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第1章:山口青春編
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「惣領の甚六」なんて言葉もあります通り、大事に育てられた長男というのは、おっとりしているというか、お人好しというか、どうにも頼り甲斐のない男になってしまいがちなものでございます。
かくいう私も、要領の良い弟と比べられて、子供の時分にはよく枕を濡らしたものです。
さて、時は戦国、安芸吉田(現在の広島県)に毛利隆元という男がおりました。
父親は稀代の謀将・毛利元就。だもんで血筋には恵まれておるのですが、こいつが絵に描いたような甚六クンでございまして……。元就パパもアレやコレや手を打つのですが、どれも今一つ効果がないと来た。
だもんで元就さん、少し強引な手に出ることにしました。
隆元、14歳の冬のことでございます。
-*-*-*-*-*-*-*-
「若様、」
隆元少年の寝室に、家来の国司元相がやって参りました。
「お父上からの言伝を預かってございます。驚かずに聞いていただけますか」
「なんじゃ、もったいぶりおって」
「……若様には、大内家の人質として、山口に向かっていただきます。出立は3日後の朝にございます」
まさか。そんな。どうして。
国司さんとしては当然そういう反応を期待したんですが、隆元少年は
「ああ、そう」
と小さく返事をしただけで、表情ひとつ変えません。
「……なんじゃ、ぼーっとして。他に言うことでもあるのか」
「い、いえいえ。では某はこれにて」
「あ、待て国司」
「はい?」
「小遣いは? 山口では月いくらまで使ってよい?」
えー、隆元くんの唯一の趣味、それがお金でございました。当時、お金というのは武士にとって汚らわしいものと考えられておりまして、ましてや次期当主が小遣いの額を数えるなんざ、どこの家でも聞いたことがありません。
「……すみませぬ、私には何とも」
「では母上に聞いて参る。国司、お主はわしの代わりに荷造りをしておれ。この部屋にあるものはなるだけ持っていく。布団も枕もな」
いやいや私にも仕事が、と言い返す前に、隆元くんは足早に部屋を出ていきました。
-*-*-*-*-*-*-*-
「母上!」
「あら、若様。どうされたのです?」
隆元くんのお母様、つまり毛利元就公の奥方様は、妙玖さんとおっしゃいます。元就さんとは強い絆で結ばれ、隆元を含む3男2女を設けました。
そして母の膝には、この時まだ4歳の三男・隆景くんが座っております。
「お聞き及びとは存じますが、私この度山口に赴く事となりました。それ故、」
「母に挨拶に来てくれたのですね」
「いえ、小遣いの額を聞きに」
……妙玖さん、ここはグッと堪えます。
まあ母親ですから、隆元くんの性格はわかってますけれども、それでもモノには言い方というのがございます。
「……もちろん生活には困らない額をお送りしますが、けして遊びで行くのではございませぬ。呆けた態度を取れば、毛利家の信用に関わります故、」
「もちろん理解しております。ただあんまり少ないのも信用に関わると思うのですが」
「ええ、ですから困らない額を」
「そのお言葉を聞けて安心いたしました。では、」
「お待ちなさい。ちゃんと父上にもご挨拶なさい」
「ええ。『人質に出してくれてありがとうございます』とでも言えば良いですか?」
いい加減になさい!!
と、今度は妙玖さんの怒声が飛びました。
驚いたのは4歳の隆景クンです。急にママが大きな声を出したものですから、びっくりして泣き出してしまいました。
隆元くんとしても、別に弟を泣かせたかったわけじゃありませんから、多少の罪悪感を感じまして、頭でも撫でてやろうかと思いました。
しかし、妙玖さんが先に「おーよしよし」とするもんですから、伸ばしかけた手をそっと戻すより他ありません。
「父上にご挨拶なさい、いいですね」
返事をしないまま、隆元くんは部屋を出ました。
-*-*-*-*-*-*-*-
その晩、妙玖さんは旦那様、つまり毛利元就さんに、事のあらましを伝えました。
「ハハハ、ずいぶん生意気を言いよるの」
「しかし……やっぱり不憫な気もしてきました。山口で上手くやっていけるでしょうか。他の家の人質も多いと聞きますから、いじめられたりでもしたら」
「心配しすぎじゃ。わしが14の頃に比べれば、山口など極楽よ」
血で血を洗う戦国乱世とは言え、毛利元就ほど過酷な幼少期を過ごしたお方はそうおりません。父母を亡くし、兄に嫌われ、家臣に城を追い出され……。
そうした苦い体験が今の自分を形作った、という自負があります。ですから隆元くんにも"負荷"をかけたくなってしまうのは、ある種自然な流れとも言えます。
「しかし隆元は嫡男、万が一の事があれば御家の存続にも」
「嫡男だからこそ値打ちがあるのではないか。我らは大内を裏切らぬ、と思わせることができる」
「……本当に裏切らぬのですか?」
「さあ? それは風向き次第よ」
まだ何か言いかけた妙玖さんを、元就さんは優しくその腕の中に抱きしめました。浅葱色の着物の狭間から覗く二つの紅い果実に、元就はゆっくりと手を(以下自粛)
-*-*-*-*-*-*-*-
3日後の朝、隆元くんは家族に見送られ、山口へと旅立ちました。国司さんも一緒です。
道中、隆元くんはほとんど喋りませんでした。
沈黙に耐えかねて、国司さんも時々、
「あ、厳島が見えますね!」
みたいな、景色とか天気とかの話を振るのですが、「ああ」だの「うん」だの、気のない返事をするばかりで、会話のキャッチボールにはまるでなりません。ほぼ壁当てです。
そんな調子で、道草を食うこともなく、隆元たちは無事山口に到着いたしました。
かくいう私も、要領の良い弟と比べられて、子供の時分にはよく枕を濡らしたものです。
さて、時は戦国、安芸吉田(現在の広島県)に毛利隆元という男がおりました。
父親は稀代の謀将・毛利元就。だもんで血筋には恵まれておるのですが、こいつが絵に描いたような甚六クンでございまして……。元就パパもアレやコレや手を打つのですが、どれも今一つ効果がないと来た。
だもんで元就さん、少し強引な手に出ることにしました。
隆元、14歳の冬のことでございます。
-*-*-*-*-*-*-*-
「若様、」
隆元少年の寝室に、家来の国司元相がやって参りました。
「お父上からの言伝を預かってございます。驚かずに聞いていただけますか」
「なんじゃ、もったいぶりおって」
「……若様には、大内家の人質として、山口に向かっていただきます。出立は3日後の朝にございます」
まさか。そんな。どうして。
国司さんとしては当然そういう反応を期待したんですが、隆元少年は
「ああ、そう」
と小さく返事をしただけで、表情ひとつ変えません。
「……なんじゃ、ぼーっとして。他に言うことでもあるのか」
「い、いえいえ。では某はこれにて」
「あ、待て国司」
「はい?」
「小遣いは? 山口では月いくらまで使ってよい?」
えー、隆元くんの唯一の趣味、それがお金でございました。当時、お金というのは武士にとって汚らわしいものと考えられておりまして、ましてや次期当主が小遣いの額を数えるなんざ、どこの家でも聞いたことがありません。
「……すみませぬ、私には何とも」
「では母上に聞いて参る。国司、お主はわしの代わりに荷造りをしておれ。この部屋にあるものはなるだけ持っていく。布団も枕もな」
いやいや私にも仕事が、と言い返す前に、隆元くんは足早に部屋を出ていきました。
-*-*-*-*-*-*-*-
「母上!」
「あら、若様。どうされたのです?」
隆元くんのお母様、つまり毛利元就公の奥方様は、妙玖さんとおっしゃいます。元就さんとは強い絆で結ばれ、隆元を含む3男2女を設けました。
そして母の膝には、この時まだ4歳の三男・隆景くんが座っております。
「お聞き及びとは存じますが、私この度山口に赴く事となりました。それ故、」
「母に挨拶に来てくれたのですね」
「いえ、小遣いの額を聞きに」
……妙玖さん、ここはグッと堪えます。
まあ母親ですから、隆元くんの性格はわかってますけれども、それでもモノには言い方というのがございます。
「……もちろん生活には困らない額をお送りしますが、けして遊びで行くのではございませぬ。呆けた態度を取れば、毛利家の信用に関わります故、」
「もちろん理解しております。ただあんまり少ないのも信用に関わると思うのですが」
「ええ、ですから困らない額を」
「そのお言葉を聞けて安心いたしました。では、」
「お待ちなさい。ちゃんと父上にもご挨拶なさい」
「ええ。『人質に出してくれてありがとうございます』とでも言えば良いですか?」
いい加減になさい!!
と、今度は妙玖さんの怒声が飛びました。
驚いたのは4歳の隆景クンです。急にママが大きな声を出したものですから、びっくりして泣き出してしまいました。
隆元くんとしても、別に弟を泣かせたかったわけじゃありませんから、多少の罪悪感を感じまして、頭でも撫でてやろうかと思いました。
しかし、妙玖さんが先に「おーよしよし」とするもんですから、伸ばしかけた手をそっと戻すより他ありません。
「父上にご挨拶なさい、いいですね」
返事をしないまま、隆元くんは部屋を出ました。
-*-*-*-*-*-*-*-
その晩、妙玖さんは旦那様、つまり毛利元就さんに、事のあらましを伝えました。
「ハハハ、ずいぶん生意気を言いよるの」
「しかし……やっぱり不憫な気もしてきました。山口で上手くやっていけるでしょうか。他の家の人質も多いと聞きますから、いじめられたりでもしたら」
「心配しすぎじゃ。わしが14の頃に比べれば、山口など極楽よ」
血で血を洗う戦国乱世とは言え、毛利元就ほど過酷な幼少期を過ごしたお方はそうおりません。父母を亡くし、兄に嫌われ、家臣に城を追い出され……。
そうした苦い体験が今の自分を形作った、という自負があります。ですから隆元くんにも"負荷"をかけたくなってしまうのは、ある種自然な流れとも言えます。
「しかし隆元は嫡男、万が一の事があれば御家の存続にも」
「嫡男だからこそ値打ちがあるのではないか。我らは大内を裏切らぬ、と思わせることができる」
「……本当に裏切らぬのですか?」
「さあ? それは風向き次第よ」
まだ何か言いかけた妙玖さんを、元就さんは優しくその腕の中に抱きしめました。浅葱色の着物の狭間から覗く二つの紅い果実に、元就はゆっくりと手を(以下自粛)
-*-*-*-*-*-*-*-
3日後の朝、隆元くんは家族に見送られ、山口へと旅立ちました。国司さんも一緒です。
道中、隆元くんはほとんど喋りませんでした。
沈黙に耐えかねて、国司さんも時々、
「あ、厳島が見えますね!」
みたいな、景色とか天気とかの話を振るのですが、「ああ」だの「うん」だの、気のない返事をするばかりで、会話のキャッチボールにはまるでなりません。ほぼ壁当てです。
そんな調子で、道草を食うこともなく、隆元たちは無事山口に到着いたしました。
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