マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~

とちのとき

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第五章 情念は陽炎に歪む

第十話

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 新たな現場で肩を落とす真琴に屋代は声を掛ける。
 「お前の読み通り、犯行が大胆になったな。いくら夜中の犯行でも、この路地は人目に付く可能性が高い。この辺りも巡回エリアだったが、隙を突かれたんだろうな」
 「救えませんでした・・・・。せっかく犯人の行動に気づけたのに」
 「日笠、お前はよくやってる。長年やってればこういう事はよくある。ある程度割り切る事も必要だぞ?」
 そのとき屋代の携帯端末が鳴り、本部からの指示が与えられた。
 「防犯カメラに映ってた男の住所が分かったそうだ。俺たちが行けってよ、挽回するぞ日笠!」
 「はい!」
 二人は車の屋根に赤色灯を乗せると、伝えられた住所に急行した。


 男が住むと思われるアパートから少し離れた場所に車を停める。二人は車のトランクから取り出した防刃ベストを着ると、アパートの敷地へと入る。
 駐車場には男の車がある。屋代は真琴を建物の裏手に回らせると、玄関のインターホンを鳴らすが中から反応はない。ドアノブに手を掛け少し引くと、鍵が開いているのが分かった。
 ゆっくりと中に入る屋代は、部屋を見渡しながら慎重に人の気配を探る。部屋の中を進むと、裏手の窓から見えた真琴に手招きをする。真琴が中に入ってくると屋代はため息をつく。
 「郵便物が溜まってるのを見ると、ここ最近は家に居ないみたいだ」
 「この散らかってる様子では、あまりまともな生活はしてなかったみたいですね」
 真琴はふとテレビ台の隅に置かれた指輪と、伏せられた写真立てに目が留まる。それを起こすと追っている男と一緒に、一人の女性が写っていた。
 「女性物の指輪にこの写真。奥さんだった人でしょうか?」
 「行方を知っているかもしれないな。男の婚姻履歴を調べてもらおう」
 屋代が電話で本部に報告している中、真琴は更に部屋を見渡す。すると、床に一枚の領収書が落ちているのに気が付く。レンタルガレージと書かれたそれを屋代にも見せる。暫くして電話を終えた屋代が本部からの指示を伝える。
 「俺たちはその貸倉庫に向かえとの事だ」
 「犯人は急激に自信をつけてます。すぐにでも次の標的を狙うかもしれません、急ぎましょう」

 二人は領収書に記載されていた住所へ到着する。そこにはカラフルなコンテナがいくつも並ぶ。その中のあるコンテナの前で、二人は管理人と鍵の到着を待っていた。
 「屋代さん、さっきの写真の女性、これまでの被害者と顔の雰囲気が似ていませんでしたか?」
 「言われてみりゃそうだな。かなりペースの早い犯行だったから通り魔的にやってるもんだと思ったが、これはそれなりに計画されたものなのかもしれん」
 「あの感じからすると、離婚か何かが強いストレス要因になって、今回の事件へと繋がったのかもしれません」

 そこにコンテナの鍵が到着する。管理人に鍵を開けてもらうと、扉を開き中の明かりを点けた。
 コンテナの中には作業机とソファーが置かれており、まだ新しい菓子パンや飲み物などの食べ残しが、その周りに落ちていた。
 「ついさっきまで居たって事か」
 「屋代さんこれ」
 真琴が指差す机の上には、被害にあった女性達の写った写真が散らばっている。近くの床には例の人形を包装していたビニールが落ちている。それを見た真琴は焦りを示した。
 「空の袋が四枚。屋代さん!犯人はもう次の行動に移ってます」
 写真を漁っていた屋代の手が不意に止まった。
 「日笠!すぐにあの姉弟に連絡するんだ!」
 屋代が手にする写真に目を落とした真琴は愕然とする。
 「え・・・?そんな!舞果さん!?」
 そこにはバス停に佇む舞果の姿が写った写真が数枚あったのだった。慌てて樹に電話をする真琴。
 「あ、樹さん?今、お姉さんは?落ち着いて聞いてほしいんですけど・・・」
 二人は急いでその場を後にし、人形工房へと車を飛ばした。


 夏の午後の日差しが降りしきる中、日傘を差しながら個性的なドレス姿で田舎道を歩く。肘からぶら下げた大き目な鞄を揺らしながら進むと、隣町へと向かうバス停に着いた。
 バス停には建物もベンチも無く、錆びた案内看板だけが立っている。これでも平日の朝と夕方は乗り降りする人がそれなりにいる。だが、今の時間帯は人気が全く無かった。暫く待っていると近くの木陰から視線を感じる。

 次の瞬間、後ろで鉄パイプを振りかざす男の影。衝撃で宙を舞う日傘。男は再び頭に狙いを定めて凶器を振り上げる。
 だがそこには狙うべき女の頭は無く、気が付くと凶器を握る男の手首は掴まれていた。間を置かずに、男はみぞおちと顎に立て続けに衝撃と鈍痛を覚え、膝から崩れ落ちる。そのまま腕を捻られると、太陽でじりじりと焼かれた固い地面へ男の体は押さえつけられた。ドレス姿の女は声を上げた。
 「暴行の現行犯、ならびに連続殺人の容疑者としてあなたを逮捕します!」



 一時間程前、屋代と真琴は人形工房へと到着すると、樹が心配そうな顔で二人を迎える。
 「姉さんは接客が苦手だから、よくこの時間に散歩がてら商品の発送に行くんです。真琴さんが知らせてくれるのがもう少し遅かったら、一人で行かせてるところでした」
 「間に合って良かったです」
 安堵する真琴。奥から出てきた舞果は二人に会釈をする。
 「私を狙っているという事は、犯人は今もこの近くに潜んでいるの?」
 屋代と真琴は貸倉庫でわかった事伝える。
 「おそらくな。さっき見つけた被害者達の写真からするに、ターゲットの行動パターンなどを下調べしている可能性がある」
 「舞果さんが撮られていたのは、この近くのバス停でした。犯行がエスカレートしていることを考えると、人通りがある程度あって昼間でも狙いやすい場所としては最適です」
 「しかしここで下手に応援を呼んだら、犯行を抑止出来てもこっちの動きがバレて逃がしちまうな」
 「それなら私に考えが・・・・」

 真琴は舞果に何か頼むと、奥の部屋へと二人で消えていく。
 暫くして舞果が先に戻ってくると、その後ろから恥ずかしそうに舞果が普段着るドレスに身を包んだ真琴が出てきた。それを無言で見つめる屋代と樹に耐え切れなくなり、真琴は声を張る。
 「なんで無言なんですか!?囮作戦ですよ!ほら私、背格好は舞果さんに近いですし」
 「はは、姉妹みたいだな」
 笑う屋代の横で、顔を軽く掻く樹。
 「僕はその姿は見慣れてるので・・・・。というか真琴さん、囮は流石に危ないんじゃないですか?」
 心配される真琴は自信有り気に胸を張る。
 「この仕事をしてる以上危険は承知です。でもここで犯人を逃せば、舞果さんは怯える日々を過ごさねばなりません」
 そう訴える彼女の目を見た屋代は、この作戦を静かに承認した。
 「こうなった以上、俺たちでやるしかない。無線は通話状態で鞄に入れておけ、動きがあればすぐ駆けつけられる場所で待機する」
 そうして二人は心配する姉弟に見送られ、店から出て行った。



 炎天下の中、男に手錠をかけ拘束するドレス姿の真琴の所に駆けつけた屋代。
 「もうすぐ応援が来る。日笠、良くやった!」
 慣れない衣装で大量の汗を流していた真琴。拘束する役を屋代が代わると男は騒ぎ出す。
 「認めさせてやる!もっと俺を見ろ!戻って来い!くそ、くそっ!」

 数分後、その場に数台のパトカーがやって来た。二人は降りてきた警官たちに男の身柄を預けると、パトカーに押し込められる男の姿を確認する。真琴はさきほど飛ばされ骨の折れた日傘を拾い上げた。
 「あちゃー、弁償しないと・・・・」
 「お前、よく反応できたな。あと少しで殴られていたんじゃないのか?」
 「昔から実技系だけは自身ありましたから、学科はいまいちでしたけどね」
 「そうか?ここ数日は頭もやたら冴えてたじゃないか。まぁ、無事で何よりだ」
 二人の車も犯人を連行する車列に加わり、署へと戻っていく。その車中で真琴は工房の姉弟に犯人逮捕と自身の無事を伝える。

 署で犯人逮捕時の経緯を報告し終わると、真琴は職場の仲間達から好奇の目を集めていた事に改めて気づく。足早に更衣室へと向かうが、その途中、同僚達から犯人逮捕の賞賛と同時にその恰好をからかわれる。

 誰も居ない更衣室に入ると、姿見に映った自身の姿が目に入り少し立ち止まる。
 「舞果さん、よくこのファッション貫けるなぁ。でも少し楽しかったかも・・・・」
 ドレスのスカートをつまみ上げ、嬉しそうにポーズをとってみる真琴。更衣室の扉が開き人が入ってくると、慌てて何事も無かったように振舞い、自分のロッカーへと向かう。事件が一先ず終わった事を実感しながらコルセットを緩めると、偽物の舞果を終えるのだった。

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