悪役令嬢だって恋をするーラシェルとアベルの邂逅ー

うさぎくま

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4、ラシェルの能力

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 ラシェルは王宮の最短距離を把握している。本来であればダメだろう庭園の中央を横切るというのも、緊急時には許されていた。


 庭園といっても王宮には数多くある。


 例の隣国から来たという令嬢達がいるのはどこの庭園か聞かなかったと、走りながらモヤっとした気分を引き起こしていた。

 案の定、いつもなら薔薇が咲き誇り静かで穏やかな庭園が人、人、人で溢れかえっていた。
 ラシェルは嫌な予感があたったと、仕方ないから元来た道を帰ろうとしたところで、舐めるような姿勢を感じた。


(あれが例の令嬢達?)


 ラシェルに気づいたのは、スチラ国からきた令嬢の一人。

 明るく笑っている大柄な女性と楚々とした雰囲気を前面にだし、私は大人しいですわ。を嫌味なほど強調した、たおやか風に見える女性だった。

 そのたおやか風に見える令嬢は、座っていても小柄だと分かる華奢さだった。

 ピンクを基調としたレースをふんだんに使って作られたドレスは、肩が大きくあいた使用になっており、その肩の薄さがより健気さを演出していた。

 どちらの令嬢がアベルの相手なのかは、ラシェルには分からないが、あのたおやか風の女だけは大反対だ。


(何あれ、凄い嫌な感じがバンバン出ているじゃない。心底楽しそうにはしゃいでいる女を使って、自分をより儚げに見せるのね。
 性格悪っ。顔立ちはまぁまぁ可愛いけど、お腹の中は真っ暗黒スケ。…私が言える立場じゃないけどね)


 ラシェルは進路を変更し、父ヴィルヘルムのところへ向かう。

 昨夜、突き放しはしたが、アベルが嫌いな訳ではない、むしろアベルには非が無さすぎて困るくらい、いい男なのだ。


(平常心、平常心、気にしない、気にしない)


 ラシェルは何度も言霊のように言い聞かせ、目的場所を目指した。




 執務室の扉の両端には騎士が待機していた。

 一人は国王であるウェルナーの護衛騎士ザロモン・ハーケン。もう一人はアベルの護衛騎士ノア・スタンダール。

 走ってきたラシェルを見て、何かあったのだろうと推測できたのか。ノアがラシェルより先に用件を聞いてきた。


「ラシェル様? 何かありましたか?」

「お父様いるかしら?」

「ヴィルヘルム様ですね。かしこまりました」


 何一つ用件を話していないのに、ノアは動いた。一々聞き返してこない姿に、流石アベルの護衛騎士だなと。
 そして王の護衛騎士ザロモンはまるで石だ。一応ラシェルを視界に入れたが、もう興味はないとばかりに視線は前を向いていた。

 執務室に入室したノアと共に出てきたのは、父であるヴィルヘルムと何故かアベルも一緒だった。


(もぅー、アベルお兄様は呼んでないわよ! ノアが呼んだのではなく、勝手に出てきたのだと思うけど…)


 今回の件は母のティーナだけでなく、アベルにも大きく関わる。母は父だけを読んできてと言った。だからそれは考えあっての事。
 ラシェルは母を全面的に信頼し、信用している為、約束を違えない。


「どうした?」

「お母様からお父様を呼んできてって言われたから来たわ。時間が惜しいから、話しながら戻りたいの。ダメ?」

「そうか。アベル、ちょっと出る。伝えおいてくれ」

「ヴィル叔父上、俺も一緒に」

「来るな。まだ仕事の途中だ。戻れ」


 行きたい!と最後まで言わせて貰えず、目が見開いている。拳をぎゅっと握って耐えるのが見てとれて、胸が締めつけられた。しかしラシェルもここで内容を暴露したくない。

 アベルには知らせない。母に言われるまでもなく、ラシェルはアベルに話したくない。

 ヴィルヘルムはラシェルを抱き上げ腕に座らせて、その場を離れる。
 ラシェル達が見えなくなるまで、執務室に戻らないのか? ずっとこちらを見続けている。父ヴィルヘルムの肩口から見えるアベルは、激情に駆られた男の顔をしていて、ラシェルはぶるっと震えた。

 執務室からだいぶ離れて、ラシェルは口を開く。


「アベルお兄様がこわいんだけど…」

「例え相手が父親としても、こうして好きな女が自分じゃない男に抱かれているのが感に触るのだろう」

「ヒィぃぃぇー!! お父様の意地悪!! 分かって抱き上げたわね!!」

「さぁな。まっアベルには気をつけろ」

「もうーーー!」

「で、用件はなんだ?」

 冗談が終わりヴィルヘルムの纏う空気がピンッとはる。


「紹介状みたいなものを持って、スチラ国から使者が登城してきた。お母様は何も知らないって。
 用件は、アベルお兄様の花嫁になるべく。花嫁修行はお母様の元でと。そう言って現在厚かましく早く会わせて欲しいと進言中。
 お母様は、庭園で待機している紹介状を持ってきた令嬢と、そのお友達の令嬢をサロンに呼んだわ。お付きの侍女は一人に一人と条件を付けて」


 的確に見聞きしたことを伝えたラシェルは、用件を話した後は黙る。


「あぁ、分かった。そろそろ動いてくるだろうと思っていたから、想像通りだ」

「お父様はご存知?」

「把握しているのは私と、王と、宰相、外交官くらいだがな」

「アベルお兄様は知らないの?」

「知らんな。あいつはラシェルしか目に入ってない。女のとくに他国の女になんか微塵も興味がない」

「うっ…」


 言葉に詰まったラシェルに、ヴィルヘルムは優しく語りかける。


「そろそろ諦めろ。すでに外堀は埋められた。エル様が賛成しているから、私も無論賛成だ。あの猪突猛進タイプはなかなか突き放すのは難しいぞ」

「お父様ぁぁぁ、意地悪ぅぅぅ」


 安定感抜群のヴィルヘルムの腕の中、ラシェルは支えにしていた首を締めた。


「何をしても結果は変わらない」

 首を絞める行為はやめたが、父の美しい長い髪を引っ張ってやった。


 ラシェルがいじけた時に必ずする行為。


 ヴィルヘルムは基本アベル推しではあるが、本気で娘が否定するなら徹底的に離してやれる。

 しかし娘からの決定的な否定はなく、好きなのはバレバレ。大好きなアベルの〝何が嫌なのか〟その部分が理解できればヴィルヘルムも答えてやれる。


『人の気持ちは変わるもの。だから信用できない』


 これがラシェル自身も気づかない本心。何故、母ティーナと父ヴィルヘルムだけは信用できるのか?

  前世から今世まで、ずっと想い合ってるから。

 無残に引き裂かれても、絶対に揺るがなかった二人の想いは、ラシェルにとって信用出来る唯一となっていた。


 ラシェルが先ほどまでいてたサロンの前には、数人の侍女が強張った顔で立っていた。ラシェルとヴィルヘルムに気づいた一人が肩の力を抜いたのが分かる。

 その後、皆がラシェル達に気づき、ヴィルヘルムの姿を見て安心感に包まれた。流石、我が父!とラシェルの気分は上がった。


「まだか?」


 簡潔なヴィルヘルムの言葉に、侍女達は「はい」とだけ話し頭を下げた。

 抱き上げられていたラシェルはそのまま部屋に入り、そこで初めて降ろされた。


「エル様。間に合い良かったです」

「アレン!! 間に合って良かったわ。ラシェル、ありがとう。貴女に頼めば間に合うと思ったのよ。頼んで良かった、安心したわ」

 ラシェルだから出来ると言われ、胸が熱くなる。偉そうに「当たり前よ」と言いたいが嬉しくて言葉に詰まり、ラシェルは頷くしか出来なかった。


「エル様、事情はラシェルから聞きました。
 実はマークしていた要注意人物で、執念深く何度も書簡を送りつけてきた令嬢です。断っていたら乗り込んできた模様。
 訳ありな理由ですが。
 アベルの嫁になりたいと言った令嬢ではなく、ついてきた女が危ない。何故か嫁になりたいと言う令嬢からではなく、その親友だと名乗る女から書簡が毎回届きます。
 いったい何がしたいのか、一応は客人として迎えます。注意して下さい」

 ラシェルとティーナの顔が同時に歪む。


「まぁ癖がある令嬢たちね。自分ではなく友達をオススメするの? それも面識ない隣国の王太子に? ただ焚きつけただけ…ではなさそう。
 アレン、分かったわ。あくまで私は知らないフリをした方がいい?」

「申し訳ございません。前もって話をしていたら良かったのですが」

「アベル様関係は慎重にです。気にしてないわ」

「花嫁修行が何故かお母様を名指しだから!! 気をつけてよ!!」

「ええ、もちろんよ。ありがとう、ラシェル」


 心づもりが決まったところで、例の令嬢達が到着したと侍女が入室してきた。

 侍女に案内されて入ってきた令嬢達。庭園でみた女だとラシェルは認識する。


(うわっ、やっぱりあの舐めるような視線の女だ)



 ラシェルは直感を大切にしている。生まれてから成長するにしたがって、見える力が強くなってきた。

 誰にも、それこそ大好きな母であるティーナにも話していないラシェルの〝黒いモヤを写す瞳〟

 詳しい理由は説明出来ないが、腹が黒い奴は背後が薄っすら黒いのだ。
 モヤのような黒は、段階があり薄いのから濃いのまで、老若男女たくさん見てきたが、これほど真っ黒なのは、見たことがない。

 舐めるように見てきた令嬢は、背が低く胸や尻の凹凸がまるでなく、肩が異常に華奢。儚げに見えるこの女こそ、敵だとラシェルは認識した。



「初めてまして、私はスチラ国。サールベン伯爵の長女ルビーと申します! ご招待頂き光栄です。
 歴史を沢山学ばせて頂きます!! 自国に帰った際は、弟や妹に教えたいと思っております」
 

 かなり元気溌剌、迷いのない爽やかな挨拶に、印象が良いが意味不明で皆の脳内に疑問がよぎる。
 そして、大きな声が出せないのか小さく聞き取りにくい声で、例の女が自己紹介をしだした。


「…初めてまして。私、デール伯爵の末娘…マルシェと申します。沢山の人に囲まれて…ドキドキいたします…」

 とうっとりした声で、ヴィルヘルムをガン見しながら挨拶をした。


(お父様しか見てない…、黒いモヤも嫌過ぎるが、それ以上にお父様を見ないでほしい)


 ラシェルがマルシェを敵対心たっぷりに見て、口を開こうとした時、発言をしたのは父ヴィルヘルムだ。
 母であるティーナは座っているが、ラシェルもヴィルヘルムも立ったまま。

 扉の前で腰をおり挨拶をしたサールベン伯爵令嬢のルビーとデール伯爵令嬢のマルシェも立ったままだった。
 この中で一番身分の高いヴィルヘルムが座れと言わないから座れないのだ。それは令嬢二人とも理解しているようだった。



「挨拶は分かった。招待状には、アベルに嫁ぐ為の花嫁修行とあるが、サールベン伯爵令嬢はどう認識している?」


「えっ……と、ア、アベル殿下と結婚!? まさか私が!?
 違います、そのような馬鹿な話は知りません! 遊学としてこちらに来たので、日にちを指定しませんでしたが、出来れば一週間ほど滞在させて頂ければと。旅行の延長のつもりでした。
 け、結婚なんて恐れ多いです。誰がそんな馬鹿な話を!?」


 ルビーは先ほどから、ボルタージュの侍女達が怒りを含む無表情で対応してきた意味がやっと理解できた。


「サールベン伯爵令嬢の隣にいるデール伯爵令嬢からの書簡には、貴女をアベルの嫁に推したいとそればかりだ。
 こちらは何度も断りの書簡をおくったが、まるで聞き入れてもらえず、王宮にまで上がってきた。
 アベルに合わせるまでもないと、私が勝手に判断した。理由を聞こう、デール伯爵令嬢」


 サールベン伯爵令嬢のルビーは寝耳に水だったのだろう、顔面蒼白でガタガタ震えて可哀想だ。

 ちなみにラシェルからみれば、ルビーはカケラも黒いモヤがない。騙されたのだと理解した。


「…本当にルビーに、アベル様が似合うと思ったの。親友には幸せになってほしくて…」


 よよよ…とデール伯爵令嬢のマルシェは、その場に膝をつき座りこんで、泣き出した。


(め、めんどくさいタイプだわ。泣けばいいってものではないわよ。
 ちなみにマルシェさん。華奢で儚げ風で虎視眈眈女は、前世でお母様を殺し、お父様とお母様を引き裂いた悪女を連想させるからか、お父様がこの世で一番無条件に嫌いなタイプなのよ。
 色目使ってもねぇー、お父様はお母様しか見えないし、無駄無駄、無駄ぁぁぁーー)


 ラシェルはここぞとばかりに、脳内で文句を並べ立てた。


「話は終わりだ。遊学の件は了解した。今日からきっちり一週間、基本は王都で過ごしてもらう。勉学がしたいなら王都から王宮に通ってもらう。
 図書館は常に開放されているから好きに見たらいい」

「はいっ!! ありがとうございます!! 王立図書館まで見れるのは大変嬉しく思います。本当にありがとうございます!!」


 ヴィルヘルムの提案にルビーは目をキラキラさせて、何度も頭を下げている。
 お付きの年嵩の侍女も「良かったですね」と顔に書いてある。

 健気さを出していて無視された経験があまりないマルシェは、思い通りにならないずくめで、顔が歪みそうだった。


「私は、王宮に泊まりたいですわ。一生で一度あるかどうかも分からないのです。ぜひ、ぜひ、お側に置いてくださいませ」

(貴女は誰!? お父様の愛人みたいな言動やめてもらえるかしら!? お父様はお母様以外には興味ありません!!)


 怒鳴ってやろうと、怒鳴るセリフを選んでいる時、動いたのはティーナとラシェル、そしてヴィルヘルムの侍従や侍女達だった。


「さぁ! 参りましょう。王都にはゆっくりと寛げるステキな屋敷がたくさんございます」


 控えていた侍女らが憤慨しながら、マルシェの両腕を持って立たせた。


「えっ? いぇ、私は…」

 侍女頭の恰幅のいい女性が、マルシェの言葉を遮るように話し出す。


「ヴィルヘルム様、宿泊場所は私にお任せくださいませ。それはそれはマナーに厳しいご隠居様のお屋敷を提案させて頂きます」

 マルシェは目が見開き呆然とし、ルビーは勉強になりそうとはしゃぎ気味。

「そうだな。遊学と共に花嫁修業にもなる」

 ヴィルヘルムの言葉に二人の令嬢は全く違う表情だ。


「ま、待ってください。私はとても口が硬いです。奥様に内緒で会うのも構いませんわ。
 私、私、ヴィルヘルム様になら、何をされても、嬉しいだけです」

 と泣き出した。

 まさかの発言に皆の時間が止まる。ボルタージュ王国でヴィルヘルムを遊びに誘うバカはいないが、他国の一夫多妻がいきている国の女性は、自分を売り込んでくる。
 それもあくまでティーナの目を盗んでだ。ど正面に座っていて、ばっちり話を聞いていて浮気しようという女が理解出来ない。


「……マルシェさん、初めてまして。私はラシェルと申します。
 ご存知の通りこちら、父であるヴィルヘルム。隣に座るのが母のティーナです」

 二人の令嬢の「嘘だ!?」という顔がいっそ清々しい。


(たしかに、私って13才に見えないし。
 お母様は童顔で少女にしか見えないからなぁ。でもこのメンバーで唯一座っているのに、気づかないわけ? 爪が甘いわぁ。
 まぁ…お父様も青年としか見えないけど…。
 すでに五人も子供がいる夫婦には見えないから、うん。当然の反応ね!)


 ラシェルは得意げに微笑んだ。


 呆然とした令嬢二人と、苦笑する両親、勝ち誇ったラシェル。

(さぁ!! 終わったから、帰りなさいな)


 小さなガッツポーズをするラシェルに、今、一番来て欲しくない。もはや面倒な未来しかもってこない人物が入室し、ラシェルの勝った気持ちを霧散させた。



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