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プロローグ
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カブト/佐々木凛
プロローグ
尖閣諸島から数十キロ離れた、北西海域。
穏やかな秋の海原に長く白い航跡を引きながら航行する、大型客船の姿があった。
船の名は『エヴァクレア』。
台湾籍の豪華客船で、最終寄港地である沖縄のクルーズ後、
一路台北へ向け優雅な旅を続けていた。船の最上階にある広いブリッジでは、
制服に身を包んだクルー達が見学に訪れた船客たちと談笑している。
操船スタッフの一人が、レーダーのスクリーンを見つめながら、首を傾げていた。
「船長、レーダーにおかしな反応があります。
これは無数とも思える、小型船じゃないでしょうか?
北西方向から南下している模様です」
一等航海士の報告に、船長が訝しげな顔を返す。
「こんな所に無数の船って、なにかの間違いじゃないのか?」
「いえ、間違いなくレーダーに写っています」
「目視による報告はないのか?」
「ワッチに確認しましたが、まだ見える距離ではないかと」
「もうじきです。二十分も掛らずに、先頭の船とは、すれ違うかと思われますが……」
海はあくまでも穏やかで、豪華客船の航海にこれまで異変を感じさせるような
ものは無かった。
二十数分後、数百に上ると思われる漁船の一団が現れ、エヴァクレアの前方と後方に
流れる航跡を横切って行った。
「凄い数ですね」
「ああ、カウントしきれんな、あれじゃ」
それを見送った船長が、訝しげな声を挙げる。
「それにしてもなんだ、あいつら? 船尾に馬鹿でかい五星紅旗があったな。
と言うことは、大陸の船ってことか」
「恐らくは……」
「なんであんな数が、こんな所にいるんだ。いったい何処に向かっている?」
「船長、あれは釣魚島に向かう船です。間違いありません。向かった先にあるのは、
あの島しかありませんから」
「それで、あの馬鹿でかい旗か。これからこの海域は、面倒なことになるぞ。
あんな小さな漁船で……上手くやって欲しいとは思うが、中日の争いが
激しくなるのは、間違いない」
一等航海士が自信を持った声色で応える。
「成功間違いなしですよ。最低でも五百隻は超えているでしょう。 日本に対応する
能力なんてありませんから。しかし、考えたもんですね。大量の民間人を使うとは」
「成功間違いなしと言ってもな。釣魚島は大陸も認める、台湾に付属する島だ。
あいつらに占拠されたら、どうなる?
国に帰ったらとんでもない騒ぎになっているに違いない」
「言われてみれば、そうですね。確かに中日間だけの問題じゃ済まない、
と言うことになります」
船長と一等航海士は複雑な表情になっている。
「まぁ、お手並み拝見と言うところだ。どっちに転んでも、台湾に悪い話には
ならんだろう」
「う~ん、単純では無いと言うことですか。お、又、新手が来るようです」
外洋を航海するには無謀と思える小型の、十数隻の漁船が軽快に波を切って
南下している。
晴れ渡る初秋の海はあくまでも穏やかで、その前途に不安を感じさせるものは
なにも無い。
漁具などの艤装を外した青い船体には、所々錆が浮き船尾には真新しく大きな
五星紅旗がはためいていた。
先頭を進む漁船の操舵室では、若く小柄な船長と老年の漁労長が前方を見つめている。
順調にリズムを刻む軽快なエンジン音が、操舵室に満ちていた。
緊張の面持ちで前方を凝視していた船長がその姿勢を解き、声を大きくして話し出す。
「大型船が近づいている。気をつけて躱せ。僚船にも報告だ」
小柄ながらも、がっしりした体型の若い船長が指示を出す。
「了解です。各船に伝えます」
細身で長身の漁労長が応えた。
「晴天続きで幸先が良いぞ。漁労長、遅れている僚船はないな?」
「ええ、大丈夫です! みんな付いて来てますわ、船長。予報通りとは言え、
幸運とも思える天気ですな」
潮焼けした顔をほころばせ、老年の漁労長が応える。前方を見つめたまま姿勢を
崩さず、両の手は舵輪を握ったまま放さない。
船長が壁に下げられた時計を見上げ、
「もうじきだな、集合地点は」
漁労長は頷きながら、
「そうです。あと小一時間もすれば、着きますわ」
「そうか、順調だな」
「集合時間は十二時丁度だから、充分余裕がありますわ」
漁労長が応えた、その時。
船が進む真下の海中から、大きな亀の形をしたなにかが、音もなく忍び寄ってきた。
それは船の底に隠れるように張りつき、船の速度に合わせ、海中で並走を始めた。
◆
同時刻、東京・霞が関にあるビルの一室。
明かりを落とした部屋の中には、大きな楕円のテーブルがあり、
男たちが椅子から身を乗り出して前方を見つめていた。
正面の壁には巨大なモニターが設置され、それが光源となって男たちの
黒いシルエットを浮かび上がらせている。
モニターには高々度から撮られた映像と思われる、群青に輝く海原が映し出されていた。
全員がモニターが映し出している光景に目を奪われ、画面に引き込まれている、
そんな様子だった。
しわぶき一つ聞こえず、その場の全員が息を詰め沈黙していた。
「ふ~、……」
一人の男が、大きくため息をついた。
張りつめていた部屋の空気が弾け、あちこちで似たようなタメ息が洩れる。
「すごい数ですよ、これは。大丈夫なんですか、本当に。事前の情報とはだいぶ違う、
そうじゃないですか? こんなにも大量の船に、実際対処出来るのですか?」
別の男がモニターから視線を外し、向かいに座る者に問いかけた。
「確かそうですね。我々の諜報システムでも、カバーしきれていない
港があったようです」
応えた男の声色は、あくまでも冷静だ。
「カバーしきれてないって、本当に大丈夫なのか? こんな所で失敗するわけには、
いかんのだぞ」
その場の長と思われる、別の男の声が割って入る。
モニターから、隣の男に視線を移した男の声は、強張っていた。
「はい、どうかご安心を。これまで説明してきた通りです。このまま、
ご覧になっていて下さい。皆さんが望まれる結果以上のものをお見せしますので……」
隣に座る男の声は、涼やかで自信に溢れていた。
応えた男は巨大なモニターから視線を動かさず、手元の装置でなにかを操作
しているようだった。
東シナ海上空・高度150km。
そこには、翼のような太陽光パネルを大きく広げ飛翔する、人工衛星の姿が認められた。
従来の常識では考えられない、超低高度で飛翔する情報衛星。
真下に向けられた電子カメラが、海上の様子を捉えている。
男はゲームのコントローラーのような手元の装置で、その衛星を操作していた。
宇宙空間の見かけ上の静止軌道で、静止させた衛星がもたらす映像が、
モニターを青く染めている。
青く広がる海の中にゴマ粒をまき散らしたように、無数とも思える船が一方向目指し、白く糸のような線を引いていた。
男は更に解像度を上げながら焦点を絞り、一塊の漁船団をモニターに捉えこんだ。
(ようし、こいつらだな。次にカブトの餌食になるのは……)
上空から俯瞰する映像には、群青の海に長く白い航跡を刻んで航行する、
十数隻に及ぶ漁船の姿が浮かび上がってきた。
それぞれの船尾には、船のサイズには似合わない、大きな赤い旗が風に
はためいていることが判る。
「この漁船団が最初のターゲットです。
結果は直ぐに現れますので、暫くお待ちください」
◆
ターゲットとされたこと等知る由もなく、航行を続ける漁船団。
その先頭を進む船の操舵室では、船長と漁労長の二人が笑顔で会話を続けていた。
「この調子なら、上陸は成功したも同然ですね、船長」
深いしわが刻みこまれた顔に笑みを浮かべ、漁労長が船長に問う。
「そうだ、ここまで日本の妨害もなかったし、成功間違いなしだ」
そう言って船長は、居住まいを正し、
「よし! 俺はデッキに行って上陸要員に声を掛けてくる。漁労長、操船を頼む」
船長の顔は紅潮していた。
船長は普段使いもしない船長帽をかぶり直し、自分の服装に目をやって確かめる。
船の真下で併走する亀の形をしたモノは、なにか黒いものを解き放っていた。
船は順調に進み、船足は快調だ。
「了解! 船長、いよいよですな。ハッパ掛けてきて下さい」
漁労長の顔は、期待感で高揚していた。
「うむ! あとは頼んだぞ」
亀の形をしたモノは、ことを済ますと、音もなく沈んでいった。
操舵室を出た船長がブリッジに立ち、男たちを見下ろした。
船の甲板に座り込んでいた、十名の屈強そうな男たちが立ち上り、
ブリッジを見上げながら整列を始める。
甲板に降り立った船長は、一人一人の顔を見つめながら彼らが携帯する装備に
手を掛け確認して歩いていた。
居並ぶ男たちを前に、船長が大きな声で話し出す。
「あと、三十分もすれば、集合地点にだ。分かっているだろうが上陸は競争だ。
みんな準備は出来ているな?!」
「おおー!」
十数人の男たちが一斉に歓声を上げ、拳を振りそれに応えた。
亀の形をしたモノから吐き出された鈍く銀色に光るモノが、漁船の船底に
張り付いている。
それはカブトガニの形をしたモノで、船尾へと移動しているようだ。
「いいか、持っていけるのはサバイバルキットだけだ。
決して武器などは持ち込むなよ。判ってるな」
「はい! 判っています! 任せて下さい」
男たちが声を揃える。
船長が再び、一人ひとりの顔を見回す。
男たちは釣魚島への上陸要員、志願し軍事訓練を受けた非武装の中国人たちだった。
「説明したとおり、日本には俺たちの船団、全てに対処できる艦船はない。
日本が非武装の俺たちを武器を使って攻撃することは、絶対にありえないから
心配するな」
「ははは、今の日本人は平和ボケですもん、楽勝ですぜ」
男たちの中の一人が、笑いながら声を上げた。
船長が男を睨みつけ、話を続ける。
「必ず島の近くまで運んでやるから、安心しろ。それなりの妨害はあるだろうが、
後はお前たちの力と運次第だな。
必ず目的を達成しろ、判ったな?!」
「おー!」
男たちの顔はみな紅潮して、朱に染まっていた。
上陸要員を鼓舞する船長の頭には、『成功』の二文字しか浮かんでいない。
上陸要員の男たちも、同じ思いに浸っている。
「数で言えば俺たちの圧勝、それは間違いない! 首尾よく上陸できた奴には、
五千元の報奨金がでる。
それで、お前たちは、中国の英雄になれるんだ!」
「おおー!」
男たちは再び歓声を上げ、両の拳を振りあげる。
船は順調に波を切って進んでいる。
カブトガニの形をしたモノが海中で、その頭部からロープのようなモノを
放出していた。それは網目状に広がり、スクリュー方向に流れて行く。
甲板が歓声に包まれたその時、急激に船が減速した。
「うわっ! あ、あぶねぇ! なんだ、ど、どうした?!」
バランスを失った男たちは悲鳴を上げ、その殆どがデッキに倒れ伏してしまった。
立ち上がった船長が、あわてて操舵室に戻る。
「ばかやろー! なにをやってるんだ」
「船長、突然船足が落ちたんですわ。な、何もしてませんぜ」
漁労長は狼狽えていた。
「なにぃ、そ、そうなのか?! そうか、スクリューに漁網でも絡んだんだな。
なんてこった、チクショー!」
「船長ぉ、俺が船尾を見てきますわ」
「おお、たのむ! 注意してやれよ」
船は完全に停止してしまい、漁労長が慌てて船尾へ向かった。
漁船の船底からは、鈍い光を放つカブトガニの姿をしたモノが、静かに海中へと
沈んでいった。
先頭の船に続く後続の漁船全てが一様にその船足を止め、波に揺られて漂っていた。
プロローグ
尖閣諸島から数十キロ離れた、北西海域。
穏やかな秋の海原に長く白い航跡を引きながら航行する、大型客船の姿があった。
船の名は『エヴァクレア』。
台湾籍の豪華客船で、最終寄港地である沖縄のクルーズ後、
一路台北へ向け優雅な旅を続けていた。船の最上階にある広いブリッジでは、
制服に身を包んだクルー達が見学に訪れた船客たちと談笑している。
操船スタッフの一人が、レーダーのスクリーンを見つめながら、首を傾げていた。
「船長、レーダーにおかしな反応があります。
これは無数とも思える、小型船じゃないでしょうか?
北西方向から南下している模様です」
一等航海士の報告に、船長が訝しげな顔を返す。
「こんな所に無数の船って、なにかの間違いじゃないのか?」
「いえ、間違いなくレーダーに写っています」
「目視による報告はないのか?」
「ワッチに確認しましたが、まだ見える距離ではないかと」
「もうじきです。二十分も掛らずに、先頭の船とは、すれ違うかと思われますが……」
海はあくまでも穏やかで、豪華客船の航海にこれまで異変を感じさせるような
ものは無かった。
二十数分後、数百に上ると思われる漁船の一団が現れ、エヴァクレアの前方と後方に
流れる航跡を横切って行った。
「凄い数ですね」
「ああ、カウントしきれんな、あれじゃ」
それを見送った船長が、訝しげな声を挙げる。
「それにしてもなんだ、あいつら? 船尾に馬鹿でかい五星紅旗があったな。
と言うことは、大陸の船ってことか」
「恐らくは……」
「なんであんな数が、こんな所にいるんだ。いったい何処に向かっている?」
「船長、あれは釣魚島に向かう船です。間違いありません。向かった先にあるのは、
あの島しかありませんから」
「それで、あの馬鹿でかい旗か。これからこの海域は、面倒なことになるぞ。
あんな小さな漁船で……上手くやって欲しいとは思うが、中日の争いが
激しくなるのは、間違いない」
一等航海士が自信を持った声色で応える。
「成功間違いなしですよ。最低でも五百隻は超えているでしょう。 日本に対応する
能力なんてありませんから。しかし、考えたもんですね。大量の民間人を使うとは」
「成功間違いなしと言ってもな。釣魚島は大陸も認める、台湾に付属する島だ。
あいつらに占拠されたら、どうなる?
国に帰ったらとんでもない騒ぎになっているに違いない」
「言われてみれば、そうですね。確かに中日間だけの問題じゃ済まない、
と言うことになります」
船長と一等航海士は複雑な表情になっている。
「まぁ、お手並み拝見と言うところだ。どっちに転んでも、台湾に悪い話には
ならんだろう」
「う~ん、単純では無いと言うことですか。お、又、新手が来るようです」
外洋を航海するには無謀と思える小型の、十数隻の漁船が軽快に波を切って
南下している。
晴れ渡る初秋の海はあくまでも穏やかで、その前途に不安を感じさせるものは
なにも無い。
漁具などの艤装を外した青い船体には、所々錆が浮き船尾には真新しく大きな
五星紅旗がはためいていた。
先頭を進む漁船の操舵室では、若く小柄な船長と老年の漁労長が前方を見つめている。
順調にリズムを刻む軽快なエンジン音が、操舵室に満ちていた。
緊張の面持ちで前方を凝視していた船長がその姿勢を解き、声を大きくして話し出す。
「大型船が近づいている。気をつけて躱せ。僚船にも報告だ」
小柄ながらも、がっしりした体型の若い船長が指示を出す。
「了解です。各船に伝えます」
細身で長身の漁労長が応えた。
「晴天続きで幸先が良いぞ。漁労長、遅れている僚船はないな?」
「ええ、大丈夫です! みんな付いて来てますわ、船長。予報通りとは言え、
幸運とも思える天気ですな」
潮焼けした顔をほころばせ、老年の漁労長が応える。前方を見つめたまま姿勢を
崩さず、両の手は舵輪を握ったまま放さない。
船長が壁に下げられた時計を見上げ、
「もうじきだな、集合地点は」
漁労長は頷きながら、
「そうです。あと小一時間もすれば、着きますわ」
「そうか、順調だな」
「集合時間は十二時丁度だから、充分余裕がありますわ」
漁労長が応えた、その時。
船が進む真下の海中から、大きな亀の形をしたなにかが、音もなく忍び寄ってきた。
それは船の底に隠れるように張りつき、船の速度に合わせ、海中で並走を始めた。
◆
同時刻、東京・霞が関にあるビルの一室。
明かりを落とした部屋の中には、大きな楕円のテーブルがあり、
男たちが椅子から身を乗り出して前方を見つめていた。
正面の壁には巨大なモニターが設置され、それが光源となって男たちの
黒いシルエットを浮かび上がらせている。
モニターには高々度から撮られた映像と思われる、群青に輝く海原が映し出されていた。
全員がモニターが映し出している光景に目を奪われ、画面に引き込まれている、
そんな様子だった。
しわぶき一つ聞こえず、その場の全員が息を詰め沈黙していた。
「ふ~、……」
一人の男が、大きくため息をついた。
張りつめていた部屋の空気が弾け、あちこちで似たようなタメ息が洩れる。
「すごい数ですよ、これは。大丈夫なんですか、本当に。事前の情報とはだいぶ違う、
そうじゃないですか? こんなにも大量の船に、実際対処出来るのですか?」
別の男がモニターから視線を外し、向かいに座る者に問いかけた。
「確かそうですね。我々の諜報システムでも、カバーしきれていない
港があったようです」
応えた男の声色は、あくまでも冷静だ。
「カバーしきれてないって、本当に大丈夫なのか? こんな所で失敗するわけには、
いかんのだぞ」
その場の長と思われる、別の男の声が割って入る。
モニターから、隣の男に視線を移した男の声は、強張っていた。
「はい、どうかご安心を。これまで説明してきた通りです。このまま、
ご覧になっていて下さい。皆さんが望まれる結果以上のものをお見せしますので……」
隣に座る男の声は、涼やかで自信に溢れていた。
応えた男は巨大なモニターから視線を動かさず、手元の装置でなにかを操作
しているようだった。
東シナ海上空・高度150km。
そこには、翼のような太陽光パネルを大きく広げ飛翔する、人工衛星の姿が認められた。
従来の常識では考えられない、超低高度で飛翔する情報衛星。
真下に向けられた電子カメラが、海上の様子を捉えている。
男はゲームのコントローラーのような手元の装置で、その衛星を操作していた。
宇宙空間の見かけ上の静止軌道で、静止させた衛星がもたらす映像が、
モニターを青く染めている。
青く広がる海の中にゴマ粒をまき散らしたように、無数とも思える船が一方向目指し、白く糸のような線を引いていた。
男は更に解像度を上げながら焦点を絞り、一塊の漁船団をモニターに捉えこんだ。
(ようし、こいつらだな。次にカブトの餌食になるのは……)
上空から俯瞰する映像には、群青の海に長く白い航跡を刻んで航行する、
十数隻に及ぶ漁船の姿が浮かび上がってきた。
それぞれの船尾には、船のサイズには似合わない、大きな赤い旗が風に
はためいていることが判る。
「この漁船団が最初のターゲットです。
結果は直ぐに現れますので、暫くお待ちください」
◆
ターゲットとされたこと等知る由もなく、航行を続ける漁船団。
その先頭を進む船の操舵室では、船長と漁労長の二人が笑顔で会話を続けていた。
「この調子なら、上陸は成功したも同然ですね、船長」
深いしわが刻みこまれた顔に笑みを浮かべ、漁労長が船長に問う。
「そうだ、ここまで日本の妨害もなかったし、成功間違いなしだ」
そう言って船長は、居住まいを正し、
「よし! 俺はデッキに行って上陸要員に声を掛けてくる。漁労長、操船を頼む」
船長の顔は紅潮していた。
船長は普段使いもしない船長帽をかぶり直し、自分の服装に目をやって確かめる。
船の真下で併走する亀の形をしたモノは、なにか黒いものを解き放っていた。
船は順調に進み、船足は快調だ。
「了解! 船長、いよいよですな。ハッパ掛けてきて下さい」
漁労長の顔は、期待感で高揚していた。
「うむ! あとは頼んだぞ」
亀の形をしたモノは、ことを済ますと、音もなく沈んでいった。
操舵室を出た船長がブリッジに立ち、男たちを見下ろした。
船の甲板に座り込んでいた、十名の屈強そうな男たちが立ち上り、
ブリッジを見上げながら整列を始める。
甲板に降り立った船長は、一人一人の顔を見つめながら彼らが携帯する装備に
手を掛け確認して歩いていた。
居並ぶ男たちを前に、船長が大きな声で話し出す。
「あと、三十分もすれば、集合地点にだ。分かっているだろうが上陸は競争だ。
みんな準備は出来ているな?!」
「おおー!」
十数人の男たちが一斉に歓声を上げ、拳を振りそれに応えた。
亀の形をしたモノから吐き出された鈍く銀色に光るモノが、漁船の船底に
張り付いている。
それはカブトガニの形をしたモノで、船尾へと移動しているようだ。
「いいか、持っていけるのはサバイバルキットだけだ。
決して武器などは持ち込むなよ。判ってるな」
「はい! 判っています! 任せて下さい」
男たちが声を揃える。
船長が再び、一人ひとりの顔を見回す。
男たちは釣魚島への上陸要員、志願し軍事訓練を受けた非武装の中国人たちだった。
「説明したとおり、日本には俺たちの船団、全てに対処できる艦船はない。
日本が非武装の俺たちを武器を使って攻撃することは、絶対にありえないから
心配するな」
「ははは、今の日本人は平和ボケですもん、楽勝ですぜ」
男たちの中の一人が、笑いながら声を上げた。
船長が男を睨みつけ、話を続ける。
「必ず島の近くまで運んでやるから、安心しろ。それなりの妨害はあるだろうが、
後はお前たちの力と運次第だな。
必ず目的を達成しろ、判ったな?!」
「おー!」
男たちの顔はみな紅潮して、朱に染まっていた。
上陸要員を鼓舞する船長の頭には、『成功』の二文字しか浮かんでいない。
上陸要員の男たちも、同じ思いに浸っている。
「数で言えば俺たちの圧勝、それは間違いない! 首尾よく上陸できた奴には、
五千元の報奨金がでる。
それで、お前たちは、中国の英雄になれるんだ!」
「おおー!」
男たちは再び歓声を上げ、両の拳を振りあげる。
船は順調に波を切って進んでいる。
カブトガニの形をしたモノが海中で、その頭部からロープのようなモノを
放出していた。それは網目状に広がり、スクリュー方向に流れて行く。
甲板が歓声に包まれたその時、急激に船が減速した。
「うわっ! あ、あぶねぇ! なんだ、ど、どうした?!」
バランスを失った男たちは悲鳴を上げ、その殆どがデッキに倒れ伏してしまった。
立ち上がった船長が、あわてて操舵室に戻る。
「ばかやろー! なにをやってるんだ」
「船長、突然船足が落ちたんですわ。な、何もしてませんぜ」
漁労長は狼狽えていた。
「なにぃ、そ、そうなのか?! そうか、スクリューに漁網でも絡んだんだな。
なんてこった、チクショー!」
「船長ぉ、俺が船尾を見てきますわ」
「おお、たのむ! 注意してやれよ」
船は完全に停止してしまい、漁労長が慌てて船尾へ向かった。
漁船の船底からは、鈍い光を放つカブトガニの姿をしたモノが、静かに海中へと
沈んでいった。
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