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30、ここはどこだ?
しおりを挟む身体があったかい。温泉のようだ。
(…温泉…温泉…お風呂、お風呂?)
「お風呂ぉぉぉー!!!」
凛音は脳が覚醒した瞬間に絶叫した。目が覚め身体を起こそうとすれば、温かな布団が身体にかかっている。
それはありがたいのだが、真っ裸のうえにガウンのみの格好に「あれ?」と。
凛音はブラックホールに落ちたはず。それもブラックホールが出現したのは、風呂場であったから何も身に着けてないという心許ない姿だったはず。
「…はだけまくってるけど、ガウンは着てるね。どこだ、ここは?」
部屋を見渡すと日本ではないのは確かだ。家具やベッドが西洋風。ボロい…ではなく質素と言えた。
布団も凛音が居た妖精のフェア国とは違い、硬くてゴワゴワ。
「…貧乏、いや、これが普通か」
あのレベルの生活(妖精国での生活)は普通ではないと、一応理解している。
凛音はエティエンヌフューベルの唯一の伴侶。凛音が理解出来ずに拒絶していた時からも、妖精族の皆は凛音の役割をしっかり理解していた。
だからこそ周りにある調度品や衣服、食べ物が全て一級品。
決してそれが当然だとは思ってなかったが、だいぶ頭が贅沢に慣れてしまっていた。
分析なんかどうでもいい。同じ世界であるのを祈るしかない。
「…エティエンヌフューベル様…」
ぽそっと呟いた時に、ドアがノックされる。
コンコン、
「はい」凛音は即座に返答する。
「入るわね」
若い声の女性だ。言葉に少しトゲがある。助けてはくれたのだろうが、いきなり裸体の女が倒れていたら、それは間違いなく不審者だ。警戒しているのかと思ったら違った。
入ってきた女性は泣き腫らした顔だ。目は真っ赤で腫れぼったくなっている。
「…気づいたんだね。これ、飲む?」
「ありがとうございます」
受け取った飲み物は水らしきもので、無臭の無色透明。果実水でもなければ、お茶でもない、もちろんキャラメルマキアートでもない。
口をつけ飲んでみると、想像通り水だった。
(水だわ、水。久しぶりに飲んだわ、水。
香りや味がついてない飲み物って最近飲んでない…。贅沢三昧で、普通が抜けてる…贅沢、恐っ)
自分が置かれていた状況を把握しながら、改めてエティエンヌフューベルに感謝をし、もう一度失神するまで甘やかされたいと強く願う。
「美味しかったです。お水、ありがとうございます。そして助けて下さってありがとうございます。本当に感謝致します」
救出の感謝を述べながら微笑みかけた。すると凛音を見つめていた女性は、泣き腫らした顔をくしゃくしゃに歪め、また泣き出した。
「えっ? えっと、本当に感謝だけで。後、質問をですね、あぁ、泣かないでください」
あざとく泣かれたなら「はんっ」と突っぱねるが、こうも苦しそうに、泣くのを堪えながら泣かれたら心配するしかない。
「泣いてない。いいの、貴女みたいに綺麗な人と、いずれ浮気するとは思っていたのだけど、結婚してまだ一か月しかたってないのに、浮気されるなんて思わなくて。悔しくて…」
「はぁぁぁ? 浮気??」
助けて頂けたのは有難いが、この女性の話す内容の何一つも理解出来ず、凛音の頭は混乱を極める。
「そりゃハクリは、背が高くて筋肉質で綺麗な顔だし、毛並みだって一級品だし。昔には沢山の恋人がいたのも知ってる。
それでもいいって言ったのは私だけど!! 狼は番つがいを変えないの!! 私は狼だから、もうハクリしか愛せない…。
だから一緒にいさせて。ハクリが貴女を迎え…迎えっヒックッ、ウェッ…迎え…て、も、ヒクッ、…仲良く…するから…ウェッ…ク、一緒に…」
(何の話よ、ハクリ? 誰だそれ。ってか、この子、狼って言った自分が狼って!!獣人が普通の世界っていったら!! まだ、まだエティエンヌフューベル様がいる世界!?)
泣きじゃくる女性に、かけより肩を掴む。
ここが、この世界が、凛音がエティエンヌフューベルと出会った世界なのか、まずは確認したい。
同じ世界であればエティエンヌフューベル様とまた会えるのだ。
再会出来る希望に身体が震える。
大切な確認をする為、凛音が口を開こうとした時、邪魔な人が入ってきた。
「ルル!!! 違うよ、勘違いしないで!!! 浮気なんてしないよ。裸の女性を抱えてたら、そらちょっと勃っちゃうよ。生理現象だから!!」
「キモっ」
思わず凛音は口にする。
なんの弁明か、突如部屋に入ってきた男。呼んでないし、いかにも頭が悪そうに、何やらペラペラ捲し立てている。
「ルル!! 僕はルルだけだから!!本当だよ」
声がデカい。
男にしてはその甲高い声が感に触る。普段低音の心地よく響くエティエンヌフューベルの声ばかり聞いているからか、この男の声を聞くたびに、イラッとしてしまう。
「ねぇ、黙っててくれない? 耳元で甲高い声は、ちょっと迷惑。声のボリューム考えてくれないかしら。今、確認したい案件があるのよ。口を閉めていて」
お局凛音のお局モードが発動した。
口調がキツく、男を睨みながら話す凛音に二人ともキョトンとしている。
そんな二人の状態より確認だ。確認。
「えっと、ルルさん。ここはなんて国ですか?」
めちゃくちゃ真剣に肩を掴みながら、前のめりで質問してくる凛音にルルの涙は、引っ込んだ。
「シェルバー国。犬族の国です」
シェルバー国、はっきり聞き覚えがあった。凛音はエティエンヌフューベルがいる、この世界の国を勉強していた。
全ての国の名を覚えてはいないが、獣人で一番会いたいと願う狼獣人がいる国は真っ先に質問し、興味津々に聞いた。
たまたま(真実は分からないが)侍女タニアとの勉強会を見学に来ていたエティエンヌフューベル(まだ女性体の時)が、凛音の発言(狼獣人に会いたい!!)を聞き、扉を熱風で爆発させたので、シェルバー国の事はそれ以降聞いてない、禁句になって。
聞き馴染みの国にブワッと目頭が熱くなり、涙が溢れ出そうになるが、まだ確認は済んでない。
ブラックホールは世界を渡れたのだ、過去や未来に行く可能性もある。
「ルルさん、妖精族が、住むフェア国ってあり…ますか?」
唇が震えてしまう。最後の言葉は、嗚咽でかすむ。自分の声でないほどの怯え方だと、凛音は思う。
凛音の尋常じゃない様子にルルとハクリは互いを見る。
「は、はい。フェア国は神に一番近い種族、妖精族の国です」
(まだだ、まだ確認を…)
「……妖精族の王は?」
顔を覆いながら崩れ落ちる凛音。
この状態の凛音を前にし、ルルは はじめてハクリの話した不思議事件が、本当であった事だと理解し始めた。
ハクリの言うように浮気とは違い、水浴びをしていたら突然空から降ってきた、突如現れたと言うのも、あながち間違いではないのかと思い直す。
そして一番の信じる理由は、凛音がハクリを見て全く興味なさげで、どちらかと言えば鬱陶しい様だからだ。
(この綺麗な女性は、何者かしら…)ルルは頭を傾げる。
そもそもこの一帯でハクリは美青年で通っている。その老若男女にモテまくっているハクリを、丸無視する女性がいるのが驚愕。
不思議女性は、妖精族の知り合いなのだろうか…。ルルは言葉を選びながら、質問に答える。
「そうね。当然お会いした事はないけど、噂では王は大変素晴らしい方の様です。妖精族歴代の王の中でも最強とも言われているお方です」
「違うっ、名前!! 素晴らしいとかいいから、最強とかどうでもいい!! 名前を、名前を言って!!」
必死な凛音に、逆にルルとハクリは落ち着いていく。ハクリは凛音を宥めようと、意識してゆっくりと言葉を紡ぐ。
「えっと、あのね。妖精族の王の名は、軽々しく僕らが口に出していいお方ではないから。
もちろん、お名前は知ってるけど。絶対に口には出さない。いや、出せない。
君がどこから来たか知らないけど、どの国の出身者だって、赤ん坊以外は、そんな常識は知ってるよ」
ハクリは凛音の無知を注意した。凛音にこの世界の常識は基本非常識だ。
「…妖精族の王は、エティエンヌフューベル様。エティエンヌフューベル様で間違いない?」
二人は答えない。
「お願いっ!! 答えて、妖精族の王は、エティエンヌフューベル様よね!!」
ドンっ!!!
床を叩き、意識の強さを主張する。名を口するのはあり得ない事なのだろう。二人の顔は揃って顔面蒼白だ。
「答えて!!!」
自分がますます子供みたいだと、でも希望を潰されたら凛音だって生きていけない。
あの、凛音を丸ごと愛し尽くしてくれるエティエンヌフューベルを失って、生きていける自信はもう無かった。
「……そうだよ。間違いない」
頑なに名を呼ばない。それはどうでもいい。それでもハクリは肯定した。凛音の確認は済んだ。
まだこの世界。凛音はまだこの世界に必要とされていた。
離れ離れになったが、元の世界に戻されたり、また違う世界に飛ばされた訳ではない。
「ぅうぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁ!」
うずくまり力いっぱい泣き叫ぶ凛音に、ルルは驚きながらも背中を摩る。
安心すると泣き喚くんだと、凛音は自分の弱さを笑いながらも、またエティエンヌフューベルと会える幸せに涙が止まらなかった。
(エティエンヌフューベル様に再会したら、絶対に離れないっ。
ずっとセックスでもいい、お風呂もトイレも絶対に離れないからっ)
恐怖からの安心、凛音は己に変な宣言をかましていた。
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