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緋色の一閃
一
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「ここ……か?」
手にした写真と見比べる。
いかにも古くからありそうな日本家屋。
実家に負けず劣らずだ。
この春から大学院に進むこととなり、同時に家を追い出された。
まあいろいろ理由はあるわけだが……。
指定された場所に無事着けたことにひとまずほっと息をつく。
「さて、と」
呼び鈴を押そうとしてどこにも見当たらないことに気づく。
古い家だからこういうこともあるだろう。仕方なく大声で家人を呼び出すことにした。
「あのーすみません!」
返事なし。
「こんにちは!誰かいませんか!」
そう言うと塀から何か降ってきた。
え?猫?
「うわっと」
なんとかキャッチする。なんだか太々しい感じのする目つきが悪い猫だ。
「ていうか重い……!」
持ち上げるのがやっとだ。少し太りすぎではないか。
頑張って支えていると、腕からするりと逃げ出した。
「あっ……」
その時、ガサゴソと道端の草木が擦れる音がした。ぬっと大きな姿が現れる。
「なんだお前」
地の底から響いてくるような低い声に気圧される。へえ、ひえか。そんな間の抜けた声が思わず喉の奥から出た。
大男がそこに立っていた。自分より頭一つぶんかそれ以上にでかい。
身体は筋肉質で上下黒一色のシャツとズボンがさらに迫力を高めていた。
「あ、怪しいものじゃないです」
大男はふと玄関を見る。
「この家に何か用か?」
「は、はい。俺は……」
「おや、客人かい」
その時家の中から声がした。
和服姿の品のある美人……中性的だがよく見ると男性が出てくる。街中を歩くと随分と人目を引く姿だろうがこの屋敷にはしっくりくると思った。
「双葉。いるなら出ろ」
ため息混じりに大男が言う。
双葉?和装の青年の名前だろうか。
「道具の手入れをしていたらちょうど手が離せなくてね」
悪びれなくそう言う。
「話は聞いてますよ。お入りなさい」
微笑して双葉は言う。
「重吾も、おかえり」
そう言うとふん、と大男は鼻を鳴らした。
「二条旦です」
そう言って頭を下げた。
「これよろしければ」
事前に買っておいた菓子折りを手渡す。
「おやおや。ありがとう」
微笑んで双葉が美しい所作で受け取った。
「学者さんなんだって?」
何と伝わっているのか分からないが大袈裟である。
「いや、まだ学生の延長といいますか……」
ゆくゆくは学者に、とは思っているがまだそのスタート地点にすら立てていない。
「ようは親の脛齧りか」
「こら、重吾」
双葉は注意するが重吾に全く反省した様子はない。
「紹介が遅れたね。私はここの家主の如月双葉。よろしくねアキラくん」
そう言って軽くお辞儀したのでアキラは慌てて頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします!」
「それとこの子は」
先ほどから押し黙っている大男に目をやる。
ボソリと大男は言った。
「梓重吾だ」
「よ、よろしくお願いします」
そう言うがこちらは軽く無視だ。なんだ?初対面なのに嫌われているのだろうか。
それにしても、とアキラは思う。全く似ていない二人だと思ったが苗字も違う。
親戚だろうか?
「ではしばらくお世話になります。改めてよろしくお願いします」
「はい、まあ楽にして」
「お世話になります?」
重吾が語尾を上げて険しい顔をする。
双葉はおや、という顔をした。
「アキラくんは今日からうちで暮らすんだよ。仲良くしておやり」
ギロリと重吾は不機嫌そうに双葉を睨んだ。
「双葉。同居人が増えるなんて聞いてねえぞ」
「言わなかったからね」
言ってなかったようである。二人に挟まれてアキラは居心地が悪くなる。
「……」
明らかに不機嫌そうな重吾は側から見ると凶悪な人相をしているが双葉はどこ吹く風である。
「そんな顔しない。だって言ったらお前反対するだろう?」
立ち上がると重吾は背を向ける。
「……お前の言うことなら反対するわけないだろ」
そう呟いてから出て行った。
クスクスと双葉が笑う。
「あの……。すみません、俺のせいでしょうか」
なんとなく釈然としないが謝った。
「気にしないでいいよ、いつもあんな感じだからね」
マジか、先が思いやられると思う。
重吾が食べなかったお饅頭がポツンと皿に残っている。双葉はアキラの前に皿を押しやった。
「お食べなさいな」
「え、でも」
「好きなんだろう?お饅頭」
微笑ましそうに見ている。
「食べるとき、とてもいい顔をしているからね」
そんなに顔に出ていただろうか。
確かに甘いものは好きだが、いい歳をしてそんなことを言われるとなんだか恥ずかしくなる。
「おいしいのに重吾さんはなんで食べないんでしょう」
「君のために残しておいたのだと思うよ」
え、と思う。
「口は悪いけれど根はいい子だから」
甘い物が嫌いなだけじゃないのか、と思ったが口には出さないでおく。
「そういえば、バイトの話を聞かせてもらってもいいですか?」
「ばいと?」
部屋に荷物を運びがてら聞くと双葉が小首を傾げる。
「アルバイト、仕事です。じいちゃん……、いえうちの祖父から住み込みのバイトを募集していると聞いて来たんですが」
そちらがメインである。バイトで稼げる上に寝起きできる場所が確保できるなら一石二鳥ではないかーー、とある意味やましい考えをしたことはわざわざ口にしないが。
そう言っても思い当たることがないのか惚けた顔をしている。心当たりがないのだろうか、とアキラは思った。
「家のお手伝いとかですか?俺家事は一通りできますけれど」
ああ、とようやくどこか納得した様子で手を打った。双葉は重吾が去っていった方を指差す。
「言い忘れていたね。お仕事はあの子のお手伝いだよ」
「は」
予想外の展開である。
気は進まないがあの無愛想な青年に仕事内容を聞かなければなるまい。
聞かなければならない、のだが。
結局、出て行ったきり帰ってこずその日は夜遅くになっても重吾に会えなかった。
一夜明けて居間に行くと双葉が朝食をとっていた。
「おはようございます」
「おはよう。アキラくんのぶんもあるよ」
「ありがとうございます」
面談の予定があるので支度して大学に行くことにした。
普段着はラフなものを着ているが今日はスーツだ。初日だからしっかりした格好をして行った方がいいだろうということで引っ張り出してきた。あまり着慣れないのでどこかむず痒い。
「あの……。今日俺夕方にならないと戻らないと思うんですけれど重吾さんがいたら夕飯の時にでもお話をしたいと言っておいてもらえませんか」
「分かったよ」
そう言って双葉はみそ汁を飲む。
長い前髪が目にかかっている。昨日も思ったが改めて見ても美形というか色っぽいと思った。
「どうかしたかい」
思わず見つめてしまっている自分に気づきアキラは慌てた。
「な、なんでもありません!みそ汁おいしいです!」
「変な子だねえ」
双葉は笑った。
手にした写真と見比べる。
いかにも古くからありそうな日本家屋。
実家に負けず劣らずだ。
この春から大学院に進むこととなり、同時に家を追い出された。
まあいろいろ理由はあるわけだが……。
指定された場所に無事着けたことにひとまずほっと息をつく。
「さて、と」
呼び鈴を押そうとしてどこにも見当たらないことに気づく。
古い家だからこういうこともあるだろう。仕方なく大声で家人を呼び出すことにした。
「あのーすみません!」
返事なし。
「こんにちは!誰かいませんか!」
そう言うと塀から何か降ってきた。
え?猫?
「うわっと」
なんとかキャッチする。なんだか太々しい感じのする目つきが悪い猫だ。
「ていうか重い……!」
持ち上げるのがやっとだ。少し太りすぎではないか。
頑張って支えていると、腕からするりと逃げ出した。
「あっ……」
その時、ガサゴソと道端の草木が擦れる音がした。ぬっと大きな姿が現れる。
「なんだお前」
地の底から響いてくるような低い声に気圧される。へえ、ひえか。そんな間の抜けた声が思わず喉の奥から出た。
大男がそこに立っていた。自分より頭一つぶんかそれ以上にでかい。
身体は筋肉質で上下黒一色のシャツとズボンがさらに迫力を高めていた。
「あ、怪しいものじゃないです」
大男はふと玄関を見る。
「この家に何か用か?」
「は、はい。俺は……」
「おや、客人かい」
その時家の中から声がした。
和服姿の品のある美人……中性的だがよく見ると男性が出てくる。街中を歩くと随分と人目を引く姿だろうがこの屋敷にはしっくりくると思った。
「双葉。いるなら出ろ」
ため息混じりに大男が言う。
双葉?和装の青年の名前だろうか。
「道具の手入れをしていたらちょうど手が離せなくてね」
悪びれなくそう言う。
「話は聞いてますよ。お入りなさい」
微笑して双葉は言う。
「重吾も、おかえり」
そう言うとふん、と大男は鼻を鳴らした。
「二条旦です」
そう言って頭を下げた。
「これよろしければ」
事前に買っておいた菓子折りを手渡す。
「おやおや。ありがとう」
微笑んで双葉が美しい所作で受け取った。
「学者さんなんだって?」
何と伝わっているのか分からないが大袈裟である。
「いや、まだ学生の延長といいますか……」
ゆくゆくは学者に、とは思っているがまだそのスタート地点にすら立てていない。
「ようは親の脛齧りか」
「こら、重吾」
双葉は注意するが重吾に全く反省した様子はない。
「紹介が遅れたね。私はここの家主の如月双葉。よろしくねアキラくん」
そう言って軽くお辞儀したのでアキラは慌てて頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします!」
「それとこの子は」
先ほどから押し黙っている大男に目をやる。
ボソリと大男は言った。
「梓重吾だ」
「よ、よろしくお願いします」
そう言うがこちらは軽く無視だ。なんだ?初対面なのに嫌われているのだろうか。
それにしても、とアキラは思う。全く似ていない二人だと思ったが苗字も違う。
親戚だろうか?
「ではしばらくお世話になります。改めてよろしくお願いします」
「はい、まあ楽にして」
「お世話になります?」
重吾が語尾を上げて険しい顔をする。
双葉はおや、という顔をした。
「アキラくんは今日からうちで暮らすんだよ。仲良くしておやり」
ギロリと重吾は不機嫌そうに双葉を睨んだ。
「双葉。同居人が増えるなんて聞いてねえぞ」
「言わなかったからね」
言ってなかったようである。二人に挟まれてアキラは居心地が悪くなる。
「……」
明らかに不機嫌そうな重吾は側から見ると凶悪な人相をしているが双葉はどこ吹く風である。
「そんな顔しない。だって言ったらお前反対するだろう?」
立ち上がると重吾は背を向ける。
「……お前の言うことなら反対するわけないだろ」
そう呟いてから出て行った。
クスクスと双葉が笑う。
「あの……。すみません、俺のせいでしょうか」
なんとなく釈然としないが謝った。
「気にしないでいいよ、いつもあんな感じだからね」
マジか、先が思いやられると思う。
重吾が食べなかったお饅頭がポツンと皿に残っている。双葉はアキラの前に皿を押しやった。
「お食べなさいな」
「え、でも」
「好きなんだろう?お饅頭」
微笑ましそうに見ている。
「食べるとき、とてもいい顔をしているからね」
そんなに顔に出ていただろうか。
確かに甘いものは好きだが、いい歳をしてそんなことを言われるとなんだか恥ずかしくなる。
「おいしいのに重吾さんはなんで食べないんでしょう」
「君のために残しておいたのだと思うよ」
え、と思う。
「口は悪いけれど根はいい子だから」
甘い物が嫌いなだけじゃないのか、と思ったが口には出さないでおく。
「そういえば、バイトの話を聞かせてもらってもいいですか?」
「ばいと?」
部屋に荷物を運びがてら聞くと双葉が小首を傾げる。
「アルバイト、仕事です。じいちゃん……、いえうちの祖父から住み込みのバイトを募集していると聞いて来たんですが」
そちらがメインである。バイトで稼げる上に寝起きできる場所が確保できるなら一石二鳥ではないかーー、とある意味やましい考えをしたことはわざわざ口にしないが。
そう言っても思い当たることがないのか惚けた顔をしている。心当たりがないのだろうか、とアキラは思った。
「家のお手伝いとかですか?俺家事は一通りできますけれど」
ああ、とようやくどこか納得した様子で手を打った。双葉は重吾が去っていった方を指差す。
「言い忘れていたね。お仕事はあの子のお手伝いだよ」
「は」
予想外の展開である。
気は進まないがあの無愛想な青年に仕事内容を聞かなければなるまい。
聞かなければならない、のだが。
結局、出て行ったきり帰ってこずその日は夜遅くになっても重吾に会えなかった。
一夜明けて居間に行くと双葉が朝食をとっていた。
「おはようございます」
「おはよう。アキラくんのぶんもあるよ」
「ありがとうございます」
面談の予定があるので支度して大学に行くことにした。
普段着はラフなものを着ているが今日はスーツだ。初日だからしっかりした格好をして行った方がいいだろうということで引っ張り出してきた。あまり着慣れないのでどこかむず痒い。
「あの……。今日俺夕方にならないと戻らないと思うんですけれど重吾さんがいたら夕飯の時にでもお話をしたいと言っておいてもらえませんか」
「分かったよ」
そう言って双葉はみそ汁を飲む。
長い前髪が目にかかっている。昨日も思ったが改めて見ても美形というか色っぽいと思った。
「どうかしたかい」
思わず見つめてしまっている自分に気づきアキラは慌てた。
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双葉は笑った。
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