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56 いつだって必要なのは打算と短絡

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音が反響しない程に高い天井は、金で細工されたさまざまな物が光を反射していた。客は誰も見ないであろう壁のあんな高い所にも、森や動物が金色に作り上げられている。
白蝶貝や雲母、あと宝石や魔石を嵌め込まれたそれらは揺らめく光で本物のようだ。
この広間にあの数の光の球を浮かせるなぞ、宮廷魔導師をどのくらい使ったんだろう。
照明器具では飽き足らず、そうやって権力を見せる。
王宮というものは、なんとも無駄が多い。

しらけた気持ちのまま、ゼラフローラは辺りを見渡した。
その視線に必死で笑顔を返しながら、どうか目に留まりません様にと祈る貴族達が、とても可愛らしい。

ゼラフローラのカレイドスコープの様な瞳には、おどおどふるふると様々な色と形が蠢いてみえる。

はっきり言おう。
ゼラフローラに喧嘩を売るような根性のあるものは、もう何処にもいない。
飼い慣らされた羊のように素直な貴族達。
こんなに沢山、広間に一杯にいるというのに、ひたすらへりくだって嵐の過ぎるのを待つ体だ。
かつてはソレが苛立ちの元だった。
でも、今、だらけきった緩い沼の様なこの空間で、びくびくと伺っているその様が、愛しく思えてたまらない。

ーーそういえば、今日の夜会は何のためにだったかしら。
あまり周りの事を考えていなかった。
ゼラフローラは、ん~と考えて、やめた。
考えても、面倒だし。

微笑んだまま、会場の上座ー王座の近くに立って辺りを見渡した。
ゼラフローラはふと、右手の向こうに不快な揺らぎを感じた。
壁際に令嬢が二人。
扇に口元を隠して話をしている。
うん。私を侮って笑っているわね。
遠くだし、気が付かないとでも思ってるのね。
面白い。

手にした扇で、顔の下半分を隠しながら、その令嬢の肩の後ろへと声を乗せてやる。

『楽しいお話を嬉しく思いますわ。』

きゃっと声を上げた彼女は周りを見渡し、真っ青になった。
まだ若い。
親からの注意も聞き流す豪胆さが仇となりましたのね。
目に力を入れてコッチを
勝手に動く体に、ひいぃぃぃぃっと声を喉に詰まらせ、彼女達はゼラフローラに向き合った。

周りから音が消える。
以前から突然人がゼラフローラに向かって動いたり、泣いたりする。
ソレは珍しくも無く…。

わかっている貴族達は、一歩後ずさって道を作った。
選ばれた令嬢の前に道は開け、その終点にはゼラフローラ王女がいる。
あわあわと声を出せず慄く二人に、ゼラフローラは侍女に顎をしゃくった。
侍女はすっと一礼して彼女達に向き合う。
その手には白い包み。

令嬢に美しい礼をすると、ソレを差し出した。
恐怖で拒否は無い。
機械人形オートマチックドールのようにソレを受け取る。

周りをの人々は、当たり前だが詮索することもなく、ゼラフローラの目が自分に向かないように、さり投げなく、わざとらしく、談笑を続けている。

すっかり飼い慣らされた羊達。
…‥つまらない。

ぼんやりと王女を見上げる令嬢の耳元に、再び声を送る。

『お楽しみになって。決して期待を裏切りませんわ。お待ちしておりましてよ。』

金縛りにあって身動き取れない、幼さの残る令嬢たちを微笑ましげに見る。
可愛いわ。


周りからすると、を付けたチンピラを、完封なきまでに叩きのめしたラスボスにしか見えない。
チンピラ役には誰も声を掛けない。
父母でさえ、声を掛けない。
だってから。

だが侍女は知っている。
ソレは過去の話。
今のは、ただの腐教だ。
恐怖と弛緩。 その後の薄い本。
……そう、包みは薄い本だ。
だいたい人の心は、激しいジェットコースターの後、目にした物にコロッと堕ちる。
ソレは刷り込みのごとし。
ソレを何度も見てきた侍女は、慎ましやかに微笑んだ。

お二人様、ご案内~~い!

ゼラフローラ王女とその侍女はその美しい微笑みの下で、腐教活動に手を緩めなかった。




その頃、恥ずか死で羞恥のあまり震え上がったフィルナは、なんとかウェルドを撒くことに成功した。
布団を丸めた巣の中で、ひたすら現実逃避をするのだった。
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