俺は美少女をやめたい!

マライヤ・ムー

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1章 有村遥(ありむらはるか)

第9話 シンデレラに捧ぐ

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次は靴屋に行って、制服用のローファーと体育用のスニーカー、それと普段使いのものを買ってもらった。

靴に情熱を燃やすのは女の性らしく、下着売場ではただただ胸囲の格差社会に打ちのめされていた杏子も、あれやこれやと次々靴を持ってきた。

ヒールのある靴はもっと修行(?)を積んでから、今年はバブーシュがアツい、スニーカーもいいけどあえて女の子らしいのを履かせたいと、かかとが削れて無くなるくらいに大量の靴に足を通した結果、ぺったんのベージュのレースアップサンダルと、黄色いスニーカーを1足買うことになった。

お次は服屋で、この辺りになると俺はけっこう疲れてきていたのだけれど、女2人は止まらない。

更衣室を出たり入ったりの着せ替え人形を小1時間続けた結果、サンダルに合わせるのにロングの白いシフォンスカートと、パステルブルーの半袖ニット。スニーカーにはネイビーのかぎ針ショートパンツに白いカットソー。デニム羽織はおってもかわいー!……とかなんとか。

「ハルカ、これは? これはどう?」

「ミミコちゃんの着せ替えできるなんて夢みたいぃぃぃぃぃ!!」

買い物を終えたころには、フラフラになっていた。

俺はフリフリした可愛い服を着せられて、麦わら帽子まで被らされている。

「違うの、ストローハットって言うの」

ごきげんな2人と大量の紙袋を持って車に乗り込み、ようやくファミレスで遅い昼食をとった。

「すみません霧さん、あたしも色々買ってもらっちゃって」

「いいのよいいのよ、幼なじみのよしみってやつ」

姉はかんらかんらと笑いながら、ハンバーグをぱくついている。

俺はモソモソとドリアを口に運びながら、失われた体力の回復に努めていた。

「姉ちゃん、鬼のように買い物したけど大丈夫なの?」

「心配ないわ。ほうら、ここに魔法のカードが」

姉は財布からクレジットカードをちらつかせる。

「MPのご利用は計画的に」

俺はそう呟くと、鏡に映る自分の姿を見ながらため息をついた。

ここのファミレスの壁は鏡張りになっていて、ここは端の席だ。

色付きのリップなんかも塗られてしまって、まぎれもなく美少女のミミコちゃん。

今朝着ていたダボダボのTシャツと違って、今はウェストリボンのついたカットソーで女性的なラインが強調されている。

「バストの大きい子はウェストを絞ったデザインが似合うのよ」

そんなことを言って、姉が選んだ1着だ。

着てきたTシャツは、その服が入っていた紙袋に丸めて放り込んである。

慌ただしい買い物から解放されて、こうして人心地ついて自分の顔を見ていると、いかにも「女の子になりました」という感じに落ち着いて見える。

さっきまでおっぱいだ女子校だと、内心はしゃいでいないではなかったのだけれど、鏡に映る身なりを整えた自分の姿は、お風呂で見たときよりもある意味リアルに、真に迫って感じられた。

昨日まで17年間男として生きてきて、その経験をくしゃっと丸めて美少女の体の中に放り込み、女の子1年生。なんにも知らない。

そんなことが頭に浮かぶと、次は学校の友達とか、流行ってるくだらない遊びのことなんかを続けて思い出して、少し寂しくなってきた。

鏡に映るあまりに女の子らしくなった自分の姿が、自分自身からあまりに遠く離れた体を強く感じさせるからだろうか。

「……ハルカ、どうかした?」

気づくと、杏子が心配そうに俺の顔を見ていた。

「なんでもないよ」

そう言いながら、俺のぱっちりした目を縁取る長いまつげは、鏡の中で静かな憂いを含んでいた。

「なーにをくだらん感傷に浸っているのだ君は」

聞き覚えのある悪魔的美声。

姉の鞄からひょっこり顔を出したのは、姉がUFOキャッチャーで取ってきてリビングに飾っていたテーテン君のパペットだった。

いつもミミコちゃんの肩に乗っている、いたずら好きのお猿さん。

願いを叶える猿の手の細胞がミミコちゃんの圧倒的科学力によってクローン培養ばいようされ誕生したという、生物倫理に中指を立てたオカルト的存在であり、ミミコちゃんのマスコットだ。

「己の欲望によって破滅する人間を見るのは至高の快楽でヤンス!」

「もうっ、テーテン君ったらいたずらっ子なんだから! めっ☆」

テーテン君改めネクロノミコンは、姉のバッグからテーブルにぴょんと飛び移ると、うんしょうんしょと実にかわいらしい仕草で上によじ登った。

「魔導書も私くらい経験を積むと、このように依代よりしろに身をやつすこともできるのだ」

「パペットの下から触手はみ出てんじゃねーか。何がしたいんだよ」

「寝起きの柔軟体操みたいなものだ」

姉はなぜかパチパチと拍手した。

杏子は鼻で笑う。

「かわいいじゃない」
「君よりはね」

杏子は、褒めて損したとばかりに「けっ」と顔を逸らした。

テーテン君のパペットは姉のハンバーグプレートを横切り、俺のメロンソーダに片手をついて、やれやれという仕草でため息をつくように首を下げた。

無駄に芸が細かい。

「………なんだよ」

「どうせ『ああ、俺すっかり女の子になっちゃったな……』などとアンデルセンの白鳥の王子よろしくセンチメンタリズムに浸っていたのだろう。『ああっ、いつものお友達にはもう会えないのだわっ』なるほどそうやって悩む姿を鏡に映せばさぞ美しく見えることだろう。君は対して顔の良い少年じゃあなかったから、かつて自分の姿に投影できなかったナルシシズムを思うさま爆発させているわけだ。そこから脱却するために用意してもらった服とチチ入れとメイクに包まれたその体に酔いしれて! ならば好きに酔いたまえ、未成年の飲酒は法律で禁止されているが、ありがたいことに自分に酔うことは許可されている。さあ、法治国家の寛容かんようさに涙を流して感謝しながら我が身の悲劇を思う存分呪いたまえ」

ネクロノミコンはテーテン君をくるりと回転させて、杏子のぶどうスカッシュのストローを掴むと、中身をちゅうちゅう吸い上げた。

触手で吸い上げているらしい。

「……何が言いたいんだよ。長すぎて分かんねえよ」

「はっはー、さすがはゆとり世代ジュニアといったところか。3行以上は読めないってわけだ。ならば乳に養分を吸い取られカラカラに干からびた梅干しのような脳味噌でも十分理解できるよう非の打ち所のない三段論法をもって諭してしんぜよう。

1、問題の解決策が提示され、周囲にそのおぜん立てをされた状況を憂うのは愚か者である。
2、君は私に手段を提示され、姉に身なりを整えてもらってその態度だ。
3、よって君はどうしようもないおろか者だ」

そう言うと今度は姉のグラスに残ったジンジャーエールを飲み干して、ストローを空のグラスに放り込んだ。

俺がネクロノミコンを睨みつけると、姉が言った。

「落ち込んでもしょうがないから元気出せって言ってるのよ」

杏子とストローの奪い合いをしていたネクロノミコンは、その手を止めて振り返る。

「何をどう解釈すればそうなるのかね」
「おおむねそういうことでしょう」
「人の言葉をどう受け取ろうと勝手だが、その間違った解釈をさも私の意見であるかのように口に出すのはやめたまえ」

ネクロノミコンの長広舌はともかくとして、確かに鏡を見てためいきをついていてもなんの解決にもならないのは確かだ。

俺は冷めかけたドリアをガツガツたいらげて、カプチーノで流し込んだ。

「一生このままじゃない、戻ればいいんだ戻れば」
「そうよそうよ、今は女の子を楽しみなさい。帰ったら撮影会よ!」
「………ハルカ、ごめんね」

杏子はネクロノミコンから奪い返したぶどうスカッシュを手元に置くと、丸い目を伏せて言った。

「そもそも、あたしが悪いんだ。あたしが無茶しようとして、
 結局ハルカを川に落としちゃって」

「杏子は悪くない。それに、ネコをあのまま助けずにいたら、
 そっちの方が後悔したかも知れないだろ」

「そりゃ、そうかも知れないけど。そんなのわかんないよ」

そう言われると、どう返していいか分からなくなって言葉に詰まってしまった。
そこにまたネクロノミコンが口を挟む。

「おやおや、ナルシーお姫様のセンチメンタリズムが貧乳に飛び火したようだ。それに比べて火元の方は、幼なじみがしおらしくし始めたら我が身を憂う人魚姫は卒業したのかね。過去を呆れた希望的観測で肯定するお花畑的楽観主義はとうてい評価しかねるが」

ネクロノミコンはふたたび杏子のぶどうスカッシュを奪って中身を飲み干すと、ストローを氷が残ったグラスに投げ込み踊るようにこちらを向いた。

「別に憂いてねえよ………腹が減ってただけだ」

そう言ってグラスの水を飲むと、変に淀んでいた気持ちがだいぶすっきりした。

案外、本当にお腹が空いていただけのことなのかも知れない。

やらなければならないことは変わらないわけだ。
テーテン君を触手ごと姉のバッグにぶち込んでファミレスを出ると、あとは制服の採寸に行くだけなので、先に杏子を家に送った。
杏子は門の前で車を降りるとき、俺の目を見て言った。

「ハルカ、はっきりいって滅茶苦茶な状況で、やらなきゃいけないことも滅茶苦茶だけど。あたし、ちゃんと協力するからね」

「ありがと」

それから杏子は姉に服を買ってもらったお礼を言い、姉はいいのよ、とひとこと返して車を発進させる。

杏子が手を振った。

「学校で待ってるからね!」

車を出してしばらくすると、姉が座席越しに言った。

「うんと可愛くなって、女の子落とさないとね。
 今でももう5食くらいに分けて食べちゃいたいくらい可愛いけど」

「お、おう」

ルームミラー越しに怪しい視線を送ってくる姉に身の危険を感じながらも、俺は頷いた。

「城ヶ崎さんだっけ。メリ女だと漣さんって呼ぶのよ。下の名前にさん付け。上級生だとさまを付けるの。これはたぶん、変わってないんじゃないかな」

「へー」

そうなのだ。姉はこう見えてもあのお嬢様学校の卒業生。
乙女の園で3年間過ごしてきたわけだから、学べることはたくさんあるだろう。
まずは第一戦に備える!

俺はその日中に制服の採寸を済ませ、それから登校日までの7日間、姉と侃々諤々のファッション議論を重ね、自らを最強のファッションモンスターへと磨き上げていった。

面接も姉ちゃんの口利きが功を奏したのか、形だけみたいなもので無事合格。
そして制服も届き、ついに高校デビューの日がやってきた。
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