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57 世紀末覇王の午睡

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この国は、かつて荒れていた。
野心の嵐が吹き荒れて、王の血を一滴でも持った貴族が、下克上を夢見ていた。

貴族なぞ、いや平民だって
大きく括って遡れば、何処かで王の血を受けていたりする。
だから我こそはと立ち上がり、勝手に戦を始めた。

つまり民は疲弊し、国土は荒れていた。

ソレに終止符を打ったのは、今の二代前。
力を使い果たした反抗的な者は、心の底に牙を埋めていった。

……かつては。




ゼラフローラ王女は明らかに異質だった。
その瞳で見つめられると、自分の魂に何かが打ち込まれるのを感じて大人達は膝を折った。

ソレは恐怖に似ていた。
人が闇に恐れを抱いて火を創り出したように。
まるで、意図しないDNAの何処かに刻まれた恐怖のように、ゼラフローラの瞳と向かい合うと、人は恐怖のあまり目を逸らした。

普通なら、忌み子として幽閉されるべきなのかもしれない。
だがそんな手軽な封鎖など、騎士も貴族も魔術師も出来ないかった。
その恐怖は自分のもの。
人に説明出来る物ではない。
自分の魂が、どれだけ腐っているか。
自分の魂が、どれだけ汚れているか。
いつもならその汚れ具合を愉しんでいるはずなのに、恐ろしくて団子虫のように丸くなってしまう。


そんな訳でゼラフローラは、絶対的な不可侵な生き物として君臨した。



ガス抜きとして、小さな悪は見逃す。
でも治世をひっくり返そうとするような大きなモノは。

王女は何もしない。
ただ、そのカレイドスコープの様に煌めく瞳でじっと見つめ、優雅に口元を隠す。
それだけで目が合った貴族の頭の中には、鎖が張り巡らされるガチャガチャという音が聞こえていた。

賢い者ならそこで膝を屈する。
お願いいたします。
その目でこれ以上自分を解析しないでください。と。

馬鹿はがむしゃらに牙を剥こうとして、自爆していった。


ーー寝た子を起こしてはいけない。
時間も距離も関係ない。
本当の恐怖は自分の魂にある。
王女の目は自分の魂に刻まれ、決して離れることは無い。


ソレが今の貴族の暗黙の了解だった。


そんな訳で、ゼラフローラ王女は誰にも邪魔されず、今日も楽しい腐教にいそしむのだった。
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