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第五章 夜のエレベーター⑤
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「……怒りに来たの?」
少年の声は、思ったより低かった。幼く見えるが、声変わりは済んでいるようだ。けれど、その奥に隠しきれない不安が透けて見える。
「怒りに来たっていうより、『どうしたのか聞きに来た』がメインかな」
凛は、少し距離を取りながらしゃがみ込んだ。いきなり近づいたら、逃げられてしまうかもしれない。
「……寒くない?」
「べつに」
少年は視線をそらした。
けれど、手はパーカーのポケットに入れっぱなしだ。たぶん寒いんだろう。
「三階の子、よね?」
由梨が会話に入ってきた。
「さっきまで、何往復もしてた?」
「……してない」
「してたの、靴鳴らしが見てるからバレてるわよ」
「くつ……?」
「階段のあやかしさん」
「ちょっ、やめやめ!」
少年が、全力で顔をしかめた。その反応が、どこか子供っぽくて、凛は少しほっとした。
「そういう怖い話、今はマジでやめて……」
「怖くないわよ、うちの靴鳴らし。いい子よ。さっき、君の荷物を守ってくれてたし」
二人が振り返ると、ドアのところに靴鳴らしがちょこんと座っていた。少年には見えないはずだが。
少年は、見えないものを見ようとするかのように目を細めて、靴鳴らしのいる辺りをじっと凝視した。
やがて、少年は深いため息をついた。肩の力が、ほんの少しだけ抜けたように見えた。
「……あのさ」
しばらく沈黙した後、ぽつりと言う。
「通報とか……する?」
「屋上不法侵入で?」
「うん」
「しないよ」
凛は即答した。
「ただ、事情は聞きたいな。ここで一晩明かすつもりだった?」
「……そうだよ」
少年は、膝に顔を埋めかけて、やめて、また上を向いた。その仕草には、あきらめきれない何かがある。
「ここにいたら、誰も文句言わないじゃん。部屋にいたら、うるさく言われるし」
「たとえば?」
「勉強しろとか、寝ろとか、明日のこと考えろとか、友達作れとか……うるさい」
最後の一言には、かなりのいら立ちがにじんでいた。
「ここの方が、静かでいい。いっそ、このままどっか行っちゃおうかなって……思ったり」
「どっかって、どこ?」
「知らない。前住んでた街か、駅の向こうか、海の方とか……」
「海、遠いよ」
「知ってる」
少年は、ふっと笑った。自嘲的な笑みだった。
「だから、ここで考えてた。どうせ行けないなら、せめて頭の中でだけ……」
凛は、胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
(どこかへ行きたいけど、行く場所がない……そういう感覚、分かる)
就活で全て落ちて、実家にもいたくなくて。駅のホームのベンチで、終電の行き先を意味もなく見送っていたあの夜。凛は再び、あのころの空気に包まれていた。
少年の声は、思ったより低かった。幼く見えるが、声変わりは済んでいるようだ。けれど、その奥に隠しきれない不安が透けて見える。
「怒りに来たっていうより、『どうしたのか聞きに来た』がメインかな」
凛は、少し距離を取りながらしゃがみ込んだ。いきなり近づいたら、逃げられてしまうかもしれない。
「……寒くない?」
「べつに」
少年は視線をそらした。
けれど、手はパーカーのポケットに入れっぱなしだ。たぶん寒いんだろう。
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由梨が会話に入ってきた。
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「……してない」
「してたの、靴鳴らしが見てるからバレてるわよ」
「くつ……?」
「階段のあやかしさん」
「ちょっ、やめやめ!」
少年が、全力で顔をしかめた。その反応が、どこか子供っぽくて、凛は少しほっとした。
「そういう怖い話、今はマジでやめて……」
「怖くないわよ、うちの靴鳴らし。いい子よ。さっき、君の荷物を守ってくれてたし」
二人が振り返ると、ドアのところに靴鳴らしがちょこんと座っていた。少年には見えないはずだが。
少年は、見えないものを見ようとするかのように目を細めて、靴鳴らしのいる辺りをじっと凝視した。
やがて、少年は深いため息をついた。肩の力が、ほんの少しだけ抜けたように見えた。
「……あのさ」
しばらく沈黙した後、ぽつりと言う。
「通報とか……する?」
「屋上不法侵入で?」
「うん」
「しないよ」
凛は即答した。
「ただ、事情は聞きたいな。ここで一晩明かすつもりだった?」
「……そうだよ」
少年は、膝に顔を埋めかけて、やめて、また上を向いた。その仕草には、あきらめきれない何かがある。
「ここにいたら、誰も文句言わないじゃん。部屋にいたら、うるさく言われるし」
「たとえば?」
「勉強しろとか、寝ろとか、明日のこと考えろとか、友達作れとか……うるさい」
最後の一言には、かなりのいら立ちがにじんでいた。
「ここの方が、静かでいい。いっそ、このままどっか行っちゃおうかなって……思ったり」
「どっかって、どこ?」
「知らない。前住んでた街か、駅の向こうか、海の方とか……」
「海、遠いよ」
「知ってる」
少年は、ふっと笑った。自嘲的な笑みだった。
「だから、ここで考えてた。どうせ行けないなら、せめて頭の中でだけ……」
凛は、胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
(どこかへ行きたいけど、行く場所がない……そういう感覚、分かる)
就活で全て落ちて、実家にもいたくなくて。駅のホームのベンチで、終電の行き先を意味もなく見送っていたあの夜。凛は再び、あのころの空気に包まれていた。
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