恋するジャガーノート

まふゆとら

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第一話「記憶のない怪獣」

 第二章「ジャガーノート」・③

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<はぐはぐっ!はぐはぐはぐっ!>

「・・・おぉ~・・・いい食べっぷり」

 抜き足差し足で家からドッグフードを持ち出し、皿いっぱいに盛ると、一瞬匂いを嗅いだ後に迷いなく飛びついた。

 あまりに気持ちいい食べっぷりにこっちまでお腹が空いてくる。

 ・・・その姿を見つめ、改めて確信する。さっき目が合って眉間を見つめた時にも思ったけど、鎧が、この子に合わせて動いているのだ。

 爬虫類の鱗みたいに体表に合わせて動くと言うより、まるで鋼鉄で出来た筋肉が全身を覆っているかのようだ。

 当然ながら、こんな動物は見た事も聞いた事もない。

「一体・・・君はなんなんだ・・・?」

 最後の一粒までぺろりとたいらげると、一歩下がって、またこちらを睨みつけてくる。

 だが、まだ目の光が弱々しい。これまで幾多の犬猫を拾ってきた経験が僕に囁いている──ここは、攻めるべき時ッ!

「はい、お食べ」

 威嚇もお構いなしに、皿にドッグフードを補充する。

 すると、僕と皿とを見比べてから、また一心不乱にがっつき始める。

 一安心して、水の入ったお皿も隣に置く。

 拾ってきた動物たちはみんな信頼できる人たちの所に送り出しているから、家にはペットが一匹もいない。

 にも関わらず犬猫を拾い過ぎてるせいで常にエサやお皿を常備していると言ったら、皆に呆れられたっけなぁ・・・。

 でも、拾ってきたけど食べさせるものがないなんてかわいそうだし、拾うなら拾うなりの責任というものがあると思うんだ。うん。

 心のなかでそんな開き直りをしつつ、改めてこの不思議な動物を観察してみる。

 ネイビーの鎧が上から覆いかぶさったように身を包み、首から腹にかけては黄色い鎧が合わさるようにくっついている。

 首が長く見えることもあり、凛々しい顔つきも相まって頭部はまるで西洋のドラゴンのようだ。

 鎧を纏っているのに関節がない事にも違和感があったが、注意深く見れば、黄色い鎧が動きに合わせて収縮し、関節の役目を果たしている。

 形状記憶合金だってこんなに靭やかに曲がったり動いたりしないだろう。

「・・・怪獣のこども・・・とか? ・・・まさかね」

 、そんなSF映画のような展開が現実にあるわけがない。

 いや、少なくとも未知の動物と遭遇したのは間違いないんだけど。

 ・・・ちなみに、こういう時ってどこに連絡すればいいんだ? 警察?

「っと・・・」

 また食べ終わったみたいだ。と思ったら、お行儀よく首を持ち上げ、待ての姿勢を取る。

 ・・・驚いた。どうやら、飼い犬?らしい。調教を受けていないとこんな動きはしないだろう。

 野生でないって事は・・・どこかの研究所から抜け出してきた実験動物とかそういう・・・?

<・・・・・・クゥン>

 ・・・なんて思案していると、先程までの威勢の良さは鳴りを潜め、凛とした顔立ちが台無しなくらいに眉を下げてこちらを見つめてくる。

「・・・おかわり?」

 ドッグフードを持ち上げ、カサカサと振って注目させる。

<・・・!>

 鋼の耳がピン!と跳ね上がり、舌をだらりと垂れておかわりを待っている。

 ・・・少しずつ、元気になってきたかな・・・?

 かわいさに負けてまたドッグフードを山盛りにする。嬉々としてかぶりつく姿を見ていると、正体はわからないけど、きっと悪い子じゃないんじゃないか・・・と思ってしまう。

 必死になって助けた子だから、色眼鏡がかかっていると言われればそこまでだけど。

 ・・・待てよ。

 SF映画だと大体こういう時にかばったら実は悪い生物で・・・みたいなパターンがほとんどのような・・・

 でも映画と現実は違うし・・・うぅ・・・僕はどうしたら・・・

「・・・とりあえず、どこかに連絡するのは、この子がきちんと回復してからでいっか」

 結局、情が勝ってしまった。映画なら絶対あと20分以内に死んでるな僕。

 ふぅ、と息をついて、座り込む。

 このままうたた寝してしまおうかなんて気分になった時、またしても目が合う。

 相変わらず眉は垂れ、乞うようにこちらを見つめてくる。

「・・・まだ食べたい?」

<・・・クゥン>

 ・・・・・・うん。今日は、徹夜だな。

 僕は、二袋目のドッグフードと自分の朝ごはんを取りに家へと戻った。
  

       ※  ※  ※


 コツ、コツ、コツ、コツ────

「・・・報告したまえ。マクスウェル中尉」

 コツ、コツ、コツ、コツ────

「○二四○、元より微弱だったエネルギー反応が完全にロスト。以降、観測されていません」

 コツ、コツ、コツ、コツ────

「今の時刻は?」

「○七三○です」

 コツ、コツ、コツ、コツ────

「どうして貴様と隊員たちは今、ここにいる?」

「これ以上の捜索は無意味であると判断したためです」

 コツン─────

「ッッ‼」

 メトロノームのように精確に指で机を叩く音が止んだ途端、マクスウェル中尉の顔にグラスが飛来し、額に直撃。

 彼の顔と制服をミネラルウォーターが濡らした。

「判断・・・判断だとッ⁉ 貴様は・・・ッ! 貴様は誰の部下だッ⁉」

「キャンベル隊長殿です。サー」

「そうだろう‼ 貴様の独断で捜索を打ち切るなど、愚策だ‼ 傲慢だ‼ 論外だ‼」

「申し訳ございません。サー」

「そうだ‼ 貴様らの隊長はこの私だ! これから来る小娘ではないッ‼ この私だ・・・ッ‼」

「・・・・・・」

「何を突っ立っているッ‼ 探しにいけ‼ 全員でだ‼ 今すぐにッッ‼」

「・・・イエス・サー」

 キャンベル隊長と呼ばれた男は、自らのこめかみを掻き毟り、奥歯を噛みしめる。

「このまま・・・このまま何の手柄も立てぬまま、島国の小娘なんぞに・・・! 安々と隊長の椅子を明け渡してなるものか・・・ッ!」

 後任の憎たらしい顔を浮かべながら──JAGD極東支局機動部隊隊長エドワード・キャンベル少佐は、たった今部下に投げつけたグラスを思い切り踏み潰した。

       ※  ※  ※


「GWもあと2日! 明日もケガのないよう気を付けよう! 改めて、お疲れ様でした!」

「「「「お疲れ様でしたー!」」」」

 リーダーであるハヤトの号令に、メンバー全員が応える。

 時刻は夜の九時。全ての公演が終了して、後片付けを終わらせた面々は、めいめい帰り支度を始める。

「・・・っと、それじゃあ僕はこれで・・・ハル、戸締まりよろしくね! お先に失礼しますっ!」

 仕事終わりのジャージスタイルに着替えたハヤトが、そそくさと控室を後にした。

 いつもは誰よりも遅くまで残って、自分で戸締まりをしていくハヤトが、だ。

「・・・これは・・・・・・アレだね。お兄ちゃん・・・」

「あぁ・・・・・・間違いねぇ。アレだな・・・」

 桜井兄妹が指示語で通じ合う。

「これで3日連続の直帰・・・まぁ間違いないっスねぇ」

「は、ハヤトくんにとっては日課みたいなものだし・・・」

 沙紀がにやりと笑い、あけみは彼女なりの擁護をする。

「いやーほんとハヤトも飽きねぇよなぁ。先月も4匹だっけか?」

「良い事なんだからいーじゃない! ・・・まぁ、ペースについてはノーコメントとして」

 ハヤトは捨てられたりケガしている動物を拾ってきてはこっそりとエサを与え、元気になってから皆に紹介するのである。

 ただし、エサを与えている時点でとにかくそわそわしているので、こうして周囲にはバレバレであった。

「たぶん手のケガも拾った時に噛まれたんじゃないっスかね? 知らないケド」

「昨日は蹴りのキレがいつもより悪かったから風邪かと思ったけど、今日は完全復活でいつもより筋肉の仕上がりが良かったし、間違いないね・・・うへへへ」

「相変わらずあけみちゅわぁ~んはよぉ~くハヤトの事見てまちゅねぇ~?」

「ぴょっ⁉ ふっ‼ ふっっざけんな桜井ぃーーー‼」

 晴彦がもはや条件反射のように挑発し、いつもの喧嘩が始まりそうになった所で──

「小鳥遊クンのあの様子は、やはりでしたか」

「兄貴の予想通りだったな!」

「ハヤトサンはイッツモヤサシイデース!」

 クーリングダウンを終えた倉木兄弟とエミリーの三人が近づいてきた。

「あはは・・・やっぱハヤ兄わかりやすいよね」 

「あれで本人が隠せていると思っているのが面白いところなのですが」

 宏昌ひろまさがメガネを持ち上げ、薄く笑う。

「リーダーは人がいいからな! 俺らもリーダーのおひとよしがなきゃここにいないし!」

 伸昌のぶまさはワハハ!と大口を開けて笑う。対象的な兄弟である。

「ウィ! ワタシもデース! ハヤトサンの・・・オコゲ?」

「「おかげ」」

「オカゲデース!」

 倉木兄弟が声を揃えて指摘し、エミリーがニコニコと笑顔で言い直す。

「そーいやそうだったっけ・・・まぁハヤトは昔っからああだからな」

「そーそー。ちょっとひとりで頑張り過ぎちゃう事もあって心配だったりするけど!」

「それ込みで、ハヤトの魅力だからな。俺含めてここにいるヤツらは、皆あいつの世話になったのばっかだし」

 ある者はコクリと、ある者は恥ずかしげに・・・違いはあれど、皆一様に首を縦に振った。

「・・・ただ、結構考えなしなところもあるからな」

 これについては、皆素直に首肯した。

「周りが見えなくなっちゃうのも、いつもの事だからねぇ」

「そ、そういうところがかわいいじゃん・・・うへへへ」

「そのうち人間拾ってくるんじゃないっスかね?」

「まっさかぁー! さすがにハヤトでもそれはないだろ!」

 だよねー!と同調する声たちが、控室にこだました。
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