僕らは間違っているか。

虹彩

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面影

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6月に入ってグラウンドに出れば肌が汗ばむ季節になった。ひがしーは三年生だから、最後の夏の大会に向けて1秒も緩めない時期になっている。そんな彼の背中を見つめるのはすごく楽しい。支えていたいと思う。
マネージャーになり一ヶ月と少し経ち、仕事もたくさん覚えてきた。先輩方の名前もしっかりと覚えれるようになって、同級生との仲も深まっていた。つまり、充実していたのだ。
帰り道、優子と並んでくだらない話をしていた。中心はいつも部員のことだ。
「晶ったら、この前ボールのカゴひっくり返しちゃってさ」
この二ヶ月で優子のトゲトゲした雰囲気は丸くなり、垢抜けていた。
「若葉なんて、ユニフォームドロドロにしちゃって、お母さん泣かせだよねぇ」
一丁前に愚痴なんかをこぼしながら話しをする。
優子とは駅で別れ改札ではなくいつもおきまりの本屋さんにいく。
そこには大きな大きな背中が小さな本を読んでいる。
「ひがし!またせちゃってごめん!」
これが私達の日課で、毎日一緒に帰っている。帰り道は暗いから、送っていってくれるのだ。
「おお、お疲れさん」
いつもより暗く感じるのは夏の大会前のプレッシャーだろうか、なんてのほほんとしながら帰路につく。私は口も止まらずひがしーに話し続けていると、突然、
「悪いっ、明日から1人で帰れるか?」少し照れながらひがしーはとっさに手を顔の前に着く。
「…どうしたの?」
「実はさー彼女できちゃってさ。いやあの、山本なんだけどね?」
嬉しそうに、マネージャーの山本さんと付き合ったことを語るひがしーの声はどんどん遠ざかっていく。
「そ、そうなんだ!!おめでとうだね!全然大丈夫だよ!ひがしーが引退したらどのみち1人なんだし!」
精一杯、笑顔を振りまき、悪いなっとまた私に一瞥を送るひがしーと、最後の帰り道にはいった。
(なんだろ。すごい切ない。これって失恋って言うのかな)
なんてセンチメンタルに浸り、家まで送ってくれたひがしーにありがとうと告げ見送る。その背中はやっぱり大きくて、遠かった。
そこに、小学生の時のぬくもりや、私の方を振り返っては手を振ってくれる面影はなかった。
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