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第1章 二つの塔
あつかましい男
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「私と駆け落ちしませんか、シャルロッテ様?」
シャルロッテは、聞き違いかと思って、相手の顔をまじまじとみつめた。
今夜会ったばかりの、シャルロッテの年齢の二倍ぐらいありそうな男――四十歳少し前――の男が、満面の笑みでこちらを見返していた。
身なりはとても良い。金のかかった服装をしている。こんな、山と野原と畑しかないような田舎の住民にしては、大変な垢抜けぶりだ。
だがこの男は、ただの平民だ。
ティミエール侯爵の次女であるシャルロッテに、なれなれしい口をきいてもよい立場ではない。
「今、なんとおっしゃいました? よく聞き取れなかったのですけど」
シャルロッテの声はひとりでに、真冬のブリザード並みに冷たくなった。
男はへこたれた様子もなく、快活にしゃべり続けた。
「あなたほどの方が、こんな田舎の面白くもない屋敷に閉じ込められて一生を終えるなんて、もったいないことだ、と申し上げておるのです。都でお見かけしたときのあなたは、こんな風ではなかった。センス良くおしゃれをして、あふれんばかりに快活で、キラキラしておられた。あなたの美貌は、あの時からこの胸に焼き付いて離れないのです。それなのに今のあなたときたら……叔父上であるゴーマン男爵の許しがなければ、自由にこの屋敷から外出もできない有様だ。そんな人生は楽しいですか?」
「今宵お会いしたばかりの方と、私の人生について語りたいとは思いませんわ」
「私の手をとってくだされば、叔父上も父上も追ってこられないぐらい遠くへ、あなたを連れ出してさしあげます。私には財産があります。望みうる限り最高の贅沢をさせてあげられます。幸せにしますよ。また、都にいたときのように輝けるのです。最新流行の髪型、最新流行のドレス……。立派なお屋敷も用意しますよ」
「……」
「悲しいじゃありませんか。あの美しいシャルロッテ・ラルジャン・ティミエール様ともあろう方が、そんな、十年も流行から遅れたようなドレスを着て。一生そんな風にくすぶったまま終わるつもりですか? 羽ばたくなら今です」
シャルロッテは答えなかった。
古いドレスを着ているのは事実だ。叔母からもらったものだ。
「シャルロッテに絶対に贅沢をさせるな」
と父親であるティミエール侯爵から厳命が下っており、叔父夫婦はその命令に忠実に従っていた。
別に、誰かすてきな人と会うわけでもない。どこか楽しい場所へでかけるわけでもない。シャルロッテの生活は叔父の屋敷の中に限定されている。
おしゃれしよう、という意欲が、いつの間にか失われているのも事実だった。
「ああ、私のような醜男には心が動かないとおっしゃいますか。やはり美男子の方がよろしいんですかね。そう言えば先ほど、カイン公爵とはずいぶん楽しそうにダンスをしていらっしゃいましたな」
「私が誰とダンスをしようと勝手でしょう?」
シャルロッテの声は冷たいままだ。
「楽しそうに」踊っていた記憶はない。誘われたからダンスにつき合っただけだ。
「ここを逃げ出すなら、明日の狩猟会がチャンスです。皆が狩りのために屋敷を出ていったら、馬車で迎えに来ますので……裏門のところまでお越しください。醜男も三日見れば慣れますよ。それよりも、決して変わらぬ私のあなたへの愛情を信じてください。では!」
ウィンクを残し、夜会会場の人波の中へ消えていく男の背中を見送りながら、シャルロッテは苦々しい気持ちでいっぱいだった。
見下されているんだわ、と思った。
シャルロッテは、聞き違いかと思って、相手の顔をまじまじとみつめた。
今夜会ったばかりの、シャルロッテの年齢の二倍ぐらいありそうな男――四十歳少し前――の男が、満面の笑みでこちらを見返していた。
身なりはとても良い。金のかかった服装をしている。こんな、山と野原と畑しかないような田舎の住民にしては、大変な垢抜けぶりだ。
だがこの男は、ただの平民だ。
ティミエール侯爵の次女であるシャルロッテに、なれなれしい口をきいてもよい立場ではない。
「今、なんとおっしゃいました? よく聞き取れなかったのですけど」
シャルロッテの声はひとりでに、真冬のブリザード並みに冷たくなった。
男はへこたれた様子もなく、快活にしゃべり続けた。
「あなたほどの方が、こんな田舎の面白くもない屋敷に閉じ込められて一生を終えるなんて、もったいないことだ、と申し上げておるのです。都でお見かけしたときのあなたは、こんな風ではなかった。センス良くおしゃれをして、あふれんばかりに快活で、キラキラしておられた。あなたの美貌は、あの時からこの胸に焼き付いて離れないのです。それなのに今のあなたときたら……叔父上であるゴーマン男爵の許しがなければ、自由にこの屋敷から外出もできない有様だ。そんな人生は楽しいですか?」
「今宵お会いしたばかりの方と、私の人生について語りたいとは思いませんわ」
「私の手をとってくだされば、叔父上も父上も追ってこられないぐらい遠くへ、あなたを連れ出してさしあげます。私には財産があります。望みうる限り最高の贅沢をさせてあげられます。幸せにしますよ。また、都にいたときのように輝けるのです。最新流行の髪型、最新流行のドレス……。立派なお屋敷も用意しますよ」
「……」
「悲しいじゃありませんか。あの美しいシャルロッテ・ラルジャン・ティミエール様ともあろう方が、そんな、十年も流行から遅れたようなドレスを着て。一生そんな風にくすぶったまま終わるつもりですか? 羽ばたくなら今です」
シャルロッテは答えなかった。
古いドレスを着ているのは事実だ。叔母からもらったものだ。
「シャルロッテに絶対に贅沢をさせるな」
と父親であるティミエール侯爵から厳命が下っており、叔父夫婦はその命令に忠実に従っていた。
別に、誰かすてきな人と会うわけでもない。どこか楽しい場所へでかけるわけでもない。シャルロッテの生活は叔父の屋敷の中に限定されている。
おしゃれしよう、という意欲が、いつの間にか失われているのも事実だった。
「ああ、私のような醜男には心が動かないとおっしゃいますか。やはり美男子の方がよろしいんですかね。そう言えば先ほど、カイン公爵とはずいぶん楽しそうにダンスをしていらっしゃいましたな」
「私が誰とダンスをしようと勝手でしょう?」
シャルロッテの声は冷たいままだ。
「楽しそうに」踊っていた記憶はない。誘われたからダンスにつき合っただけだ。
「ここを逃げ出すなら、明日の狩猟会がチャンスです。皆が狩りのために屋敷を出ていったら、馬車で迎えに来ますので……裏門のところまでお越しください。醜男も三日見れば慣れますよ。それよりも、決して変わらぬ私のあなたへの愛情を信じてください。では!」
ウィンクを残し、夜会会場の人波の中へ消えていく男の背中を見送りながら、シャルロッテは苦々しい気持ちでいっぱいだった。
見下されているんだわ、と思った。
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