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第二巻番外編
ヴィラのお話(ボイスドラマにもなってます)
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「あ……あの……」
遠慮がちに声をかけられて私は顔を向けた。ミカエル殿に付き添われて、見慣れない黒い髪、黒い瞳の少女がいた。髪にかくれてしまうほど小さな耳をしていた。胸はあまりないからまだ子供なのだろう。顔は取り立ててどうということもない。まあ普通だ。
「あ、すいません。なんでもないんです」
そう言われて私は通り過ぎた。
そういえば、戦士達が噂をしていた。異界の女が落ちてきたと。しかも王の浴室に。
王もさぞかしびっくりされたことだろう。よく殺してしまわなかったものだ。
私だって突然風呂に女が落ちてきたらびっくりだが、なぜその娘にミカエル殿がわざわざ付き添っているのか、それが気になった。
まさか、あの少女がこの国の運命を担うことになるとは、あの時は思いもよらなかった。
龍族との戦いで不思議な二人が現れて、王は一族の者に宣言されたのだった。
「異界の娘を王妃にすえる」と。
我々も驚いたが、一族の女達の嘆きと悲しみは相当なものだったのだろう。
なんでも戦に加勢した二人があの少女に縁があったせいだと言うが、それにしても、王妃にすえることはないだろうに。少女に気を遣ってのことなのだろうが、我々としても輝くように美しい女性に王妃になってもらいたかったが……
まあ、こればかりはどうしようもないのだろう。なにせ、今は力がある女がいない。
あの少女が王の子供を産んでくれるというのなら、文句も言っていられない。
少女は王と結婚し、まだ子供ながら王妃になった。大人になるまで待てばよいのに、と思ったが、どうも少女を逃がさないためにとっとと結婚したらしい。
結婚生活は、良好とはいってないようだった。まあ無理もない。なにせ相手は異界の娘。習慣も考え方も違うのだから、王もさぞかし気苦労が耐えないことだろう。
ミカエル殿が気を遣って、王妃の慰め役をしていたようだ。
私は王妃とたいして顔をあわせることもなかったし、王妃のことはたまにジュノーらと噂をするくらいだった。
「王妃がようやく大人になられたようだ」
ある晩、ジュノーが私に言った。
「そうなのか、よかったな。これで王も安心だな」
私はそう答えた。私はジュノーとは親戚で、年も近く、子供の時からよく一緒にいたし、酒の飲み仲間でもある。夜時間があれば、どちらかが屋敷を訪問して酒を飲みあっている。
「どうするんだろうな。交わりの月まで……」
ジュノーは意味ありげに言った。
「王妃のお相手がしたいのか?」
私が聞くと、ジュノーはうーんとうなった。ジュノーは優しい顔立ちなので、女性には受けがいい。実際女性には優しい男だ。
「あれって……立候補なのか? それとも王妃が選ぶのか? 相手を」
「さあな。知らん」
「興味あるじゃないか。なにせ、異界の女性を抱くなんてことは……」
我々は普段は女性に対してそうその気にはならないが、やはり皆、王妃に対して多少はそういう興味があるようだ。異界の女性なんてのはこの世界ではまれの存在だ。抱いてみたいと思う男もいるだろう。
この国では、王妃が恋人を作り、交わりの月までに体を慣らすということもよく行われていた。今の王妃はどうするのだろうと皆興味津々なのだ。
「なら立候補したらどうだ?」
「いや……そこまでは……王妃にも好みがあるだろうし……」
「おおかたミカエル殿がするんじゃないのか? あの人好きそうだからな。そういうの」
「まあ、そうだろうな」
王妃とは顔見知りだし、王妃の相手となればミカエル殿もうれしいだろう。
他種族の女性を相手にするのは面倒なだけだと思うが。いろいろ勝手も違うし。
なにせ、相手は王妃、全てにおいて優しくしなければならないし、私ならそんなのはごめんだな。
本気でそう思っていたし、その日までは、私と王妃の接点はないはずだったのだが……
次の日の朝砦に行くと、将軍から午後王の間に行くように言われた。
「王がお前に用があるらしい」
「わかりました」
王の呼び出しは絶対だ。私としても、美しい王に呼び出されるのはうれしいことなのだが、一体用とは何だろう。
午後、王の間に行き、王の用件を聞いてぎょっと目を見開いた。
「え? 今なんとおっしゃいました?」
私は思わず聞き返してしまった。王のお言葉を聞き返すなど、無作法この上ないのだが、あまりに信じられなかったからだ。私に王妃の夜の相手をしろ、そう王が言われたような気がしたが、聞き間違いだろうか。
「お前、その反応は、王妃に対してあまりに失礼だぞ」
王は眉をひそめられてそうおっしゃった。私の顔は自分でもわかるほど引きつっていた。
「王妃は確かに美人という顔ではないが、そこまで嫌がることはないだろう」
「いえ……私は別に……」
私は両手で自分の頬を挟んだ。普通の顔に戻そうとしたが、中々直らない。
「私は別に王妃に文句があるわけではありません。そういう役は、適任者がいるでしょう、という意味ですよ。ミカエル殿にやらせればいいじゃないですか。好きそうだし、絶対喜ぶでしょう」
「ミカエルはだめだ。ゆりが好意を抱いてるからな。しかも、あいつも好意をもってるし」
「好意を抱いてる相手のほうがいいのではないですか?」
「ミカエルのことを愛したら困る」
「は? そんなことありえないでしょう」
王にたいして「は?」なんて言ってはいけないのだが、つい言ってしまった。どうも私は口が悪い。
「ゆりは一族の女じゃないんだぞ。私に絶対的忠誠心を抱いてるわけではない」
「ジュノーが王妃に興味を示してましたよ。あいつなら優しいし、ちょうどいいと思いますが」
「あまり優しすぎる男は……ゆりが好意を抱くから困るな。言い忘れてたが、抱かれても困るんだ」
「では、何をするんですか?」
「ゆりは夫以外と交わるのはいやらしい。抱くのは私が抱く。私が行くまで適当にかわいがってやってほしいんだ。私がやりやすいようにしてくれたらいい」
「はあ……そういわれましても……夫以外には触れられるのもいやなのではないですか? そういう方は」
「もしゆりが心底嫌がったら、それはそれでいい。ためしに今夜、ちょっとやってみてくれ」
「わかりました……」
「別にいやならいいぞ」
「いやではないですよ。美しい王妃の肌に触れられるんですから」
先ほどの失礼の代わりにそういうと、
「いまさら世辞を言うな」
王に逆ににらまれてしまった。
まあ、王はあまり側女をおく人でもなかったし、交わりの月以外では女に興味がある人でもないようだ。
それでも自分が王妃を抱いてやりたいとは思ってるらしい。
王の寝室に忍んで行ったのはその夜のことだった。ここに来るのは初めてだ。
まるで夜這いに来たような気がしてちょっとどぎまぎしてしまった。
王妃はでかいベッドの真ん中でぐっすり眠っていた。こうしてみると、まだ子供のようにあどけない。
この体に一族の命運が託されている。そう思うと、多少なりとも胸が熱くなってくる。
優しく頬をなでると王妃は目を開けた。
「王様?」
違うとわかると、王妃は体をひどく硬直させた。
「こんばんは、王妃。私はヴィラ、おみしりおきを」
私はなるべく優しく言った。私は王妃のことはばっちり見えていたが、王妃は夜目はきかないようだった。
これは都合がいい。交わりの月が終わるまでは、顔は見せないでおこう。
王妃はひどく怯えていた。無理もない、いきなり知らない男が寝室に来れば、一族の女ならば力で攻撃するところだ。
王妃の顔を初めて間近でじっくり眺めた。確かに美形ということはないが、それでも顔の造形は可愛らしいと言えなくもない。王妃の体は暖かくて、柔らかかった。我々よりも体温が高いようだ。そして体も感じやすいようだ。
一族の女性相手よりやりやすい。
「王様……」
王と思いなさい、そういうと、王妃は素直に私を王と呼んでいた。
性格は、随分素直な方なのだろう。
本当に王が気に入るような女にしてやりたい、その時初めてそう思った。
何度か会う内に、王妃は私にかなりの興味を抱いたようだった。私の顔が気になって仕方ないようだ。
私も王妃に情のようなものを感じてしまっていた。私のことを完全に信頼して体を預けてくる。触れれば素直に反応する体が、かわいらしい。王もそう思われているようだ。王妃を抱くのはまんざらでもないようだ。
よかった。王が王妃に情をもたれて。
私と王妃の間には、ひとつの信頼関係のようなものが生まれていた。私としては理想的な関係だった。
王妃に愛されるのは困る。だが、なんとも思われないのは寂しい。少しは気にしてほしい。
私は王妃に何度かあったことはだれにも言わなかった。もちろんジュノーにも。だが、なぜか私と王妃の噂が流れて、ジュノーには何か隠してるなと勘ぐられてしまい、ミカエル殿には睨まれた。
あの人は王妃の素直な性格を本気で気に入ってるらしい。王妃もまんざらでもないようだし、全く困った男だ。
確かにミカエル殿があの役をしなくてよかった。あの人なら絶対本気でくどいてそうだ。抱いてしまって話が変な方にいってしまったに違いない。
王妃は平気で私にも好きという言葉を使う。すぐ側でじっと凝視されるとちょっと困る。今では、王妃の顔も体もかなりかわいいと思うようになっていたからだ。抱いてしまいたくなりそうだ。
私は王妃に情を抱きすぎてしまったようだ。しばらく話だけにして、肌には触れないでおこう。
交わりの月が近づいてきた。王妃はわりと平気そうな顔をしていた。王を愛する気持ちに揺らぎはないようだ。
安心した。無事月が過ぎるのか、私も気が気ではなかった。
他の女性の相手をしたものの、気が乗らず、つい王妃のことを考えてしまった。
最初の交わりの月でなんと王妃は御懐妊された。とても喜ばしいことだったのだが、あの後悲劇があった。
王妃が亡くなられたとそう聞かされたのだ。その後、あれは王妃の体ではなかったと知りほっとしたのだが、あの時感じた心の痛みは、今も忘れることはできない。
お子様のことよりも、王妃自身がこの世からいなくなったというのがとても悲しかった。
なぜその時自分が側にいなかったのか、と。
やはり私は王妃のことがかなり好きになっていたのだ。
あの後いろいろなことがあり、王妃の方から中々呼んでくださらなかったので、ついに痺れを切らして自分から顔を見せてしまった。王妃は儀式の恥ずかしさから、私の顔をじっと見る余裕はなかったようだが。
時々びっくりするほど大胆だが、いまだにあどけなさが残っているところが王妃の魅力なのかもしれない。
そして性格の違うもう一人の王妃。なぜか妊娠してからもう一人の王妃が現れるようになってしまった。
蛇の目を持つ王妃は一族の女性っぽいわりには男好きで、目を離すと知らない内に将軍達とも仲良くなっているから困ったものだ。あのミルキダスを男に目覚めさせたのもこちらの王妃とか。王にすれば願ってもない王妃だが、こっちは時々やきもきしてしまう。将軍達と張り合うのだけは遠慮したい。
気がついたら、皆二人の王妃の虜になってしまっている。もう王妃がいないこの国など考えられないほどに。
「本当に、王妃はバラク下手ですねえ」
私はこの日、王妃のバラクの相手をしていた。アナスターシャ様が生まれて、すでに二人目を身篭もられている。
王妃がこの国に現れて私はびっくりする事が多くなった。
「うーもう一回!」
王妃は悔しそうに言って盤の上の駒をどけた。王妃はバラクが下手だ。素直すぎるせいか戦略を立てるのが苦手なのだ。
「しょうがないですねー次に勝ったら何かしてください」
「何かって?」
「あっちでいちゃいちゃ」
そういうと王妃は真っ赤な顔で頬を膨らませた。
「やなこった」
「王妃様がそんな言葉を使ってはいけません」
「いやでございます」
王妃は言いなおした。私はおかしくなったので笑ってしまった。本当に飽きない女性だ。
「またまた、夜愛し合った仲じゃないですか。また忍んできたいなあ」
「やめてよ。ミカエルにばれたら大変なんだから。また塔にさらわれたらどうするの」
「なら、二人で忍んできましょうか? 仲良く」
「げ……」
「刺激的で楽しそうじゃないですか」
「怖いです。まじで」
「そろそろ恋しいんですよ。王妃の口が……」
「何言ってるの。ばか!」
「だって恋しいんですもん。早く儀式ないかな」
王妃はむっとした顔をした。顔はまっかっかだ。
「次に儀式あってもヴィラは呼ばないから」
「そうなんですか? いいですよ。別に」
私が全く気に留めない様子で言うと、王妃は口を尖らせた。
「私が抜けても本当にいいんですか?」
「……やだ……」
「でしょう? 王妃は私のこと好きですもんね」
王妃は私に好意を抱いているし、一番信頼もしている。それは私にもよくわかる。
私も王妃に対してかなりの愛情を抱いているが、別に独占したいとは思ってはいない。
王と王妃の仲が良いと私もうれしい。
「……ちぇ」
「だめですよ。舌打ちなんてしたら」
「いつかぎゃふんと言わせてやるから」
「どう驚いてもぎゃふんなんて言いそうにないですが、楽しみにしてますよ」
私がにんまりして言うと、王妃はぼそっと「ヴィラって腹黒い」と言った。
「なんでです? 優しいじゃないですか。最初の時だって、怯えるあなたに優しく手ほどきを」
「わー! その話はしないで!」
王妃は叫びながら両手で耳をふさいだ。
「かわいかったな。あの時のあなた、涙目で、それでも胸に優しく触れるとー」
「もうわかった! 私が悪るうございました!」
王妃は真っ赤な顔で恥ずかしげにしていた。あの時のことを詳しく話すと、とても恥ずかしいらしい。
王が王妃を抱く前に、王妃の肌に触れたのは私だけだ。そう思うと、ちょっとうれしい気もする。
「王妃はいつまでたってもかわいいですね。あの時とあんまり変わらないからうれしいですよ」
「それって成長してないってこと?」
「まあ、そうもいえるかも……」
「ひどい。いつかこてんぱんにしてやる」
「とりあえずバラクでこてんぱんにしてください」
「ぐすん……」
王妃とのこういうやり取りも楽しいものだ。
できることなら、一生こういう関係を続けて行きたいですね。王妃。
遠慮がちに声をかけられて私は顔を向けた。ミカエル殿に付き添われて、見慣れない黒い髪、黒い瞳の少女がいた。髪にかくれてしまうほど小さな耳をしていた。胸はあまりないからまだ子供なのだろう。顔は取り立ててどうということもない。まあ普通だ。
「あ、すいません。なんでもないんです」
そう言われて私は通り過ぎた。
そういえば、戦士達が噂をしていた。異界の女が落ちてきたと。しかも王の浴室に。
王もさぞかしびっくりされたことだろう。よく殺してしまわなかったものだ。
私だって突然風呂に女が落ちてきたらびっくりだが、なぜその娘にミカエル殿がわざわざ付き添っているのか、それが気になった。
まさか、あの少女がこの国の運命を担うことになるとは、あの時は思いもよらなかった。
龍族との戦いで不思議な二人が現れて、王は一族の者に宣言されたのだった。
「異界の娘を王妃にすえる」と。
我々も驚いたが、一族の女達の嘆きと悲しみは相当なものだったのだろう。
なんでも戦に加勢した二人があの少女に縁があったせいだと言うが、それにしても、王妃にすえることはないだろうに。少女に気を遣ってのことなのだろうが、我々としても輝くように美しい女性に王妃になってもらいたかったが……
まあ、こればかりはどうしようもないのだろう。なにせ、今は力がある女がいない。
あの少女が王の子供を産んでくれるというのなら、文句も言っていられない。
少女は王と結婚し、まだ子供ながら王妃になった。大人になるまで待てばよいのに、と思ったが、どうも少女を逃がさないためにとっとと結婚したらしい。
結婚生活は、良好とはいってないようだった。まあ無理もない。なにせ相手は異界の娘。習慣も考え方も違うのだから、王もさぞかし気苦労が耐えないことだろう。
ミカエル殿が気を遣って、王妃の慰め役をしていたようだ。
私は王妃とたいして顔をあわせることもなかったし、王妃のことはたまにジュノーらと噂をするくらいだった。
「王妃がようやく大人になられたようだ」
ある晩、ジュノーが私に言った。
「そうなのか、よかったな。これで王も安心だな」
私はそう答えた。私はジュノーとは親戚で、年も近く、子供の時からよく一緒にいたし、酒の飲み仲間でもある。夜時間があれば、どちらかが屋敷を訪問して酒を飲みあっている。
「どうするんだろうな。交わりの月まで……」
ジュノーは意味ありげに言った。
「王妃のお相手がしたいのか?」
私が聞くと、ジュノーはうーんとうなった。ジュノーは優しい顔立ちなので、女性には受けがいい。実際女性には優しい男だ。
「あれって……立候補なのか? それとも王妃が選ぶのか? 相手を」
「さあな。知らん」
「興味あるじゃないか。なにせ、異界の女性を抱くなんてことは……」
我々は普段は女性に対してそうその気にはならないが、やはり皆、王妃に対して多少はそういう興味があるようだ。異界の女性なんてのはこの世界ではまれの存在だ。抱いてみたいと思う男もいるだろう。
この国では、王妃が恋人を作り、交わりの月までに体を慣らすということもよく行われていた。今の王妃はどうするのだろうと皆興味津々なのだ。
「なら立候補したらどうだ?」
「いや……そこまでは……王妃にも好みがあるだろうし……」
「おおかたミカエル殿がするんじゃないのか? あの人好きそうだからな。そういうの」
「まあ、そうだろうな」
王妃とは顔見知りだし、王妃の相手となればミカエル殿もうれしいだろう。
他種族の女性を相手にするのは面倒なだけだと思うが。いろいろ勝手も違うし。
なにせ、相手は王妃、全てにおいて優しくしなければならないし、私ならそんなのはごめんだな。
本気でそう思っていたし、その日までは、私と王妃の接点はないはずだったのだが……
次の日の朝砦に行くと、将軍から午後王の間に行くように言われた。
「王がお前に用があるらしい」
「わかりました」
王の呼び出しは絶対だ。私としても、美しい王に呼び出されるのはうれしいことなのだが、一体用とは何だろう。
午後、王の間に行き、王の用件を聞いてぎょっと目を見開いた。
「え? 今なんとおっしゃいました?」
私は思わず聞き返してしまった。王のお言葉を聞き返すなど、無作法この上ないのだが、あまりに信じられなかったからだ。私に王妃の夜の相手をしろ、そう王が言われたような気がしたが、聞き間違いだろうか。
「お前、その反応は、王妃に対してあまりに失礼だぞ」
王は眉をひそめられてそうおっしゃった。私の顔は自分でもわかるほど引きつっていた。
「王妃は確かに美人という顔ではないが、そこまで嫌がることはないだろう」
「いえ……私は別に……」
私は両手で自分の頬を挟んだ。普通の顔に戻そうとしたが、中々直らない。
「私は別に王妃に文句があるわけではありません。そういう役は、適任者がいるでしょう、という意味ですよ。ミカエル殿にやらせればいいじゃないですか。好きそうだし、絶対喜ぶでしょう」
「ミカエルはだめだ。ゆりが好意を抱いてるからな。しかも、あいつも好意をもってるし」
「好意を抱いてる相手のほうがいいのではないですか?」
「ミカエルのことを愛したら困る」
「は? そんなことありえないでしょう」
王にたいして「は?」なんて言ってはいけないのだが、つい言ってしまった。どうも私は口が悪い。
「ゆりは一族の女じゃないんだぞ。私に絶対的忠誠心を抱いてるわけではない」
「ジュノーが王妃に興味を示してましたよ。あいつなら優しいし、ちょうどいいと思いますが」
「あまり優しすぎる男は……ゆりが好意を抱くから困るな。言い忘れてたが、抱かれても困るんだ」
「では、何をするんですか?」
「ゆりは夫以外と交わるのはいやらしい。抱くのは私が抱く。私が行くまで適当にかわいがってやってほしいんだ。私がやりやすいようにしてくれたらいい」
「はあ……そういわれましても……夫以外には触れられるのもいやなのではないですか? そういう方は」
「もしゆりが心底嫌がったら、それはそれでいい。ためしに今夜、ちょっとやってみてくれ」
「わかりました……」
「別にいやならいいぞ」
「いやではないですよ。美しい王妃の肌に触れられるんですから」
先ほどの失礼の代わりにそういうと、
「いまさら世辞を言うな」
王に逆ににらまれてしまった。
まあ、王はあまり側女をおく人でもなかったし、交わりの月以外では女に興味がある人でもないようだ。
それでも自分が王妃を抱いてやりたいとは思ってるらしい。
王の寝室に忍んで行ったのはその夜のことだった。ここに来るのは初めてだ。
まるで夜這いに来たような気がしてちょっとどぎまぎしてしまった。
王妃はでかいベッドの真ん中でぐっすり眠っていた。こうしてみると、まだ子供のようにあどけない。
この体に一族の命運が託されている。そう思うと、多少なりとも胸が熱くなってくる。
優しく頬をなでると王妃は目を開けた。
「王様?」
違うとわかると、王妃は体をひどく硬直させた。
「こんばんは、王妃。私はヴィラ、おみしりおきを」
私はなるべく優しく言った。私は王妃のことはばっちり見えていたが、王妃は夜目はきかないようだった。
これは都合がいい。交わりの月が終わるまでは、顔は見せないでおこう。
王妃はひどく怯えていた。無理もない、いきなり知らない男が寝室に来れば、一族の女ならば力で攻撃するところだ。
王妃の顔を初めて間近でじっくり眺めた。確かに美形ということはないが、それでも顔の造形は可愛らしいと言えなくもない。王妃の体は暖かくて、柔らかかった。我々よりも体温が高いようだ。そして体も感じやすいようだ。
一族の女性相手よりやりやすい。
「王様……」
王と思いなさい、そういうと、王妃は素直に私を王と呼んでいた。
性格は、随分素直な方なのだろう。
本当に王が気に入るような女にしてやりたい、その時初めてそう思った。
何度か会う内に、王妃は私にかなりの興味を抱いたようだった。私の顔が気になって仕方ないようだ。
私も王妃に情のようなものを感じてしまっていた。私のことを完全に信頼して体を預けてくる。触れれば素直に反応する体が、かわいらしい。王もそう思われているようだ。王妃を抱くのはまんざらでもないようだ。
よかった。王が王妃に情をもたれて。
私と王妃の間には、ひとつの信頼関係のようなものが生まれていた。私としては理想的な関係だった。
王妃に愛されるのは困る。だが、なんとも思われないのは寂しい。少しは気にしてほしい。
私は王妃に何度かあったことはだれにも言わなかった。もちろんジュノーにも。だが、なぜか私と王妃の噂が流れて、ジュノーには何か隠してるなと勘ぐられてしまい、ミカエル殿には睨まれた。
あの人は王妃の素直な性格を本気で気に入ってるらしい。王妃もまんざらでもないようだし、全く困った男だ。
確かにミカエル殿があの役をしなくてよかった。あの人なら絶対本気でくどいてそうだ。抱いてしまって話が変な方にいってしまったに違いない。
王妃は平気で私にも好きという言葉を使う。すぐ側でじっと凝視されるとちょっと困る。今では、王妃の顔も体もかなりかわいいと思うようになっていたからだ。抱いてしまいたくなりそうだ。
私は王妃に情を抱きすぎてしまったようだ。しばらく話だけにして、肌には触れないでおこう。
交わりの月が近づいてきた。王妃はわりと平気そうな顔をしていた。王を愛する気持ちに揺らぎはないようだ。
安心した。無事月が過ぎるのか、私も気が気ではなかった。
他の女性の相手をしたものの、気が乗らず、つい王妃のことを考えてしまった。
最初の交わりの月でなんと王妃は御懐妊された。とても喜ばしいことだったのだが、あの後悲劇があった。
王妃が亡くなられたとそう聞かされたのだ。その後、あれは王妃の体ではなかったと知りほっとしたのだが、あの時感じた心の痛みは、今も忘れることはできない。
お子様のことよりも、王妃自身がこの世からいなくなったというのがとても悲しかった。
なぜその時自分が側にいなかったのか、と。
やはり私は王妃のことがかなり好きになっていたのだ。
あの後いろいろなことがあり、王妃の方から中々呼んでくださらなかったので、ついに痺れを切らして自分から顔を見せてしまった。王妃は儀式の恥ずかしさから、私の顔をじっと見る余裕はなかったようだが。
時々びっくりするほど大胆だが、いまだにあどけなさが残っているところが王妃の魅力なのかもしれない。
そして性格の違うもう一人の王妃。なぜか妊娠してからもう一人の王妃が現れるようになってしまった。
蛇の目を持つ王妃は一族の女性っぽいわりには男好きで、目を離すと知らない内に将軍達とも仲良くなっているから困ったものだ。あのミルキダスを男に目覚めさせたのもこちらの王妃とか。王にすれば願ってもない王妃だが、こっちは時々やきもきしてしまう。将軍達と張り合うのだけは遠慮したい。
気がついたら、皆二人の王妃の虜になってしまっている。もう王妃がいないこの国など考えられないほどに。
「本当に、王妃はバラク下手ですねえ」
私はこの日、王妃のバラクの相手をしていた。アナスターシャ様が生まれて、すでに二人目を身篭もられている。
王妃がこの国に現れて私はびっくりする事が多くなった。
「うーもう一回!」
王妃は悔しそうに言って盤の上の駒をどけた。王妃はバラクが下手だ。素直すぎるせいか戦略を立てるのが苦手なのだ。
「しょうがないですねー次に勝ったら何かしてください」
「何かって?」
「あっちでいちゃいちゃ」
そういうと王妃は真っ赤な顔で頬を膨らませた。
「やなこった」
「王妃様がそんな言葉を使ってはいけません」
「いやでございます」
王妃は言いなおした。私はおかしくなったので笑ってしまった。本当に飽きない女性だ。
「またまた、夜愛し合った仲じゃないですか。また忍んできたいなあ」
「やめてよ。ミカエルにばれたら大変なんだから。また塔にさらわれたらどうするの」
「なら、二人で忍んできましょうか? 仲良く」
「げ……」
「刺激的で楽しそうじゃないですか」
「怖いです。まじで」
「そろそろ恋しいんですよ。王妃の口が……」
「何言ってるの。ばか!」
「だって恋しいんですもん。早く儀式ないかな」
王妃はむっとした顔をした。顔はまっかっかだ。
「次に儀式あってもヴィラは呼ばないから」
「そうなんですか? いいですよ。別に」
私が全く気に留めない様子で言うと、王妃は口を尖らせた。
「私が抜けても本当にいいんですか?」
「……やだ……」
「でしょう? 王妃は私のこと好きですもんね」
王妃は私に好意を抱いているし、一番信頼もしている。それは私にもよくわかる。
私も王妃に対してかなりの愛情を抱いているが、別に独占したいとは思ってはいない。
王と王妃の仲が良いと私もうれしい。
「……ちぇ」
「だめですよ。舌打ちなんてしたら」
「いつかぎゃふんと言わせてやるから」
「どう驚いてもぎゃふんなんて言いそうにないですが、楽しみにしてますよ」
私がにんまりして言うと、王妃はぼそっと「ヴィラって腹黒い」と言った。
「なんでです? 優しいじゃないですか。最初の時だって、怯えるあなたに優しく手ほどきを」
「わー! その話はしないで!」
王妃は叫びながら両手で耳をふさいだ。
「かわいかったな。あの時のあなた、涙目で、それでも胸に優しく触れるとー」
「もうわかった! 私が悪るうございました!」
王妃は真っ赤な顔で恥ずかしげにしていた。あの時のことを詳しく話すと、とても恥ずかしいらしい。
王が王妃を抱く前に、王妃の肌に触れたのは私だけだ。そう思うと、ちょっとうれしい気もする。
「王妃はいつまでたってもかわいいですね。あの時とあんまり変わらないからうれしいですよ」
「それって成長してないってこと?」
「まあ、そうもいえるかも……」
「ひどい。いつかこてんぱんにしてやる」
「とりあえずバラクでこてんぱんにしてください」
「ぐすん……」
王妃とのこういうやり取りも楽しいものだ。
できることなら、一生こういう関係を続けて行きたいですね。王妃。
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