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12話 ロメオとリエッタ1

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 窓から差し込む日差しが眩しくて、僕はおもむろに瞼を開いた。日差しの強さから、もう朝と呼べる時間帯ではなく昼なのだろう。眠り過ぎた感は否めないが、寝坊をしたというわけではない。現にユリコはまだベッドで眠っていた。

 連日ベッドをユリコに譲ったので僕は2日連続の床での起床だったけれど、疲れはしっかりと取れていた。腰を上げて彼女の寝顔を見てやろうとベッドに歩み寄ると、彼女はゆっくりと目を開き、横目で僕を見た。

「なに?」
「いや なんでもないけど」
「寝顔見たかった?」

 ユリコは明けきらない目をこすりながら起き上がり微笑んだ。彼女のまどろんだ表情を見るのはこれで2度目。メイクも何もしていないはずなのに相も変わらず綺麗だった。

「そ そんなことないよ」

 そんなことあるけれど咄嗟に嘘を吐いてしまった。ユリコは軽くキョドった僕を見て口角を上げる。

「綺麗でしょう?」
「・・・うん」

 自信に満ちた彼女の瞳に見つめられると、つい素直になっちゃった・・・。


 ☆


 僕らの起床が遅かった理由は、朝早くから行ったところで持ち帰るウサギの量は大して変わらないでしょ?、というユリコの一言によって昼集合となったからである。

 僕とユリコが階段を降りて、一階の料理店のテーブルに座り談笑していると、ほどなくしてジェドが扉を開けて現れた。

「やあ、待たせたか」
「ううん、ジェドこそ迷わなかった?」
「大丈夫だ」

 昨日の別れ際、この宿の場所を口頭でちゃんと伝えられたか不安だったのだが、彼女は問題なく来れたようだった。ジェドは爽やかな笑顔で僕の隣へ座る。本当に容姿は端麗、彼女が醸し出す雰囲気は有能のそれ。出来る女感バリバリなんだけどなぁ。こいつめっちゃ泣くんだよなぁ。

「じゃ、ご飯食べましょ」
「そうだな」

 お金に余裕は全くないけれど、食事をケチるのはよくないからね。育ち盛りだしね。と、僕らが各々食べ始めていると、隣のテーブルに一人の男性が座った。

 彼の表情は暗く、頭を抱えて俯くその姿は、悲劇に見舞われたとアピールしているように見えた。

「はあぁあぁぁぁああ~~~~」

 彼はため息に内に溜まった不満や悲しみを乗せて天を仰いだ。何があったか知らないけど隣でやらないで・・・。面倒なことに関わりたくないし、さっさと食べてしまうことにした、のだけど、

「何かあったのか?」
「ちょっ」

 ジェドが僕越しに彼へ声をかける。僕は静止しようとしたが間に合わず、見事面倒ごとに関わってしまった。忘れかけていたけれど、ジェドは正義感が強いんだった。

「それは俺に聞いているのか・・・?」

 彼は僕らに潤んだ瞳を向けて問い返す。お前に決まってんだろ。

もうこいつ絶対めんどくさいじゃん・・。

「あぁ、君がそんな悲哀に満ちた顔でため息をついているものだから気になってな。」
「聞いてくれるか・・・?」
「いいえ、聞きたくないわ」

 ユリコは正直だなぁ。彼女は男のことを一瞥することもなく切って捨てた。

「私達にも予定があるのよ。あなたのそういうところは美徳でもあるけれど今は止めておいて。」
「話を聞くくらい、いいじゃないか」
「ダメ。私、他人のつまらない話聞くのが嫌いなの。」

 ユリコは正直だなぁ。

「揉めさせてすまない、俺にかまわなくていいよ。」

 男はただでさえ暗い雰囲気を纏っていたのに、僕らのせいで、というより主にユリコのおかげでより一層闇属性を強めていた。多少なり憐憫を催さないこともないけれど、僕も口に出していないだけで聞きたくはない。ユリコと同意見で、そもそも関わりたくないというのが本音だ。

「かまうつもりなんて無いわよ。」

 きっつ・・・。ユリコは一度も彼のことを見てすらいない。僕らには優しいのにユリコはなぜ彼に手厳しいのだろうか。

「そうか そうだよな。俺はもう死んだほうがいいんだろうな。ははは。」
「そんな 何があったか知らないけど、死ぬだなんて」

 乾いた笑いとともに死ぬとまで言い出した彼を見ていられず、つい僕も彼に声をかけてしまった。

「いや 俺はもうお終いさ、だから死ぬんだ。」

 だから死ぬとか言うなって・・。もし万が一、お前がこの後本当に自殺したら寝覚め悪すぎるだろ。

「そんなこと言わないでよ。話聞くからさ。」
「いいのか・・?そのお姉さんは嫌だと言っているが・・・」
「僕だって嫌だよ。良心が痛むから聞くだけで。」

 ユリコは軽く息を吐いて、足を組む。じゃあもう話せば?と言いたげな目で彼にはじめて視線を向けた。

「誰かに聞いてもらうだけでも楽になることはある。」

 ジェドが微笑み促すと、彼は礼を言い、ポツリポツリと語り始めた。


「俺の名前はロメオ。冒険者をしている。君らもそうだろう?」
「うん。僕はオオツキ。」
「私はジェドだ。」
「あなたの名前とかいいから、私達の時間を奪ってまで聞かせたい話ってのをさっさとしてもらえる?」
「このキツイ女はユリコ。気にしないで。」
「あぁ・・その、単刀直入に言うとだな・・・」

 彼はぐっと唇を引き結び、再び涙を滲ませる。成人男性へこんなにも精神的ダメージを与え、沈ませるような出来事。冒険稼業において仲間を亡くした。愛する妻に先立たれた。例えばだけれど、そんな悲しみに暮れる人にかける言葉を僕は知らない。

 彼は涙を拭い、口を開いた。

「俺の彼女が、浮気をしているかもしれないんだ・・・」

 あ?

「ごめん 何?」

 僕はこちらの世界に来たばかりだから言葉にちょっと難があるのかもしれない。くそしょうもない事言ってるように聞こえた。

「俺の彼女がな、たぶん浮気をしているんだ・・。」

 よかった~聞き間違いじゃなかったみたい。

 じゃねえわ!

「えっと 落ち込んでるのはそれが理由?」
「そうだ・・ここ数日は食事も喉を通らず、夜も眠れないんだ・・・」
「へぇ、時間返してもらっていい?」
「だから私こいつの話聞きたくなかったのよ。」

 僕は彼のことを案じて少しでも心情が揺らいでしまったことが恥ずかしいよ。なんだよこいつマジで。ユリコは舌を打ち、もう彼のことを見ていなかった。

「ちょっと待ってくれよ、俺は本気で悩んでんだ」
「勝手に悩んでろよもう。浮気されたくらいで大げさすぎだって。」

 そりゃ多少は気の毒に思うけど、僕はお前のこと知らないしどうでもいいんだよ。

「2人とも、ロメオに対してちょっと辛辣過ぎではないか」
「あのテンションでこんなしょうもないこと言われたら辛辣にもなるよ」
「しょうもないってなんだ!オオツキは浮気されたことないんだろう、だからそんな軽視ができるんだ。」
「まぁ、ないけど・・・」

 恋人がいたことないんだから浮気も何もない。

「しょうもないとか言ったのは謝るよ。でも僕らにはどうしようもないし、もう行くよ。話してちょっとは楽になったでしょ」
「そんな 殺生じゃないか・・・打開策の一つくらいくれないか」
「本人に直接聞いたら済むじゃん」

 全くとんでもない時間の無駄遣いをしてしまった。

「もし仮にだが、彼女に直接浮気をしているかどうか聞いたとしてだ。彼女が認めたらどうする。俺は死ぬぞ?」

 どういう脅し?

「君は救えたかもしれない一人の男を殺すんだ。」

 やっぱりめんどくさい奴じゃないか!!!

「そんなこと言ったって僕らがどうこうできる話ではないじゃん」
「私達でロメオの彼女を調べてみたらいいんじゃないか?」

 何思いついてくれてるんだジェド・・・。ジェドの提案にロメオは手を叩いてそれだ!と賛同した。

「そうだよ、君たちが彼女の浮気を調査してくれたらいいんだよ。していないんだったらそのまま俺に報告してくれたらいい。それでもし彼女が浮気をしていたなら、遠回しに辞めるように言って、俺の元に彼女を連れ戻してくれ。」
「了承もしてないのに難易度上げるなよ」
「そんなことして私たちに何の得があるの?」

 しばらく口を閉ざしていたユリコが問う。

「ちゃんと報酬は出す。ギルドを通して俺からの正式な依頼としてもらってもいい。」
「それなら、まあ」

 冒険者の仕事ではなくもはや興信所だけど。

「ここまで話を聞いたんだ、やってやろうオオツキ」
「うん・・・」

 釈然としないけれど、乗りかかった舟だ。彼の後半の願いは叶えられないと思うけど、白か黒かくらいは調べてやろう。

「本当か!?いやあ、親切な人達に会えてよかったよ!」
「その口でよくそんなこと言えるな」

 まさか異世界で探偵になるなんて思ってもいなかった。そもそも異世界に来ること自体想定外なんだけど。

「私、本当に嫌だから宿で寝てていい?」

 ユリコは正直だなぁ。

 寝てていい?と問いのニュアンスだったのだが、僕らの返事を聞かず彼女はもう階段を上り部屋へと向かっていた。


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