俺は美少女をやめたい!

マライヤ・ムー

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1章 有村遥(ありむらはるか)

第4話 君とチュパカブラ

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俺と杏子はふたりで姉を部屋に運ぶと、なんとかパジャマに着替えさせて、ベッドの上に寝かせた。
弟の俺にとっては、姉のはだかなど毛を抜いたニワトリのようなものだからなんとも思わない。
俺の体の方がエロいという確信もある。

川に落ちた俺をおんぶしたせいで、杏子きょうこの背中もびしょぬれになっていたから、今はお風呂に入ってもらっていた。

その間に、俺はスマホを開いていろいろと検索してみる。


『ネコ 女の子に変身』


ダメだ、ネコ耳の女の子しか出てこない。
真面目に検索しググりたいときに、オタク文化に妨害ぼうがいされることって結構あるんだよな。
ネットの広大さの弊害へいがいというか――この絵、かわいいな。
へえ、ノノコちゃんっていうのか。
ミミコちゃんのライバルキャラ、なるほど。
96話の温泉回で人気沸騰ふっとう、なるほど。


『ノノコちゃん 温泉』


なるほど興味深い。
なるほどなるほどなるほどなるほどなる……


「あがったわよーって、ハルカもう入ったのよね」
「うわっ!」


フスマが突然開いて、風呂上がりの杏子が入ってきた。
杏子は当然着替えなんか持ってきていないので、俺のスウェットを着ていた。
当然たけが余ってしまうのだが、ズボンには腰と足首にひもが通してあるので、ずり落ちずに着られている。
下着をどうしたのかは、無責任ながら預かり知らぬ所だ。

俺は杏子が現れた所で、あわててスマホをTシャツの胸の下につっこんだ。


「……いったい何見てたのよ」
「いや、なにもっ!」

杏子は俺に、じとっと疑うような目を向けてくる。髪はアップにして、タオル地のシュシュでお団子にしていた。こめかみに濡れた髪がちょっと色っぽい。しっとりと赤いほっぺたに湯気が見えそうだ。

「ほら、なんにもないなんにもない! みゃんっ!」

俺は両手を上げて何も持っていないことをアピールしたが、杏子は容赦ようしゃなくクッションと俺の胸の間に手を突っ込んだ。


「ん……どれだけ深いのよっ……」


大きな胸の下で、杏子の腕が這い回る。
おっぱいが腕の動きに合わせてモヨンモヨンと波打った。

「手をもぞもぞ動かさないで! なんか、なんか変な感じになるからっ!」
「やらしいこと言わないの!」

ズボっと腕が引き抜かれると、その手にはスマホが握られている。



『ノノコちゃん 温泉回 無修正 (画像検索)』



「へえ……余裕あるじゃない」
「プ、プライバシーッ! プライバスーッ!」

俺は両手で胸を押さえて抗議する。

「変に隠すから悪いのよ」

杏子は鼻で笑って、スマホをこっちに向けた。こいつ、母親になったら絶対、息子のエロ本探し出して机の上に積んだりするタイプだ。俺は杏子からスマホを取り返すと、そのまま枕元の充電器に差した。

「ていうか、ズボンかなんか履きなさいよ」

「俺のブカブカで落ちちゃうんだからしょうがねーだろ。腰と足首に紐ついてるやつは、杏子に貸してる一着だけなんだし」

「ふーん」

杏子は俺のスウェットの余った袖をぱたぱた振った。

「ありがと」
「……うーん」

振り向くと、ベッドで姉がうなっている。さっきの騒ぎで目を覚ましたらしい。俺がおそるおそる姉の顔をのぞきこむと、杏子は俺の横に座って、すぐそばに顔を寄せてきた。杏子の横顔から風呂上がりの熱気が、ふわりと頬や耳に伝わってくる。洗いたての髪の匂いがする。杏子の耳のあたりを眺めていると、急に杏子はこっちを振り向いた。

「ん、何かついてる?」

俺はあわてて杏子から目をそらした。

「ハルカ、耳赤くなってない?」
「杏子が人のおっぱいまさぐるのが悪い」
「変な言い方しないでっ」
「ミミコちゃん……おっぱい……」

姉は栄養失調のゾンビみたいなうつろな目をこちらに向けている。
ずいぶん血を失ったもんな。鼻から。

きりちゃんかわいそうに、こんなになって」

杏子は心配そうに姉の頬をでる。
俺は姉の目の前で、指を3本立てて見せた。

「姉さん、この指何本に見える?」
「わらびもち……ミミコちゃん……わらびもち……」
「これはもうダメだ」

俺が手のひらでまぶたをふさぐと、姉はふたたび眠りについた。

「姉ちゃんがこれじゃどうしようもないな。ピザでも取る?」
「え、いいの?」
「結構遅くなっちゃったし。なんだったらその………泊まっていったら?」

俺、かなり勇気出した。
ドキドキしながら杏子の顔を横目で伺うと、

「そうね、明日休みだし」

あっさり返事が返ってきて、拍子抜けしてしまった。
それから姉を置いて2人で部屋を出ると、リビングへ。
俺はピザ屋に、杏子は自宅に電話して。

「ハルカの家だったらオッケーだって」
「長いこと会ってないのに、俺信用されてるなあ」
「お母さんの中では、まだ小さい……ハルちゃんなんでしょ」

杏子は、言葉の中の「ハルちゃん」をちょっと照れくさそうに言った。
姉はピザが届いた辺りで目を覚ましたらしく、リビングにふらふらしながら現れた。

「なに、ミミコちゃん? え?」

風呂場での出来事は、記憶からとんでいるらしかった。
その上、貧血で暴走には至らないらしく、頭の上に「?」をいっぱい浮かべている。

「俺はハルカ、あんたの弟」
「はえ?」

みんなでピザを食べながら、俺は今日起こった出来事と、姉と自分しか知り得ないようなことをいくつか話した。
姉弟だしおまけに2人暮らしだから、そういったエピソードには事欠かない。

「じゃああなた……本当にハルカなのね」

姉はモサモサとピザを食べているうちに、だいぶ意識を回復してきたらしい。しかし食べ終わって俺たちが後片付けをしている間も、ぼんやりして何事かを考えている様子だった。

「霧ちゃん?」

杏子は隣に座って、姉の様子を見ている。

「……ミミコちゃんの中身はハルカだったのよね、うん」

姉は下を向いたまま、ぶつぶつと何か呟いていた。

「だから手を出しちゃダメなの……でも待って。私は確かにミミコちゃんの心が好き。でも、ミミコちゃんの体も好きなのよね……」

姉は椅子を引くと、幽鬼ゆうきのようにゆらりと立ち上がった。

「だったら、中身が弟だろうがなんだろうが……そうだよね、関係ない。私、ミミコちゃんの体、大好きなんだもん………」

姉は両手を前に出して、ずるりずるりとこっちに迫ってくる。
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
姉はそんな俺を見て舌なめずりをする。

「大丈夫よハルカ………お姉ちゃんに身を任せなさい………全身の細胞を数えている間に終わるわ………」

「人類の歴史が終わるわっ!」

それからまたすったもんだあって、なんとか姉を寝かしつけきぜつさせると、俺は杏子の手を握って懇願した。

「お願い! 一緒に寝て! 寝てるところを襲われたら俺の貞操ていそうが終わる!」

俺のいやらしい気持ち抜きの真剣なお願いに、杏子は後ろ頭をかきながら、しぶしぶ了承してくれた。

「しょうがないわね………」

2人で姉を再びベッドに運ぶと、そのまま歯を磨いた。杏子は毎食後に歯を磨くから、必ずスクールバッグに携帯歯みがきセットを入れているらしい。
姉はまあ、たぶん鼻血で虫歯菌も死滅してるんじゃないかな。知らんけど。
それから俺は各部屋の戸締とじまりをして部屋に戻ると、髪を乾かし終えた杏子が布団の上に座っていた。

「もう寝るよー」

髪を下ろした杏子を見るのは、小学校以来かもしれない。
パジャマ姿を見るのも、たぶんそれくらい。

「電気どうする?」
「小さいの点けといて」
「うん」

杏子が電気を消すと、広い部屋が茶色い豆球に薄く照らされた。
ぼんやり明るい天井を見上げると、不意に胸に懐かしさがこみ上げた。

「……こういうの、すごく久しぶりよね」

薄暗い中でも、杏子が布団の中でこちらを向いたのがわかった。

「うん……なんかすげー懐かしい」

俺も杏子の方を見ている。けれど、相手の瞳が見えるほどの明るさはないから、お互いまっすぐ向き合っていても、そんなに照れくさくもない。

「あそこの天井のシミ、昔話のビデオに出てきた鬼みたいで怖かったんだよ俺」

俺は天井の片隅を指さした。

「……やっぱり、あんたはハルカね」
「いまさら何だよ」
「なんでもない。おやすみ」

おやすみ、と返したところで。同級生の女の子と寝室を共にしているという事実に改めて気が付いた。

――寝顔くらい見とかなくちゃダメでしょう。

しばらく息をひそめていると、すう、すうとかわいい寝息が聞こえてきた。電気を点けたらさすがに起きるだろうから、顔を見るためにはかなり接近しなければならない。

そうっと自分の掛け布団をめくって、杏子の布団に近づいていく。
薄茶色の世界で、ぼんやりした輪郭りんかくがあらわになる。

思いのほか長い睫毛まつげ、髪を上げているから見える形の良いひたい。柔らかそうな耳たぶ。更に近づくと、くちびるの色と肌の色の境目さかいめが、茶色い豆球のもとに淡く見えた。

寝息が顔に当たる。

――すう、すう。

いつも強気な杏子が、こんなに無防備に寝顔を晒している。俺は生唾なまつばをぐっと飲み込むと、ゆっっっくり人差し指を杏子のくちびるに近づけた。



――――――――――――――ふに。



「――――――!」



意志のないくちびるの柔らかさが、指先に吸いつくようだ。
全神経が人差し指の先に集中した。
指を弱く押しつけ続けていると、柔らかい感覚はいつしか遠くなってくる。
俺はそれを追いかけるように、指をわずかに動かした。



――ふに、ふに、ふにふに。



「んー」

杏子の体がもぞもぞと動いた。

おっわ危ねえ!

しかしいきなり指をはなすと、その感覚で目を覚ますかも知れない。
全力で気配を消す。
俺は今、有村遙ありむらはるかではない。

――ひとつの石なのだ。

俺の意識は、森の茂みに潜み、気配を絶ったスナイパーの境地きょうちに達していた。

アイアムアストーン……アイアムアストーン………。

「んー。あむっ」

ストーン……!!!??

「ちゅうちゅう」

ストォォォオオオンン!!

かつて経験したことのない感覚が、指先から電流となって駆け抜ける。
ヤケドした指を自分でちゅうちゅう、のあの感覚とは全然違う。

ぜ ん ぜ ん ち が う !

にゅるにゅるとうごめく小さな舌と、吸われる感触で体が震える。背筋がしびれて、頭がぼうっとしてくる。前歯が第二間接を引っかけて縫い止めた。
杏子の前歯は俺の指の骨をクリクリと弄ぶ。

舌の腹がにゅるんと動いて、指が奥に誘われる。
奥歯の手前まで誘導された指が、はぐはぐと優しく甘噛あまがみされた。
濡れた臼歯きゅうし凹凸おうとつが、なまなましく伝わってくる。
無意識の杏子に引き込まれた、捕らえられたという感覚にゾクゾクする。

このままじゃ別のところが、別のところがストーンになっちゃう――と思ったら別のところは今ないんだった。

なんだかとてつもなくもどかしい!

それの無くなったところから、下腹の奥にかけて、何か熱いモノがこみあげて、きゅんきゅんしてきた。
ますます頭がぼうっとする。
これはなんというか、非常にマズい状態にある気がする。
このままぶっ倒れでもしたら、杏子が目を覚ますのは確実だ。

「んー……ぷあ」

杏子がようやく口を開いた。
俺はふやけた震える指を、そうっと杏子の口から抜いた。
よだれがつーっと糸を引く。高校生にしてはちょっと幼い杏子の顔立ちは、寝顔だとますます無垢むくに、けがれなく見える。
そのくちびるから伝う、よだれの糸。ちょっとヤバいくらいエロい。

なんかもう体に力が入らない状態になってしまった俺は、音を立てないように、自分の布団へと引き返すことにした。そこに杏子の手が伸びてきた。

「んー」(わしっ)
「ふにっ!?」

杏子が俺の胸を鷲掴わしづかみにしていた。
敏感になっていた皮膚ひふに、ぞわりと鳥肌が立つ。

「うーん、目覚まし時計……」(もにょんもにゅん)
「んっんっん……っ」

俺は声を出さないよう、必死で耐える。
杏子は苦悶くもんの表情を浮かべながら、俺の胸をまさぐり続ける。

「スイッチ……どこ……」

体からどんどん力が抜けてくる。杏子の上に倒れてしまったらおしまいだ。俺は顔を真っ赤にしながら、杏子の攻撃に耐えていた。

「んあ………スイッチ……あった」

くにゅっ。

そのスイッチはらめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!

「うーん、スイッチ……スイッチ……」

こにゅこにゅこにゅくりくりくりくりくり……。
らめ! スイッチらめ! あああああっああっあああああああああっあっあああああ―――。


―――。

――。

―。



「ハルカ、起きなよー」

目を開くと、目の前に杏子の顔があった。
白いほおが、窓から差す朝日に照らされている。

「あんたどんだけ寝相悪いのよ。ここあたしの布団」
「あ……そう、ごめん」
「すごい汗だけど、大丈夫? うわ、布団濡れてる……」
「ごめん、ちょっと悪い夢見ちゃったみたいで……」

俺は顔にかかる髪をかきあげた。汗でじっとりと濡れている。

「大丈夫?」

杏子はちょっと心配そうに俺の顔を見た。

「だいじょうぶ?」

杏子のくちびるからつむがれる、杏子の声。あの、柔らかいくちびるから――。

「………らいじょうぶ」
「全然大丈夫そうじゃないんだけど、顔なんかすごい真っ赤だよ? 風邪引いた?」
「だ、大丈夫なの!!」

俺はダッシュで洗面所に向かって、スウェットがベトベトになるまで顔を洗った。

「んんんっぱあっ!」

濁りきった煩悩を下水に流してしまうと、俺は乾いたタオルで顔の水分をふき取って、手もふいた。
そこで、重大な過失に気が付いた。

ひと差し指を――杏子が口に含んだ人差し指を――。
そのひと差し指を俺は――!

「何もせずに洗ってしまったあっ………!!」

洗面所に崩れ落ちる俺を、杏子が後ろから心配そうに見ていた。

「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だよっ!」

俺は人差し指をくわえた――せっけんの味がした。
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