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第7話
『貴女をフェリクスから離すために』
かつてと同じようにルビーにだけ分かるよう伝えられたその言葉に一瞬目を見開いた。
かつて、誰も味方がおらず婚約者のフェリクスにも頼らず一人で耐えていたあの頃。
友人と思っていたエリスからは、根も葉もない噂を流され、自分を見る周りの目は敵意に満ちていた。そして、唯一味方になってくれると思った婚約者には、エリスの従兄妹だからと相談さえしなかった。
(いえ、違う。『相談できなかった』のよ…)
いつも自分にだけ冷たく氷のような目をするフェリクスからルビーを拒絶する様な言葉を聞きたくなかったから。
エリスがフェリクスに噂を話していたら、ルビーが頼っても味方にさえなってくれないと、そう思ってしまったから。
でも、結局は、
(私自身が彼の言葉に傷つきたくなかったから)
フェリクスから与えられる言葉や態度から伝わるもの。その小さな一つ一つが積み重なって溢れてしまったら、きっとルビーは耐えられないから。
だから、‘’彼はエリスの従兄妹だから助けてはくれない‘’と自分に言い聞かせた。
もしかしたらを信じて、ルビーが頼った時に彼から拒絶の言葉やエリスを守るような仕草を見た時に、ルビー自身の心が傷つきたくないと思ってしまった。愛している人からの拒絶の言葉や冷たい態度というのはとても痛く辛いものだから。
(だけど、今の私は違うわ)
ルビーはエリスにまっすぐ視線を向けた。
(フェリクス様は私の愛が煩わしいと仰っていた。そして、やり直しとして今ここに居る私は彼を愛することをやめた私。
愛する彼からの拒絶が聞きたくなくて…何も言わず黙って悪女のレッテルを貼られていたあの頃の私じゃないわ。)
だからルビーは力強く微笑みを浮かべた。
「えぇ。私も、とてもお会いしたかったです。エリス様」
「!」
今度はエリスが目を見開いた。しかしそれも一瞬のことですぐに、表情を元に戻し可愛らしい笑顔で応対する。
「ふふっルビー様も同じ気持ちで、とても嬉しいです。…ところでルビーはなぜ、王宮で暮らすようになられたの?フェリクスから『ルビーが王宮の離れで暮らすようになった』としか聞いていなくて」
「えぇ。私も王宮で暮らす予定ではなかったのですが、王太子様が突然そのように仰られて拒否する間もなく連れてこられたのです」
「な、フェリクスが……?」
ルビーの返答が思ってもいない回答だったからかエリスは戸惑うようにフェリクスを見た。
「あぁ。僕がルビーを王宮で暮らしてくれとルビーの家族に頼んだんだ。なにせ、ルビーが婚約破棄なんておかしな事を言うから」
「それだけは、絶対に阻止しないといけないと思って」とフェリクスは話を続けているが、その言葉にエリスは呆然としていた。その言葉を聞いたカルはフェリクスに笑顔で棘のあるような言葉を浴びせた。
「王太子様は面白いことを仰いますね。‘’頼んだ‘’なんて……あれはお嬢様を婚約者のままにさせなければクライシス家を潰すと、公爵様が大切にされている家族がどうなるか、と‘’脅迫まがいの事‘’を仰っていた様にしか見えませんでしたよ。」
「それは君が感じた主観じゃないかな?僕はルビーのお父様ときちんと話し合いをした上で婚約を継続する事を誓ってもらったんだよ」とフェリクスは微笑みながら伝えるが、カルは「そうでしたか…では、私のように感じた方が大勢いたという事になりますね」と笑いながら皮肉を言い、2人の間にまた殺伐とした空気が流れていた。
一方でエリスは、先程のフェリクスの発言とカルの発言からフェリクスがルビーを手放したくないという事が分かり顔を歪めていた。
(なぜ、フェリクスはあの女に執着をするの)
出会いはエリスが早かった。仲良くなるのもフェリクスの隣に一番近くにいたのもエリスだったはずだ。いつだって彼はエリスの王子様で彼の婚約者には自分がなるのが当然だと疑わなかった。それなのに突然、現れたルビーがフェリクスの婚約者となった。
しかし、彼女は愛を囁き続ける度にフェリクスから冷たくされていたから、もしかしたらフェリクスは婚約破棄したいのでは、と思い彼が婚約破棄するような出来事…学園に根も葉もない噂を立ててルビーを悪女にした。
そうすれば、今までのフェリクスの様子から婚約破棄を言い渡すのではないかと。
だが、予想とは違いフェリクスはルビーの噂を聞いても特に何の反応も示さなかった。婚約破棄を言う事もなく、かと言ってエリスがルビーの事について相談した時も味方にもなってくれなかった。
(…そう言えば、あの時だった。フェリクスがルビー様にしか向けたことの無い凍てつく様な視線を私に向けたのは)
ルビーの事について相談をしたエリスに対し、今まで一度も向けたことの無い氷のように冷たい瞳を向けたのだ。あの時は何故か背筋が凍るような感じがし、早足で家に戻った。今思えば、それこそフェリクスがルビーに見せていた執着の片鱗だったのかもしれない。
「…ともかく、私がここにいるのは私の意思ではありません。王太子様が仰るのでここにとどまっているだけです。」
そう言いながら、チラッとフェリクスとカルが応対している所を横目で見て、歩み寄ると、微笑みながらエリスだけに聞こえるように
「ご安心ください、エリス様。数ヶ月前の私ならいざ知らず…今の私はフェリクス様との婚約破棄を望んでおります。ですから…婚約解消できるようエリス様から仰ってくださいませんか?」と小さな声で伝えた。
エリスはその言葉を聞いてニコリと笑いながら、「フェリクスはこの国の王太子。いくら私がフェリクスの従兄妹だからと、国の決定を覆すような権限はありませんの」と微笑み返した。
予想外の返事にルビーは戸惑ったがすぐに「そうですか。では、こちらでも何か方法がないか探してみます」と答えた。
(エリス様は、私が婚約者というのは気に入らないはず…だけど国の決定に異を唱える事は出来ないと)
だから、あの様な出来事を起こして双方のどちらかが婚約破棄をするように仕向けていたのか。そう思うとあの日々を思い出して胸が痛んだ。
「…お嬢様?」
フェリクスと応対していたカルがルビーの表情から何か読み取ったのか心配そうな声を発した。
「…何でもないわ、カル。それよりお茶も冷めてしまったし、そろそろお茶会はお開きにしましょう」
「はい、そうしましょう。」
「では、フェリクス様、エリス様。お先に失礼いたします。」とそう言うとカルと共にルビーは庭園を去ろうとした。
しかし、その時、
「ルビー様」
後ろからエリスの声が聞こえて振り向いた。
「どうかされましたか?エリス様」
そう問いかけるとエリスはニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
「これからがとても楽しみですね。どうぞ、ここでの生活を楽しまれてください」
「?えぇ。それでは私はこれで」
エリスの言葉に何故か引っかかるものを感じたが、ルビーはぺこりとお辞儀をしカルと共にその場を後にしたーーーー。
ルビー達が見えなくなるまで、エリスは笑顔で手を小さく振っていた。
(ねぇ…ルビー様。知っていますか)
フェリクスが婚約破棄をしたくない。しかしルビーは婚約破棄をしたいが事情により婚約破棄することが出来ず、王宮の離れに住むことになった。そして、エリス自身も国の決定を覆すような力は持っていない。
(婚約破棄の方法なんてもう一つあるんですよ?)
確かにエリスには国の決定を覆す様な力はない。第三者であるが為に容易に婚約破棄をすることも出来ない。だが、エリスは知っている。双方が婚約破棄を出来なくても婚約が解消される方法を。
(婚約というのは、簡単に言えば双方が共に婚約を続けるという意思があればいいという事)
片方だけが婚約を続けたいと望んでいたとしても、もう片方が望んでいなければ話し合いによって解消できるのだ。それは国が決めた婚約でも同様だ。
しかし、今回はフェリクスはルビーが婚約破棄を望んだとしても絶対に婚約を解消出来ないように公爵と話し合いをしている。そうなれば婚約破棄は実質出来ないだろう。
でも、もしも何らかの出来事で片方がいなくなった場合は?
(例えば不慮の事故とか…ね。)
相手がいなくなれば国はすぐに別の婚約者をフェリクスにあてがうだろう。なにせ彼はこの国の王太子なのだから。
学園では、ルビーの噂を流したがルビーが心を病むことはなく、反対にフェリクスも特に変化もなく婚約破棄という事にはならなかった。
ならば今度からは———。
(ふふっ楽しみですね、ルビー様。)
エリスは笑みをこぼした。
私だけの王子様。貴方と共に添い遂げる為ならば、どんな事もいたしましょう。でも安心して。私の手が汚れる事はないわ。
なぜならば、
(自分の手が汚れない‘’お掃除‘’の方法を私は知っているのだから———。)
雲が太陽を覆い隠し、エリスの紅い目は影の中で怪しく光り輝いていた。
「ルビー…」
ルビーたちが去った後、フェリクスはルビーが座っていた椅子に座りながら、彼女が使っていたティーカップの縁を指でなぞっていた。
彼女がエリスと会うことで、何かしら起こると予想していた。学園にいた際、彼女が学園にいる者たちから「悪女」と言われ彼女に対して良くない噂が流れていた事は知っていた。
そうーー
(知っていたんだよ?そんな下衆な噂が流れていた事なんて…だってその噂を元に上級貴族である君に実質的な危害を加えようとした人間を消していたのは僕だから…。
君が噂で傷ついて孤独で僕だけを頼ってくれるかと待っていたら、君は頼らず自力で耐えた。
そんな君も愛しかったけれど、噂で君を肉体的に傷つけようとしたヤツも出てきたから、誰にも分からないように処分していたんだ。)
ただ、その噂を流したのが己の従姉妹のエリスである事には驚いたが、これでルビーが孤独になり自分だけを頼るようになるのであれば、まぁ悪くないかと思い、エリスの味方にもならず、いつもと変わりなく過ごしていた。ただ、あまりの酷さにエリスを見る目が一瞬だけ変わってしまったが気づいてはいないだろう。
「本当に学園の奴らも愚かだよね…君がそんな事をするなんて、あるはずがないのにね」
ルビーは上位貴族でありながら、よく平民にも慕われていた。エリスとは違い、彼女は平等に接しながらも人々の暮らしが良くなるよう公爵と話し合いをしている所を見掛けた事があった。またある時は貧困層に食事を分け与えに行くなど、慈善活動を行う姿を見た事もある。
高貴で誰にでも平等に接し心根が真っ直ぐな彼女が自分を慕っている事にとても嬉しく思っていたし、彼女が愛を囁く度に自分の中のドロドロとした何かが満たされていくのを感じていた。
(……ねぇ、ルビー。僕は、学園で君が『助けて』と、僕だけを頼ってくれたら助けたんだよ?そうして助けた後で君が誰も信じなくなって僕だけを愛して、僕だけを見てくれればそれで良かったのに…)
強くて真っ直ぐなルビー。
平等に皆に接する優しいルビー。
誰にも信じてもらえず、それでも一人で耐えるルビー。
悲しい事があっても表には出さず明るく振る舞うルビー。
僕に冷たくされる度に目元に泣き跡がある可愛らしいルビー。
そんな君が、愚かで可哀想で可愛くて。
決して僕だけを見つめない所が少し憎くて、でも愛してて。
ねぇ、ルビー。
こんなに君を愛しているんだ
「いつになったら気づいてくれるの?」
君だけをただ、ひたすらにこの目に映している僕にーー。
かつてと同じようにルビーにだけ分かるよう伝えられたその言葉に一瞬目を見開いた。
かつて、誰も味方がおらず婚約者のフェリクスにも頼らず一人で耐えていたあの頃。
友人と思っていたエリスからは、根も葉もない噂を流され、自分を見る周りの目は敵意に満ちていた。そして、唯一味方になってくれると思った婚約者には、エリスの従兄妹だからと相談さえしなかった。
(いえ、違う。『相談できなかった』のよ…)
いつも自分にだけ冷たく氷のような目をするフェリクスからルビーを拒絶する様な言葉を聞きたくなかったから。
エリスがフェリクスに噂を話していたら、ルビーが頼っても味方にさえなってくれないと、そう思ってしまったから。
でも、結局は、
(私自身が彼の言葉に傷つきたくなかったから)
フェリクスから与えられる言葉や態度から伝わるもの。その小さな一つ一つが積み重なって溢れてしまったら、きっとルビーは耐えられないから。
だから、‘’彼はエリスの従兄妹だから助けてはくれない‘’と自分に言い聞かせた。
もしかしたらを信じて、ルビーが頼った時に彼から拒絶の言葉やエリスを守るような仕草を見た時に、ルビー自身の心が傷つきたくないと思ってしまった。愛している人からの拒絶の言葉や冷たい態度というのはとても痛く辛いものだから。
(だけど、今の私は違うわ)
ルビーはエリスにまっすぐ視線を向けた。
(フェリクス様は私の愛が煩わしいと仰っていた。そして、やり直しとして今ここに居る私は彼を愛することをやめた私。
愛する彼からの拒絶が聞きたくなくて…何も言わず黙って悪女のレッテルを貼られていたあの頃の私じゃないわ。)
だからルビーは力強く微笑みを浮かべた。
「えぇ。私も、とてもお会いしたかったです。エリス様」
「!」
今度はエリスが目を見開いた。しかしそれも一瞬のことですぐに、表情を元に戻し可愛らしい笑顔で応対する。
「ふふっルビー様も同じ気持ちで、とても嬉しいです。…ところでルビーはなぜ、王宮で暮らすようになられたの?フェリクスから『ルビーが王宮の離れで暮らすようになった』としか聞いていなくて」
「えぇ。私も王宮で暮らす予定ではなかったのですが、王太子様が突然そのように仰られて拒否する間もなく連れてこられたのです」
「な、フェリクスが……?」
ルビーの返答が思ってもいない回答だったからかエリスは戸惑うようにフェリクスを見た。
「あぁ。僕がルビーを王宮で暮らしてくれとルビーの家族に頼んだんだ。なにせ、ルビーが婚約破棄なんておかしな事を言うから」
「それだけは、絶対に阻止しないといけないと思って」とフェリクスは話を続けているが、その言葉にエリスは呆然としていた。その言葉を聞いたカルはフェリクスに笑顔で棘のあるような言葉を浴びせた。
「王太子様は面白いことを仰いますね。‘’頼んだ‘’なんて……あれはお嬢様を婚約者のままにさせなければクライシス家を潰すと、公爵様が大切にされている家族がどうなるか、と‘’脅迫まがいの事‘’を仰っていた様にしか見えませんでしたよ。」
「それは君が感じた主観じゃないかな?僕はルビーのお父様ときちんと話し合いをした上で婚約を継続する事を誓ってもらったんだよ」とフェリクスは微笑みながら伝えるが、カルは「そうでしたか…では、私のように感じた方が大勢いたという事になりますね」と笑いながら皮肉を言い、2人の間にまた殺伐とした空気が流れていた。
一方でエリスは、先程のフェリクスの発言とカルの発言からフェリクスがルビーを手放したくないという事が分かり顔を歪めていた。
(なぜ、フェリクスはあの女に執着をするの)
出会いはエリスが早かった。仲良くなるのもフェリクスの隣に一番近くにいたのもエリスだったはずだ。いつだって彼はエリスの王子様で彼の婚約者には自分がなるのが当然だと疑わなかった。それなのに突然、現れたルビーがフェリクスの婚約者となった。
しかし、彼女は愛を囁き続ける度にフェリクスから冷たくされていたから、もしかしたらフェリクスは婚約破棄したいのでは、と思い彼が婚約破棄するような出来事…学園に根も葉もない噂を立ててルビーを悪女にした。
そうすれば、今までのフェリクスの様子から婚約破棄を言い渡すのではないかと。
だが、予想とは違いフェリクスはルビーの噂を聞いても特に何の反応も示さなかった。婚約破棄を言う事もなく、かと言ってエリスがルビーの事について相談した時も味方にもなってくれなかった。
(…そう言えば、あの時だった。フェリクスがルビー様にしか向けたことの無い凍てつく様な視線を私に向けたのは)
ルビーの事について相談をしたエリスに対し、今まで一度も向けたことの無い氷のように冷たい瞳を向けたのだ。あの時は何故か背筋が凍るような感じがし、早足で家に戻った。今思えば、それこそフェリクスがルビーに見せていた執着の片鱗だったのかもしれない。
「…ともかく、私がここにいるのは私の意思ではありません。王太子様が仰るのでここにとどまっているだけです。」
そう言いながら、チラッとフェリクスとカルが応対している所を横目で見て、歩み寄ると、微笑みながらエリスだけに聞こえるように
「ご安心ください、エリス様。数ヶ月前の私ならいざ知らず…今の私はフェリクス様との婚約破棄を望んでおります。ですから…婚約解消できるようエリス様から仰ってくださいませんか?」と小さな声で伝えた。
エリスはその言葉を聞いてニコリと笑いながら、「フェリクスはこの国の王太子。いくら私がフェリクスの従兄妹だからと、国の決定を覆すような権限はありませんの」と微笑み返した。
予想外の返事にルビーは戸惑ったがすぐに「そうですか。では、こちらでも何か方法がないか探してみます」と答えた。
(エリス様は、私が婚約者というのは気に入らないはず…だけど国の決定に異を唱える事は出来ないと)
だから、あの様な出来事を起こして双方のどちらかが婚約破棄をするように仕向けていたのか。そう思うとあの日々を思い出して胸が痛んだ。
「…お嬢様?」
フェリクスと応対していたカルがルビーの表情から何か読み取ったのか心配そうな声を発した。
「…何でもないわ、カル。それよりお茶も冷めてしまったし、そろそろお茶会はお開きにしましょう」
「はい、そうしましょう。」
「では、フェリクス様、エリス様。お先に失礼いたします。」とそう言うとカルと共にルビーは庭園を去ろうとした。
しかし、その時、
「ルビー様」
後ろからエリスの声が聞こえて振り向いた。
「どうかされましたか?エリス様」
そう問いかけるとエリスはニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
「これからがとても楽しみですね。どうぞ、ここでの生活を楽しまれてください」
「?えぇ。それでは私はこれで」
エリスの言葉に何故か引っかかるものを感じたが、ルビーはぺこりとお辞儀をしカルと共にその場を後にしたーーーー。
ルビー達が見えなくなるまで、エリスは笑顔で手を小さく振っていた。
(ねぇ…ルビー様。知っていますか)
フェリクスが婚約破棄をしたくない。しかしルビーは婚約破棄をしたいが事情により婚約破棄することが出来ず、王宮の離れに住むことになった。そして、エリス自身も国の決定を覆すような力は持っていない。
(婚約破棄の方法なんてもう一つあるんですよ?)
確かにエリスには国の決定を覆す様な力はない。第三者であるが為に容易に婚約破棄をすることも出来ない。だが、エリスは知っている。双方が婚約破棄を出来なくても婚約が解消される方法を。
(婚約というのは、簡単に言えば双方が共に婚約を続けるという意思があればいいという事)
片方だけが婚約を続けたいと望んでいたとしても、もう片方が望んでいなければ話し合いによって解消できるのだ。それは国が決めた婚約でも同様だ。
しかし、今回はフェリクスはルビーが婚約破棄を望んだとしても絶対に婚約を解消出来ないように公爵と話し合いをしている。そうなれば婚約破棄は実質出来ないだろう。
でも、もしも何らかの出来事で片方がいなくなった場合は?
(例えば不慮の事故とか…ね。)
相手がいなくなれば国はすぐに別の婚約者をフェリクスにあてがうだろう。なにせ彼はこの国の王太子なのだから。
学園では、ルビーの噂を流したがルビーが心を病むことはなく、反対にフェリクスも特に変化もなく婚約破棄という事にはならなかった。
ならば今度からは———。
(ふふっ楽しみですね、ルビー様。)
エリスは笑みをこぼした。
私だけの王子様。貴方と共に添い遂げる為ならば、どんな事もいたしましょう。でも安心して。私の手が汚れる事はないわ。
なぜならば、
(自分の手が汚れない‘’お掃除‘’の方法を私は知っているのだから———。)
雲が太陽を覆い隠し、エリスの紅い目は影の中で怪しく光り輝いていた。
「ルビー…」
ルビーたちが去った後、フェリクスはルビーが座っていた椅子に座りながら、彼女が使っていたティーカップの縁を指でなぞっていた。
彼女がエリスと会うことで、何かしら起こると予想していた。学園にいた際、彼女が学園にいる者たちから「悪女」と言われ彼女に対して良くない噂が流れていた事は知っていた。
そうーー
(知っていたんだよ?そんな下衆な噂が流れていた事なんて…だってその噂を元に上級貴族である君に実質的な危害を加えようとした人間を消していたのは僕だから…。
君が噂で傷ついて孤独で僕だけを頼ってくれるかと待っていたら、君は頼らず自力で耐えた。
そんな君も愛しかったけれど、噂で君を肉体的に傷つけようとしたヤツも出てきたから、誰にも分からないように処分していたんだ。)
ただ、その噂を流したのが己の従姉妹のエリスである事には驚いたが、これでルビーが孤独になり自分だけを頼るようになるのであれば、まぁ悪くないかと思い、エリスの味方にもならず、いつもと変わりなく過ごしていた。ただ、あまりの酷さにエリスを見る目が一瞬だけ変わってしまったが気づいてはいないだろう。
「本当に学園の奴らも愚かだよね…君がそんな事をするなんて、あるはずがないのにね」
ルビーは上位貴族でありながら、よく平民にも慕われていた。エリスとは違い、彼女は平等に接しながらも人々の暮らしが良くなるよう公爵と話し合いをしている所を見掛けた事があった。またある時は貧困層に食事を分け与えに行くなど、慈善活動を行う姿を見た事もある。
高貴で誰にでも平等に接し心根が真っ直ぐな彼女が自分を慕っている事にとても嬉しく思っていたし、彼女が愛を囁く度に自分の中のドロドロとした何かが満たされていくのを感じていた。
(……ねぇ、ルビー。僕は、学園で君が『助けて』と、僕だけを頼ってくれたら助けたんだよ?そうして助けた後で君が誰も信じなくなって僕だけを愛して、僕だけを見てくれればそれで良かったのに…)
強くて真っ直ぐなルビー。
平等に皆に接する優しいルビー。
誰にも信じてもらえず、それでも一人で耐えるルビー。
悲しい事があっても表には出さず明るく振る舞うルビー。
僕に冷たくされる度に目元に泣き跡がある可愛らしいルビー。
そんな君が、愚かで可哀想で可愛くて。
決して僕だけを見つめない所が少し憎くて、でも愛してて。
ねぇ、ルビー。
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