悪役令嬢だって恋をするーラシェルとアベルの邂逅ー

うさぎくま

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1、悪女 ラシェル

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 天井の高さは圧巻。その天井には美しく描かれた天使が、何人も裸で戯れている。
 頭上に垂れ下がるシャンデリアは夜を、昼間のような明るさにし、今現在が夜である事を忘れさす。


 荘厳で美しい舞踏会のこの会場。流石ボルタージュ王宮と言わしめる豪華さが全てにおいて見てとれた。

 天井に清廉な天使が描かれていても、その下にいる若い男女はまるで南の島にいる肉食魚のようである。


(みんな、胸を寄せて上げて頑張ってるなぁー)



 もちろんラシェルとて、『至高のご馳走』にたかりたくなる気持ちが分からない訳ではないが、あんな令嬢らと一緒にはされたくない。

 向こうにいる綺麗な令嬢らは、誰もラシェルと一緒とは思ってないはずだが。

 あくまでラシェルだけが苦々しく思っている。


 ラシェルは今年で13歳。社交界へのデビューは15歳であるから、まだまだ子供だ。

 しかし発育が異常によいラシェルの見た目は、13歳には到底みえない。

 色彩はチョコレート色の髪に、薄い金色の瞳とほわっと柔らかめだが、可愛さのカケラもないクッキリとした目鼻立ちがキツく見えるのに輪をかけて、態度もデカイ。

 そして男女問わず思わず目がいく、ドレスから溢れ出そうな胸に、細いウエスト、そこから続く妖艶かつ優美な腰のラインは、物語に出てくる悪役令嬢そのものだ。


(楽しくない…帰ろっかなぁー、妹を着せ付けて遊ぼうかなぁー。あ、寝てるか…)


 輪の中には、ボルタージュ王国、直系の美貌の王子。アベルがいた。

 少し長めの前髪を綺麗に後ろに撫で付けており、精悍な顔が全面にお見えになっている。

 濃い金色の髪と吸い込まれそうな金色の瞳、スッと通る鼻筋に、柔らかそうな桃色の薄めの唇、唇から覗く歯も整い白く綺麗である為、一見すると甘い色男にしか見えない顔立ち。

 甘い顔立ちから続くのは、太い首に盛り上がる肩幅、鍛えあげられた腕や脚。
 絞り込まれた筋肉質な肉体美が甘さを打ち消し、神々しい魅力となって彼を成形していた。


 血の繋がりもあるだろうが、人は憧れの人に似てくるらしい。


 王子であるが騎士の称号も持つアベル。彼に全てを教えた、師と仰ぐ、伝説の白銀の騎士の生まれ変わりであるラシェルの父に、背格好が物凄く似てきた。

 それがますます独身女性のハートをがっちりと掴んでいたのだ。


(かっこよくなってまぁ、面倒くさ)


 ラシェルは遊びという名目できているこの舞踏会も、そろそろ来るのはやめようかと、考えていた。

 本来なら参加できない、この別名『王子の嫁探し』と名のつく舞踏会に潜り込んでも、誰にも文句を言われないほどの身分があるのだ、ラシェルは。

 そして皆からお遊びと思われているラシェルは、社交界にデビューした令嬢らのライバルでも何でもなかった。


 舞踏会の真ん中に立っている『至高のご馳走』である、このボルタージュ王国の王子アベルは、ラシェルの従兄妹いとこにあたるからだ。

 影で悪口を叩かれまくっているが、それはあくまで親の七光りで気が強く、生意気な令嬢として疎まれているだけで、血が繋がっている13歳のラシェルが、まさか25歳になるアベルの嫁になるとは、当然思われてない。


 昔は、嫁になるつもりもあったが、今はあまり。


 大人になるにつれ気持ちは膨れるが、距離は離れていった。五年前までは確実に勝っていたはずの試合だったのに、今は負けている。

 いや負けようと思っている。が正しかった。




「あぁー面倒くさ」

「…おい、ラシェル。口から本音が出てるぞ」


 隣に並ぶ鮮やか黄金色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、3歳年上の煌びやかな兄レイナルドを、ラシェルは嫌そうな顔で見てしまう。


「はんっ、誰も聞いてないわよ。みーーーーんな、アベルお兄様に発情してるから」

「ラシェル…」

「私、楽しくないから帰るわ」

「え!? アベル兄さんと踊らないのか!?」

「…踊る気分じゃないからいいわ」


 手をヒラヒラと振って去っていく妹に、どうしたらいいのか?と考えるが、そうもゆっくり思考はしていられない。

 悪女と言われている妹が側から離れた瞬間、結婚願望の強すぎる女豹達が、レイナルドを標的ににじり寄る姿を見てしまい、心臓がキューと縮む。

 レイナルドは気配を消して、飲み物を取りに行く風を装って会場から上手く離れた。





 ラシェルは兄のレイナルドと別れて、長い回廊を一人で歩いていた。

「送ります」と言ってくる騎士をやんわりとかわしながら、長い回廊を涼しい風に癒されながら歩くラシェルは、自然と独り言が出てしまう。


「あぁ、あー、面白くないから、どっか知らない国でも行こうかなぁー。長期留学かなぁ。
 面白くて、面倒くさくない国がいいなぁー。ユアンも、アーバンも、カルンも、ダッカンも、あんまりだったしなぁ、ついでに、どっかにいい男いないかなぁーっと」


 そろそろ回廊は王族専用になるから、ラシェルの気も抜けきっていた。まさか誰かに聞かれるとは思わなかった。


「ラシェル。挨拶も無しに帰るのか?」


 低く響く美声がラシェルの耳に入ってくる。内心ではめちゃくちゃ動揺してはいるが、そこは一応ラシェルも王族の端くれ、毅然と対応する。


「あら? アベルお兄様。ごきげんよう。そして良い夜を、おやすみなさい」

 はじめの挨拶から終わりの挨拶まで、笑顔で単調に話したラシェルにアベルはカッ!と怒りが湧き上がる。

「ラシェル、今の発言はどういう意味だ。何故、知らない国に行きたい? ダッカンとは別れたのか?」

「アベルお兄様には関係ないお話ですわ、おやすみなさい」


 話す気がないラシェルは、笑顔を貼り付けたまま話を強制的に切って歩き出そうとしたが、アベルに阻まれた。

(あっ!)

 後ろに傾いたラシェルの身体。アベルの身体に触れる剥き出しになった背中が熱い。
 決して無理矢理ではない甘い拘束。アベルはラシェルを腕の中に囲っているが、ラシェルの身体にはほぼ触れていない。

 泣きたくなるほどの、優しい抱擁。


「…離してくださいますか?」

「俺の何がイヤか教えてくれ」

(イヤなとこは一つもないから。言えません)


 しばらく無言を貫くが、この状況は色々やばいので、ラシェルはアベルに今すべき事を冷静に伝えた。


「……アベルお兄様。お兄様の将来のお嫁さんが会場にワンサカいますよ、戻ってください」

 甘い拘束を実現している腕が小刻みに震える。

 ただただ申し訳ない。この素敵な人の気持ちを独り占めし過ぎた罰なのだろう。

 ラシェルの提案はアベルの冷静さを奪っていく。


「やめてくれ!!! 俺が愛しているのはラシェルだ!! 何故、他の女を薦める!?
 ……昔は大きくなったら、結婚しようと」

「は言ってませんよ。アベルお兄様の早とちりです」


 ラシェルはアベルの声にわざとかぶせ、台詞を遮った。

(結婚という言葉は出してないけど、それに近い言葉、行動をしたものね。早く大人になるから、待っていて…とよく言ったものだわ…)


 ラシェルの台詞に傷つき硬直しているアベル。甘い拘束中の腕を掴み、ゆっくりと剥がす。背後にいるアベルに、ラシェルはわざとらしくもたれてみせる。

 そしてラシェルは右手でアベルの右腕を、左手で同じく左腕を掴み、溢れ落ちそうな自身の両胸にアベルの両手を置いた。

 むにょん。と型が変わる両胸。さらに上からラシェルは手をかぶせ、アベルの両手ごと胸をグニグニと揉んでみせた。
 同時に腰を左右に動かしながら、グイグイとある一点を押しつぶす。

 背後からは息を呑むアベルの気配を感じ、心が満たされていく。


「ぁっ………はぁっ……ぁぁっ…ぁ…」


 色気がダダ漏れのアベルの濃厚な声に、ラシェルの子宮はぎゅーと伸縮させられ、当たり前のようにじくじく分泌される蜜液が下着を濡らしていく。

(アベルお兄様の、声、たまらない、わ、最高っ)

 すぐにパニエ越しに、完璧に勃ち上がったアベルの立派な男の象徴を感じ興奮する。
 そしていい頃合いだと、ラシェルは豊満な胸を掴んでいるアベルの両手を叩き落とした。


「こんな風に、男性の身体に興味があっただけです。こうやって触れ合ったのは、ただ興味があっただけで、アベルお兄様が特別に好きなわけじゃないです。
 現に私は、沢山の殿方とお付き合いしておりますわ。アベルお兄様だってご存知のはず」

「それ、は…」

「アベルお兄様は責任感がある方だから、こういう触れ合いをしても、とても安全でしたの。
 絶対に最後まではしないから。でも、私はもう男の方を知ってしまった。今更アベルお兄様に、興味はございません。いつまでもまとわりつくのはやめてくださいな」


 最近はしなくなった異性の触れ合い。それを今、あえてラシェルはしてみせた。引導を渡す為、そして思い出作りに。ラシェルの言葉で、アベルの顔は辛そうに歪んでいる。

 歪んでいてもアベルの顔が美しい事には変わらず、ラシェルは溜め息をつく。
 アベルの勃ち上がった股間が、ラシェルのキツイ言葉一つで、元のサイズに戻っているのを確認し、これなら会場に戻れると安心する。


「アベルお兄様、おやすみなさい」


 アベルから返事はない。そうだろと思うが、仕方ない。これはアベルの為だ。

 背後を振り返らず、ラシェルはズンズン進んでいく予定だったが、角を曲がってすぐに見つかりたくない人物に出くわした。

 問答無用で抱き上げられ、どこかに連れていかれる。無言の圧力がとても恐い。

 連れていかれた先は両親の寝室だった。



 抱き上げられたラシェルはおとなしく、おしゃべりな口はチャックのまま。ソファーにおろされた。


「お、お父様、あのー」

「娘だから殴りはしないが、殴ってやりたい気持ちはある」

(ひっぅぃ!!)


「突き放すなら、完璧にやれ」

「ごめん、なさい」

「アベルがお前を盲目的に好きなのは知っているだろう。わざと他の男と付き合って見せても、逆効果だと気づけ。
 あの別れ方はマイナスだ。女の身体を紙面でしかしらないアベルには、あれは強烈だ。一途な奴は大概暴走気味だ。私を見ていて、何故分からない?」


(お父様、ごもっともな意見です)と思いながらも反論。


「今までの彼氏もプラトニックです。私だって、実際は生娘ですし、アベルお兄様と同じで知りませんよ」

「……私とエル様のを見ているだろう? 何度も、やめろというのに」

「まぁ!! お勉強ですわ。閨房学は紙だけでは分かりません。とても綺麗なお母様とお父様だから、見たくなるのです。それ以外は目が腐ります」

「堂々と覗きを肯定するな」


 目の前に座る美貌が際立つ父は、深い深い溜め息をついた。

 この国でラシェルの父を知らぬ者はいない。父と母は前世の記憶があった。
 それはラシェルにも言えて、父と母ほどには及ばないまでも少しだけ前世の記憶を持っていた。持っていたというよりも、夢で見たが正解だった。


「お父様、私は…」

「暴走気味男を軽く扱うなよ。襲われたら自業自得。最終はアベルに責任をとってもらえ」

「えぇー!? アベルお兄様が襲ってくるのですか? まさか、無理無理、襲うなんて無理だわ。
 あの奥手のアベルお兄様が襲うだなんて、あり得ないです!!」

「だったらいいな。一応、親としての忠告はした。あいつは私に似ているから気をつけろ」


 含みたっぷりの父の発言後、末娘のシャンティアを寝かしつけ終わったのか、母が寝室に入ってきた。

 五人も子供を産んでいるとは思えない、可憐さが滲み出る美しさだ。


「あら? ラシェルじゃないの、何故ここにいるのかしら? 今日は舞踏会だったのではないの?」

「お母様ぁぁ、聞いて! お父様に拉致されたの」


 嘘泣きしてみせたラシェルだが、間髪入れずに父が説明をしながら、うっとり母を見つめている。


「エル様、嘘ですからね。アベルへの手酷い仕打ちを偶然見たので注意をしただけ。聞かれてはいけない話だと思ったので、連れてきました」

(うっ…。ただの説明のはずが、睦言を聞いているみたいなのは、何故!? お、お父様の色気が凄いっ、ま、眩しいぃぃぃーーー)

「まぁ……」


 右手を頬に当て可愛いらしい笑顔を浮かべる母が、ラシェルの隣に座る。

(あっ!! やだっ、まさか!?)気づいた時には遅く。

 両手で頭を挟んでからの、拳をこめかみにグリグリとねじ込まれる刑が母から発動される。


「ぃただだだだぁーーー、ぃたいーーー!!」

 本気で痛いのだ、母のグリグリ刑は。


「毎度毎度、ラシェル、反省なさい!!」

「ぃだだだだだぁー、いだぁぁぁー」


 ひとしきりグリグリの刑の後は、痛すぎて涙が出るが、溢れた涙は母のムチムチボディに吸い込まれ、母の胸の谷間に顔が埋まる。ここまでが刑だ。


(アベルお兄様も、私の爆乳に落ちたのか…。いや、違うかな。両想いになったのは、もっともっと前よね…)

 柔らかくて暖かな胸に顔を埋めるのは至福だが、これはだいたいグリグリの刑後にされるから、地獄からの天国だ。


「ラシェルはアベル様が嫌い?」

「好き。お母様と同じくらい好き」

「…同じでなくていいわよ、そこは」

「私の理想は、お父様とお母様とか、アレン様とエルティーナとか、白銀の騎士と王女様とか、…だもの」

「…全部、私達だろうそれは。新手の嫌味か?」

「本当だもの」

「ラシェル。だったら、アベルでいいじゃないか? 何がネックなんだ?」


 呆れた父の声を無視して、母の胸にすがりついた。


「こわいの…」


 ラシェルの小さな声は父であるヴィルヘルムにも、母であるティーナにも、しっかりと聞こえた。

 聞こえたが意味は分からない。

 ティーナはしがみつく娘を抱きしめながら、ヴィルヘルムと目を合わすが、運命的に出会い恋に落ちた唯一無二の愛しい人ヴィルヘルムは、静かに首を横にふっている。


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