ある、王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

うさぎくま

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38、エルティーナの行方

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 コンコン。

「どうぞ、お入り下さいませ」

 エルティーナがまだ帰って来てないと分かるナシルの不安な声を聞きながら、部屋の中へアレンとレオンは入った。


「ナシル、レオンから大まかに事情は聞いた。エルティーナ様は寝室に行かれる前に、何か言われてないのか?」

 アレンの何時もと違う硬質な声にナシルは恐さを感じる。部屋にいた侍女達もアレンの声色に震え上がった。

 エルティーナが側にいる時には絶対にない雰囲気である。アレンが優しげにみえるのは比較的エルティーナの側だけ。かろうじてエルティーナの侍女達への態度は柔らかい。でも今は違う。

 嫌悪を隠さないアレンに、ナシルは震えあがる身体に喝を入れ答えだす。

「眠りたいと言われ。ドレスを脱ぐのも疲れているのか、パニエのみ脱がれてベッドに入られました。ベッドに入られた姿も見ております。それから物音は聞こえておりません」

「そうか… 隠し扉は色々な所に繋がっているからな。廊下には騎士がいて、エルの姿は見てないと言っていたから、すぐ近くに出たとは考えられないな。寝室を見るぞ。ナシル」

 レオンがエルティーナの寝室に入ろうと扉に近づく。

「はい、もちろんです。私どもには、何処に隠し扉があるか知らされておりませんので」

 ナシルは中に入るレオンを見て、一歩後ろに下がり頭を下げる。

 レオンは、薄暗い室内に入る。エルティーナらしい可愛い薄いピンクの天蓋が垂れ下がったベッドへ向かう。
 布団をめくりシーツを触る、人の温度はもうそこになく、かなり前からこの部屋を出て行ったのが分かる。

(「やばいな…… 時間がたってる。陽も落ちてきてる。子供の時なら安心だが、王宮にいる男達が今のエルを見つけて果たして何もせずに解放するか?
 エルの自己評価が低いのは、慎ましく可愛いと思っていたが、自分の魅力を分かってなくての煽りは危険だ…」)

 恐い想像が頭をよぎり、それを無理矢理追い出すように悪態をつき冷静を保つ。

(「くそっ。本当にアレンと寝てた方が何倍もましだ。
 アレンに責任をとってもらって、それで解決する。うん? アレンは……?」)

 途中からアレンがいないことに気づいたレオンが室内を見渡す。

(「……いない…??」)

 続きの間に戻ると、壁に背を預け立っているアレンがいた。

 むかっ。

「……怒……アレン!? エルを探すのに協力しろ!! 何をぼさっと突っ立ってる!?」

 寝室から出てきて怒鳴るレオンに、アレンは胸ぐらを掴み顔を寄せる。

「レオン。またその首を絞められたいのか。私がエルティーナ様の寝室に入れる訳がない」

「………は?……あ、…す、すまん…」

 子供扱いと思ったら、大人扱い。
 大人扱いと思ったら、子供扱い。

 レオンにはアレンの気持ちが理解できない。今までアレンはエルティーナを女として意識しているようには全く見えなかった。そもそも、エルティーナはアレンのタイプではない。
 女に不自由しないアレンが相手をする女性はスレンダー美人か高齢の未亡人ばかりだ。気が強そうで噂好き、男を手玉にとり、その男達を競わせる遊びが何よりも好きだと公言しているような、基本股のユルイ女が好みだ。
 夢みがちで子供っぽく、だいぶ頭がお花畑のお馬鹿で可愛いらしいエルティーナは全くタイプじゃない…はず…?
 エルティーナのことは、主君というより手のかかる『妹』として大切にしている。レオンと同じだったはず。つい最近まで…。

(「でも…何か違う…いつからだ?」)

 レオンの脳内疑問はアレンの声にかき消される。


「そろそろ衛兵の交代の時間だ。私は手があいている者達で外を探す」

 アレンが部屋を出て行こうとするのをレオンは止める。

「あまり大事になるのは避けたい。エルも普通に遊んでいるだけかもしれないしな。ナシルも一緒に外に出てくれ。誰か二人はここに残れ。万が一、エルが帰ってきたらすぐに連絡がほしい」

「「「「かしこまりました」」」」

「アレン。俺はお前と一緒に行く。ナシルは衛兵達と組んで探してくれ」

「レオン、この状況下で私と一緒に行く理由が分からない。私とレオンは別々の方が効率的だ」

「なら命令だ。アレンは俺と一緒に探せ」

「…いい加減にしろ…レオン」

 アレンとレオンはまさに一触即発な空気であり、部屋の中の誰もが震え動けなくなっていた。
 その状況の中、レオンは静かにアレンに近づき、今度はレオンがアレンの胸ぐらを掴み自身のエメラルドの瞳とアレンのアメジストの瞳をきっちり合わせた。


「いい加減にしろとは、俺が言いたい!! もう日が落ちるっ!! エルが本当に遊んでいるだけだったらいい。
 だが、俺達のようなエルに耐性がある男以外が今のエルを見て、何もせずに終わると思うか!?
 最悪の場合も考えられる!! 俺はそれを見ても冷静に対応できる。だが今のお前にそれが出来るとは到底思えない!! 俺がお前と行くのは、もしそうなっていた時、お前を止める為だっ!!
 俺の言いたいことが、分かったかっ!!」

 普段飄々としたレオンの怒号は、アレンとは別の意味で恐い。
 身体にビリビリとくる為政者の声は、上手く息が出来なくなる。侍女達が失神したりしないのは、ひとえにエルティーナを見つける為だけに神経が一つになっており、かろうじて平静を保てているからだ。


「……分かった」

 アレンの声を聞き。レオンは祈る。

(「エル…何処にいる? 」)

 考えたくないが最悪な惨状が頭をよぎる。レオン自身がアレンを一人で止めれるとは思っていない。止めに入った所で一緒に殺される未来しか見えないからだ。
 ボルタージュの騎士団長でさえ、アレンには全く敵わない。
 今この国にアレンより強い人間はいない。アレンが本気で刃を向けてきたら、その時点で命は無い。それほどアレンの強さはもう人が敵う力量ではなかった。

(「……無事でいろよ」)

 レオンは、心の中でエルティーナに伝える。


 レオンとアレンは長い廊下を突っ切り、大庭園に出る。外に出るアレンの後ろ姿を見て背筋が凍る。
 国境の鎮圧でさえこれほど背筋が凍る経験ではなかったと思う。

 もし、もし万が一最悪の場合は…エルティーナだけがいる状況が望ましいとレオンは思っていた。誰も死なずに済むにはそれしかない…。
 太陽は沈みあたりは暗闇になっていく。ボルタージュ国の神である太陽神。神であるはずの太陽神が行く手を阻む悪魔にしか思えない。

 レオンは辺りを確認しながら、静かに動かないアレンを見る。すると電流が一気に流れたようにアレンが動き出す。

「レオン。エルティーナ様は……」

 それだけ言うと走り出した。レオンはアレンを追う。大庭園を抜けて、王宮の廊下を突っ切る。そして王宮にある一番小さい庭園に出た。

 そこはアレンにとっても特別な場所。恋い焦がれたエルティーナと再会を果たした、思い出の庭園。
 十二歳になるエルティーナと、騎士になったアレンとの始まりの場所であった。

 あたりはもう暗い……。ゆっくりと庭園を横切る。
 可愛らしいアーチをくぐった東屋のベンチに、エルティーナはいた……。

 小さな寝息が聞こえる。服に乱れはなく、息づかいも穏やかだ。レオンは止めていた息を吐き出す。隠し扉の最終地点は、そう言えばここだと、今更ながらに思い出す。
 同じように安心して、エルティーナを見下ろしているアレンに目を向ける。

「…レオン…私が…抱いていってもいいか」

 静かで穏やかなアレンの声を聞き、レオンは「ああ」と軽く返事をした。



 熟睡しているエルティーナは抱き上げられた事に気づかない。アレンに抱き上げられたエルティーナを肩ごしから見ると、心地良さそうである。
 能天気なエルティーナにレオンは、再度深い溜め息を吐いた。


 廊下を歩いている時にエルティーナは起きた。
 ぼぅ~として、アレンの肩口からレオンを見て現実を理解したのだろう顔色が青ざめている。そして、そうぉ…と身体を起こしアレンと目線を合わせた。
 アレンの目は全く笑っていない。あまりエルティーナが見ない、そんな表情である。大事そうに優しくエルティーナを抱いてはいるが……かなり、猛烈に、怒っているのが分かる。

 自分のやってしまった行動がありありと分かり、アレンだけでなく、兄がいるのを見て自分が部屋を抜け出し庭園にいた事が、大惨事になったと把握した。
 静かに怒るアレンが恐すぎて、アレンに抱かれながらエルティーナは今後の展開に震えていた。

 部屋に戻ると、ナシルが走ってきてエルティーナを抱きしめてくる。
 ナシルの側で他の侍女達が安心して床にへたり込む姿を目にする。エルティーナは、自分のあまりの配慮の無い行動にやるせなくなった。


「…ごめんな……さい。ひっく…うっ……ごめん…なさい。心配…かけて……本当……に…ごめ…ん…な……さい……うっ……く」

 エルティーナは何度も何度も謝まった。


「エルティーナ様、暖まりますのでお飲み下さい」ナシルがハーブティーをエルティーナに渡す。

「ナシル、ありがとう」

 今、この場にはエルティーナ、ナシル、レオン、そしてアレンの四人だけになっていた。他の侍女達はもう休むように、レオンが言ったからだ。

「あの…本当にごめんなさい」

「反省してるなら怒らない。父上、母上にも言わないでおいてやるよ。
 あのな、エル…お前が思っている以上に周りは恐い」

 レオンは椅子に腰掛けるエルティーナに目線を合わす為に、膝を床につける。

「お、お兄様!! あの…」

「エル。いいから聞け。
 ……エル、お前はな本当に魅力的なんだ。お世辞じゃない。俺やアレンみたいにエルに耐性がある男は大丈夫だ。
 だがな、普通の男は今のエルを見たら…強制性行したくなる。魅力的な身体に不釣り合いな精神は男を煽る。
 分かるな。もう幼い子供じゃない。いつまでも、俺やアレンが側にいるわけじゃない。自分の身は自分で守らないといけなくなる。エルに戦う力はないな。じゃあどうするか分かるな。そういう状況にならないよう配慮することだ」

「……はい…」

「よしっ。じゃあ。晩餐の用意があるから、ナシルに手伝ってもらえ。家族だけだから、凝ったドレスでなくていい。俺も一度着替えに部屋に戻る。着替え終われば迎えに戻ってくる」

「お兄様、ありがとう」

 エルティーナは、厳しくも優しく諭す兄にはっきり返事を返した。


「エルティーナ様、ドレスをご用意致します。こちらに晩餐用のドレスがないので別室から持ってまいります。アレン様、しばらくこちらにいてもらえませんか?」

「ああ、分かった」

 アレンの言葉の後、ナシルはすぐに部屋を出て行った。

 アレンは、先ほどのナシルとの会話で、はじめて声を発した。
 エルティーナはアレンの顔を見る事が出来ず床を見続ける。何も話さないアレンが恐い。しばらくして、エルティーナはやっと口を開く事ができた。



「…アレン…迷惑かけてごめんなさい。たくさん迷惑かけてごめんなさい。
 …本当にごめんなさい」

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