はるになったら、

エミリ

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第八話

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第八話

 春たちのステージは大盛況だった。
 前の団体が出番を終え、春たちのために準備をする間ざわついていた客席も、三人がステージに上がった瞬間に静まり返る。そして、演奏が始まった瞬間に歓声が爆発した。

「いやー、見た目って大事なんだな─!」
 出番を終えた春たちは、地学準備室で打ち上げと称した簡単な乾杯をした。もちろん、花を添えてくれた千羽とブライアンも一緒だ。
「みんなに聞かれちゃった。もう、ごまかすのが大変で大変で」
 毬子はまだファンキーな髪型のままだった。この後も、文化祭はその髪型のまま過ごすらしい。
 春も暁人もファンキーベイベーな髪を解き、簡単ではあるが少し落ち着いた髪型にセットし直してもらっていた。
「そう言う割には嬉しそうだな、マリコ」
「あ、バレた?」
 千羽とブライアンも、二階のギャラリー席からステージを見ていたらしい。普通に客席に潜入すると大騒ぎになるからと、暁人が教職員関係者用の席を案内したのだった。ステージ用照明で薄暗い中に潜り込んだので、騒ぎは起きずに済んだ。
「見た目はもっちろんだけど、あんたたち最高だったわよ。とても部活の延長とは思えなかったわ! 毬子、あんたの声って通るのねー。プロとか目指さないの?」
「見た目に自身が持てたからこそのステージだったんだと思います。それに私、他にやりたいことがあって」
「あらー! 何かしら?」
「え、なんだよやりたいことって」
 春にも初耳だった。
 問い詰めようと前のめりになった春を、場違いなほどに落ち着いた声が引き止める。
「ハル、店番はいいの?」
「げっ……もうそんな」
「時間ね。戻らなくちゃ」
 毬子と暁人は、乾杯に使った紙コップや飲み物の容器をテキパキと片付け始める。
「時間って?」
 片付けを手伝いながら、興味津々な様子のブライアン。春はできれば、その問いには答えたくなかった。
「クラスで出店してて、俺たちはステージ発表が終わってから合流することになってるんだ」
 代わりに、暁人が答える。
「出店って、なんの店なの?」

「執事&メイド喫茶」


 ***


「……で、なんでお前はメイドなんだ?」
「……ほっといてくれ」
 所変わって、春たちの教室。
 春たちのクラスは、主に毬子を中心とした女子グループの提案で、「執事&メイド喫茶」を出店していた。
 男女逆転モノではなく、普通に男子は執事に、女子はメイドに扮する喫茶だったのだが。春は、話し合いに参加しなかった罰としてメイドの格好をさせられていた。
「……似合ってるよ」
 そう言う千羽の肩は小刻みに震えている。
「笑うならいっそ爆笑してくれマジで」
 ついでに言うと春は、千羽の手によって見事な萌え系ツインテールに仕上げられていた。……ついでのついでに萌え系メイクを施そうと期待に胸を膨らませたブライアンからは、必死の思いで逃げた。
「おーいそこのかわいいメイドさーん。注文いいですかー」
 よくねぇよ、と言おうとした春の背中に、毬子店長の鋭い視線が突き刺さる。
「……はあい、ただいまあー」
 毬子が「髪型はそのままでいい」と言った理由がわかった気がする。威圧感が半端無い。
「ハル、落ち着いてからでいいから、俺にもホットコーヒーな」
「はあい! ただいまあ!」


「……おい」
 春が他のテーブルの注文を取りに行った後。執事の格好が妙に様になっている暁人が、千羽の座るテーブルに近づく。
「あんた目立つんだから、大人しくしててくれよ」
「わかってるよ。お前たちの最後の文化祭、いい思い出にしてやりたいしな」
 千羽はアイドルでも俳優でもないが、一部に顔は知られている。ニット帽に縁の厚い眼鏡というありふれた変装では、勘のいいファンなどにはいずれ気づかれるだろう。長居はしないつもりだった。
「ならいいけど」
 暁人は何事もなかったかのように、接客に戻って行った。

 暁人と入れ違いに、春が千羽のテーブルに戻ってくる。
「暁人と何話してたんだよ」
「ん?ああ、注文取りに来てただけだ。でも俺はハルにお願いしたかったから断った」
「だっ……誰に注文しても出てくるコーヒーは一緒だよ!」
「はいはい」
 春は何か言い返してやりたかったが、毬子店長の燃えるオーラが教室中に漂い始めたのを感じて、すごすごと引き下がる。
「……ショウショウオマチクダサイマセ」


 春たちのクラスの「執事&メイド喫茶」は、注文から会計までの流れのスムーズさと接客クオリティの高さ、春の評判(?)などもあって、客足が途絶えなかった。
 落ち着いた頃を見計らって春と学校を回ろうと考えていた千羽は、文句を言いながらも忙しく動き回っている春や教室の外にできている待機列を見て、そろそろ潮時と伝票を手にした。
 ……だが。
「……ねえ、あの角の席の人って……」
「……あの人、見たことない……?」
 勘のいい女子たちが、次第に騒ぎ始めた。一箇所で起こった騒ぎは、次第に教室中に伝染していく。千羽の周りには、わずかな時間に人が集まり始めていた。
「まずいな……だから忠告したのに……」
 暁人はすかさず毬子とアイコンタクトを交わし、身を乗り出す。
 そこに、ツインテールの付け毛を引きちぎりながら、ものすごい勢いで春が走り込んできた。
「すいませえええええん!休憩もらいまああああす!」
 春は勢いそのままに千羽の腕を掴み、人ごみをかき分けて教室を飛び出した。

 飛び出したはいいものの、春はメイドの格好のまま。その後のプランを全く考えていなかったので、次第にスピードが緩まる。
「ハル、こっちだ」
 途中から、千羽が春の手を引いて走り出した。
 引っ張られるがままに連れてこられたのは、演劇部の部室。演劇部は今頃ステージ発表の真っ最中なので、そこには誰もいない。
 千羽は迷わず、奥の更衣室につながるドアを開けた。そして古びたロッカーから私服を一式取り出し、春に渡す。千羽自身も別の上着に着替えていた。
「ほら、着替えろよ。……少し臭うが、我慢しろ」
「う、うん」
 春が着替え終わると、千羽は付け毛を無理やり引きちぎってチリチリになった髪を整えてくれた。
「ちゃんとした道具がないから、今はこれで勘弁な。帰りに店寄ってくれ」
「うん……」
 せっかくセットしてもらっていたのに申し訳なくて、春は俯いて頷くことしかできなかった。
「ん? どうした?」
「……なあ、千羽さんって、前から暁人のこと知ってた?」
 ごめんなさいの一言の代わりに出た言葉に、春自身も驚く。千羽も不思議そうな顔をしていた。
「なんで?」
「だって……
 ……初対面にしては仲よさそうだったから……」
 口を尖らせる春。一瞬辺りの空気が固まった。
 黙っている千羽のことが気になって振り返ると、今まで見たことがないニヤケ顔になっていた。
「な、なんだよ! 何がおかしいん──」
 春の言葉は、それ以上続かなかった。
 頭を抱え込むように掴まれ、春の顔は千羽のコートに吸収される。千羽の両手が側頭部をしっかりホールドしているはずなのに、もう一つ、別の柔らかな感触が春の額に触れた。
「……ぷは」
「悪い、臭かったか?」
 拘束を解かれても、春の額には第三の感触がしっかりと残っている。春はそっと額に手を当てた。
 千羽は何事もなかったかのように、更衣室を物色して新たな変装グッズを探していた。
「……めた」
「ん?なんか言ったか?」
「決めた」
 さっき言えなかった「ごめんなさい」の分も上乗せするように、春は大声で宣言する。
「おれ、絶対千羽さんにお礼する! そんで、出し入れ無しにする!」
「……お、おう」

 鼻息も荒く堂々と拳を握りこむ春に、「それってもしかして貸し借りの話か?」とは突っ込めなくなった千羽であった。
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