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15、令嬢達との対面
しおりを挟む「行こうか、アベル」
「…ああ」
行きたくはない。
行きたくはないが、これもラシェルの為、ボルタージュの国民の為と自分に言い聞かせ、重い腰を上げてアベルは簡潔に答えた。
二人並んでアベルの自室を出る。出た瞬間、クレールが真面目な顔でアベルを見つめ口を開く。
「アバズレ女が股間を触ってきそうなら殴り飛ばしていいからね。万が一不慮の事故でアベルが性交不能に陥ったら洒落にならない。
王族の、いや王太子に対してそれは極刑ものだから」
「もちろんだ。ラシェル以外には触られたくない」
「…そこまで聞いてないし、言わないでいいよ」
クレールにとってもラシェルは従兄妹いとこで、可愛い妹みたいなもの。赤ん坊の頃から知る妹の生々しい性事情は知りたくない。
アベルはどこまでもアベルだと、クレールは思った。
***
サールベン伯爵令嬢ルビーと、デール伯爵令嬢マルシェは仲良く王宮内の庭園に案内されていた。
「あぁぁ、楽しみね! わたくし達を案内してくださるのですよ!! アベル様が!!」
「ボリソフ伯爵夫人の屋敷で、そのまま勉学で良かったのではないかしら?」
マルシェの言動にビビりまくりのルビーは、遠回しにマルシェを嗜める。
「あらっ、何をいうの。直々にわたくしに会いたいと言われているのよ。昨日の謝罪かしら? ほら、悪女のラシェル様が側にいたから、わたくしに優しく出来なかったの。
あの素晴らしい肉体に溺れたいわ。はやくね!」
頬を薔薇色に染めて、マルシェは可愛らしく照れているが、昨日のあの汚物を見るような視線を向けていたアベル殿下が、手の平を返して会いたいというのは確実に裏があるはず。
(マルシェは本当に、王太子様とどうにかなりたいの?? 絶対に無理だと何故分からないの??
マルシェは可愛らく守ってあげたいけど、ラシェル様には全く歯が立たないほど負けているのに何故気づかないのかしら?)
マルシェは伯爵令嬢だ。ルビーと違い伯爵の中でも格上だから、王太子妃になるのも全くの夢ではない。
だけど何か引っかかる。
(マルシェがボルタージュ国に送った失礼な手紙。
私なんかを王太子様の妃に進めるとか、ティーナ様に花嫁修行を見てもらうとか、恐ろしい内容を謝罪したいわ…。
五人の妹や弟がいる私は、貴族らしい持参金を用意出来ないもの…普通の結婚だって無理だと分かるはず。マルシェの考えている事が分からない…)
ルビーは元気を見せる反面、結婚はだいぶ諦めていた。年齢も23歳と行き遅れ気味。ルビーはまだ誰とも婚約をしてないし、した事もない。
決してモテない訳ではないが、どうしても他人に身体を触られるのに嫌悪感がある。抱き寄せられたら、口づけをされたら、夢心地になるより吐き気をもよおす。
頑張って付き合ってみたかつての恋人達とも、それは失礼な態度に映ったに違いない。
人を好きになったことがない。
男性を好きだと言える。理想がしっかりあるマルシェ。性体験をすでに済ましていて、さらに性行為が楽しいと言える18歳の若々しい彼女を少し羨ましく思えた。
侍女らがソワソワ、騒がしくなってきた。紅茶のソーサカップをぼんやりとみていたルビーの耳に、はっきりと黄色い悲鳴に似た声を捉え顔を上げる。
ルビーとマルシェからちょうど10メートル辺り。少しずつ近づいてくる美しい二人の男に酔ってしまう。
神々に愛された人とは、この方々を言うんだと確信をもてる。
王太子アベル。とろりと甘さがある金色の瞳は意思が強く、見るものを跪かせる。
濃い黄金色の髪は軽く後ろに流されており、シャープな輪郭をより美しくみせており、太い首からつながる厚みのある肩幅も圧巻。
服の上からも盛り上がりみえる筋肉の形、抜群の頭身バランスが生々しい男の魅力を見せつけていた。
そして隣りに歩く人。マルシェもルビーも、はじめてお会いする方だ。
アベル同様、文句無しの美男子だ。
少し薄い色合いの金色の髪は、真っ直ぐのストレートで、さらさらと首筋を遊んでいる。
氷を思わせるアイスブルーの瞳は、冷え冷えとするが囚われてしまう美しさをもち。
アベルのように筋肉隆々ではないが、決してひ弱ではない。細いながらも男性らしい部位はそれなりに引き締まり見事だ。
(やだぁ、アベル様だけではなく。追加の男。あれはわたくしを見にきた部類ね。男は人のモノを欲しがるから。
きっとわたくしの魅力に溺れるはずね。
わたくしに二人して酔えばいいのよ。儚い女こそが最上の女よ! はぁぁぁ早く、繋がりたいわ!)
マルシェはどちらの男を落とそうか、どちらに《あれ》を使おうか、胸を高鳴らせていた。
マルシェとは違いルビーは本気で恐怖を感じていた。
(誰!? 王太子様の隣を歩く方は、ほぼいないはず。それが普通なら、同じくらいの年齢で…。
それは…そうよ。そのような方は一人だけ。あ、あのメルタージュ侯爵家の令息!! クレール様!!)
間違いなく将来の王と宰相となると言われている二人だ。
ボルタージュ王族、メルタージュ侯爵家、この血筋は美貌の一族と言われているのを納得せざるを得ない。
マルシェとルビーの前に、アベルとクレールが立つ。
もちろんルビーは腰を曲げ頭も下げていた。マルシェはというと、細い両腕を前に合わせ瞳をうるわせ、アベルとクレールを熱っぽく見上げていた。
「わたくしは、マルシェと、もうします…。緊張で胸がはち切れそうですわ」
ベラベラと話し始めたマルシェに、腰と頭を下げながらルビーは必死にマルシェのスカートを引っ張り、頭を下げろと促す。
クレールは呆れていた。
(はち切れるほどないよね、胸。アベルより先に話すなんて、こいつマジでクズで頭軽い)
アベルは一刻も早く退場したいのを堪え、冷静にと自信に言い聞かせながら口をひらく。
「緊張はいらないが、礼儀に欠ける女だとは理解した」
アベルとそしてクレールを真正面から見つめながら、マルシェは渾身のうるうるで二人の男の心を掴みにかかる。
「わたくしのことを、心配してくださったのね、…ありがとうございます」
(話しが通じんのか? こいつ)とアベルが。
(シモゆるゆるは、頭もゆるい証明になったな。顔三回、股間六回、なるほど、僕もアバズレ女から合格をもらったみたいだね。願い下げだけど)とクレールが。
(イヤァァァァァ、マルシェ! はやく頭を下げて、マルシェの馬鹿!! お願いよ、頭を下げて!!)とルビーは半泣きになりながら、マルシェのスカートを引っ張った。
「痛っ!!!」
マルシェが突如、地面に倒れた。よく倒れる女だ。
「えっ?」
「ルビー。何をするの? スカートを引っ張って倒すなんて。恥ずかしいことを…して…やだ、わたくし…涙が…」
スカートを引っ張ったのは間違いないが倒すまではしてないはず。まさかの返しに驚く。ルビーはマルシェを助け起こせばいいのか?
しかし王太子様、クレール様を前に、礼をとるのをやめれないので、どうしたらいいのかルビーは地面を見つめるしかない。
「……(アバズレ女)、大丈夫か? いつまで(厚かましく)座っている。(庭園の芝生が可哀想だ)立て」
「はい、アベル様…と、貴方様は?」
「俺の親友、名はクレールだ」
王太子アベルの声とマルシェの声が聞こえてくる。やはりクレール・メルタージュ様で正解だった。
視界の端で助け起こされたマルシェを感じ、ほっとしたのも束の間。
横から突如ウエストを掴まれ、何かに引き寄せられる。
「ひぁっ、……」
口から出る悲鳴をルビーは必死に押し殺す。
「ウエスト細いね。コルセットを締め過ぎではないかな? 後、胸をつぶすのは僕の好みではない。
大きいのを気にしているなら、ラシェルに聞くといい、大きいなりに素敵なドレスの形を探してくれるよ」
真横から歌のように甘い旋律の声が、脳天を突き抜ける。
「………ぁ、………」
「ねえ、ルビー嬢、聞いてる? 胸の形が、悪くなるから胸を潰すの禁止ね。
これ嫌だな、はやく身にあったドレスに着替えて欲しいよ。
あぁ、そう、コルセットも公式の場以外はつけないで。子供を産む大事な身体をこうまで無理に締め付けるの、僕は反対なんだ」
「………ぁ、………」
「分かった? 返事はないの?」
ルビーは横からピタリと身体をひっつけてくるクレールに、脳髄を揺さぶられている。
(か、身体の、身体に、クレール様の、身体が当たって、男の人の身体が、身体にくっついて!? 頭が、身体が、おかしく、なり、ます)
ぐいーーーー!!!
効果音がつくのではないかと思うほど、腕に爪を食い込ませながらマルシェはルビーをクレールから引き離した。
ズィーと、クレールの懐に入る。
「クレール様!! はい、そうしますわ。わたくしは細くて、折れそうでこわいと言われますの。頑張っても、あまり食べれなくて…」
うるうるした顔で、クレールと見つめ合うマルシェにルビーは自分の勘違いを恥ずかしくなった。
(わ、私に言ったのではなくて、マルシェに言ったのね…。驚きすぎて、私に言われたかと。
それにしても、クレール様のお声……甘くて良いお声、なんだか良い香りもされるし、…流石、美貌の一族。スチラ国に帰ったら、自慢しなくてはね…)
「アベル様、クレール様、今日は、王宮図書館を……案内してくださると、わたくし……聞いておりますわ。ご案内、宜しく、お願い致します…」
ルビーをガン無視しながら、アベルとクレールの腕をクイックイッと引っ張り、二人の視線がマルシェに向いた瞬間。
「きゃっ!!」とマルシェが照れた。
大変場違いな雰囲気のルビー。歩き出す三人を追いかけようとし、マルシェから睨まれる。
勘違いするなと。そう言われたような気になる。確かに勘違いした。
それはクレールの見た目とは反する熱い体温の身体に意識がもっていかれ、何かを心配された台詞を言われたようだが、ルビーは全く覚えてない。
内容は理解していなかったが、投げかけられた言葉はルビーではなくマルシェにだ。
当然ルビーが覚えていなくて構わないのだが、せっかくなら反芻出来るように記憶しておきたかったと、寂しく思う。
(クレール様とは、あれほど密着しても身体を触られても全然気持ち悪くならないし、むしろ身体がうずくなんて。
私って、究極の面食いだったのね…行き遅れの分際で。恥ずかしいな…)
五メートルほど離れてから、ルビーは歩き出す。お付きの騎士様方も呆れ顔だ。
「申し訳ございません」と、ルビーが何度も頭を下げていると、一人の騎士が呆れ顔からご愁傷様という顔に変わる。
「騎士様、本当に申し訳ございません」
「いえ、いえ。貴女もまた、えらいのに目をつけられましたね。あの方が本気で女を落とそうとされているのを初めて拝見致しました。あの色気凄まじいですね」
「…えっと、何がでしょうか?」
「ま、これから大変ですね。頑張ってください」
知らない騎士達からエールを送られて、さらにルビーの頭がパンクしそうになる。
(マルシェの横暴に、気を付けろという事かしら。王太子様やクレール様の機嫌を損なわなければいいのだけど…)
ルビーはきっちり五メートル幅を守り、足を進めていく。
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