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28、事件の前の平和
しおりを挟む「起きたか?」
目が覚めて一番最初に目に入ってきたのは、エティエンヌフューベルの寸分のくるいない美しい顔面。
「うわっ」
凛音の化け物でも見たかの反応にエティエンヌフューベルは眉間にシワを寄せて、普通に傷つき黙ってしまった。
「いや、えっと。すみません」
「謝罪されると、さらに落ち込むのだが…」
(そりゃそうだ)
どう考えても起きて顔を見てから、『うわっ』と口に出せば嫌がっているようにうつる。
ましてや恋人、いやエティエンヌフューベルは凛音の夫だ。その唯一無二の夫に対して『うわっ』はないだろう。
言い訳をと思うが、何を言っても嘘くさい。
凛音は元々あざとさからかけ離れたキャリアウーマン(立派なお局様)なので、可愛らしく『きゃっ』や『いやんっ』などと言う訳がない。
小さな時(両性具有)のエティエンヌフューベルは、まさに『きゃっ』『いやんっ』属性だったから、尚更凛音の態度は説明しても理解不能だろう。
ましてや起きて目の前に、目が潰れそうな美貌の顔だ。喜びより驚きがまさって当然だと言えよう。
(理解してもらうのは無理だよね、話を変えるべし)
凛音は強制的に話題を変えた。
「エティエンヌフューベル様、私、気絶してました…よね…?」
「あぁ」
声が不信感満載だ。でも凛音は決して負けはしない。いくらエティエンヌフューベルが超絶タイプで涎が垂れるほど美しいからと言って、彼の言動に流されてはいけない。
(すぐ、セックスしようとするの、どうにかしないと。今回は私の失神で防げたけど。
エティエンヌフューベル様にお願いされたら、絶対に股を開く自信がある。絶対に拒めない。
…だって、めちゃくちゃ気持ちいいから! セックス覚えてたてのガキンチョじゃあるまいし、溺れてなるものか!!)
忘れちゃいけないのが、エティエンヌフューベルは凛音第一主義。暑苦しいほどの愛をくれるが、普通の生活をさせてくれない。
以前の可愛らしい見目(女性体だと凛音は思っている)の時からだが、あざとさで押し切ってくる性格は変わってない。男性体になってからは、凛音をさらに丸め込めてくる。
仕事好きな凛音には、性行為のみ快楽地獄生活は気持ちいいが、決して好きではないのだ。
「気絶したのはすみません」
「謝らないでいい。偶然なら尚更」
エティエンヌフューベルの言葉に刺がある。
「本っ当っに、わざとじゃないですからね!」
「分かっている。分かっているが、こうもタイミングよく失神されたなら、身体が拒否をしているのかと考えてしまう。
私の焦燥感に駆られる気持ちも理解して欲しい」
「…エティエンヌフューベル様」
あきらかに傷ついている姿に、胸を抉られる。
(そんな顔されたら、まるで私がいじめっ子みたいじゃないですか。この私の格好も凄く偉そうですし…)
深くソファーに腰掛けるエティエンヌフューベルの膝の上に、当たり前のように鎮座している凛音。
決してこの状態が〝普通〟だとは思わないべきだと、己を律する。
「私は何の種族でもない生き物です。妖精族の普通には免疫がないので、色々お手柔らかにお願いします」
当然、エティエンヌフューベルと交わった肉体関係の映像を想像してしまい顔が、また赤く染まる。
「凛音。いつも、その顔でいてくれ」
「なんですか、その顔って」
「愛されているという自信になる」
「…バカですか、エティエンヌフューベル様は偉いのにバカですね」
エティエンヌフューベルの真っ直ぐ過ぎる愛に脱力した凛音は、諦めてエティエンヌフューベルの圧巻の肉体に身体を預ける。
甘えてきた凛音に満足気なエティエンヌフューベルは、少し身体を起こした。
「ぅん?」
「凛音、飲み物はいらないか?」
テーブルに手を伸ばしたエティエンヌフューベルは何かをとった。そして凛音の顔の前にグラスを差し出してきた。
甘ったるい笑顔で差し出されたグラスに、凛音の顔が一気に緩む。
「わぁ!!! これって!!!」
「あぁ」
「キャラメルマキアート!!!」
「たくさん用意出来たからな、好きなだけ飲んでくれ」
グラスに口をつけると、甘く柔らかな香りが鼻に抜ける。グラスを傾けて口内に液体を流し込めば、懐かしく幸せな味に、目がトロントロンになる。
「美味しいっ!! 美味しいです。あぁー美味しいよー」
グラスにあったのを飲み切り、さらに壺に入っていたのを遠慮なくお代わりし、幸せいっぱいな凛音。
旨旨、と大絶賛しながら飲む凛音にエティエンヌフューベルも幸せそうだ。
「美味いか?」
「はい! とても、とても、とーても美味しいです!!」
「そうか、良かった」
「ありがとうございます!エティエンヌフューベル様っ!!」
用意された室内は幸せな空気で溢れ返っていた。
***
幸せな時間。まさかこんな風に奪われるとは、微塵も思わなかった。
黒い渦の道。
2度目のブラックホールに飲み込まれた凛音は自分の置かれた状況に、嫌味なほど冷静だった。
ブラックホールから助けたハーリア王の側妃の一人が、『いやぁーお姉様ぁー』と喚いている声が耳に入ってくる。
(いや、だからお姉様って呼ぶなって! もうどこ行っても姉御なのか、私って…)
そんな呑気なツッコミをしながらも、気になる唯一の事。
エティエンヌフューベルの狂う姿は見たくない。絶対に見たくない。
『神様!! せめてこの世界のどこかに落としてください!!
…あぁもうなんでこうなるの!!くそっ!!
絶対に、絶対に元の世界に戻すなよ!! 私を元の世界の戻したら、この世界は滅ぶからな!!!』
無茶苦茶な偶然に怒鳴りながら、凛音はブラックホールに、のみこまれていく。
(あぁ、エティエンヌフューベル様が…心配だ…)
凛音の意識はそこで消えた。
***
時間は少し戻る。
精液酒キャラメルマキアートを貰い、和やかな時間は経つのが早い。
しばらくエティエンヌフューベルと軽いイチャイチャをしていたらすぐに晩餐会の時間となった。
晩餐会は凛音の知るヨーロピアン風なテーブルと椅子、豪華な内装も興奮する。食事も美味。どこもかしこも凛音の好みだ。
「凛音の好きが分かって良かった」
「部屋の改装はいりませんからね! あくまでアユーバラ国にあっていますから」
「天草様、ありがとうございます」
穏やかに礼を口にして微笑むダリア妃を見れば、その隣にはハーリア王がいる。
ハーリア王とは昼の一件(よほどエティエンヌフューベルが恐かったのだろう)から分厚い壁が出来ていた。
凛音は話す時に目を合わせるのは当然だと思っていたが、話す以前に全く目が合わない。絶対に視線を合わせてこない。
(……まるで化け物扱いだな。私は蔑ろにされている気持ちで、めちゃくちゃ嫌な気分だけど。
……エティエンヌフューベル様は、男が私を見るのが嫌なのか、ハーリア王並びに皆が無視するのを肯定している。
……歪んでるなぁ。…重い愛…嬉しいけど、ね、うん)
鳥の国アユーバラ国。鶏肉料理。これはいいのか? と凛音は疑問を持ちまくるが、所詮異世界人の凛音には理解及ばないのは当然だ。
考えるのをやめた。
黙々と食事をしていると、ダリア妃が直接案内出来なかった王宮内の説明を分かりやすく披露してくる。
舞踏会を開く場。円形劇場。円形闘技場。宝物庫。客室。調理場。庭。そして空中庭園。
ふむふむと相槌を打ちながら、上手な説明に大満足で聞いていたが、物凄く興味ある場所が説明された。
「後は、大浴場も我が王宮の自慢です。種族柄水浴びが好きなので、朝昼夜といつでも入浴できます。
男、女に分かれてございまして、お湯も効力の違う湯が全部で7浴場ございます。入るだけで肌が綺麗になる為、とくに夜間は並ぶほど人気となっております」
なぬ!? 聞いたぞ!! これは入らなければ!!凛音はキラキラした瞳で、ダリアに発言する。
もちろん駄目だと言われるとは思っていない。皆が入れるなら、凛音だって入って構わないだろう。
「ダリア様! 私もその大浴場に入りたいです!!」
「駄目だ」
イラッ…怒。ダリアよりエティエンヌフューベルの返事が早かった。
「エティエンヌフューベル様には、聞いてません。ダリア様に聞いてます」
「風呂なら各部屋に付いている。風呂は私と入るんだ」
(はぁぁぁ?? いつからお風呂を一緒に入る事になった!?)
「私は、大浴場に入りたいです」
いつも執念深くすがりついてくるエティエンヌフューベルに、凛音はブリザードをまとっていた。
「分かった。ならば私も一緒に入ろう」
「……エティエンヌフューベル様は男性なので、女湯には入れません」
「何事も例外はある。別に構わないだろう? なぁ、ハーリア」
「は? はい!! もちろん! 妖精王となら、皆が喜ぶと思います。どうぞ、天草様と一緒にお入りください」
ハーリアは笑顔で、エティエンヌフューベルの案に賛成した。そしてハーリア王の側妃達も大賛成だ。
「キャーキャー、私もご一緒致しますわ!」
「はい、はい!! わたくしも一緒に入ります」
「あぁ素敵ですわ。私もご一緒致します!」
ハーリアの肯定の後、側妃三人がきゃっきゃっ騒ぎながらエティエンヌフューベルと入浴出来ると喜んでいる。
(ふざけんな!!)だ。
思っ切り眉間にシワを寄せて、エティエンヌフューベルを睨むと、頬に口づけが降ってくる。
「一緒に入ろう。どんな浴場か楽しみだな」
どれだけ綺麗だろうが、目がトロントロンになる微笑を浮かべていようが、凛音と違う異世界人の会話であろうが、許せる範囲というのが存在する。
「エティエンヌフューベル様が? 女湯で? 私と、一緒に、入る?」
「あぁ。まわりは気にしない。いいだろう?」
ブチッ!!!久しぶりにキレた。
「気にするわぁぁぁぁぁー!!! エティエンヌフューベル様の頭の中が嫌い、大嫌いです、憎いくらい嫌いです」
「り、凛音?」
驚きながら傷つくというエティエンヌフューベルに、畳み掛けるように凛音は常識をぶつけた。
「エティエンヌフューベル様、私と入りたいと。ならば私が男湯に入ります。それならいいです。
ハーリア王、一緒に入りましょう!!」
「冗談は聞きたくない」
「冗談? 本気ですけど?」
「凛音の裸体を、私ではない男が見るのか? 許せる訳ないだろう!」
想像だけであるのに、まだ想像だけで。
晩餐会の間は、エティエンヌフューベルの身体から吹き上がる紫炎の熱風で、温度が急上昇していく。
「だ、か、ら、私も、一緒!!
なんで私以外の女に、エティエンヌフューベル様の綺麗な裸体を見せなくちゃならんのですか!?
いやなもんは、イヤ!!」
凛音の台詞は、エティエンヌフューベルの胸を熱くさせ、喜びで満たしていく。凛音からの嫉妬は、想像以上に嬉しかった。
「しかし、離れるのは…辛い」
「じゃあ、男湯で」
入らない選択をしない凛音(風呂好き日本人だから仕方ない)に、エティエンヌフューベルも譲れないものがある。
「考え直してくれ。私の身体を見られるくらい構わないだろう。嫉妬は嬉しいが、私は凛音以外には興味がないし、視界にも入らない。
だが凛音は絶対に見るだろう? アユーバラ国には鳥族以外の種族もいる。犬族や猫族の者がいたら、その者が獣人型をとっていたら、絶対に見るだろう?
狼の種族ならその身に触れようともするはずだ。違うか?」
切実な顔で、核心をつくエティエンヌフューベル。疑問系で投げかけられた台詞に、凛音は違わないと言えない。言わなかった。
男の人として、エティエンヌフューベル以外を好きにはならないが、もふもふ天国は超絶気になる。
(うん、絶対に、ガン見するな。むしろ股間あたりも気になる。
犬族は犬系?猫族は猫系?
妖精族の…エティエンヌフューベル様の股間のブツはビッグサイズだったけど、普通に人間使用だった…よね…。うーん、気に…なるなー。見てみたいなぁー)
『気になりません』を言わない凛音に、エティエンヌフューベルの不機嫌はさらに増していき、熱くなる部屋はアユーバラ国の皆々様をさらに恐怖に落とし入れていく。
獣型がない妖精族には、凛音の好きを叶えてやれない。
「…凛音が浮気したなら、私は死ぬだろうよ。自らの紫炎で己の肉体を焼き、この世に残った私の魔力は憎悪の塊。
魔力だけが暴走し、大陸を炎の海にする未来を凛音は見たいのか?」
サアァァァー。熱風が吹き上がっているのに、身体が寒い。
お風呂に入る?入らない?という軽い話をしていたはずが、またしてもエティエンヌフューベルが殺人鬼になる未来話。
「ちょ、ちょっと何の話ですか!? 私の理想そのままを体現しているエティエンヌフューベル様がいて、浮気なんて絶対にしませんよ!!」
食事を中断し、隣に座るエティエンヌフューベルの腕を掴みながら力説する。
「…浮気はしないが、気になるのか?」
「だから、もうぉー。分かりました! 分かりましたよ! 大浴場は諦めますっ!!」
話を強制終了した凛音。皆々様も食事を再開していく。
自由があるようでない世界。この世界に不満はないが、思い通りにならないと決まって家族を思い出す。
父や母、喧嘩もいっぱいしたが仲の良い妹。中学からの幼馴染、高校からの友人。仕事仲間達。どんどん頭に浮かび上がり、食べていたシチューの皿に涙が溢れ落ちる。
涙がバレたくなく、深く下を向けばさらに涙がシチューに入る。
涙を誤魔化していると突然、腕が掴まれた。掴まれた腕に気を取られていたら、あっという間に身体ごとエティエンヌフューベルに抱きしめられていた。
凛音は、またエティエンヌフューベルの膝の上に鎮座している。
「泣くな、私が悪かった。私が悪いな。心が狭くてすまない」
抱きしめながら凛音の目尻に唇を当てて話すエティエンヌフューベルの声は、大変柔らかくて耳ご馳走が良い。
「…泣いて…ないです」
「分かった。女の大浴場に行っていい。中には入らないが、扉の前で私は待とう」
パァァァ!!! 気分上昇
(女の涙を武器にする奴が死ぬほど嫌いだったのに、涙を武器で使ってしまった。武器、ヤバイ)
「エティエンヌフューベル様!! ありがとうございます!!」
「はぁ、離したくない…」
エティエンヌフューベルの本音は聞こえない風を装う。
ウキウキらんらんの凛音だが、凛音とそしてエティエンヌフューベルには、もうすぐ過酷な試練が待っていた。
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