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第二十八話(終)
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実は、空港の駐車場を出た時からずっと、千羽の車の後ろを走っているタクシーがいた。
タクシーに乗っている客は一人。その客は後部座席で、呆れたようなため息とともに呟いた。
「乱暴な運転だなあ……」
どうせ行き先は同じ、そう思って前の車を追うように言ったが、タクシーの運転手は非常に運転しにくそうだ。
「はあ……やっぱり坂井さんに迎えに来てもらえば良かったかな」
その時、スマートフォンの通知音が鳴った。
『暁人、あんたって案外損な役回りよね』
毬子からのメッセージを見て、暁人は自嘲気味に笑いながら返信を打ち込む。
『いいんじゃない? 普段役回りで損したことないし』
車が大きく揺れた。前を走る千羽の車が無理な車線変更をし、タクシーもそれに倣ったためだ。
やがて車は一般道に入り、乱暴な運転は少し収まりを見せてきた。
「……まったく、世話が焼けるんだから」
信号待ちで車間が詰まると、車内の様子が見て取れる。
長い付き合いで、暁人は千羽が本当に怒っている時と、照れ隠しにぶっきらぼうになる時の見分けがつくようになっていた。
「……あ」
今回は、どうやら後者のようだ。
暁人は前の車のバックミラーに写り込まないよう、より一層姿勢を低くしたのだった。
***
しばらく、何も起こらなかった。
やっぱり、まずいことを言ってしまったのだろうか。春は背筋に寒気を感じ、恐る恐る目を開けた。
千羽はハンドルに肘を乗せ、眉間に皺を寄せたままじっとしていた。
それが怒っている表情にも見えたため、春は泣きそうになる。いよいよ謝ろうと大きく息を吸い込んだ時、千羽は反対に大きく息を吐き出した。
「……誰が、そこまで言えと」
「ごめんなさい! ええと、おれ……」
「ベルト」
「ベル……おわっ」
春がシートベルトをするより前に、千羽はエンジンをふかしてやや乱暴に車を発進させた。
車という、逃げ場のない密閉された空間。春は自分の魂が口から出ないように黙っているので精一杯だった。
高速道路から一般道に出ると、千羽はおもむろに口を開いた。
「一生、大事にされるようじゃ困るな。さっさと使い潰してもらわないと」
その声色に温かみを感じて、春の緊張はそれまでの緊張が嘘のように、一気に解けた。
「ああうん! もちろん、大事につぶすよ……お?」
最近受験勉強のかいもあって、春は自分の使うちょっとおかしな日本語に違和感を覚えることくらいはできるようになっていた。
この場に暁人がいたらすぐさま突っ込まれそうだと思い、慌てて取り繕う。
「……ん? なにしてんだ?」
信号が赤になり、千羽はちょっとおかしな行為をしている春を横目で見た。
「おれだって、ちゃんと勉強してたんだ。暁人にも添削してもらったから間違いないよ」
間違いない、と言われても。千羽には、どう見ても春がハサミにキスしているようにしか見えなかった。自然とハンドルを握る手に力が入る。
「大事なものにはさ、つばつけとくんだろ? 大事な、自分のものって証拠にさ」
「へえ……なるほどね」
千羽は面白がるように口角を上げ、目を細めた。
「じゃ、俺も自分のものって証拠に、つばつけとかなきゃな」
「うんうん、それがい──」
「──っ」
千羽は春の頭に手を回してぐっと引き寄せると、その額にそっと唇を寄せた。
春は当然、プチパニック。
そのあとすぐに信号がすぐに青になったので、千羽はすぐ春から離れてしまった。
千羽が触れたところが熱を持って、顔全体に広がっていく。春はその熱を逃がすまいと額に触れた。
千羽は何事もなかったかのように運転を続けているが、その横顔は、何かが吹っ切れたように爽やかに見えた。
目的地の駐車場に着いても、春も千羽もすぐには車を降りなかった。
「どうした? もっかいしてほしいのか?」
千羽は冷静に大真面目を装って言う。反対に、春は今にも顔が噴火しそうだった。
「ぬっ……子供をからかうなよぉ」
その様子に、千羽は吹き出した。
「あっはは……悪い悪い。大丈夫。未成年のうちは手出さないでおいてやるよ」
「手……って──」
続けて春が、「あんたよく人の頭に手出すじゃん……」と言いかけたところに、千羽の大きな手が乗せられる。
春は、自分の熱が千羽に伝わらないか心配だった。
「早く大人になれよ。それまで待ってやるから」
それは、今はまだ子供でも許してくれるということ。
春は嬉しさのあまり緩んだ顔を見られないよう、うつむいたまま頷いた。
すると千羽の指が、次第に春の髪で遊び始める。
「でももったいないな。ちっちゃくて子供のハルもかわいくて好きだったのに」
春はムキになって千羽の手を払った。
「い、いつの時代の話をしてるんだよ!」
そう言うと、千羽は少し悲しい顔をした。
春はその表情にどことなく見覚えがある気がして、一瞬記憶の海を彷徨った。
道でばったり会うより前に、千羽とはどこかで──
──コンコン
車の窓をノックする音が、春の思考を遮った。
「あ、暁人」
「あ、暁人、じゃないんだけど。俺より遅いってどういうこと? 遅刻だよ二人とも」
「おっと、そうだったな。急ぐぞハル」
「ああうん! 今いく!」
時間はたっぷりある。きっとその間に何か思い出すだろう。
「暁人、色々ありがとな」
春は暁人を呼び止め、千羽に聞こえないよう小声で囁いた。
「何が?」
「ずっと後ろついて来てたタクシー、乗ってたの暁人だろ?」
暁人はぎくっとして動きを止めた。
「……ホント、ハルって鈍いんだかバカなんだかわかんないよね」
「おい、バカって言ったなバカって。……ん? っていうか鈍いもそれディスってるだろ!」
「そこは訂正しない」
「……むぅ。確かに鈍いしバカだけども」
「ホント、ハルは俺がいないとダメなんだから」
「それは、否定しないっ」
二人は、顔を見合わせて笑った。
「んっも~ぅ! 遅いじゃない! どこで道草食ってたのよ!」
離れたところからでもわかりやすい声とシルエットが、向こう側から走ってくるのが見える。
「悪いな。ちょっといちゃついてた」
千羽は、なんの感慨もなしに淡々とブライアンをあしらった。当然、「えっ!」とドスの効いた声が返ってくる。
「アンさん、声」
暁人はそう言いつつ、春や千羽の死角となる位置でブライアンに親指を立てて見せた。
「あらヤダ……」
ブライアンは、暁人に顔を寄せて小声になる。
「じゃあ、うまくいったのね?」
「当たり前でしょ? 俺を誰だと思ってるの」
「さすがだわ! クレインちゃんの機嫌がいいと、現場が速く回るのよ。いやぁたすかったわぁ」
春と千羽は、ちちくり合いながら先を歩いていた。その光景を生暖かい目で見つめながら、暁人も早足になって二人を追いかける。
「ほら、アンさんも早く。まだミッションは終わってないよ」
「そうだったわね!」
今日は春の誕生日。百歩譲って千羽に先を越させたが、撮影を予定通り終わらせて春の誕生日パーティーをするというミッションが、まだ残っていた。
「あらハルくん、おはよう! 今日も荷物持ちご苦労さまー」
「おはようございます! ありがとうございます! よろしくお願いします!」
春は入り口でスタッフ証を受け取り、首にかけた。
春の声を聞いた他のスタッフたちも、続々と顔を覗かせる。今はちょうど休憩時間のようだ。
「まあ、最初から心配はしてなかったが……あいつ、コミュ力の塊だな」
千羽は、感心したような呆れたような微妙な表情を作りながら、挨拶回りをする春を眺めていた。
春が廊下を通るだけで、それまでの張り詰めた空気が緩んでいく。まるで、春自身が春の風を運んできたかのように。
「ほーら、急ぐんだろ? 早くしろよな、千羽さん!」
千羽は心地いい空気に身を委ねていたかったが、この後のミッションのことを思い出して気を引き締め直した。
「わかってるよ。ところでハル」
「ん? なんだよ。……な、名前で呼ぶのはさ、二人の時だけ、だろ?」
鼻の頭を赤く染めながら顔を寄せる春を今すぐどうにかしてやりたかったが、千羽は心を鬼にした。
「ところで」
千羽は急に立ち止まった。
「そっちは女性控え室しかないが、何か用でもあるのか?」
廊下の壁を見ると、ちょうど春が立っている位置に「→控え室(女性)」と張り紙がある。春は、顔が赤くなった。
だが、次の千羽の台詞のせいで、顔だけでなく全身が真っ赤なゆでだこ状態になってしまう。
「ほーら、俺が女優に嫉妬しないうちにさっさとこっち来い」
「……そーゆーセリフも二人の時だけにしろよな」
当分退屈せずにすみそうだと、千羽は悪戯っぽく笑った。
「いちゃつくのも、お二人様の時だけにしてくれない?」
暁人が冷めた目でその光景を見ていた。
「なんだよ、お前いつもカメラの前でこれよりクサいセリフ言ってるだろ」
「あー、クサいって自覚はあるんだ」
休憩時間が終わったのか、人々の動きが早まった。
春はまだ熱が引いていなかったが、無理やり体を動かすことで誤魔化した。
千羽の仕事道具を、その一つ一つに自分の熱を移していくように、大事に並べる。目の前の鏡には、まだ半人前で頼りない春の姿が映っていた。
──いつか、大好きな人と並んでここに立てますように。
半年前は思いもしなかった。まさか今、自分がここにいるなんて。
というか、千羽と出会ってまだ半年しか経っていないとは、にわかには信じ難い。
春は濃かった半年を振り返り、先の数年に想いを馳せた。少なくとも専門学校を卒業する頃の春になったら、あの場所に近づけるだろうか。
春は今こうしてこの場にいられる奇跡を噛み締め、鏡の中の幻想から離れた。
春の体を縛っていた熱は、いつの間にか解けていた。
──はるになったら、本編完
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
タクシーに乗っている客は一人。その客は後部座席で、呆れたようなため息とともに呟いた。
「乱暴な運転だなあ……」
どうせ行き先は同じ、そう思って前の車を追うように言ったが、タクシーの運転手は非常に運転しにくそうだ。
「はあ……やっぱり坂井さんに迎えに来てもらえば良かったかな」
その時、スマートフォンの通知音が鳴った。
『暁人、あんたって案外損な役回りよね』
毬子からのメッセージを見て、暁人は自嘲気味に笑いながら返信を打ち込む。
『いいんじゃない? 普段役回りで損したことないし』
車が大きく揺れた。前を走る千羽の車が無理な車線変更をし、タクシーもそれに倣ったためだ。
やがて車は一般道に入り、乱暴な運転は少し収まりを見せてきた。
「……まったく、世話が焼けるんだから」
信号待ちで車間が詰まると、車内の様子が見て取れる。
長い付き合いで、暁人は千羽が本当に怒っている時と、照れ隠しにぶっきらぼうになる時の見分けがつくようになっていた。
「……あ」
今回は、どうやら後者のようだ。
暁人は前の車のバックミラーに写り込まないよう、より一層姿勢を低くしたのだった。
***
しばらく、何も起こらなかった。
やっぱり、まずいことを言ってしまったのだろうか。春は背筋に寒気を感じ、恐る恐る目を開けた。
千羽はハンドルに肘を乗せ、眉間に皺を寄せたままじっとしていた。
それが怒っている表情にも見えたため、春は泣きそうになる。いよいよ謝ろうと大きく息を吸い込んだ時、千羽は反対に大きく息を吐き出した。
「……誰が、そこまで言えと」
「ごめんなさい! ええと、おれ……」
「ベルト」
「ベル……おわっ」
春がシートベルトをするより前に、千羽はエンジンをふかしてやや乱暴に車を発進させた。
車という、逃げ場のない密閉された空間。春は自分の魂が口から出ないように黙っているので精一杯だった。
高速道路から一般道に出ると、千羽はおもむろに口を開いた。
「一生、大事にされるようじゃ困るな。さっさと使い潰してもらわないと」
その声色に温かみを感じて、春の緊張はそれまでの緊張が嘘のように、一気に解けた。
「ああうん! もちろん、大事につぶすよ……お?」
最近受験勉強のかいもあって、春は自分の使うちょっとおかしな日本語に違和感を覚えることくらいはできるようになっていた。
この場に暁人がいたらすぐさま突っ込まれそうだと思い、慌てて取り繕う。
「……ん? なにしてんだ?」
信号が赤になり、千羽はちょっとおかしな行為をしている春を横目で見た。
「おれだって、ちゃんと勉強してたんだ。暁人にも添削してもらったから間違いないよ」
間違いない、と言われても。千羽には、どう見ても春がハサミにキスしているようにしか見えなかった。自然とハンドルを握る手に力が入る。
「大事なものにはさ、つばつけとくんだろ? 大事な、自分のものって証拠にさ」
「へえ……なるほどね」
千羽は面白がるように口角を上げ、目を細めた。
「じゃ、俺も自分のものって証拠に、つばつけとかなきゃな」
「うんうん、それがい──」
「──っ」
千羽は春の頭に手を回してぐっと引き寄せると、その額にそっと唇を寄せた。
春は当然、プチパニック。
そのあとすぐに信号がすぐに青になったので、千羽はすぐ春から離れてしまった。
千羽が触れたところが熱を持って、顔全体に広がっていく。春はその熱を逃がすまいと額に触れた。
千羽は何事もなかったかのように運転を続けているが、その横顔は、何かが吹っ切れたように爽やかに見えた。
目的地の駐車場に着いても、春も千羽もすぐには車を降りなかった。
「どうした? もっかいしてほしいのか?」
千羽は冷静に大真面目を装って言う。反対に、春は今にも顔が噴火しそうだった。
「ぬっ……子供をからかうなよぉ」
その様子に、千羽は吹き出した。
「あっはは……悪い悪い。大丈夫。未成年のうちは手出さないでおいてやるよ」
「手……って──」
続けて春が、「あんたよく人の頭に手出すじゃん……」と言いかけたところに、千羽の大きな手が乗せられる。
春は、自分の熱が千羽に伝わらないか心配だった。
「早く大人になれよ。それまで待ってやるから」
それは、今はまだ子供でも許してくれるということ。
春は嬉しさのあまり緩んだ顔を見られないよう、うつむいたまま頷いた。
すると千羽の指が、次第に春の髪で遊び始める。
「でももったいないな。ちっちゃくて子供のハルもかわいくて好きだったのに」
春はムキになって千羽の手を払った。
「い、いつの時代の話をしてるんだよ!」
そう言うと、千羽は少し悲しい顔をした。
春はその表情にどことなく見覚えがある気がして、一瞬記憶の海を彷徨った。
道でばったり会うより前に、千羽とはどこかで──
──コンコン
車の窓をノックする音が、春の思考を遮った。
「あ、暁人」
「あ、暁人、じゃないんだけど。俺より遅いってどういうこと? 遅刻だよ二人とも」
「おっと、そうだったな。急ぐぞハル」
「ああうん! 今いく!」
時間はたっぷりある。きっとその間に何か思い出すだろう。
「暁人、色々ありがとな」
春は暁人を呼び止め、千羽に聞こえないよう小声で囁いた。
「何が?」
「ずっと後ろついて来てたタクシー、乗ってたの暁人だろ?」
暁人はぎくっとして動きを止めた。
「……ホント、ハルって鈍いんだかバカなんだかわかんないよね」
「おい、バカって言ったなバカって。……ん? っていうか鈍いもそれディスってるだろ!」
「そこは訂正しない」
「……むぅ。確かに鈍いしバカだけども」
「ホント、ハルは俺がいないとダメなんだから」
「それは、否定しないっ」
二人は、顔を見合わせて笑った。
「んっも~ぅ! 遅いじゃない! どこで道草食ってたのよ!」
離れたところからでもわかりやすい声とシルエットが、向こう側から走ってくるのが見える。
「悪いな。ちょっといちゃついてた」
千羽は、なんの感慨もなしに淡々とブライアンをあしらった。当然、「えっ!」とドスの効いた声が返ってくる。
「アンさん、声」
暁人はそう言いつつ、春や千羽の死角となる位置でブライアンに親指を立てて見せた。
「あらヤダ……」
ブライアンは、暁人に顔を寄せて小声になる。
「じゃあ、うまくいったのね?」
「当たり前でしょ? 俺を誰だと思ってるの」
「さすがだわ! クレインちゃんの機嫌がいいと、現場が速く回るのよ。いやぁたすかったわぁ」
春と千羽は、ちちくり合いながら先を歩いていた。その光景を生暖かい目で見つめながら、暁人も早足になって二人を追いかける。
「ほら、アンさんも早く。まだミッションは終わってないよ」
「そうだったわね!」
今日は春の誕生日。百歩譲って千羽に先を越させたが、撮影を予定通り終わらせて春の誕生日パーティーをするというミッションが、まだ残っていた。
「あらハルくん、おはよう! 今日も荷物持ちご苦労さまー」
「おはようございます! ありがとうございます! よろしくお願いします!」
春は入り口でスタッフ証を受け取り、首にかけた。
春の声を聞いた他のスタッフたちも、続々と顔を覗かせる。今はちょうど休憩時間のようだ。
「まあ、最初から心配はしてなかったが……あいつ、コミュ力の塊だな」
千羽は、感心したような呆れたような微妙な表情を作りながら、挨拶回りをする春を眺めていた。
春が廊下を通るだけで、それまでの張り詰めた空気が緩んでいく。まるで、春自身が春の風を運んできたかのように。
「ほーら、急ぐんだろ? 早くしろよな、千羽さん!」
千羽は心地いい空気に身を委ねていたかったが、この後のミッションのことを思い出して気を引き締め直した。
「わかってるよ。ところでハル」
「ん? なんだよ。……な、名前で呼ぶのはさ、二人の時だけ、だろ?」
鼻の頭を赤く染めながら顔を寄せる春を今すぐどうにかしてやりたかったが、千羽は心を鬼にした。
「ところで」
千羽は急に立ち止まった。
「そっちは女性控え室しかないが、何か用でもあるのか?」
廊下の壁を見ると、ちょうど春が立っている位置に「→控え室(女性)」と張り紙がある。春は、顔が赤くなった。
だが、次の千羽の台詞のせいで、顔だけでなく全身が真っ赤なゆでだこ状態になってしまう。
「ほーら、俺が女優に嫉妬しないうちにさっさとこっち来い」
「……そーゆーセリフも二人の時だけにしろよな」
当分退屈せずにすみそうだと、千羽は悪戯っぽく笑った。
「いちゃつくのも、お二人様の時だけにしてくれない?」
暁人が冷めた目でその光景を見ていた。
「なんだよ、お前いつもカメラの前でこれよりクサいセリフ言ってるだろ」
「あー、クサいって自覚はあるんだ」
休憩時間が終わったのか、人々の動きが早まった。
春はまだ熱が引いていなかったが、無理やり体を動かすことで誤魔化した。
千羽の仕事道具を、その一つ一つに自分の熱を移していくように、大事に並べる。目の前の鏡には、まだ半人前で頼りない春の姿が映っていた。
──いつか、大好きな人と並んでここに立てますように。
半年前は思いもしなかった。まさか今、自分がここにいるなんて。
というか、千羽と出会ってまだ半年しか経っていないとは、にわかには信じ難い。
春は濃かった半年を振り返り、先の数年に想いを馳せた。少なくとも専門学校を卒業する頃の春になったら、あの場所に近づけるだろうか。
春は今こうしてこの場にいられる奇跡を噛み締め、鏡の中の幻想から離れた。
春の体を縛っていた熱は、いつの間にか解けていた。
──はるになったら、本編完
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