僕らは間違っているか。

虹彩

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二章

導き出したもの

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"何が一番大切か"

そう聞いてきた優子の声は震えていた。
「一番って、そんなの決められないよ。」
部活が大切だった。でもそれは一言に野球が大切なだけでは無く、若葉の存在、内さんの存在、東崎さんとの思い出、全てがそこにあったから。ただ、友達も大切だし、今は勉強も大切だった。

「私はね、漠然と部活だと思ってた。毎日決められた仕事をして、同じような生活を送る。それが充実だと思ってた。そこに七斗がいてくれたから余計に楽しかった。でもいつのまにか、七斗は色々なことに挑戦してた。部員とマネージャーの壁だって超えてた。いつのまにか、恋だって楽しんでいた。私はそんな器用じゃなかった。だから、毎日がつまらなく感じて、自分に負い目を感じてたの。」

優子の本音は強く、そして弱く、私はただ聞いていることしかできなかった。

「私、一緒ね。」
「え?」
「はじめの頃、マネージャーになりたかった子達があなたに当たったのと同じことをしているのよ。」
ふと思い出した春の記憶。

「私は、マネージャー同士もっと支え合って行くものだと思っていたわ。でも、七斗の支えは私じゃなかった。悩んでいたのはわかっていても、私に相談してくれたことはなかった。そしたら私、七斗にもいらないと言われてる気がして…」
優子の目に色はなく、ただ、無色透明な涙が震えるように優子を濡らしていく。
「そんなことねーよ。」
後ろで黙っていた内さんが口を開く。
「西岡がいない間、こいつずっと心配してた。今日だってわざわざ会いに来てんだぞ。西岡が好きなティラミスだって言ってさ。」
私の右手にぶら下がるケーキの箱を優子は見つめる。
中には、ティラミスとガトーショコラが入っている。私の好物だった。
「そうだよ、私は優子のことが必要だよ。何が一番なんて決められないよ。優子がいない部活は寂しいよ。相談してなかったわけじゃないよ。ただ…」
ただ…の後に続く言葉は見つからなかった。事実、優子に相談しようという選択肢はなかった。穂月に頼り、若葉に頼り、晶に頼り、内さんに頼る。それが全てだった。
「困らせたかったわけじゃないの。ごめんなさい。七斗が優しいことは知ってるもの。明日からは部活に戻るわ。今日は来てくれてありがとう。」

そう言って、優子は歩いていった。
(これでおしまい?)
釈然としない思いと、伝えきれなかった言葉が、私の中で溢れ出そうとしていた。

「ふざけんな!!」

「…!!おい七斗!!」

そう言って私は、何を思ったか、手に持っていたケーキを、優子めがけて投げた。背中に当たったケーキの箱はボスっと音を立てて落ちた。
「自分が言いたいこと言えば終わりか!私だって、優子に話したかった!だけど優子はいつだって部活でいつだって仕事だったじゃん!!部活以外の話しはあんまり聞かないじゃん。それにいつだってどこか見下してる。子供扱いするじゃん!だから、相談して、軽蔑されるのも、バカにされるのもいやだったんだ!プライドばっかり高くてっ…」
それ以上は内さんが止めた。
「熱くなりすぎ。お前も色々溜めてたんだな。でももーいいだろ。」

優子は俯いていた。しかし、その顔は見える限り笑ってるように見えた。
「何笑ってんのよ!」
「嬉しかった。」
優子の顔を覗き込む。その顔は、笑っているのに涙まみれだった。

「やっと、七斗の本音が聞けた。ありがとう。それからごめんね。」
そういって、優子が泣くから、私も涙が止まらなかった。
収集がつかなくなった2人を、内さんは微笑んで見守った。

どれくらいの時間が経っただろう。いつのまにか泣き止んだ2人は、疲れ切ってお互いの顔を見た。
「…ケーキ。」
優子が言った。
ケーキの箱の中は、2つのケーキがぐちゃぐちゃに混ざっていた。
「私たちみたいだ。」
「同じこと思った。」
そう言って、2人は笑った。その辺りに響く声で笑った。

「仲直り!!」

それが私たちが導き出したものだった。
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