狼獣人の彼を落とすまで

うさぎくま

文字の大きさ
6 / 26

5、聞いてない

しおりを挟む
 
「ちょっと、ダリア。それは本当に?」

「はい、お母様。先程決まりました」


 ダリアの無表情台詞に待ったをかけるのは、もちろんフェリックスだ。

 風呂上りのままリビングに入ってくる。凛音は「うぁ、いい身体」と頓珍漢な感想を思っていたが、当の本人は知らぬ事。


「ダリア、俺はっ」


 裸ではないが、もうそれに近い。家族だけなら構わないが、あの妖精王の伴侶凛音と子供のダリアがいる。
 ハクリは気が動転している息子の肩を押さえつけながら、リビングから退出させる。


「話は後だ、フェリックス、見苦しいなりで凛音やダリア様の前に立つな」


 フェリックスとハクリはリビングから出ていった。


「…えっと、夕食も一緒にいかがかしら?」

「は、はい!ルルさん、ありがとうございます。私も手伝います」


 逃げるように凛音とルルは台所に入っていく。一人取り残されたダリアは邪魔にならないように、最初に定められた場所の椅子に座る。

 間違いなくダリアが悪い。好かれているかも微妙なところで嫌われてしまったかもしれない。


 それでも勝手に宣言した事は後悔しない。二年間、ずっと待った。一日何度も何度もフェリックス様を思い出しては、幸せに浸っていた。

 小さな出会いを繰り返し繰り返し、それも繰り返し過ぎて擦り切れてしまった。


(フェリックス様は、もうすぐご結婚される。隣国のお姫様か、香水の女性か、結婚されたら、もうお姿も探せない。
 狼種は妖精族と似て、伴侶以外は愛さないのだから。もう会うのも無理になる。思い出が欲しいから、私は悪くないわ)


 剣の稽古をして、お酒を飲んで、そんな関係になりたい。今でもダリアはそう思う。
 でも何か違う。何か違うと私でない誰かが必死に唱える。


 ダリアはまだ恋に気づかなかった。



 ***


 強引にリビングから引きずり出されたフェリックスは、肩をつかむ父の手を払い除ける。


「着替えてくる」

「フェリックス」

「だから着替えるから」

「違う、ダリア様は駄目だ。無理だと分かれ」


 父ハクリの言いたいことは理解した。フェリックス自身も間違いなく理解している。何も間違いは起きてないし、起こす気はない。

 しかし頭ごなしに注意を受けると、腹に黒い心が湧き上がる。


「言われなくても無理だと分かっているよ」

「勃起しながら言われても、何の説得力もないからな」


 意味不明な言葉のラリーで下半身の事情までフェリックスは気づかなかった。さっきのダリアとの戯れで、陰茎の形状がはっきり分かるまで勃ちあがっていたのだ。

 気づいたのはハクリだけだったのが幸いだ。


「……お前は薔薇いばらの道が好きなのか? 今のお前は、それはもう男達から刺されるくらい、いい女を選び放題だぞ。
 理解してるか? ダリア様は、あの妖精王の子供で、男になると宣言している。またなんでそんな難攻不落に挑むんだ?」

「伴侶でなくても…友人でも、いい…」


 フゥーー。ハクリの溜め息が出て、それをフェリックスは睨む。



「友人でいいなら、よい友人になるんじゃないか?ダリア様はそれは目の覚める美男子になるだろうから、お前と並ぶと敵なしだろうな」

「そう、ですね」

「否定しろ」

「父さん。俺の子供は諦めてくださいね。孫はスカーレット(妹)に頑張ってもらって。…俺は…きっと、一生伴侶はもてない」

「了解したよ」


 フェリックスは父の返答を聞き、二階に上がる。言わされたようになったが、それが真実。

 自室に入りブラウスを着用し、まだ軽く勃起状態の下半身はより厚手のトラウザーズで押しつぶす。


(友人だって、奇跡みたいなものだよね。慕ってくれているのは、間違いないだろうし。
 近所の悪ガキからの尊敬と一緒は寂しいけど、仕方ないな…)

 フェリックスは強くなりたいと宣言するダリアに、付き合おうと開き直った。


「先ずは休みを申請に行こうかな。頑張れば5日間くらいなら休みを取得できるかな」

 なるほど一番の親友のポジションは空席のままだ。凛音様も母であるルルを親友だと言っているではないか。

 それも充分奇跡で間違いない。



 ***


 カラン、カラン。

「はぁーい」元気よく返事し、玄関に向かうルル。扉を開けて、はい硬直。
 きっとエティエンヌフューベル様だろうと確信あった凛音は、ルルを追いかけて玄関に向かう。

 リビングと玄関は繋がっている。


「あら、お父様。思ったより早いですね」

「………」

 無言で我が子を睨むエティエンヌフューベルだが、ふわっと抱きついてきた凛音によってダリアとの睨み合いは終わる。


「お迎えありがとうございます」

「楽しんでいるみたいで良かった」


 微笑み合う両親をガン無視し、ダリアはそのまま身体を戻してきっちり椅子に座る。
 座る姿勢も素晴らしいし、動かないから精巧な人形で間違いない。

 硬直から溶けて、料理に戻ったルルに目配せし、小声でエティエンヌフューベルと凛音は会話する。


「エティエンヌフューベル様、ダリアに握りしめられた場所は大丈夫ですか?」

「……辛うじてな」

「まだ痛みます?」

「…多少はな」


 思い出したのか、若干腰が引けている。笑ってはいけないのだろうけど、笑いたくなる。
 あの妖精王で、紫炎を操り、天災レベルまでの魔力があっても、こんな小学生レベルの物理的攻撃に敗北するとは、案外弱点は身近にあるのだと。


「……凛音、笑うな」

「ぷぅふ、笑ってないですよ」

「凛音」


 静かに座っていたダリアが小声でも聞こえたのか、参戦してくる。

「お母様、どれだけお父様が強くても、視点を変えれば弱点は分かるものです。お父様ほど大きければ場所はだいたい把握できますので、簡単に潰せますわ。
 そう、とくに股間潰しは男に有効です。お母様、万が一襲われた場合には狙うべきです」

「……そう、ね。ありがとうダリア」


 エティエンヌフューベルは握りしめられた場所が、再度ヒュンッとなり、痛みがぶり返す。凛音は当然一度も持った事がないパーツだから、痛さは分からない。

 そんな小さなバトルが終わったくらいで、ルルが夕食ができたと呼びにきた。


「…夕食は、いかが致しますか?」

 ルルは一応聞く。

 先程凛音からエティエンヌフューベル様が来られたら私は帰ると直接聞いた。
 そしてシェルバー王国に残ると息巻いているダリアには、夕食を振舞って欲しいと凛音は頼んでいた。

 お粗末な演技だが、ダリアは天然だから気付かない。


「エティエンヌフューベル様が来てくれたし、私は帰るわ。ダリアはどうしたい?」

「……街スータの近くにあるお母様閉じ込め専用部屋の家に帰ります」


 家の名前がおかしいし、かるくエティエンヌフューベルをディスっているが、誰も突っ込まない。
 ダリアは基本的にエティエンヌフューベルには攻撃的で、容赦ない。


「…分かったわ。ダリアはしばらくシェルバー王国にいるのね」

「はい、7日間滞在し帰ります」


 どういう事か?とエティエンヌフューベルは視線を凛音に送っているが、凛音は微笑むだけで「また後で話すから」と目で伝える。

 親(凛音)が帰るのに、あつかましく夕食を食べる気はダリアにはない。常に無表情だが大変常識ある子だった。凛音もそこは自信を持って言えた。


 話がまとまったみたいで、ルルは再度ダリアに提案する。


「ダリア様、あの家には食料が何もないです。凛音と妖精王は帰られますが、是非ダリア様は一緒に夕食をどうぞ」


 無表情だが、頬が薄っすら赤い。極端に色白だからこそ赤いのが目立つのだ。


「ルル様、ありがとうございます。とても嬉しいです」


 少しだけど、ほんの少しだけど、ダリアは笑った。

 口元は小さく口角を上げた程度だが、その薔薇色に染まる頬と少し伏せられた目蓋、全てが完璧な微笑だった。

 両親さえも初めてみるダリアの表情に釘づけ。ダリアだけは最高に幸せいっぱいだった。


(フェリックス様と、お食事が出来るのね。ハクリ様、ルル様、フェリックス様、ご家族の中に私も入れて頂けるなんて…最高の思い出になりますわ)


 ハクリがリビングに戻ってきて、それが合図となったのか、ダリアは無表情に戻った。

 あら?気のせい?と思われたダリア。彼女の恋はまさに今、花開こうとしていた。

 蕾が長かった分、咲くのは大輪の花。


 尊敬する大好きな人、いや、伴侶フェリックスの側にいる事はどれほど幸せを感じ、泣きたくなるほど切なく苦しいのか、ダリアは初めて理解する。




しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

渡りの乙女は王弟の愛に囚われる

猫屋ちゃき
恋愛
現代日本から異世界へと転移した紗也。 その世界は別の世界からやってくる人や物を〝渡り〟と呼んで大切にする。渡りの人々は五年間、国の浄化などを手伝うことと引き換えに大切に扱われる。 十五歳のときに転移した紗也はその五年間を終え、二十歳になっていた。紗也をそばで支え続けた王弟であり魔術師のローレンツは彼女が元の世界に帰ることを望んでいたが、紗也は彼のそばにいたいと願っていた。 紗也ではなくサーヤとしてこの世界で生きたい、大好きなローレンツのそばにいたい——そう思っていたのに、それを伝えると彼はがっかりした様子で…… すれ違い年の差ラブストーリー

完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。

にじくす まさしよ
恋愛
R18。合わないと思われた方はバックお願いします  結婚して3年。「子供はまだいいよね」と、夫と仲睦まじく暮らしていた。  ふたり以上の夫を持つこの国で、「愛する夫だけがいい」と、ふたり目以降の夫を持たなかった主人公。そんなある日、夫から外聞が悪いから新たな夫を迎えるよう説得され、父たちの命もあり、渋々二度目の結婚をすることに。  その3ヶ月後、一番目の夫からいきなり離婚を突きつけられ、着の身着のまま家を出された。  これは、愛する夫から裏切られ、幾ばくかの慰謝料もなく持参金も返してもらえなかった無一文ポジティブ主人公の、自由で気ままな物語。 俯瞰視点あり。 仕返しあり。シリアスはありますがヒロインが切り替えが早く前向きなので、あまり落ち込まないかと。ハッピーエンド。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

巻き戻った妻、愛する夫と子どもを今度こそ守ります

ミカン♬
恋愛
公爵令嬢フィリスの愛する婚約者、第一王子ジルナードが事故で体が不自由となった。 それで王太子候補は側妃の子、第二王子のサイラスに決まった。 父親の計略でフィリスはサイラスとの婚姻を余儀なくされる。悲しむフィリスとジルナード。 「必ずジルナード様を王にします。貴方の元に戻ってきます」 ジルナードに誓い、王妃から渡された毒薬を胸に、フィリスはサイラスに嫁いだ。 挙式前に魔女に魅了を掛けられて。愛する人はサイラスだと思い込んだまま、幸福な時間を過ごす。 やがて魅了は解けて…… サクッとハッピーエンドまで進みます。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【完結】5好きな人のために、出来ること

華蓮
恋愛
エリーナとシアンは、政略結婚で結婚する。 学園の間は勉強がしたいから、婚約者がいることを言わないと。 学園では、シアンの横にはユリナが、、、。

【完結】私にだけ当たりの強い騎士様と1メートル以上離れられなくなって絶望中

椿かもめ
恋愛
冒険者ギルドの受付嬢であるステレは幼い頃から妖精の姿を見ることができた。ある日、その妖精たちのイタズラにより、自分にだけ当たりの強い騎士コルネリウスと1メートル以上離れれば発情する呪いをかけられてしまう。明らかに嫌われてると分かっていても、日常生活を送るには互いの協力が必要不可欠。ステレの心労も祟る中、調べ上げた唯一の解呪方法は性的な接触で──。【ステレにだけ異様に冷たい(※事情あり)エリート騎士×社交的で夢見がちなギルドの受付嬢】 ※ムーンライトノベルスでも公開中です

碧眼の小鳥は騎士団長に愛される

狭山雪菜
恋愛
アリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。 社交会デビューの時に知り合ったユルア・ムーゲル公爵令嬢のお茶会で仮面舞踏会に誘われ、参加する事に決めた。 しかし、そこで会ったのは…? 全編甘々を目指してます。 この作品は「アルファポリス」にも掲載しております。

処理中です...