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第三巻番外編
将軍達の夜
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女神騒動が起こり梅雨に入った十二の月のある夜、四人の将軍達はヴィクターの屋敷に集まって、戦がなくなったお祝いをしていた。夜四人が集まってお酒を飲んだりすることも、実は稀なことだった。
「しかし十年間も大きな戦がないとはありがたいことだなー」
ヴィクターが言った。
「そうだな。だが十年なんてあっという間だからな」
とナザニエル。
「油断は禁物だ。大きな戦がないだけで、敵は単体でやってくるだろうからな」
ロナウドが酒を飲みながら言った。この部屋の二つの大きな棚には様々な酒が並べられていた。違う台には樽のようなものが横向きに置かれていて、ナザニエルは勝手に樽のコルクをひねって酒をついでいる。テーブルの上には数本の酒瓶。ここは酒を飲むためだけの酒飲の間だった。テーブルの上には軽いつまみのような物が置かれているキースは一人無言で酒にも手をつけていない。
その時扉がノックされて、シャナーンが入ってきた。お盆の上には三本の瓶。
「キース将軍、ぶどうジュースを持ってきましたよ」
シャナーンが言ってジュースをテーブルに乗せた。
「ありがとう」
キースは微笑んで言った。シャナーンはジュースを置くと「皆様ごゆっくり」と言って出て行った。キースは蛇の一族では珍しく、酒を飲まない男だった。
「相変わらずだな。キースは……」
ナザニエルがあきれたように言った。他の三人はひっきりなしに飲み、すでに床には五本もの空き瓶が置かれている。
「年をとってあまり酒の飲みすぎもいかんぞ」
キースがぼそりといった。
「「私はまだ若いぞ」」
ヴィクターとナザニエルが声をそろえて言った。
「はっはっはっ」
ロナウドは笑いながら樽から酒を注いでいる。帰るころには空になっているに違いない。
四人ともそれぞれ国の一番大変な頃を経験しているだけに、今回戦が回避された喜びは大きかった。皆戦でそれぞれ大事な人達をなくしている。キースは一人息子を戦で失っていた。戦がなくなりお祝いしたくなるのも無理はない。少なくとも誰も死なずにすんだのだ。
「それにしても、私も女神を見たかった。お前なんで呼んでくれなかったんだ?」
宴もたけなわになってきたころナザニエルが思い出したようにヴィクターをにらんだ。
「そうだそうだ。私だってガーベラを見たかった。なでなでされたかったぞ」
とロナウド。
「すまん。本当に女神だと思ったときには、倒れてたんだ。夢心地で」
ヴィクターが微笑んで言った。えらく幸せそうな顔をしてたのでナザニエルとロナウドはむっとしている。このお祝いは、一人だけ女神を見たヴィクターのおごりになっている。
「いやはや……女神ってのはいいもんだ」
ヴィクターはしみじみと言った。
「なんだか来年は張り切って赤い月を過ごせそうな気がする」
「がんばれ」
ロナウドとナザニエルが声援を送った。
「女神か……また降ろしてくれないかなー王妃。蛇の女神は一杯下ろしてるから神話の女神だって何度も降りるかもしれないぞ」
ナザニエルが言った。
「ありえるかもな」
とロナウド。
「私はダーナに会ってみたい」
「ダーナもいいなあ。おいキース」
ナザニエルが一人黙っているキースを見て言った。
「ん?」
キースが視線を向けた。
「おきてたのか。目を開けたまま寝てるのかと思ったぞ。ぼんやりしてるから」
「話を聞いてた」
「お前ってやつは……女神を見たくなかったのか?」
「王妃に降りたんだから王妃を見ればいいんじゃないのか?」
キースがぼんやりした声で言った。
「そういう問題じゃないだろ。王妃と女神は別だ」
とナザニエルが言うと、キースが「なんでだ」と聞いてきた。
「別ってことはないが女神が降りてる時の王妃じゃないと、女神の幻が見えないじゃないか」
「だが、らごいえひえーるえぐまえいるあ……」
三人がきょとんとした顔をした。
「ぱしゅれにーるえるまーぐりんど」
「だめだ、もう酔ってる」
ロナウドが言った。
「ぶどうジュースで酔ったのか?」
とヴィクター。
「いや、酒の匂いで酔ったんだろう。キースは酔うと古代語を話し出すからな」
「え、でぃるいーいるあるま」
「わかった。わかった。もう寝てもいいぞ」
ロナウドがキースの背中をたたくと、キースは机の上に付してしまった。部屋は密閉されているのでかなり強烈な酒の匂いが漂っている。それで酔ったのだろう。
「……安上がりなやつだな。酒の匂いだけで酔えるとは信じられんやつだ……」
ナザニエルがあきれて言った。一族の男では、こんな男は他にいない。
「一体キースは金は何に使ってるんだろうな」
ヴィクターが不思議そうに言った。彼らにとっては高い酒を飲むのが趣味のようなものだ。かなりの大金を酒につぎ込んでいる。酒がない人生なんて考えられない。
「この前ばか高いバラクのセットを作らせてたぞ。バラクにつぎ込んでるんじゃないのか?」
とロナウド。
「そうなのか? しかしうらやましいなー、私もこんな風になりたい」
ナザニエルがキースの顔を覗き込んで言った。キースは横を向き、幸せそうな顔で寝ていた。ほろよい気分で寝てるようだ。
「前に闘技場では酔っ払ったようなんだが、全然覚えていないんだ」
「そんなに酔いたいのなら、酒に何か薬でも混ぜたらどうだ?」
とロナウド。
「それはやばいだろ。私は普通に酒を飲んでへべれけになってみたいな。おい、あれ出せ千年前の酒」
ナザニエルの言葉にヴィクターの顔が引きつった。
「あれはもうない。飲んだ」
「一本くらい残ってるだろ」
「どっかの隠し棚にあるぞ。きっと」
ロナウドの言葉にヴィクターの顔がさらに引きつった。
「お前、なんでそう余計な事言うんだ!」
「まあいいじゃないか。たかが酒の一本や二本!」
ナザニエルはうれしそうに棚を見て回っている。そして一段だけ酒瓶が一列しかないのに気づいた。
「あ。ここだ♪」
「…………」
ヴィクターが口を尖らせている。ナザニエルは酒瓶を出して棚に手をあてた。すると後ろの棚がぱかっと外れて、高級そうな酒が並んでいた。
「おおっこれこれ♪」
「お前ってやつは……飲んでもそう酔わないんだから安いの飲んでりゃいいのに」
ヴィクターはぶつぶつ言っている。
「これだけ高級なの飲めば酔えるだろ」
といいつつナザニエルは三本ほど出している。
「私は右から三番目と四番目のやつ」
ロナウドは棚を示している。
「どうせ他の所にも隠してるんだろ? まあこれくらいいいじゃないか」
ナザニエルはロナウドの分の酒を取ってやり、さっそく酒を開けた。そして匂いをかいで「ん?」と首をかしげた。杯に注いで一口飲み、ヴィクターをにらんだ。ヴィクターはにやにや笑っている。
「ロナウドそれ、飲んでみろ」
「ん? ああ」
ロナウドも酒瓶を開けて杯に注いで一口飲んだ。
「……ん? これ……ジュースじゃないか」
「はっはっは。だまされたー、やーいやーい」
「…………」
ヴィクターはげらげら笑っていた。
「実はいつかこうなると思って前前から空き瓶に細工して置いておいたんだ。あーようやくだませた。はっはっはっは」
「お前……二百を超えた男のすることじゃないぞ。これは」
ナザニエルがあきれて言った。
「全く……何がやーいやーいだ」
「早く言い出さないかなーと思ってたんだ。ひっひっひ!」
ヴィクターはようやく騙せてよっぽどうれしかったのか、しばらく笑っていた。
「そういえば、お前は子供のころはよく女の子の服の中に蛇入れて遊んでたな。そういうところはさっぱり変わらないな」
ナザニエルが昔を思い出して言った。
「人間いつでもいたずら心は大事だぞ。心はいつでも若くあるためにはな。まあそうむくれるなって、一番左のは本物だぞ」
ヴィクターが棚を指して、ナザニエルはそれを取って開けた。匂いは酒っぽかったのだが、飲んでみると……
「お前中身を安いのと入れ替えたろ」
「なんだばれたか。ははは」
二人はあきれた顔をした。元通りの開いてない状態に戻すのが大変だったろうに。
その時キースがむくりと起きた。
「ああよく寝た。何か面白い話でもあったか?」
「たった今面白かった所だぞ」
ヴィクターが笑って言った。
「そうなのか? それは残念だ……」
ヴィクターはまんまと二人を騙したことをキースに聞かせて、キースはよくそんな面倒な事したな、となんだか感心していた。
ナザニエルとロナウドはやれやれとため息をつき、そこそこの酒を続けて飲んだのだった。
「しかし十年間も大きな戦がないとはありがたいことだなー」
ヴィクターが言った。
「そうだな。だが十年なんてあっという間だからな」
とナザニエル。
「油断は禁物だ。大きな戦がないだけで、敵は単体でやってくるだろうからな」
ロナウドが酒を飲みながら言った。この部屋の二つの大きな棚には様々な酒が並べられていた。違う台には樽のようなものが横向きに置かれていて、ナザニエルは勝手に樽のコルクをひねって酒をついでいる。テーブルの上には数本の酒瓶。ここは酒を飲むためだけの酒飲の間だった。テーブルの上には軽いつまみのような物が置かれているキースは一人無言で酒にも手をつけていない。
その時扉がノックされて、シャナーンが入ってきた。お盆の上には三本の瓶。
「キース将軍、ぶどうジュースを持ってきましたよ」
シャナーンが言ってジュースをテーブルに乗せた。
「ありがとう」
キースは微笑んで言った。シャナーンはジュースを置くと「皆様ごゆっくり」と言って出て行った。キースは蛇の一族では珍しく、酒を飲まない男だった。
「相変わらずだな。キースは……」
ナザニエルがあきれたように言った。他の三人はひっきりなしに飲み、すでに床には五本もの空き瓶が置かれている。
「年をとってあまり酒の飲みすぎもいかんぞ」
キースがぼそりといった。
「「私はまだ若いぞ」」
ヴィクターとナザニエルが声をそろえて言った。
「はっはっはっ」
ロナウドは笑いながら樽から酒を注いでいる。帰るころには空になっているに違いない。
四人ともそれぞれ国の一番大変な頃を経験しているだけに、今回戦が回避された喜びは大きかった。皆戦でそれぞれ大事な人達をなくしている。キースは一人息子を戦で失っていた。戦がなくなりお祝いしたくなるのも無理はない。少なくとも誰も死なずにすんだのだ。
「それにしても、私も女神を見たかった。お前なんで呼んでくれなかったんだ?」
宴もたけなわになってきたころナザニエルが思い出したようにヴィクターをにらんだ。
「そうだそうだ。私だってガーベラを見たかった。なでなでされたかったぞ」
とロナウド。
「すまん。本当に女神だと思ったときには、倒れてたんだ。夢心地で」
ヴィクターが微笑んで言った。えらく幸せそうな顔をしてたのでナザニエルとロナウドはむっとしている。このお祝いは、一人だけ女神を見たヴィクターのおごりになっている。
「いやはや……女神ってのはいいもんだ」
ヴィクターはしみじみと言った。
「なんだか来年は張り切って赤い月を過ごせそうな気がする」
「がんばれ」
ロナウドとナザニエルが声援を送った。
「女神か……また降ろしてくれないかなー王妃。蛇の女神は一杯下ろしてるから神話の女神だって何度も降りるかもしれないぞ」
ナザニエルが言った。
「ありえるかもな」
とロナウド。
「私はダーナに会ってみたい」
「ダーナもいいなあ。おいキース」
ナザニエルが一人黙っているキースを見て言った。
「ん?」
キースが視線を向けた。
「おきてたのか。目を開けたまま寝てるのかと思ったぞ。ぼんやりしてるから」
「話を聞いてた」
「お前ってやつは……女神を見たくなかったのか?」
「王妃に降りたんだから王妃を見ればいいんじゃないのか?」
キースがぼんやりした声で言った。
「そういう問題じゃないだろ。王妃と女神は別だ」
とナザニエルが言うと、キースが「なんでだ」と聞いてきた。
「別ってことはないが女神が降りてる時の王妃じゃないと、女神の幻が見えないじゃないか」
「だが、らごいえひえーるえぐまえいるあ……」
三人がきょとんとした顔をした。
「ぱしゅれにーるえるまーぐりんど」
「だめだ、もう酔ってる」
ロナウドが言った。
「ぶどうジュースで酔ったのか?」
とヴィクター。
「いや、酒の匂いで酔ったんだろう。キースは酔うと古代語を話し出すからな」
「え、でぃるいーいるあるま」
「わかった。わかった。もう寝てもいいぞ」
ロナウドがキースの背中をたたくと、キースは机の上に付してしまった。部屋は密閉されているのでかなり強烈な酒の匂いが漂っている。それで酔ったのだろう。
「……安上がりなやつだな。酒の匂いだけで酔えるとは信じられんやつだ……」
ナザニエルがあきれて言った。一族の男では、こんな男は他にいない。
「一体キースは金は何に使ってるんだろうな」
ヴィクターが不思議そうに言った。彼らにとっては高い酒を飲むのが趣味のようなものだ。かなりの大金を酒につぎ込んでいる。酒がない人生なんて考えられない。
「この前ばか高いバラクのセットを作らせてたぞ。バラクにつぎ込んでるんじゃないのか?」
とロナウド。
「そうなのか? しかしうらやましいなー、私もこんな風になりたい」
ナザニエルがキースの顔を覗き込んで言った。キースは横を向き、幸せそうな顔で寝ていた。ほろよい気分で寝てるようだ。
「前に闘技場では酔っ払ったようなんだが、全然覚えていないんだ」
「そんなに酔いたいのなら、酒に何か薬でも混ぜたらどうだ?」
とロナウド。
「それはやばいだろ。私は普通に酒を飲んでへべれけになってみたいな。おい、あれ出せ千年前の酒」
ナザニエルの言葉にヴィクターの顔が引きつった。
「あれはもうない。飲んだ」
「一本くらい残ってるだろ」
「どっかの隠し棚にあるぞ。きっと」
ロナウドの言葉にヴィクターの顔がさらに引きつった。
「お前、なんでそう余計な事言うんだ!」
「まあいいじゃないか。たかが酒の一本や二本!」
ナザニエルはうれしそうに棚を見て回っている。そして一段だけ酒瓶が一列しかないのに気づいた。
「あ。ここだ♪」
「…………」
ヴィクターが口を尖らせている。ナザニエルは酒瓶を出して棚に手をあてた。すると後ろの棚がぱかっと外れて、高級そうな酒が並んでいた。
「おおっこれこれ♪」
「お前ってやつは……飲んでもそう酔わないんだから安いの飲んでりゃいいのに」
ヴィクターはぶつぶつ言っている。
「これだけ高級なの飲めば酔えるだろ」
といいつつナザニエルは三本ほど出している。
「私は右から三番目と四番目のやつ」
ロナウドは棚を示している。
「どうせ他の所にも隠してるんだろ? まあこれくらいいいじゃないか」
ナザニエルはロナウドの分の酒を取ってやり、さっそく酒を開けた。そして匂いをかいで「ん?」と首をかしげた。杯に注いで一口飲み、ヴィクターをにらんだ。ヴィクターはにやにや笑っている。
「ロナウドそれ、飲んでみろ」
「ん? ああ」
ロナウドも酒瓶を開けて杯に注いで一口飲んだ。
「……ん? これ……ジュースじゃないか」
「はっはっは。だまされたー、やーいやーい」
「…………」
ヴィクターはげらげら笑っていた。
「実はいつかこうなると思って前前から空き瓶に細工して置いておいたんだ。あーようやくだませた。はっはっはっは」
「お前……二百を超えた男のすることじゃないぞ。これは」
ナザニエルがあきれて言った。
「全く……何がやーいやーいだ」
「早く言い出さないかなーと思ってたんだ。ひっひっひ!」
ヴィクターはようやく騙せてよっぽどうれしかったのか、しばらく笑っていた。
「そういえば、お前は子供のころはよく女の子の服の中に蛇入れて遊んでたな。そういうところはさっぱり変わらないな」
ナザニエルが昔を思い出して言った。
「人間いつでもいたずら心は大事だぞ。心はいつでも若くあるためにはな。まあそうむくれるなって、一番左のは本物だぞ」
ヴィクターが棚を指して、ナザニエルはそれを取って開けた。匂いは酒っぽかったのだが、飲んでみると……
「お前中身を安いのと入れ替えたろ」
「なんだばれたか。ははは」
二人はあきれた顔をした。元通りの開いてない状態に戻すのが大変だったろうに。
その時キースがむくりと起きた。
「ああよく寝た。何か面白い話でもあったか?」
「たった今面白かった所だぞ」
ヴィクターが笑って言った。
「そうなのか? それは残念だ……」
ヴィクターはまんまと二人を騙したことをキースに聞かせて、キースはよくそんな面倒な事したな、となんだか感心していた。
ナザニエルとロナウドはやれやれとため息をつき、そこそこの酒を続けて飲んだのだった。
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