俺は美少女をやめたい!

マライヤ・ムー

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3章 藤枝宮子(ふじえだみやこ)

第32話 秘密が重なるとき

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ホテルのロビーで、黒沢はソファーに座って大きな身を屈めていた。携帯電話の向こうから、里奈の父の怒号が響く。

『アホかお前は! そりゃあ里奈の言うことを聞いてやれとは言ったけどな、限度があるだろうが!』

「そりゃあまったく、おやっさんの仰るとおりなんですがね。どうにもそういう塩梅になっちまったんでさ」

眠っている少女をホテルまで運んでと言われた時点で、イヤな予感はしていたのだ。それでも、ちょっとしたサプライズパーティかな、と自分を騙しながら里奈の言うとおりにしてきたが、とんでもないことになってしまった。

『塩梅じゃあねえだろ、自由意志ってもんが無いのかてめえには!』

お嬢さま学校に通わせながら、蝶よ花よと可愛がってきた愛娘だ。その愛娘が自分の手首にカッターを押しつけて脅迫してきたなどとは言えようはずもなかった。

『カタギの娘さんに怪我させてみろ、指の1本や2本じゃ済まされねえぞ!』

「こりゃあ本当に、面目次第もないことで」

年頃の娘さんの顔に傷でも付ければ、それこそ命と引き替えに詫びる他はない。黒沢は頭を抱えた。

『とは言ってもよ、青春時代に騒動は付き物だ』

さっきまで怒鳴りっぱなしだったおやっさんの声が、ふと和らいだ。

『俺だってそりゃあ、いろいろあったよ。ガキの頃ぁ、どれだけ騒ぎを起こしたか知れたもんじゃねえ。ハイソな嬢ちゃま学校ですっかりトゲなんか抜けちまったと思ってたが、あいつにも俺の血が流れてるんだなあ』

おやっさんはしみじみと噛みしめるように言った。年頃の娘を持つ父親にとって、ちょっとした娘との共通点を見いだすほど嬉しいことは無いに違いない。

『わかった、里奈にも何か考えがあるんだろう。もう一度確認するが、怪我してる娘はひとりもいねえんだな? 間違いねえな?』

「はい、それはもう」

そう答えながら、黒沢は冷や汗が出た。

バンの天井から少女が飛び出して街路樹に激突したときは、自分の運命も潰えたと思ったのだが、グラビアアイドルみたいな体型の彼女の体のどこを調べても、怪我ひとつ無かった。あれほど背中に貼り付いた仏様に感謝したことはない。

『よし、なら里奈の思うとおりにさせてみようじゃねえか。友情は一生の宝だ、この出来事もいつかは思い出になるんだろう。だが、道を踏み外さないように見守るのが親の義務ってもんだ。そうだろうが』

「仰るとおりで」

眠っている少女と気を失っている少女をホテルに連れ込むのは、もはや人生の大道を踏み外しきっているのではないかと思うのだが、それは組長親子のスケールの大きさ故のことなのだと考えて、黒沢は自分の理性を封殺した。

『よし、じゃあいいか。今から若いモンをそっちに送るからよ、里奈の泊まってる階の部屋を、ひとつ残らず貸し切るんだ。何かあったらすぐに飛び出せるようにな』

「わかりました……」

電話を切ると、黒沢は今日何度目になるかわからない深いため息をついた。若い衆が到着するまでに、金を積んだり押したり引いたりゴニョゴニョたりして他の宿泊客を追い出さなくてはいけない。

とんでもないことになってきた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





気が付くと、見知らぬ天井があった。スクエア型のちょっとしたシャンデリアがある。窓を見れば、摩天楼に大きな満月が出ていた。

記憶は、生徒会室で紅茶を飲んだときから途切れている。

私は里奈と何か話をしたのだ。なんの話だったかしらーー。
それになんだか頭が痛いような気がする。

こめかみに指を当てようとすると、そこで自分の腕がうまく動かないことに気が付いた。背を反らして見上げると、両手首が白いスカーフか何かで縛られている。その腕が下ろせないのは、そのスカーフがベッドの柱か何かに括り付けられているらしかった。

「……目が覚めた?」

聞き慣れた声とともに、ベッドがきしむ。自分が手をやろうとしていたこめかみ辺りの髪を、しなやかな指がくしけずる。まるで恋人同士の朝のように。ともすれば身を預けてしまいそうになるその心地よさを、私は振り払った。

「どういうつもりなの、里奈」

私は里奈の瞳を睨んだ。しかし里奈は微笑みを崩さずに指を動かし続けている。

どういうつもりなのーーなんて、我ながらよく言えたものだ。
彼女にこんなことをさせているのは、私のかつての愚かな願いなのに。

髪をなでる彼女の親指が、耳に触れる。私は思わず身を竦めた。

「もう、どうしようもなかったの。ごめんね」

私は顔を背けたけれど、彼女の指はどこまでも私を追ってくる。耳を撫で、首を撫でて、うなじを中指と薬指が這う。

「我慢の限界だったの。宮子の傍で友達として振る舞うことが。まっすぐ立っていられないくらい、好きで、好きで……」

里奈の両手が、私の首に回った。彼女の顔が、すぐ傍にきた。

「不思議な力が働いてるのはわかってる。それでも、止まらないし、苦しいのよ。宮子も苦しんでたでしょう? 生徒会選挙からずっと」

「やっぱり、知っていたのね……」

里奈の瞳は、私の顔を自由に泳いだ。品の良い、整ったかんばせに灯るふたつの野蛮な光。私の額を、両の目を、くちびるをなぞって、味わい尽くすかのようだった。

そして彼女は、意外なことを言った。

「知っているも何も、私のせいなんだもの」

「私があなたに嫉妬したから、それがあなたの罪だというの? それは、傲慢だわ」

私が問うと、里奈は笑った。

「傲慢なんて、宮子に言われるとは思わなかった。それに、あなたが私に嫉妬したって? 私を喜ばせようとして、そんなことを言ってるの? 私がみんなに囲まれてても、あなたはひとり凛としていたじゃない……!」

首の後ろにある里奈の手に、力がこもるのがわかった。痛みはない。きっと彼女は、私の髪を引っ張らないように握りしめている。

「私はみんなのお姉さんになれれば良かったの。でも、あなたは生まれついての女王よ。誰よりも優秀で、誰よりも人を気にしない。そのくせして、誰よりも綺麗なの。美しいの。周りを気にしないなら、美しくても醜くても変わらないじゃない! なのになんで、そんなに、あなたは……」

里奈の手のひらが、私の頬に触れた。愛おしげに、指先が頬骨をなぞる。ともすれば爪を立てて引き裂こうするような怒りを漲らせて、その指は震えていた。

「そんなあなたを差し置いて、会長の最有力候補になった私の気持ちがわかる? みんなあなたの美しさが怖いから、私に投票したのよ。下手すれば、私が会長であなたが副会長。そんなの、惨めすぎて耐えられないわ」

鼻先が触れそうな距離から、震える息が伝わる。赤くなった大きな目に、涙が揺れていた。

「だから白ネコ様にお願いしたの。あなたが誰よりも、私よりも、みんなに滅茶苦茶に愛されればいいって。そうしたら、こうなったの。私の、あなたが好きって気持ちも、滅茶苦茶になっちゃったのよ……」

彼女の腕から力が抜ける。彼女の顔は私の胸元に落ち、涙がブラウスに染み込んだ。私は里奈を見下ろしながら言った。

「お願いしたのはわたくしよ、里奈。あなたぐらい……いえ、あなたよりも好かれたいってマリア様にお願いしたの。みんなの中心にいるあなたが羨ましかったし、ずっと親友だったあなたがみんなに取られるのもイヤだったの。本当よ」

「そんな自分勝手なお願いを、マリア様が叶えるはずないじゃない……」

「それは………それを言うなら、白ネコ様って何よ、意味がわからないわ」

私が反論すると、彼女は私の胸から顔を上げて、私の顔の真ん前まで這い上ってきた。さっきとは違って、胸から下を密着させて、覆い被さってきた。

「もう、どうでもいいわ、そんなこと。もう抵抗できないんだから、あなたも、私も」

あっさりと、くちびるが奪われた。
里奈の桜色のくちびるは、私のくちびるにぴたりと沿った。

ーーキスって、こんなにあっけないものだったのね。

里奈と目が合う。いつの間にか涙は引いていて、落ち着いた冷静な目だ。こめかみを撫でているときの方が、よっぽどとろけきっていた。

「……………」

くちびるが離れる、里奈は口を開いた。歯並びの良い白い歯が、逆光に濡れ光っている。冷たい目で彼女が見下ろしている私は、小さくなって怯えているのだろうか。それともーー再び顔が近づいて、里奈は私の下くちびるを噛んだ。

ふにふに、ふにふにと。柔らかさを確かめるみたいに。
食べられている。私、里奈に食べられているんだわ。

啜ったり、噛んだり。熱い舌がおとがいを舐め上げて、口の中に侵入してくる。彼女は、私の味を確かめている。

頬にあった手が、首筋を伝って胸元に下りてきた。ブレザーは、目が覚める前に脱がされている。里奈のしなやかな指先は、ブラウスのボタンをもてあそぶように転がして、ボタン穴に押し込む。それはまるで何か淫靡な比喩のようで、私は切なさに身を捩った。

ボタンが押し込まれる、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつーー。
大きく開いた胸元に、里奈の白い手のひらが潜り込んだ。

なんて冷たい指先、それになんて熱い手のひらだろう。
私の肌を撫でさすりながら、その熱を奪い、与え、溶け合う。

「だめよ里奈……自暴自棄でそんなことをしてはダメ……」

意思に逆らって、私の息も荒くなってきた。そんな私を、里奈は冷たい目で見下ろしている。里奈は怒っている。たまらないほどに、私に腹を立てている。

「あんな子とデートして……キスまでしようとした宮子に、そんなこと言う資格あるの?」

「それは……」

そう言いかけた私のくちびるが、再びふさがれた。
柔らかい粘膜に挟み込まれて、舌がのたうち、恥ずべき記憶を白く塗りつぶしていく。くちびるが離れると、また冷たい猛禽の瞳が私を捉える。それからまた重なって、再び冷たい視線を浴びて。それが恥ずかしくって、悲しくて。私は泣きそうになっていた。

「やめて、そんな目で見るのは。わたくし、そんな女じゃないわ」

「じゃあ、どんな女だっていうの? 私とは違うって言いたいの?」

里奈は私のブラウスから手を抜くと、自分のブラウスのボタンを外した。それから私の手を優しく掴むと、張り詰めた白い胸に私の手のひらを押し当てた。

熱くも、冷たくもなく、ただただ柔らかい、それに、その奥の鼓動はーー。

それに気が付くと同時に、彼女の瞳に奥に濡れた熱が見え始めた。冷たい、なんて冷たいと思っていた彼女の瞳の奥に、陽炎のように揺らぐ情熱が。それはまるで答えを見つけた間違い探しみたいに、もはやそれを捉えずに彼女の目を見ることができなくなった。

「私もあなたも、同じじゃない。ふたりとも、もうこのままじゃ生きていけないの……」

冷たい目で、見下ろされるより、なおいけない。彼女の冷たい目を思えばこそ、私は受け身でいられたのだ。被害者でいられた。でも、もうダメだ。その熱を知る限り、

「…………」

里奈は私の手首を掴んで、私と体を重ねた。私の手のひらは、里奈の胸と私の胸に挟まれて、囚われる。私の手首を手放した里奈の指は、次は私のふとももにその食指を伸ばす。

里奈の指の腹とふとももの摩擦電気が、私の神経を逆なでする。背中に鳥肌が立つのがわかる。私は目を瞑った。体が縮こまる。それと相反して、私の何かが遅緩する。私の芯にある、致命的な何かが。

きっと今の私は、とても見られる様ではないはずだ。それを、里奈に見られている。見透かされている。奥の奥まで。

繊細な指先が昇ってくる、昇ってくる、もう、戻れないところまで。ゆっくりと、その摩擦を味わいながら。

「……………!」

その指が止まった。
おそるおそる目を開くと、里奈は目を瞑って自分の額を押さえていた。

「………どうしたの?」

「頭が痛い」

里奈は私の体から起きあがった。私は急に恥ずかしくなって、首を窓の方に向けた。重なるビル群、こんなところで星は見えない。

私は、その夜空にふと違和感を覚えた。

そんなことを気にしている場合ではないのだけれど、その違和感は私の脳裏にこびりついて離れない。

里奈はまだ、頭を抱えてじっとしていた。
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