この左腕のことから何まで色々説明が足りない彼女にしては珍しいと思った。
「知っての通り罠なんてないから、追いかけて手で獲るのよ」
一行かぁ。
「せめてコツくらい教えてよ」
「注意事項があります」
「・・・何?」
「怪我しないこと」
真っ当な注意事項だ。進んで怪我なんて言われなくてもしないけど。
「今、あなたの身体は傷付いたってすぐに治るわ。私の左手のおかげでね。でもそれは人のあなたにとって異常なことよ。可能な限りその力を使わずに済むよう努めなさい。」
さっきまで自然と自分どちらが美しいかなどと抜かして笑っていた女と同じとは思えないほどそれは真剣で、有無を言わせぬ瞳だった。
「うん」
「危険だと感じたらまずその左手を出しなさい。あなたの身体でそこが一番丈夫だから、そこなら傷付けたってかまわないわ。」
「わかった」
ユリコの言っていることはきっとその通りなんだろうし、逆らう気なんてない。
だけどユリコの言った、人の僕という言葉がひっかかる。ユリコは人ではない。簡単だ。そういうことなんだろう。それならば、人ではないなら、ユリコとは何者なのか。
いや、やめよう、いくら考えたってわかりはしない。
僕はユリコのおかげで生きているし、一度だって彼女から害意を感じたことはない。今の僕にはそれだけで十分だ。ちょっとおかしなところがあったって、元の世界に帰られるまで甘えさせてくれればそれでいいんだ。
「で、コツは?」
それにユリコが何者かより今はこちらが大事だ。晩御飯抜きなんて嫌だもの。
「何の?」
「ウサギを捕まえるコツ。手で獲るったって、なんかこう追い方とか」
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