あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる

文字の大きさ
16 / 21

第二章 空き部屋は放したくない⑧

しおりを挟む
「え、団地って、そんなにあやかし多めなの?」

 由梨は、頭を抱えた。

「多めねぇ。都会のワンルームよりはだいぶにぎやかよ」

 お千代が、のんきに答える。

「エレベーターのランプに狐?」
「そうです。いつもご利用ありがとうございます」

 狐が、営業スマイルで言った。

「チラシから妖怪?」
「はい……過重労働の末に生まれました……」

 ポスティング妖怪が、弱々しい声で答える。
 情報量の多さに、由梨は完全に混乱していた。

「ちょっと待って、一回整理していい? あたし今、変なドラマの合間に変なCM見せられてるみたいな気持ちなんだけど」
「大丈夫。そのうち慣れるから」

 凛が妙に落ち着いた声で言う。

「最初は私も、エレベーターに狐いるとか意味分かんなかったけど、二日目には普通に挨拶してたし」
「順応早すぎじゃない?」
「団地歴が長いので」

 それは自慢なのか、それとも悲しい事実なのか。凛自身にも分からなかった。
 お千代が、湯のみにお茶のお替りをつぎながら口を挟んだ。

「藤堂さん」
「あ、はい」
「さっき四〇二での話、聞いてたわ」

 お千代は、静かに続ける。

「部屋、だいぶ機嫌を直してた。あなたがいるなら、あそこはきっとまた『いい部屋』になるわ」

 由梨は、少し照れたようにうつむく。
「……ありがとう、ございます」

「それと、提案なんだけど」
 お千代は、さらっと爆弾を投げてきた。
「凛、どうせ一人じゃ手が回らないから、手伝ってもらったら?」

「え」
「え?」
 凛と由梨の声が重なる。

「えっと、手伝うって……」
「団地のこと。人間とあやかしの橋渡し。掃除と巡回と、たまのトラブル対応」

 お千代は、まるで「スーパーのレジ打ちやってみない?」くらいのテンションで言う。

「時給は安いけど、まかないもつくし、家から職場までゼロ分って魅力でしょう?」

「いやいやいや、軽い感じで異世界バイト募集しないでください!」
 凛が叫んだ。

「異世界ではないよ。ここ、思いっきり現代日本だし」
 狐が横から口を挟む。
「まぁ、確かに『人の世界』と『あやかしの世界』の境目ではあるけどね」

「境目バイトって何!? ブラック臭しかしない!」
 由梨が全力でツッコむ。

「……どうする?」

 凜はおそるおそる尋ねた。「確かに一人では手が回っていないので、由梨が加わってくれれば嬉しい」という気持ちと、「こんな世界に由梨を引きずり込んでいいのか」という気持ちが、半々ぐらいだ。

 由梨はしばらく黙ってから、苦笑いを浮かべた。

「正直、ちょっと怖い」
「うん、わかる」
「でも、面白そうでもある」

 それは、凛が昨夜、布団の中でひそかに思ったことと同じだった。

「仕事もやめちゃったしなー」
 由梨は、遠くを見るような目で言った。
「こっち戻ってきたけど、何していいかわかんなくてさ。……あやかし相手にキャアキャア言ってるのも悪くないかも」

「悪くない? ほんとにそう思う?」

 そうツッコミつつも、凛の胸はちょっとだけ高鳴っていた。
 昔、自分を団地で追いつめた相手が、今度は自分と一緒に団地を走り回る。あの頃とは、立つ場所が違う。力関係も違う。何もかもが、変わっている。

 由梨は、勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、あたしも『見習い』やる。管理人見習い・見習い?」
「見習いの見習い?」
「パシリ?」
 狐がぼそっと言った。

「うるさい!」
 由梨は、狐にスリッパを投げた。スリッパは狐の額をすり抜け、なぜか天井のどこかに吸い込まれて消えた。靴鳴らしが、ぱたぱたと嬉しそうに走り回る音が、頭上から聞こえる。

 風鈴の精が、楽しそうにチリンと鳴いた。
 それは、新しい物語の始まりを告げる音だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...