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11話 対価

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 日も暮れるころ僕らはサルハミの町へと帰還していた。

 自分がウサギの血抜き作業をしている間に無能2人が乳繰り合い始めていた、と勘違いをしたユリコの冷たい目には背筋が震えたけれど、すぐに理解してもらえたようで彼女はいつもの澄ました顔に戻っていた。

「ほら ユリコもどうだろうか?」

 とジェドが言い出し、ユリコは拒んでいたが押され負けた結果、美人2人が抱き合うという思わぬ眼福もあったが、僕とユリコペアによる開催はなかった。いいんだけどね。別に期待してなかったし。別にね。

 戦果としては5羽のウサギを得ることができた。言わずもがなではあるけれど、内訳は僕とジェドで1羽、ユリコが4羽。処理も全てユリコにしてもらったので今回も僕は実質荷物持ちでしかなかった。

 ただ、肉となったそれをジェドも「これくらいしなくては!」と言って、1羽持って運んだのだけれど、そのおかげで再び沈んでいた。泣いてはいないから成長したのかもしれない。

「よう、オオツキ!昨日の今日と助かるぜ」

 メッツのもとへ卸しに行くと、彼は大きな声で労ってくれた。まあ労ってくれるのはいいんだけどさぁ、声がでけぇのよおっさん。はるばる歩いて狩りをして、また歩いて帰ってきてるわけ。まぁ狩りにはほとんど参加してないけど、クソガキのお守りもあって昨日より疲れてるまであるわけ。大きな声出したら負担かけちゃうなぁとか思わないの。

「なんだ美人が増えてるじゃねぇか」

 メッツは僕の横で暗い雰囲気を漂わせるジェドに視線を向けて言う。それが大きなクソガキだよ。

「ジェドっていうんだ。今日から一緒に行動してる。」
「おいおい両手に花だな。お前にはもったいないくらいだ。」

 お前が僕の何を知っててもったいないとか言ってんの?っていうかいいから金出せよおっさん。朝も早かったし、もう飯食って寝たいんだよ!

「元気ねえな姉ちゃん、なんかあったのか?」
「ちょっとね」

 昨日同様無駄話を続けようとするメッツに対して、大した理由じゃないからはやく金を出せ、という疲労から現れた僕の邪悪な部分が胸の内にとどまらず口から飛び出そうとすると

「まぁ、何があったかわからねぇけどよ、元気のねえときは飯食うのが一番だな。今回も特別に食ってけ、お代はいらねえから。」

 おじ様ぁ!!好き好き!!もう昨日の時点で声は大きいけどすっごい良いおじさんだってわかってたのにぃ!胸の内で難癖付けて暴言吐いてた自分がほんと嫌!反省して!

「いいの!?」
「いいのか?」
「感謝するわ」

 僕とジェドとは違い、ユリコは驚くこともなくテーブルに座った。

「ほら、お前らも座れ。本当に次からはちゃんと金もらうけどな、今回は腹いっぱい食わしてやるよ」

 メッツは手をひらひらと振り、厨房へと入っていった。

 大好き・・・。


 ☆


 メッツの好意に甘え、晩御飯を頂いた僕たちはそれぞれの帰路につこうとしていた。

「本当に報酬は山分けでいいのだろうか?自分で言うのもなんだが私はただのお荷物だったのだと思うのだが・・・」

 ジェドは掌を軽く握りこみ伏し目がちに問う。彼女の手の中にはメッツから受け取った報酬の、彼女の取り分が入っている。元々がウサギ5匹を対価に得た報酬なので大した額ではないし、3人で分け合うとなると銅貨数枚だ。つい最近まで最低賃金同様の条件でアルバイトをしていた僕ですら閉口してしまうだろうから、時給換算はしないでおく。

「あなたはあなたなりに頑張ったのだから対価は受け取るべきよ。恥ずべきことは無いわ。」

 ユリコはいつもの澄んだ顔と声で、事も無げに言う。

「でも、ほとんどユリコに頼りきりで・・オオツキにもたくさん迷惑をかけて、邪魔をしてしまったし・・・」
「何度も言わせないで。」

 歯切れ悪くふにゃふにゃと自らを責めるジェドの左の頬を、ユリコは右手の親指と人差し指で摘まんだ。

「あなたは努力したから魔法を使えるようになったのよね?それと同じよ、最初から完璧にできることなんて無いの。そもそも役に立ってないってことならオオツキだってそうだわ。」

 そうだそうだ!

「だからくよくよするのは止めなさい。」

 語気はいつもより強いのに、彼女の声はいつもより優しく、暖かに感じた。ジェドがわかった、と小さく頷くとユリコは頬から手を離した。

 普段は表情の無い顔や抑揚の少ない声から冷たい印象を受けるが、彼女は元来、人という呼称は正しくないのだろうけれど、きっとこういう人なのだろう。僕へ向けた言葉ではないのに、僕も励まされたように思う。本人に言えば「励ましたわけじゃないわ、事実を言っただけよ」とか言いそうだけど。彼女と出会って数日なのに、僕はそんな気がした。

 僕はユリコのそういうところが好きなんだと思う。

「でも次泣いたら、ひっぱたくから。泣き止むまで。」

 さっきまで冷たいながらも慈愛すら感じさせる瞳で話していたユリコの目には、既に愛など消えて無くなり氷柱のような視線でジェドに警告をする。

「あはは わかった。もう泣かないよ。」

 ジェドは小さな笑窪を作り返事をしていたが僕にはわかる。これはちょっと真面目な雰囲気になっちゃったのが恥ずかしくて言ってみた冗談、などではなくただのマジの警告だ。随所に見せるママの要素で忘れそうになるが、こいつは自然の風景と自分どちらが綺麗かという質問をマジ顔でするような女で、それ以外にも節々におかしい部分を時折見せるのだ。ジェドが再び似たような理由で泣いたのならば、きっとユリコは本当に叩くのだろう。

 僕はユリコのそういうところが少し嫌なんだと思う。


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